第15話 ターニングポイント1
タイトル変えまくってごめんなさい
2023/02/19/15:00
ひゃああ!!!ブックマーク2つめ!!!!!! 誠にありがとうございます。
まあ2個目なので別に嬉しくともなんともないんだからね!(ありがとうございますありがとうございます。あなたのブックマークが私の励みと元気とモチベになります)
ライトに衝撃を与えた黑髮兄妹の話は一端休止されていた。
一度にそう多くを伝えられても訳がわからないだろうし、田中が酒のつまみを作っていたからだ。
ちゃぶ台に酒のつまみが並べられる。
もやしの味噌和え、花かつお・ネギ・醤油を乗せたチーズ。キムチ鍋にねぎ塩レモンチキンと色とりどりな味の宝石箱が少年の眼前に広がる。
「一緒に食おうぜ」
いつもなら迷わずビールの蓋を開けるライトも、未だ衝撃から立ち返られていない。
少年が正座でじっとしていると、彼が空のコップを差し出してきた。
酌をしてくれ、と暗に言っている。本人は素直に従った。
「ん、ありがとう」
寮長はビールを傾ける。
「プハッうめー。さて、どこまで話したっけか」
「……モルモットと人質の話です」
「そうだったな。……まあ、そうは言ったがあくまで『立場』がそうであるってだけだ。
技術局の研究員は割りかし普通に2人に接している。あの方、黑髮さんも気にしていない。竹を割ったような人だからな。
怖いのは嬢ちゃんさ」
「アヤメが、ですか? 怖い?」
「お嬢ちゃんが1番そこんとこ気にしてんのさ、立場ってもんをよ」
黑髮アヤメは自分のせいで技術局に買われた兄に引け目を感じている。そして陸望楼にも。
そう彼の口から告げられる。
「本来指定推薦制のアルバイトに兄貴の人質って立場と技術局住みってことで横入りして足固めをして、
本来参加しなくていい志願制魔人化実験にも参加。直接的な力と技術局の首輪を自らにはめた。
情報警備員なんて職務を頂いているのも彼女が裏切らない確信があるからだ」
「なんで……そこまでして」
「兄貴を守るため」
目を見開くライト。
「あの方がお嬢に全てを捧げたために、お嬢はそれを返すために全てを捧げようとしている。兄を縛っている全てから解放させてやるためにな」
「それは! そんなの」
「無理だって思うか。でもお嬢ちゃんはやる気だぜ」
絶句。それしかなかった。
無理もない。
少年が今まで見てきたあの小さい体に、それほどの覚悟が収まっていたなんて欠片も気付いていなかったのだ。
少女の思いなんて、ただ研究が好きなだけなのだろうとか的外れに考えていた。
ライトの目から光が失われていく。口元がわなわなと震え拳が勝手にきつく握りしめられる。
今にも泣き出しそうな彼に、大人は声をかけた。
「だからな少年……ライト=シーブラック!」
「んっ」
「…………嬢ちゃんを信じてやってくれ」
「は、い?」
叱責するように荒らげた声で少年を呼んだ田中は変わって穏やかに少年にお願いする。
「彼女は必ず、お前のことも考えている。兄貴の恩返しなんてする優しい子だ。当たり前だろ? ただ、言えないことが人より少し多いだけ。
背負っている責任が違うとかそういう事は言わねえ。ただ、どんなに怪しくても彼女はお前の味方だ。
怪しくても疑わしくても陰があっても裏切られても、彼女の心だけは信じてやってくれ」
「……難しいです」
「それでもだ」
寮長の口からそれ以上が語られることはなかった。その口が開くのはただ酒を飲み肴を食らうため。
少年が動くまでただ箸と食器の音だけが場にあった。
少年が動く。立ち上がって部屋の冷蔵庫を開けた。手には半透明の一升瓶が握られている。
ポン!
「おいこら、未成年だろ」
静止を無視し田中の手の届かない場所でビールをコップに注ぐライト。
田中に背を向けコップをあおる。完全に飲んでしまったようだ。
目を押さえる寮長にライトが話しかける。
それが返答を求めたものなのかどうかは声の主にもわからなかった。
ただ答えを探している。
「アヤメにバンドを渡されました。でも、安全装置のことは何も話されませんでした。
一緒に食べるようになって、買い物をして、海で遊んでも、何も」
「バンドの実態を知った時、すごく悲しかったんです……。
僕はまだ信用されてもなかったんだって。裏切られたって」
「手に入れたものがニセモノだったみたいで。
……でもそれは違うんですね? オレは、アヤメを、皇后崎を信じて良いんですよね」
声が震える。
寮長はその涙声に頷いた。ああそうだと。
ライトは上を向く。長い静寂を保った。
ぐちゃぐちゃだった脳内が濁流で洗い流されていく。深呼吸をしても、その衝撃がいつまでも反響した。
それは酷く心地のよいものだった。
その夜は静かな夜だった。
冬眠に続き虫達が二度寝しているようで、ライトと田中は酒と肴をつまみ続けた。寮長は部屋は汚いが繊細な腕をお持ちのようで、絶品ばかりの夕食だった。
翌日、2人は二日酔いで昼過ぎに起きることになる。当然の結果だった。
「ああーーーーっっ!!」
◆ ◆ ◆ ◆
「今日はもう来ないだろうな」
「……そうね✞」
ピュー、ピューと鳥の声が技術局全体に響く。
イソヒヨドリの地鳴き――鳥がコミュニケーションを行う声――は窓を貫いて運動実験場の2人まで届いていた。
だがそれは朝を告げるものではない。太陽は南中に輝いている。
正午ちょうどである。
部屋の輝度に対して2人は暗い面持ちであった。それもそうだ。ここ数日なぜか2人によそよそしい少年がとうとう研究にも参加しなくなったのだから。
「いいのか? ライトの剣、調査しなくて。部屋に呼びに行ってもいい」
皇后崎の提案。だがそれをアヤメは拒絶する。
「別にあいつの参加は義務じゃないし✞
休みもたまには必要でしょう。前も体調を崩して剣を使えなかったのだし✞
私も久しぶりの休日、せいぜい謳歌させてもらうわ✞
……それに、私がどの口であいつを呼びに行けばいいのよ✞」
アヤメの語気が普段よりも弱いのが皇后崎は手にとるようにわかった。
欠席した少年にバンドの機能を伝えたことはすでに2人で共有されている。事実を知らなかった少年に罪悪感を覚えているのだ。
はあ、と皇后崎は溜め息をつく。
「あいつも驚くだろう。
はめた時は仕方なかったにしろ、後は純粋に忘れていただけとはな。
オレなら意図して隠していたとしか思えん」
「✞ならバラさないでよ✞」
「無理に外そうとすれば爆発するのだ。事故が起こったらどうする」
至極当然な意見だった。返ってくる言葉もない。
しゃがんでいた少女が立ち上がる。そのまま運動場の入り口に向かい始めた。
今日の調査は中止。そういうことだろう。
皇后崎も遅れて後に続く。すると、開かれた入り口で立ち止まったアヤメが見えた。
ドアに手をかけたまま硬直している。なにかあったのだろうか。
はあはあと息切れが聞こえる。アヤメの背に隠れた通路の奥に誰かが倒れているようだ。
近づき、見えたモノにあっと驚く皇后崎。
「じ、実験、やる?」
「ライト! どうした、何故倒れている!?」
横たわる体に駆け寄る青髪。アヤメは動かない。
「真っ青じゃないか……具合が悪いのか!? 熱はないが」
「うう、大丈夫だからおえっ、心配しないではあはあ……ただの二日酔うぼあ」
「大丈夫って意味知ってるのかお前……とにかくすぐ医務室に」
少年の容態を見る皇后崎。
息切れに吐き気に真っ青な頭に頭痛まで抱えているようだ。服もびっしょりで恐らく冷や汗とただの発汗が混じっている。
彼はこの体調でここまで走ってきたのだった。
眼前の惨状にようやく反応するアヤメ、彼女はライトに向けて声を張り上げた。
皇后崎は後ろからのそれに驚く。
「変よあなた……そんなに苦しいのなら、来なければいいじゃない!✞」
「アヤメ!?」
「✞あんたがいなくても何の問題もないわ!✞」
絶叫。アヤメはハッと口を抑える。
どうやら自分の言葉に驚いている様子だ。
魔人の安全装置を意図せず隠していたことへの罪悪感、酷い体調を押し通してここまで来たライトへの驚愕が、最悪の形で爆発した。
困惑しながらも沸々と怒りをたぎらせる皇后崎。こんな状態のライトに何をいうのか、そう声を荒らげようとした時だった。
ガッ!
力強く、抱き上げている者に肩を掴まれる。ライトが弱りながらも力強いまなざしで皇后崎を止めた。
「喧嘩しないで」
「ライト……」
「う、はあ。ぐっ……アヤメ、皇后崎。
遅れてごめんなさい」
「そんなの気にしないさ!」
「ふん……✞」
支える手を振り切って自立するライト。彼は2人に目を合わせて提案する。
その表情からは苦しさと悲しみが溢れていた。
「『退魔の剣』の調査、今からやろう。
オレ2人とやりたいよ」
「……すぐ終わらせるぞ、アヤメ」
「――ええ。ベッドにぶちこんであげる」
ライトが歩くのを2人が支える。
三人四脚で歩く彼らを運動実験場内の他の研究チームが珍しげに歩いていた。
「ありがとう、アヤメ。皇后崎」
「症状を教えなさい。簡単な薬と栄養剤ならあるから」
「えっと、頭痛と吐き気かな。背筋がなんか冷たいけどたぶん、無理して走ったからだし。
後は熱かな、すごく熱いんだ」
「ライトお前、風邪なのに走ってくるなよ」
「熱……?」
症状を伝えるライトに呆れる皇后崎の2人。
アヤメだけは少年の異常を察知する。
ライトは今発熱が苦しいと言ったが、体温ならば先程皇后崎が触診で調べていたはずだ。
少女は青髪に尋ねる。少年の体温がどうだったかを。
「熱は普通だったはずだが……ライト、熱いのか今」
皇后崎はライトの右肩を支えるために左肩を貸している状態である。そのため自由な右手で熱を測ろうとした。
ライトの表情が苦悶と恐慌にまみれていた。
冷や汗と脂汗が止まらず口は大きく開いて絶叫しているようだが声が出ていない。ぶるぶる、バタバタと手足があまりに痙攣し2人は支えていられなかった。
どしゃ。
体が崩れ落ちたことにもライトは気付けない。
2人ともあまりの異常さに絶句することしかできない。ただ陸に打ち上げられた魚のようにのたうち回る少年から、目が離せなかった。
その左胸が服の内側から光を放っている。
少年の意識はもう運動場にはなかった。
あまりの激熱と自らが解体されていく感覚にただ耐えるだけで、自分が現実でどのような挙動をしているのかなど知らなかった。
その熱は胸の真ん中が源泉。
心臓からマグマが吹き出て細い血管を端から破裂させていく。そう錯覚するほどの灼熱であった。
――どくんっ!!
びーーっびーーと警報と共に室内の照明が、突然赤く点滅し始めた。
ここで2人は我に返る。冷や汗が滝のように流れている。服が肌に吸い付く不快感。
絶叫する2人。
「なんだ、何が起こっているんだ!?」
「……警戒レベル5」
アヤメの言葉。それは警報が知らせる現在地の危険度。
ミサイル接近と同等以上の危険から緊急避難を促すものだった。
「ライト……らいとぉっ!! 落ち着け、しっかりしろ。避難するんだ!」
「さわっちゃだめよ……こういう時は、救急車、そうよ、呼ばなきゃ。素人のあたしたちに何ができるわけでもないじゃん。
……はは、あははは」
彼らはパニックに陥っていた。15歳の少年少女が緊急時に正常な判断ができるかなど、火を見るより明らかだったのだろう。
避難訓練を自主的に繰り返していた皇后崎だけはそれに則り動こうとして、アヤメは重症者の管理に動こうとした。
そのどちらもがライトを気にかける行動だったのは流石というべきだろう。
だがそれでも、彼らは強制的に現実に叩き起こされる。
「………………ライト?」
少年の動きがピッタリ止まった。バタバタ止まらなかった足も腕も、床にうずくまった体の下に収納されている。
ライトの胴体が傾く。
それは体制を崩したからではない。下敷きにしている右足が突然おおきくふくらんだためだ。
ズボンごとバリバリと裂けていく。中から見えたのは筋繊維まみれの足だった。
それがさらに大きく膨張していくと徐々に皮膚、更には黄色い肌へと完成した。
腕、胴体は皮膚の上に白い毛のようなものが生えた形となる。
膨張はその体全体に連鎖し、最後は頭部だった。
飛び出ていた眼球ごとぎゅるぎゅるとビデオテープの早回しのように、新たな顔とトサカに整形されていく。
2人がその影の正体を理解したのは、のんきに機材をまとめていた他の研究チームが、実験場内にいるバケモノに恐れをなし、部屋から転げ出た時であった。
それは鶏のくせに空を飛べ、少年を乗っ取った化け物。
腰に1対の猿のような腕をもつ3メートル強のニワトリ。黄色いくちばしに白い羽毛と胴体を走る赤白のラインが特徴的な天魔。
世界三大天魔が1柱。
――天魔ヴィゾフニルであった。
――クアアあアぁあ“ーーーーーーーーっっ!!!!




