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第5話 陸望楼



 ホワイトパネルに囲まれた玄関ホール。その内装は入った者に町の大きな病院を想起させる。

 受付窓口が三つに分かれ、ベンチで待つ者が数人。二階建ての吹き抜けになっていて開閉可能な天窓、その枠が広々とした空間を引き締めている。

 ただ一点。特異なのは、来訪者のおよそ二分の一が白衣を着ていることだ。

 いや、更にもう一点、通常ではない場所がある。


「✞ようこそ、陸望楼(りくぼうろう)へ✞」


 玄関ホールの中央で話し込む二人と二人。

 ライト・シーブラックとククルカン。そして白衣の下にセーラー服を着込んだ片眼鏡の少女と白衣の成人男性の四人は、穏やかでない空気を纏っていた。


 その原因たる少女が、少年に対して絶望的に威圧的だったのだ。


「✞言っておくけどククルカンに取り入ったって無駄よ。

 彼は我々の管轄下にあり研究内容は極秘に管理されているわ✞」

「は……はい?」

「✞送迎はあっちよ。案内いる? 坊や✞」


 とんでもない無作法にライトがその言動に気圧されて――というかドン引きして――いると、黑髮が何かに合点がいったのか少女をなだめ始める。

 ライトは想起する。ここはどこで、今の状況は一体なんなのか。



◆ ◆ ◆ ◆



 心地よい微睡みの中から少年が目を覚ます。


「……ん」

「あ、起きた? ライトくん」

「ふぁ。オハヨー、おにーさん」

「ふふ、おはよう。一晩寝て具合は良くなった?」

「はい、一晩……え? 一晩?」


 怪人の光線を受け気絶したライト・シーブラックは、目が覚めると暗い車の中にいた。 どうやら移動しているようだ。

 座席は左右の壁に沿って配置されていてドアは車の尻にある。ライトは後部座席に横に寝かされており、その対面に黑髮黒コートのククルカンが座っていた。

 黑髮が言うには、あの後気絶したライトを病院の個室ベッドで寝かせ、一晩たった今しかるべき検査をするために移動中らしい。


「これどこに向かってるんですか?」

「当ててみなよ」

「ええ……帝京とか?」

「お、すごいね。正解。理由は」

「この車が走ってるのって、高速道路ですよね」

「うんうん」

「港に近い泥町から高速道路を使って行けるところなんて、首都の帝京ぐらいです」


 パチパチ。黑髮は物知り顔で拍手して少年を褒め称えた。


「体調は良さそうだね。体温も平熱だし、見ている限り異常はない。

 ……ただ一点を除いてね」

「どこか悪いんですか、おにーさん! 大丈夫?」

「そうそう、実は今貧血で倒れそう……って違う違う。君だよ。き、み!」

「オレ別に異常ないです」

「ほら、あれだよ。あのニワトリからされたこと思い出して」


 少年はあの雄鶏の怪人からされたことを思い出す。誘拐・暴言・脅迫に……光線。

 青年のいう異常とやらと相まって嫌な予感がするライトは、恐る恐る自分の左胸を見た。服を剥いで、あの光の直撃した部分を。


「うわ、なんだこれ!」

「太陽の中にある小麦のマーク――天魔ヴィゾフニルのシンボルだね」

「洒落たモノをっ!」

「え。あ、まぁデザインは別にいいんだけど」

「温泉入れなくなったじゃん! もう!」

「君けっこう余裕あるよね? 絶対そうだよね」


 左胸のタトゥーをみて絶叫する少年にツッコむ青年は、心なしか疲れているように見える。彼は少年が不安にならないよう心配するつもりであった。

 元気があるのはいいけどね。青年はこの空気をそう締めくくる。そろそろ本題に入りたいからだ。


「君のそれは恐らくマーキングだろう」

「マーキング?」

「魔獣が時々行う、獲物を追跡するための目印だ。天魔がそれをやったって記録はないけど、そのマークはヴィゾフニルが時々残すものだ。近いものだろうね」

「じゃ、じゃあまたあいつが来るんですか!?」

「そうしないために、今向かっているのが帝京……の近郊だ」


 いや正しくは、小島かな。そう続ける黑髮。


「首都におけない実験施設群。この国の研究開発の(トップ)

 人工島スバジル。その中央たる陸望楼のD-ウイルス研究室だ」



◆ ◆ ◆ ◆



 高速道路を抜け車が橋を渡ると、島の窓の少ないコンクリートの建物が立ち並び出迎えた。それらを抜けてたどり着いたのがこの六望楼でありその玄関ホールであった。


 少女と男性に関しては、玄関ホールの自動販売機からコークを買っていたところを黑髮が呼び止めた。そして今の状況に至る。


「……あ~、落ち着きなよアヤメ、この子は」

「✞あなたは話さないで下さい。役に立たないんですから✞」

「いや、だからね」

「✞そもそもあなたの任務は魔獣の撃退だったはずでは? 今月だけで三人ですよ三人! 

 ほら、早く帰還報告をしてきてください✞」

「……は~い。ライトくん、すぐに戻ってくるから、大人しく待っててね」


 黑髮が別れ、受付窓口へ離れていく。


「――ちょっと」

「はい?」


 ライトが口を出す。


「あんた一体何なんだ? いきなり出てきて言いたい放題。失礼じゃないですか!」


 剣山のように尖った少女。八方美人の対極に立つ存在に、ライトは引くつく口で噛みついた。サイドでまとめた黑髮を後ろに払い、気怠げなツリ目がライトを射抜く。


「✞はぁ……あなたに別に恨みはないんですけど、それはそれとして疎んでいるのですよ。だから大人の世界に口を出さないで✞」

「…………わかりました。僕は子供なので黙りますね」

「え、ええ。それでいいのよ✞」


 思ったよりも聞き入れの早いライトに拍子抜けした少女が、空気と化していた連れの男性に言葉をかける。手に持ったファイル、その記録について質問があるようだ。

 ライトが少女の肩をつついた。


「なによ。まだ何か……」


 少女が自分の顔をしっかり見ているのを確認したライト。

 まずライトは少女を指差す。

 次に指を摘まんで口の端に持っていき、それを反対の端まで唇にはわせながら運んだ。ごく一般的でわかりやすい口を閉ざすジェスチャーである。


 沈黙が満ちる。回りは雑音だらけのはずなのに、その三人の空間だけは痛いほど静かだ。


 青年は苦笑いで気まずそうにしている。理由は、知り合いの知り合いと知り合いがバチバチなのもあるが何より、今のジェスチャーの意味を正確に理解できたことだ。

 そしてそれは少女も同様だろう。


 ――テメェもガキだろ。


 ライトは確信した、()()()()と。


「オレはまぁ? まだまだ子供だからさ。大人のオハナシに口とか挟まないケド」

「き、君……」

「注意されたことをやめないって程大人気なくないからさぁ」

「その辺にしておいたほうがいいって」


 男性が止めに入る、少女の罵倒には口を出さなかったにもかかわらず。流石にこれ以上はいけないと感じたのだろう。

 無論。別にライトもただ意趣返しがしたかった訳でもない。命の恩人を貶す人間にお灸を据えてやろうという使命だ。断じて腹が立ったとか質問を無視されたからとかいう俗な理由ではない。断じてだ。

 だからこれは追撃などではない。ライトは少女にお願いをしたいだけなのだ。


「ほら、早く案内してよ案内係さ~ん。

 まぁお帰りじゃなくて、この技術局のD-ウイルス研究室に行きたいんだけど」

「……わかりました」

「おろ?」


 涼しい表情で返事をする少女。煽りが外されて面食らう少年。

 手に持っていたファイルをリュックに丁寧に直し始める。


「黑髮アヤメ。非正規雇用研究補助員」

「……どうしたんです? 急に」

「あら、あなたが聞いてきたことですよ。私のステータスです」


 ライトは徐々に嫌な予感を覚える。涼しさを感じていた少女の顔が、感情を隠したものであったと察したためであり、真顔のはずの彼女が薄笑いを浮かべているためだ。

 ごそごそ。リュックに突っ込まれていた手が止まる。


「まぁ、人手が足りない時に駆り出されるお手伝いみたいなものですね。

 暇なときはこうして――」

「――っ!?」


「――✞ネズミを(はりつけ)にしています✞」


 ライトの全身に衝撃が走る。アヤメと名乗る少女によって打ち込まれた、体の各部位に突き立つ何本もの針……否、万年筆。インク代わりの液体が上腕、前腕、左胸筋、太腿に流し込まれる。

 少女の開かれた腕。その手には未だ何本ものペンが鋭く握られている。


「ガハッ」

「✞警備も任される私は、機密情報漏洩を防がなければならない✞」

「別に、情報なんて……」

「どこの産業スパイかは知らないけど、このあたしの目が黒い内でよかったわね。

 ✞子供相手だから()()()()()してあげるわ✞」

「目ぇガン開いてんだけど……?」


 思ったよりもはるかにヤバい少女にライトは驚愕する。

 少女の勘違いを訂正する暇もなく、注射された薬品のせいかライトの気が遠くなっていく。

 受付から戻ってきたククルカンが戻ってくるのを見て思った。


(2日連続で気絶かよオレ)


 少年は意識を手放した。



◆ ◆ ◆ ◆



「……はあ!? あそこから連れてきたワケじゃない、一般人!?」

「そうそう。あ、長い付き合いになりそうだからちゃんと謝っておくようにね、アヤメ?」

「あ、あたしあの子になんてことを~。……どうすればいいかな、()()()()()✞」

「とりあえず謝ってきなよ」



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