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第13話 新たな日常

2023/02/16 プロローグ追加しました。 以前のプロローグとは違いライトの境遇が書かれています。


      興味があればお読み下さい。



「……知らない天井だ」

「知ってますよね。医務室なんだから」

「なんでいるんだよお前……」


 ほのかに漂う薬品の香りと並列して設置されたベッド。ライトも横になった技術局の医務室にて皇后崎(こうがさき)は起床した。上体を起こす。

 覚醒したばかりで未だ意識のはっきりしていない彼だが、その真横にいる自身を気絶させた者に嫌悪感を(にじ)ませた。


 少年はどうやらりんごの皮を向いているようだ。ナイフを器用に操ってりんごを美しく造形していた。

 うさぎ、ストライプ、リーフカット。多種多様なりんごのカットが皿に盛り付けられている。


「食べます? キンキンですよ」

「いやいい……全部食えとは言ってない! 残せバカ、後で食べる」

「っ!? むしゃむしゃ」


 ライトの口がリスのように膨らんでいる。盛り付けられていたりんごの切り身も全てその口の中だ。

 アホ面で頬張っているのんきな面を見て、青髪は額を抑えてベッドに横たわる。真剣に相手をするのが馬鹿らしいと感じたのか、彼は部屋のどこかを見つめていた。


「おい」

「ん?」

「あの剣は本物なのか。D-ウイルスに直接干渉する武器など聞いたこともない」

「らしいですね。オレはあんま詳しくないですけど」

「あの身のこなし……お前、魔人か? バンドは」

「バンド?」

「足首か手首にあるはずだ」


 ライトは足首に装着したバンドを皇后崎に見せつける。


「そうか」


 彼はそう吐き捨てて沈黙に戻った。眠る様子ではなく、ただ考えをまとめているように思える。

 ライトが2つめのりんごを向き終えた時、声がかかった。

 謝罪の言葉だ。


「ライト――すまなかった。

 俺の個人的なストレスの発散に君を使ってしまった。深く反省している。もうこんなことはしない」

「ストレス?」

「……俺の『登竜門』は自分の体と竜の体を接続する。ある程度の操作は効くが体で動かさなきゃいけないんだ。

 発現した部位に体が引っ張られ満足に動けない上、今まで積み上げた格闘技術との併用ができない。いくら体幹を鍛えたところで光も見えなかった……そういうストレスだよ。

 望んで手に入れたはずの力が、今までを棒に振ってくるんだ。悪夢の中にいるようだったな」

「……別に強かったと思いますよ」

「それが君が素人だからだよ。本来当てられて然るべきだ」

「いえ、そうではなく。あの短時間で命中率は上がっていたし、最後の挟み撃ちは普通避けられません。

 剣を出してもあのまま続けていればオレは勝てなかった」

「……ありがとう」


 2人は目を合わせて話し合った。ライトにしては珍しくギャグも何もなくただ相手を尊重していた。

 それがむず痒かったのか皇后崎は言いつける、敬語をやめろと。


「ライト、君は僕より強い」


 青みがかった黒髪がライトの目に伝える。本人は否定したかったが、その瞳に映る熱量がそうさせなかった。


「わかったよ皇后崎。これでいいか」

「ああ、ありがとう」


 皇后崎が笑いかける。

 ライトは以前のアヤメとの流れをなぞる。手を差し出して握手を求めた。


「改めてライト・シーブラックだ。よろしく皇后崎」

「ああ、改めて…………」

「え、拒否!? だめだったかな」


 皇后崎がその手を取ろうとして直前で止まる。それに少年はショックを受けた。

 握手は早かったかと。

 相手が衝撃を受けていることに気づき青髪は慌てて否定した。


「いや、違うんだ。ただ、名前がな……」

「名前」

「はー。まあいい。笑うなよ。

 皇后崎(こうがさき)美智子(みちこ)だ。よろしく」


 彼は自分の名前にコンプレックスを抱いていた。


「ミチコ……? 皇后崎って男だよな」

「1から了まで美しく聡くあれ、という意味でそうなったんだそうだ。

 お気持ちは別にいいんだが、使い勝手も考えてほしかったな……」

「へー。別にいい名前じゃん! よく合ってるし」

「そうか?」


 彼らは握手を結ぶ。ぎこちないものだったが、それは確かにふたりの和解を示していた。

 これで彼らの不和は幕を下ろしたのだった。


 ライトが握手した手を見つめると、突然挙動不審な様子で足踏みしたりにやける様子を見せる。

 あまりにも不気味なそれに皇后崎が尋ねた。


「な、なんだお前。どうした」

「こ、これでオレら友達ってことだよな? 一緒に夜ご飯とか食べようゼ。あ、部屋の内装とか見せてくれないか!? オレ引っ越してきたばっかでレイアウトまだなんだ」

「は? ……は?」

「オレここで友達って二人目なんだよ。遊びに行きたいけどアヤメってばなんだか忙しそうだし誘いにくかったんだ。ここって人工島だろ。海行きたい海!」


 突然はしゃぎだしたライトに困惑する皇后崎。

 なぜだか興奮した様子で指折りなにかを呟いている。海、食堂、ピクニック。


「お、俺はトレーニングがあるから」

「終わったらでいいからさ! 毎日へとへとになるまでやるわけじゃないだろ」


 にへら~、とだらしない顔でささいな抵抗を笑い飛ばすライトは相手の顔が()()るのに気づかない。


 何かすごく面倒な予感を覚えた皇后崎。残念だがもう手遅れである。

 飢えた野獣の前に肉を垂らしてしまったらこうなるのだ。友達に飢えたライトに男友達(・・・)という関係をちらつかせてはいけない。


 対応が面倒になった皇后崎は雑に放り投げた。


「なんで俺と君が友達ってことになるんだ」

「え、ち、違うのか」

「……ああ“ーもう! 疲れているんだ! もう寝る出ていけ!」

「あ、おう。明日からも来いよ実験!」


 皇后崎はこれからの寮生活が億劫になった。



◆ ◆ ◆ ◆



 それからというもの。皇后崎の行く先々にライトが現れるようになった。

 朝の剣の出力調整についての検証と記録。それ自体は彼の『登竜門』のトレーニングにもなるので特別不安はなかった。

 問題はその後である。


 実験の終わった後、トレーニングが一区切り付いた後、朝技術局の寮付近の食堂でばったり会った時に少年が必ず尻尾を振ってついてくるようになった。


「なーなー、ここって食べもん屋ある? 知らない? じゃあ探し行こうぜ!」


「服買いに行きたいなー。どうしよっかなーちらちら」


「海! 砂浜! ピクニーック!!」


 騒がしいの一言である。自分の日常が侵食されていっているのを皇后崎は実感していた。

 爆発する青髪。


「うるせーー! アヤメさんと行けよ!」

「だ、だって忙しそうだし……あと女の子とってデートの誘いみたいで」

「シャイか! 俺も一緒に誘ってやるよ」

「え、本当か!? やたー!」


 引っ付き虫をアヤメに押し付けようとすれば何故か3人で海に行くことになった。

 すいかも弁当もなかったが、ビーチボールと浮き輪だけでも夕日を見るまで遊んでいられた。


「つ、疲れたーー」

「海って意外と使えるな。良いトレーニング場じゃないか」

「ハッ一人だけ泳げなかったやつがよく言うわね」

「う、うるさい」


 トレーニングを横で見られるのは大変苦痛であったため本人も巻き込んだ。


「ロープトレーニングは体幹を鍛える。

 上級者向けだがお前は基礎ができているしいけるだろう。ほら休むな!」

「これ、思ったより、きついぞ」


 彼らはいつの間にか3人で固まることが多くなった。

 誰が言い出す訳でもなく運動実験場に集まり、実験の後軽い話をするようになっていた。


 皇后崎は当初否定していたが、研究所内ではもう運動実験場の仲良しグループという話のタネだ。

 彼らは不思議と馬があったようだった。


 アヤメもライトも皇后崎も、残り2人といるときは笑顔でいることが増えたようだ。

 どこか大人らしく振る舞っていたアヤメと皇后崎も徐々にライトに引っ張られていく。


 子供らしい口喧嘩と和気藹々(わきあいあい)とした光景が当たり前になるのに、2週間もかからなかった。



◆ ◆ ◆ ◆



「ひゃー。ロープやば……肩バキバキ……お前いつもこんななの? 皇后崎」

「継続は力なりだ。特に体幹は間を空けるとすぐに弱くなる。家でも体幹トレーニングをかかすな」

「ふえー…………トレーニング、か。

 なあ皇后崎」


 夕日が繕う帰宅時間。真っ赤な海に沈んだ街並みを背景に、ライトが皇后崎に尋ねた。

 ライトを攻撃するに至ったその過剰なまでのストイックさ、その訳を。


 正直このように手提げかばんに肉やら野菜やらを詰め込んだ帰宅途中に話す事ではない。

 開けっ広げな歩道でほかの通行人もいる中、突然そんな重苦しい話が聞こえてくれば振り向かれるに決まっている。どんな目で見られると思っているのか。

 皇后崎の予想通りといわんばかりに前の通行人が早歩きし始める。


 それを見てライトもTPOに思い至ったようだ。


「あ、ごめん……こんなところでする話じゃなかったよな」


 シュン。目に見えて目線を下げ顔に影を作るライト。

 どうにも彼は感情が顔に出るタチだと最近の付き合いで皇后崎は知った。

 その申し訳ないオーラにガシャガシャと頭をかき、皇后崎は話し始める。


「家の事情……って言っても強制されている訳でもない。あくまで自主的だ。

 うちは代々続く名家なんだ。公家や武家の時代から、指揮棒ふって世を均す……政治家一族として有名な元華族さ。皇后崎って聞いてわかるだろ?」

「どういうことだ?」

「…………名字に皇なんて字がついているのは、皇族の門閥(もんばつ)だってことだよ」


 皇后崎美智子の髪が青みがかっているのも、皇后崎家がその家系図に皇族を取り入れたことがある証である。

 皇帝紫に混ざった青色は、そのものが由緒ある出自であることを示す御旗(シンボル)だ。


「立派な家だから、立派になりたいって? すげぇよ皇后崎!」

「よしてくれ……立派にならなきゃいけないのさ、俺が」

「んん?」

昼行灯(ひるあんどん)の兄には頼れない……女遊びで家を潰されてたまるか」


 皇后崎の目は、いつの間にか遠いところを向いていた。眉間のシワはそれが――家を食いつぶす兄達の影が、面白くないものであることを物語っている。

 憎悪の因縁に思いを馳せて、我に返った時彼は後ろをみやった。


 ライトがついてきていないことに気付いたのだ。


「――ごめん」

「どうした、ライト」

「ォレ、イヤだった?」


 皇后崎の瞳孔が開く。その目に飛び込んできたのは、俯いて顔を隠したライトの立ち姿であったのだ。

 いやだった、とはどういう意味だろうか。


「オレ、友達なら行こうぜとか言って、お前の時間をずっと邪魔してた……」

「――ああ、なるほど」


 そんなことか。ふっと笑みを携え少年に近寄る。

 そして彼に見えないように『登竜門』を発動。


「ライト、顔上げてみろ」

「……な、なん」


 バチンっ!!


「~~いってぇ。なんでデコピンするんだ!」

「下らない事を考えるからだ。トレーニングの時間は十分取れている。

 お前には暇な時間で付き合ってやっているだけだ。

 残念だったな? 大事な時間を裂いてもらえてなくて」

「…………ああそうわかったよ! 謝って損した!」


 すっかり気を持ち直して、ダンダン足音立てて進む少年にチョップする皇后崎は終始にこやかだった。ただ少し陰が残ってライトを見ているだけ。

 なぜ彼が少年に特質を使ってまでデコピンしたのか……それは、ライトが的外れなことに悩んでいることがおかしくて、苛立ったからだ。


 皇后崎は少年に謝ってほしくなかったのだ。遊びに誘うことに負い目を感じてほしくなかった。


 確かに時間は大事だ。限りある時間は刻一刻と残量を減らしているだから、少しでも有意義な使い方をするべきだとは彼は今でも思う。



 ただ、大事な時間もある。

 それを教えてくれたのは、他ならぬ少年なのだから。


 13日は短いようで長かったですね。

1章後半どんどん更新していくのでお楽しみに!


 ブクマと高評価も是非お願いします!

2023/02/16 23:00 初!!!ブックマーク!!!!ありがとうございまああああああす!!!!!!!!!!

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