第1話 日常が壊れた日
以前書いた短編の連載版です!
処女作なので至らぬ点も多々ありますが、ぜひ生暖かい目でご覧下さい。
2/12 プロローグ消滅させました。
「号外ごうがーい! 今日の記事はとびきりだよー!」
朝を告げる鐘の音のあと、まだ夜の闇が染み付いたレンガでできた大通り。
人と馬車と電気自動車のまだらに、朝の新聞屋がそれを知らせる。
その小さな体躯は軽い靴音でリズムを刻み、人混みをかき分け、ドアに看板を掛ける大男にたったたったと近づいた。
「あ、パン屋のおっちゃんオハヨー! 今日も朝はやいね~、やっぱり美人のお嫁さん捕まえたから張り切ってるんだ」
「ははっよせやい。確かにあいつは最高だが、俺は元から早起きさ」
「ふ~ん。朝の新聞買ってくれなくなるって残念だったのに、残念!」
「……へえ、そりゃなんで」
「精が出るから」
「よせや」
沈んだ顔でパン屋は新聞を買い、新聞屋はそれに満面の笑みを浮かべた。
「いやほんとに、今日は買ってもらえないかと思ってたんだ。今日は特別だから」
「特別?」
新聞屋が通りの人通りを見て、パン屋もその先を見る。そこには少しの人だかりがあり、どうやら新聞が売られているらしい。
「……天魔」
自然に背いた生命。人知を超えた存在。
それが隣の町で暴れたらしいと新聞屋は言った。
「こ、こんなビッグニュースのせいでもあるけど、一番は逃げてきた他の街の人向けだね。
いつも見ないカオがうじゃうじゃ紙切れさばいてんだ」
「……ほう」
「おっちゃんも気ぃつけなよー!」
新聞屋の少年はそう言って雑踏の中に戻る。それは次の客を見つけノルマを達成するためであり、パン屋の沈んだ顔に気づいたからでもあった。
外は薄暗く、雨も風もない曇り空。
すぐにパン屋は手のひらで目を覆い隠し、大丈夫だと言い聞かせ開店した。忙しくなれば気も晴れるだろうと。
するとすぐに来店を知らせるベルが鳴った。
中肉中背の黒髪に黒コートの男は、店をぐるりと見渡してパン屋に伝えた。
――1番人気教えてください。あと全種類1品ずつください。
よりどりみどりのパンを見て、語尾にハートマークが見えるくらい幸せそうな男だった。
◆ ◆ ◆ ◆
日が南中に上った頃。町の皆が働いている時間。
ブラウンのベレー帽とウエストコートをまとった少年新聞屋は、2枚の新聞を手に横丁の階段に座って黄昏れていた。
「売れ残っちゃった……」
少年は大通りの人だかり、路地の人だかり、建物内の窓の向こうの人だかりを観察していた。
盗み聞き、口を読んだところで読み取れるのは似たような言ばかり。
大陸渡り。町落とし。天魔。
そしてその集団は必ず新聞を伴っていた。
「皆天魔の話ばっかり。これじゃ売れないよ~」
新聞の内容を少年は覚えているようだ。
それでも1枚なら自分の分として金を出しても良かったが、2枚は流石にいらないとして、この場に居座って客を探していた。
だがそう都合よく、昼になって出てくるぐうたらが買いに来ることはない。
時計塔の針をにらみつける新聞屋。どうやら時間が進むのが憎たらしくなってきたようだ。
横からの足音に気がついたのは、しょうがないからと財布を出しかけた時のことだった。
「こんにちは。君は新聞屋さんかな」
「え? ……あ、はい、はい! そーですとも」
「ああ良かった。やっぱり僕はツイてるなぁ~~」
笑って新聞屋の横に座ったのは、黒髪黒目の男だった。
「買ってくれるんですか? これいちおー朝のやつですけど……」
「いいよ。むしろ良いといっても良い。僕が欲しかったのも朝刊だったからさ」
「ありがとーございます! 毎度ありー♪」
バサッと新聞を広げる男と、その横でステップする少年。小躍りして鼻歌を歌う新聞屋が微笑ましかったのか、男は新聞屋に笑いかけた。
新聞屋は頬を赤らめて問いかける。
「……な、なんで朝刊が欲しかったんです? 昼の分にも似たようなのが書いてありますよ」
「買い損ねたからね。豪華な朝食にしたのは良かったんだけど、食い切るとどの新聞屋も大行列!
並んでも必ず僕の前で売り切れるし、途方に暮れていたら君を見つけたんだ。」
「ふふ、おマヌケさんですね。……あっごめんなさい! せっかく買ってくれたのに」
「いいよいいよ。パン美味しかったし」
新聞屋は首を傾げる。
「それに、君に会えたからね。嬉しくてしょうがないよ」
男は笑いかけた。
少年は青ざめた。
「お、オレそういうのやってないんで!」
「あれなんか誤解してない?」
「オレは全然ノーマルだし、高身長スタイル抜群の彼女も3人いるしえっとえっと」
「誤解してるうえに嘘下手か! 違うから、良いことがあったな~って話だから」
あ、そうなんですか。新聞屋はそう言ってスッと立ち直った。その早さにちょっと疑いの目を向ける男。
「新聞ありがと~」
「いえいえ、ただちょっといいですか。おにーさんって隣町から来ましたよね」
「ん? そうだけど」
新聞屋はそう言って紙とペンを取り出した。
「じゃあ、天魔見ましたよね。色々教えてください!」
「ああ~なるほど。……配達人が記事も書くのかい?」
「お小遣いがでるんですよ」
それでそれでと推して聞いてくる彼に、男は謝る。
「申し訳ないんだけど、見てない。僕も天魔の話を聞きに来たクチさ」
「なーんだ。同業他社か。じゃあちょっと遅かったんじゃ」
「似たようなもんだよ。遅れたのは、ごめんとしか言いようがないね」
「え?」
それじゃ、行くところがあるからと言って男が立ち去っていく。
新聞屋はそれを見送るのみだった。ただ見送る最中に、一言。
「最後の……」
少年は思う。
やたらとニヨニヨ笑う男であった。黒い目をくちゃりと潰すのが特徴的だった。少ししか話してないが、なんだか人生が幸せそうなやつだった。
そんな人が笑って誤魔化した。
なんだか悪い気分だった。
◆ ◆ ◆ ◆
「オレっていつもこうだ……」
――なんか空気不味くなったな。
――お前、うっとおしい。
――間が悪いんだよ。
胸がきゅうっとなって、腹が重たくなる。
さっきまでの笑顔のやり方を忘れる瞬間。
少年は、うつむいて落ち着こうとした。いつもこうしていれば直るからと。頭の中で、ごめんごめんと謝って許してくれる夢を見る。
そうしようとしたところで気付いた。離れていった革靴音が、振り子のように戻ってきたのを。
「……ご、ごめんなさ」
「僕と来るんだ」
「え?」
離れていった青年が、打って変わって険しい顔で少年にずかずか迫る。
なんで? どうして? あんなに優しそうだったのに……。彼はそう思った。そして考えつく。
僕のせい?
彼の中で大きくなる。
だんだんと。
悪夢が。
「ご――ごめんなさい、ごめんなさい! 僕、そんなつもりじゃなくて、やだぁ!」
「え? あっ、待って!」
少年は逃げ出した、青年とは逆方向に。
階段を落ちるように蹴り降りて路地裏に入る。日陰の中を、運動量に見合わぬ激しい動悸が身体能力を押し上げる。
だがそれでも近づいてくる足音。
地元の土地勘と逃げ足。両方自信があってフルに活用しているにも関わらず、それは一定間隔で迫りくるのだ。
「なん、はひぃ、なんでぇ」
「待っ――ここ――ぶない――――!」
ゴミ箱木箱を掴んで曲がると同時に横倒しにする。障害物づくりと急速旋回を繰り返してようやく、悪夢の声が遠ざかった。
走った先には大通り。暗い路地からは日の光だけが見える。
そこに安心感と、理由のわからない不安を感じて新聞屋は飛び込んだ。
そこで思い至る。
青年と話した階段のある道、建物の中、路地裏。
どうしてこんなに人がいないんだろうと。
「う、わぁ」
視界が二転、三転。新聞屋が大通りに抜けた瞬間に強い圧迫感と衝撃、そして浮遊感に襲われた。
車に轢かれた? 否。
(何かに掴まれてる!)
体に食い込む三点。そこから一点に向かい伸びる感触と獣臭と突風の理由を、かろうじて自由な右腕を風除けにして新聞屋は目にした。
鶏だ。
ただの鶏ではない。三前趾足の二本の足に翼。人間の指が三本ある腕が腰のあたりから伸びている。
「天魔――ヴィゾフニルっ!!」
「あん? オレっち知ってんのか。坊主」
それは鶏のくせに空を飛び、少年を掴んでいる化け物。
その黄色いくちばしからは明瞭な言葉が発せられていた。
形はおかしくないが赤と白のラインが入っており、何よりその表情が少年の胸中をかきむしる。
おぞましい。
何よりおそろしいのは。
「そう! 音にも聞け! 目にも見よ! このオレっちこそがこの世界に照らされた光!!」
――天魔ヴィゾフニル様だぁ~~。
「ギャーッハッハ」「ギャハ」「ギャハハ」ハ」「ギヒ「ヒャハ」「ギャ~」「「ヒヒヒ」」「ギャハ」「ギャハハ」「ピヒヒ」「「クックッ」「ギャハッギャハ」」「キキキキ」「ク~」」「ヒヒヒ」
百では利かないこの群体。
全て同じ姿であることだ。




