第19話 幽閉
微睡みの中からライトが目を覚ます。
「ん……どこここ。……知らない小部屋だ」
ライトが眠っていたのはシングルベッドである。机とイス、洗面台に花瓶といったものだけの簡素な部屋だった。
ただ一点だけ。天井の角にある監視カメラとスピーカーが異物のようであった。
10分程彼は部屋を探ったが何もない。
2つのドアがあるが片方はトイレ。もう片方は開かなかった。
再度二度寝をかまそうとしたところ、スピーカーから見知らぬ男性の声が送り出された。渋めのバリトンボイス。ラジオで流せば人気がでそうだ。
「やあ。お目覚めかな、ライト君」
「おはよーございます! おやすみなさい」
「そうか。おやすみなさい」
無礼ともとれる行動を軽く流す男。
布団にくるまった少年は出会い頭の小ボケを外されたことからスピーカー越しの男性をただものではないとみなした。
顔を出しベッドに腰掛けるライト。
監視カメラからそれが見えているのか男性は話を続けた。
「体調はどうかな。眠気がありそうだ」
「シャレですよ……あー、まあ大丈夫です。元気いっぱいって感じですね」
「それはよかった。異常があれば遠慮なく教えてくれ、君は病み上がりなのだからな」
「病み上がり……」
「君に起きた出来事を覚えているか」
男性の質問を肯定するライト。ごちゃごちゃと散らかった部屋を片付けるように、記憶の整理をつけていく。
「えっと……家から風邪気味で出てきたオレは「二日酔いだね」風邪気味で! 走って運動実験場に行ってそれから……気がついたらあの天魔の中でした」
「なるほど。
君が覚えている限りのことを……そうだな、意識を失う直前と直後をもう少し詳細に話してくれないか」
要求に応え、ライトは自分の記憶の限りについて話した。
さらにいくつかの質問に答えていく。
「君の名前は」
「ライト=シーブラックです」
「この日本国営技術局陸望楼に来た経緯は」
「天魔のマーキングを受けたからです。彼が祝福と呼ぶ紋章について調べるためにここに来ました」
「君はなぜアヤメ研究補助員と皇后崎訓練兵と共に運動実験場にいた」
「オレが持つ退魔剣の調査チームを組んでいるからです」
「呼気から微量のアルコールが検出されているが、それは調査の一貫か」
「料理酒のアルコールが抜けきっていなかっただけのことです」
「今回の君の異常事態について心当たりはあるか」
「いいえ特には。マーキングだけです」
「天魔に乗っ取られた前後の記憶を、時系列の最後の方から遡って説明してくれ」
「まず、ここで目覚めました。その前の記憶は朧げですがアヤメと話していることと闇の中で剣がオレに呼びかけたことです。オレはそれに答えました。
その前は皇后崎とアヤメに抱えられているところ心臓から異常な熱を感じました。抱えられていたのはオレが運動実験場で倒れていたからであり、二日酔いなのに走ったためです。……あっ」
「今回の事件はあくまで被害者であると」
「オレを疑っているんですか」
「なら嘘をつかず答えてくれたまえ」
う、と言葉に詰まるライト。
男性は、別にこちらは警察機関でもないのだから安心しろ、とライトを落ち着かせた。
「ともあれ、君がかの天魔と結託してこの陸望楼を襲撃したとは考えにくい。君が罰せられることはないだろう。安心してくれ」
「ほっ。よかったです」
「すまなかったね。こちらの落ち度だ。
マーキングは君を目印に天魔ヴィゾフニルを召喚するためのものだった。
祝福と天魔の紋章をもう少し重くみるべきであったね」
「仕方のないことですよ。気にしないでください……悪いのはあのニワトリなんですから」
ありがとう。そう男性はライトに感謝した。
ライトはスピーカーに向かって疑問を呈する。
「オレはいつまでここにいればいいんですかー?」
別に体に違和感を感じない彼は、この病室のような小部屋から早く抜け出したかった。
先ほども男性に伝えたが、ライトはなぜか元気がありあまっているのだ。二度寝を続行しなかった要因でもある。
「経過観察だ。すぐ終わるよ」
彼は言う。
具体的な期間を言われなかったのが少し不安だが、それは自分の体次第なのだろうとライトは納得した。
ここでスピーカーから流れる音にノイズが入る。マイクロフォンを少し移動させたかのような潰れた音だった。
またスピーカーから人間の声が発されたが、話す人間が入れ替わったようだ。すぐにライトはそれが誰かに気付く。
「ライト」
「アヤメ! 無事か!?」
それは天魔に操られたライトを救った張本人。黑髮アヤメの声だった。
「ええ、こちらは大丈夫。私より皇后崎が重症よ、全身大火傷なんだから」
「なっ……それって、治るんだよな」
「当たり前でしょ。ここをどこだと思っているのよ」
ライトは乾いた笑いを漏らす。よかった、と心から安堵しながら。
「えっと……ごめんねライト」
「……ん?」
「まだ少しかかるけど、すぐに出られるから✞
また3人で剣の調査をやりましょう✞」
それじゃあね、と残して会話が断ち切られる。忙しい中急いできたのか、終始落ち着きがなかったようにライトは感じた。
それだけではない。
胸に残ったしこりがライトの不安を煽るのだ。
安心しろと言っていた彼女の言動はいつもに比べ弱々しく、それなのに語気が強かった。
彼女が隠し事をする時、隠し通すために語調を強くする癖を知っていたライトには、それが最も動揺を誘った。
右手で顔をさすったライト。彼は首元の違和感に気がつく。
彼は一瞬の硬直の後、両手でべたべたと首を確かめる。首の真ん中を一周するように存在する物体。
首に巻かれた安全装置の感触に、ライトはしばらく何もできなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
「ご苦労。アヤメ研究職。見事な芝居だったな」
「…………ありがとうございます」
マイクの前で目をつむり瞑想しているアヤメを、最初に監視室備え付けのマイクロフォンでライトへと話しかけた男が労う。
その男は縦ストライプのプレミアムスーツを身に纏い、腕時計を見ている様子である。
その飄々とした立ち居振る舞いに心を波立たせ、彼女は男に問うた。
「これで、彼の身の安全は保証してもらえるのですね――局長」
「ああ、約束するとも。天魔の生け捕りが完了するまで大人しくさせておけ、アヤメ研究職」
「……契約外労働もいい所ですね」
「ではやめていい」
唇を噛む。アヤメの心を弄んだ男はその表情に何の感想も抱かない様子で監視室を出ていった。
アヤメはモニター越しのライトを手で撫でて誓う。
「絶対死なせない…………あなただけは」
◆ ◆ ◆ ◆
少女の嘘とは、一体なんなのだろうか。その疑問がライトの頭の中をぐるぐると回っていた。
皇后崎の火傷が治ると言っていたことだろうか。アヤメの無事のことだろうか。
――自分がここをすぐに出られるということだろうか
どれでも怖い。怖いが、彼らの傷の状態を隠す意味がないことをライトはわかっていた。これから2人と会わないとは考えにくいのだから、その嘘はすぐにバレる。
必然、3つめの候補がそうなのだろうとわかっている。
だがそうだとして、どこが嘘なのだろうか。そこが問題だ。
すぐに、という部分が嘘ならば彼は許容できる。いつまでも待てる。
だが……。そこまでを思い、首のバンドに手を添えるライト。
――もしも、ここを出られなかったら?
ぶんぶんと首を振るライト。それが悪い考えだとしって振り切ろうとしているのだ。
田中阿多坊にもアヤメを信じろと言われたばかりで、でも嘘を吐かれることもあるかもしれないとも言われていて、そうした悪いサイクルの中にライトはハマっている。
眠れないのだ。
そうして一晩、彼は悩み続けていた。いつの間にか寝ていたようで目を覚ましたが、夢の中でも考え続けていたような気さえする。
起きてすぐ彼は鍵のかけられたドア横の呼び鈴を鳴らして監視員を呼んだ。昨日、何か用があればそれを使うように男性に言われていたのだ。
そして要求を伝える。
――泥町の知り合いに電話がしたいと




