第7話 新しい暮らしの始まり。
2023 2/12 プロローグを消滅させました。
全話が第1部ずつずれているのでご注意ください。
2023 2/12 間違えて8話も同時に投稿しました!ごめんなさい
話数に気をつけてお読み下さい
「ここが今日からお前の部屋だ。最低限の家電は設置されているが、必要なら順次買い足してくれていい。訓練用具はお前の所属している研究室に要請すれば支給されるぞ」
そのアパートは白と黒のコントラストが美しく、比較的最近できたようだった。
広めの公園程度の敷地に設置されたその長屋は、ざっと一軒家六つ分のサイズがある。
別に外観を損なうというわけでもないが、鉄筋コンクリートが見え隠れしていて非常に丈夫な作りであるのが見て取れた。
少女が言っていた魔人寮三階奥から二番目の部屋の前に、少年ライト・シーブラックは立っていた。
案内役の筋骨隆々の男が、この寮の説明をしてくれている。
「基本的なルールは三つだな。外泊禁止、ペット禁止、門限夜24:00まで。これ以外は割りと好きにして良い」
少年はその割りと緩い規則に感心していた。
仮にも国家機関の寮というのだからもっとガチガチに固められているものだと思っていたからだ。外から見た各ベランダの様子も、そういえば色とりどりであった。
花屋のように鉢植えが並んでいたり、ジャージが干されていたり。いちゃいちゃしているカップルすら見えた。ヨチリンとミッシーらしい。そう呼び合っていた。
案内役が質問を投げかける。
「何かわからないことはあるか」
「いや、特には」
「何でもいいぞ?」
「じゃ、じゃあここ、飲酒と喫煙っていいんですか」
「するのか……?」
「あ、し、しませんけど! これから住むものとして! 聞いておきたいかな~~って
あは、アハハハー!」
そうか、と拭いきれない疑いの目を少年に向ける案内役。泥町で普通に酒を嗜んでいた少年は冷や汗だらだらだ。
手を後頭部へ回し急に陽気になる。
挙動不審すぎて疑いを確信に変えてしまい男が悲しい目になった。
「はぁ。その年からは感心しないぞ君」
「すみません……それで、いいんですか? ルールとかは」
「壁が厚いから防音防振しっかりしている。全力で騒ぐのは流石にだめだが、酒嗜むくらいいいぞ。タバコはそもそも、ここが禁煙区域だから吸えないな。一発でお縄だぜ」
「そうなんですね」
緩いな。ライトは素直にそう思った。これでは一般会社の寮よりもよほど緩い。
「なんか、逆に怖いですね。裏があったり?」
「はは、ないない。まともだよ」
「酒飲んだらボコされたり」
「まともだって」
「恋したら全員で歌を歌ったりダンスするんでしょ!」
「一体どんな想像してるんだ?」
ミュージカルみたいに!
「ま、割と大丈夫そうで安心したよ……いやちょっと変なやつだが」
「失礼な! 善良な一般人ですよ」
「一般人はここ来れねんだがな」
「一般人代表です。……まぁ、オレも安心してます。おじさんいい人そうだし」
「あたぼうよ! ここの寮長だし、新人には優しくしねーとな」
身振り手振りで安心させてこようとしてくる寮長。ライトには大げさな表現に見えたが、それは二メートルはある背丈に圧倒されているためだろう。
ライトが言いよどむ。
「えっと……お名前聞いても?」
「ああ、まだ名乗ってなかったかな。田中阿多坊だ。基本わからんことあったら聞きに来てくれていいぜ」
「あたぼう?」
「あたぼうよ!」
ドッ。ゲラゲラゲラ。コントのような笑いだった。
「ライト・シーブラックです。これからよろしくお願いします」
「おう。よろしくなライト少年」
◆ ◆ ◆ ◆
部屋の中はがらんとしていた。間取りは至ってシンプルな1LDKで、新築のようにピカピカだった。広々としたリビングで新居を見渡す少年。
「すげー! ここ住んでいいんだオレ!」
ライトは興奮を隠せないようでドタドタ足音を立てて探検した。途中からそろりそろりと忍び足になったのはアパートであることを思い出したからである。
洗濯機、扇風機、箱型テレビにストーブは見つかったが、それ以外の家具は見当たらない。クローゼットは備え付けのモノがひとつあった。納戸も一つ。
虫一匹見つからないキレイな部屋であった。
「くちゅん。……ほこりくさくね? ここ」
今はもう夕方であるが、蛍光灯の電圧が強いのか床材がところどころきらめいている。しゃがんで床を観察してみると、雪のようにほこりが積もっていた。
「新築だからしゃーねーか。わ! 靴下真っ黒じゃん、も~」
ライトはこのほこりまみれの部屋をどうしようか考える。うんうん悩む。
この惨状は掃除をしなきゃいけないが、今は道具がない。雑巾なんて部屋になかったし、バケツも買ってこなければいけない。ホウキも必要だ。
結論が出た。
「明日にしよ」
そうしてライトは寝ようとする。
そこで気付いた。
「あ! ベッドないじゃん!」
家具は家電以外に存在しなかった。それはベッドも布団も同様である。
要するに、少年はこのままではほこりの絨毯の上で寝るしかない。
彼は外を見る。もう町は暗い。店仕舞いの時間だ。雑貨店も家具屋もわからない。
少年は現実を受け入れた。
(明日は、雑巾とホウキに布団。着替えも買わなきゃ。……お金って出るのかな)
数分間で、すっかり浮ついた顔が沈まされてしまった少年。
部屋の隅っ子でストーブだけ付けて座り込んだ。広い空間に対して、ずっとちっぽけな存在に思えた。
思考が嫌な方へ向いている。ライトはうずくまって、すぐに寝ようとする。
幸いここ数日の疲れが出たのかそれはうまくいった。なにもないことに集中しているような、浮ついた感覚が体を包み込んでいった。
「おやすみなさい」
◆ ◆ ◆ ◆
泥町よりもずっと控えめな鳥の鳴き声が、ガラスを突き抜けて室内に響く。受付と局内の職員だけがこの技術局で動いていた。
早朝という時間帯は人の活発さがあふれる時間だと彼は思う。
足音から新聞をめくる音。そうした普段なら埋もれてしまう人が生きる音が、耳を澄ます世界に届いてくれるのが心地よかった。
なにもかも新しい場所であるが、これだけは変わらなかった。
ライト=シーブラックが人工島スバジルで迎える初めての朝だ。
少年がひそかな趣味に没頭している。そこに局内から高い足音を鳴らして歩み寄るものが一人。
黑髮アヤメだ。いつもの白衣を纏っている。キャリーケースも引き連れているようだ。
「いい朝ね! ライト。昨日はよく眠れた?」
「ベッドなかったから体バキバキだよ。家具屋知らない? 今日中に行きたいんだけど」
「知ってるけど、お金は?」
「ない」
「でしょうね……はい」
「はい?」
アヤメは何食わぬ顔でキャリーケースをライトへ渡す。持ってみると、これが意外と重かったようだ。少年の小さな体躯がバランスを崩す。
中身について聞いてみると、なんと入っているのは金だと言う。
アンビリバボー。
「そのキャリーケースと百万円あげるわ」
「え!? 貰えないよこんなの!」
「貰わないでどうするのよ……あんた金ないんでしょ?」
「そうだけどこれ結構大金だろ!」
「✞ラボから出てんだから貰い得よ貰い得✞
そもそも、調査させてもらう立場なんだからもっと早く渡すべきだったのよ✞」
「そういうもん?」
「そういうもんなのよ」
じゃ、行くわよ。少女が受付へ踵を返した。
ライトはアヤメの後ろをついていく。腹を押さえて深呼吸しながら、不安と期待をごちゃ混ぜにしてついていく。
その心境を見透かしていたのか、アヤメが薄ら笑いを浮かべてライトに告げる。
「今からあんたの初検査。朝ごはんは食べていないでしょうね?」
「うん。……初検査?
じゃあ、D-ウイルスのステージ2とかいうカルテはどうやって作ったんだ?」
「✞あなたは聞いてはならないことを聞いてしまった✞」
「突然凄んでくるのやめてくれない?」
少年は説明される。どうやらこいつに気絶させられている間に血液検査だけ行われたらしいと。
何してんねん。
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