第3話 万事解決?
ライトの右手のゴーグル。それが一層激しい光と衝撃を周囲に撒き散らす。天魔ヴィゾフニルはたまらずライトから手を離した。
「これは……剣?」
新緑の森を詰め込んだような深い緑の剣。それが、ゴーグルのレンズから出てきた。明らかにサイズ的に不可能ではあったが、あの神秘的な光はそれを肯かせる説得力があった。
「んだてめェ……それ」
「わ、わかんない」
答えた瞬間。天魔の足元のアスファルトが爆発する。砲弾の着弾を思わせるそれは、天魔の化け物染みた脚力でなされたもの。不確定要素に何もさせないことを優先した雄鶏の判断であった。
だが。
「ぶげぇっ!」
「こ、これは……?」
「押し戻された――本当になんナンだその剣!」
右手の剣を盾にしゃがんでいるライトが見たのは、砲弾のように飛びかかってきた雄鶏が、まるでゴム紐で引っ張られたかのように押し戻された瞬間であった。思いもよらぬ軌道の曲がり方に、怪人は顔から地面に着地した。
悪態をつきながら空気を吸い込む怪人。その胸元が淡紅色を帯びだす。
先程の衝撃で解放されてしまった、真後ろの脅威に気づかずに。
「さっきぶりだね」
「っ! カァ!」
建物を切断し溶接する熱線。それは振り向きざまに振り回される。だが、耳元で囁かれたのにも関わらず、標的はもうそこにいない。
下手人は既に体制を整えた。人質作戦を用いて袋叩きにし、恐らく必要な武装を盗んでまでして抑えるのがやっとだった男。
黒髪黒目、ゴーグルを目に装着し傷一つない状態で少年の前に立つ。
威風堂々たる仁王立ちに少年が見惚れていると、突然黑髮の肩が震えだす。口も手に当てて、この戦地においてまさかありえないが必死に笑いを堪えているような素振りである。
「アァーーッハッハッハ!!」
大笑いしやがった。黑髮以外皆唖然としている。
圧倒される空気も、少年はすっかり霧散してしまったように感じる。
「ふふっ……」
「おにーさん?」
「いやさ。君がすごくてすごすぎて、嬉しくてしょうがないんだ」
あっと少年は不意に思う。俯いて見えないけどこの人、絶対ニヨニヨ笑っていると。
それは正解で、不正解。加えて彼は、ライトの頭を撫でた。
ひどく優しい、暖かい手であった。
「それじゃそろそろ終わらせようか。君も結構長生きだったね」
「クアァッ!」
先程までその手を焼いた光線の一斉攻撃。だがそれは、黒髪の手のひらから生まれる深緑の暗黒の雲に吸われる……否、消えていく。そして、その力を目にした雄鶏は戦慄する。
その力、誰のものかを知っているが故にだ。
――『小宇宙』、人知を超えた魔導の極地。
「まぁ、皆の宇宙だ。返すよ」
「貴様か。天魔――ククルカン」
天魔ヴィゾフニル。その群体は暗黒の雲……星雲にすべてを飲まれ、消滅した。
◆ ◆ ◆ ◆
雑木林の中、焼け始めた空が映す肌色の屋根。地面の土砂に似せたその迷彩はその地下に広がる空間内の人々を守るための防衛装置。
大きなスライドドアが開け放たれ大きな階段が見える建物の入り口には、事態の収束を予感した人々が見え隠れしていた。
その中の一人が、外からの避難民を見つけ飛び出す。
「小僧ーーっ!」
「おっちゃん! 無事だったの……ヌワーっ何、なんで抱きついてくるのぉ」
第一シェルターに避難してライト・シーブラックが最初に会ったのは、パン屋の店主だった。
彼は少年を見るやいなやそのでかい図体でドカドカ迫ってきたのだ。ライトも見つけた時は喜んで近寄ったが、近づくにつれ減速し最後はもはや逃げていた。
捕まった胸の中でもがいてみるが効果はない。むしろ逃さないように強くなった。どうして。
「心配だったんだぞ……」
「うん。……泣いてるの?」
「泣いてねぇよ!」
「ほら、声で、わかるってばっ」
「……お前も泣いてねぇか?」
「泣いてねぇ!」
抱き合いながら言い合って、沈黙すれば涙をのんだ。
「無事でよかった」
「……なんでそんなに心配してくれるの」
「んん?」
「オレ、赤の他人だろ」
ばかっと頭を小突かれる。
「痛!」
「馬鹿野郎。あんだけ話してて他人だとか言えるかよう。それに俺は……あー」
「んだよ」
「お前のことは、実の子供みたいに思ってるんだぜ」
「は」
掻き抱かれた腕をそっと押しのけて、口の塞がらない小顔が目を合わせようとしない赤みがかった角顔に向けられる。
予想外の一言がライトの鼓膜から脳髄までを震わせたのだった。
「最初、お前を見た時は衝撃だった」
「孤独でしょぼくれたガキが働いてんだ。路地裏のゴミにもならず、つったって目に光があるわけでもない。生きながら死んでるようだった」
「家族ってもんを考えるようになってから、小僧がどれだけの境遇にいるのかわかった。だから、できる限り守ってやらなきゃ……てな」
最近はマシになってきたがな。そう告げたパン屋。大人は子供に顔を合わせようとするが、今度は逆に少年がパン屋の懐へ隠れた。
呆れたように笑う大男。
「……それは、おっちゃんのおかげだよ」
「俺の?」
「パンくれたり、店に置くとかいって何部も買ってくれたりさ。気遣いには気付いてた」
「お駄賃は断られたがな」
「もらえるわけないよ……」
「そうか」
「あんなに優しく、してもらって」
「そうだな」
「オレのこと、見ててくれて」
「そうだなぁ」
「あんなにおせっかいなヤツ、初めてだ……」
「すまんかったな」
「なんで、謝んだよ」
「すまんすまん」
嗚咽を漏らす。
隠しきれない。
「これからも、パン食いに来いよ。困ったら、助けてやるよ」
「ひっく、うう」
「なんだったら、ウチで働くか? 店拡大したいし。お前だったら信用できるしよ」
――とどめは、男の底抜けの思いやりだった。
「――うわあああん。ゔあああー」
止まらなかった。
今まで我慢していた涙の堤防が、決壊してしまったのだ。
周りの目を怖がってきた少年は、それはもう派手にむせび泣いた。
一人ぼっちだった少年はもういない。
◆ ◆ ◆ ◆
二人が離れると案の定皆が見ていた。その全てが涙ぐんでいた。
酷い惨状であった。老若男女問わず、反応は十人十色。こちらを囃し立ててくる者や近くの大事な人と今をありがたがる者。全てに共通するのは二人が原因だということだろう。
ライトは赤面する。茹だった頭で気付いた。こういうのは逃げて良いのだと。むしろ逃げるが勝ちである。
そうと決めたところで見覚えのある顔が見えたのでそちらへ向かう。
「おにーさん!」
「やークフッ。随分グッ……アツアツだったねあっはははは」
「我慢しきれてないんですけど」
それはククルカン……黒髪の青年だった。ホントにずっと笑ってるなこの人。少年は気になるものを手にする青年に尋ねる。
それは長い棒状の包み。あの時、ゴーグルから現れた剣だ。
「ああ、これ? 僕もなんなのかわかんないのさ」
「そうなんですか? そのゴーグルから出てきたのに」
「ま、帰って聞いてみるよ」
もうひとつ。聞いておきたいことを尋ねる。
「……隣町で、魔獣相手に暴れた天魔。あなたのことだったんですね」
「そうだよ。『町落とし』、大陸を渡ってはるばるご苦労だったけど疲れてたんだね。楽に終わったよ」
「あなたから見れば全部楽ですよ」
「……怖いかい?」
「何がですか」
「その、僕が」
ああ、なんだ。
「いえ全然。あなたは頼もしくて笑顔の似合う、僕の恩人です。それ以下でもそれ以上でもありません」
そう伝えると、ククルカンは今日一番の笑顔を見せた。もはや顔の周りに花が咲いている。だがそれは意外にすぐに曇った。
青年は名残惜しいようだ。ずっと笑顔の人だったが、初めて悲しそうな表情をするのをライトは見た。
「さようなら、ライト君。願わくば君の道端に、数多の幸運が転がらんことを」
「はい。助けてくれてありがとうございました。これからもお元気で。……なんだか、絶妙に微妙な祈りの言葉ですね」
「幸福っていうのはそこらへんにいっぱいあるもんさ~。探しにいけばすぐに見つかるよ。例えばそう、道歩いてたら犬に噛まれるとかね」
「探してもないし幸運でもないです」
「犬はかわいいでしょ?」
「めっちゃポジティブですね」
でしょ~? 青年はそう答える。つられてライトもクスクス笑ってしまった。
最後の最後まで、笑いの絶えない人だった。
◆ ◆ ◆ ◆
黒いコートが夕日のなかでゆらゆらと揺れる光景は、少年の一生に色濃く残るだろう。それほどに衝撃的で濃密な経験だった。
これが最後だ。
目に焼き付けた少年は、風向きの変化を感じてシェルターに避難する。別れに悲しさも寂しさも暗い雰囲気もないことなんて初めてで、でも心に何のしこりも不安もない。
ゆったりとおおらかに戻るのだ。
「ん?」
ふと、案内係の女性が困っているのが目に見えた。どうやら泣きじゃくる子の相手をしているようだ。子供がいうには、何かをなくしてしまったらしい。
すいと子供に向かって目線を合わせる。
「ね、ね。どうしたの?」
「うぐ、ふす、誰」
「新聞屋さんだよ。なくしたものって、小さい? 色とかわかる?」
なんだか、無性に無償で役に立ちたい。どうしてかはわからなかったし体は眠たいが、ククルカンがオレを助けてくれたことがきっかけであるとライトは理解していた。
「うんとね、お父さんがいつももらってくるの。犬の餌」
「うん? うん」
「だから、持っていったら喜んでくれると思って、でもおトイレしたらなくなっちゃって」
「……あ、お姉さん。そのトイレ探しました?」
「いいえ」
「ちがうもん! そこの木の下でしたの!」
「何で怒ってるの……?」
叱られるべきは少女である。
満々だった社会貢献意欲が削がれていくライト。彼はよくわからないがとりあえずそこを探せばいいだけだ。探したくないが。
「……どんなものなの? 何色?」
「足」
「足って?」
「鳥さんの足。黄色」
はぁ。溜め息をつくライト。イマイチ容量を得ないようだ。
「そんなもん拾っちゃダメでしょ」
「だってふってきたんだもん!」
「ふってきた?」
「うん! お空から」
降ってきた。お空から。
鳥の足が。
ライトはゆっくりとした動作で林を見据えた。
「すごいんだよ!」
それは痺れる頭のせいであった。
「まだびちびち動いてたの!」
自然と体が子供と林の間にうごく。
「お兄ちゃん?」「大丈夫ですか、お顔が」
後ろの配慮を、気にかけられない。
シェルターを隠すように設けられている雑木林。その闇が注意を奪う。
次にライトが気を取り直したのは、闇の中を淡紅色の光が貫いた時であった。
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