第12話 『登竜門』
2023/02/16 プロローグ追加しました。 以前のプロローグとは違いライトの境遇が書かれています。
興味があればお読み下さい。
運動実験場では2人の少年が険しい戦いを繰り広げていた。
正しくは1人が猛攻を必死にかいくぐっているだけであり、険しいのはそちらだけだ。もっとも、もう1人は有効打が当たらないことに歯噛みしているようだが。
この戦いに意味はない。
剣の力を証明するというだけならば別に止まってやればいいだけである。皇后崎を落ち着かせて改めて事情を説明すれば彼は停止するだろう。
そうならないのは単純にライトにその余裕がないことと、アヤメが喧嘩を止めないことが原因だ。
彼女は今、バインダーに挟んだレポートになにやら書き込んでいる。
少年は彼女が仲裁してくれないことが信じられない。
長さ2メートル半、直径で1メートルはある竜の腕が剣の盾ごと少年を叩く。
「――う、ぐあ」
「反発は感じられない……さあ、早く剣を使え。
時間は有限なんだから」
「待てって! う」
「――ライト! そのまま戦って!」
「アヤメ!?」
丸太のような腕の猛攻をいなすライトに、応援がかかる。
それは戦闘の中止を願う少年とは真逆の指示だった。
彼は困惑する。
「その腕もD-ウイルスの塊! 切ろうと思えばすんなり切れる。
ガワだけだから支障ないわよ!」
「そんなこと言っても、当たらないぞ!」
事実。ライトには風を切り裂く丸太に剣を当てる技術などない。
身のこなしと剣を盾のように使うことで攻撃を防いでいるのだ。
そして、それが続いていることもライトが怖気づいている理由の一端である。
「反発しない! 剣が寝ているんだ!」
先日、田中阿多坊の特質をちぎり黑髮アヤメのモノクルを押し出した能力を、剣は発揮していなかった。
どのような条件でそれが発起するのかもわからず、ライトは回避に専念する。
「天魔ヴィゾフニル!」
「っ!?」
「剣を出した時のことを思い出して! 再現するのよ!」
少年にそんなことをする余裕はない。
ライトの動きに慣れてきたのか、龍鱗が彼の柔肌を1枚ずつ削いでいく。
ここで彼は最悪の予想をしてしまった。
このまま続けば削られていくのは自分の方。体力も技術も相手の方が確実に上なのだ。
ぼろぼろの倒れ伏した自分とそれを見下ろす皇后崎という光景が目に見えるライト。
行動を起こさない限り負けが確定する。
「――きれないっ!?」
「……やっぱりナマクラだな」
だが、竜は奇跡を許さない。
必死に突き出した切っ先も、鱗に阻まれ弾かれた。その光景に絶望する少年。
挑戦の結果は自身の顔色を青褪めさせるだけに終わったのだ。
「――あ」
「ライト!」
彼は再度竜腕に転がされる。二転、三転。
明らかに体の動きが鈍ったようだった。
グッ。その巨大な腕に掴まれ体が浮き上がる。
「あっけなかったな」
眼の前の青髪の声はしかし、ライトの耳には届かなかった。
ライトは絶望を実感した。その上で、既視感を感じていたのだ。
少年の意識はここにはない。
なぜなら本人の注意はずっと思考の中にあるのだから。
彼が感じた既視感のありかを探しているのだから。
彼は想起する。つい最近、こんな目にあったことがあるような気がすると。
それは4日前にありそうだ。まるっきり似たような体験があったはずだ。
そして既知の絶望を、彼は自分の中から見つけ出した。
天魔ヴィゾフニルだ。
あの腕に掴まれた時の、為す術もない絶望が蘇ったのである。
――再現するのよ!
アヤメの言葉が脳裏をよぎる。
「自分を大きく見せたいからって、もう嘘を吐きに来るなよ?
俺の時間は君のよりも貴重なんだから」
圧倒的な優位にある者が余裕を見せるのも、この世の摂理か。
皇后崎は知る由もないが、奇しくも当時の状況を再現した結果となる。
それが事件の当事者である少年には、ひどくおかしく見えた。
「ふふ、デカくなるスキルなのに、ちっちゃいこと言うなよ」
「――何」
「もうちょっとだけ付き合ってください」
元新聞屋の少年は唱えた、あの時なぜか確信を持って唱えていた魔法の言葉を。
――オレは、ライト・シーブラック。
光が、胴体を掴む竜の拳を貫いた。
◆ ◆ ◆ ◆
皇后崎は自分を高めるということに余念がない。
自身が特別なにか優れているとは思わず、天才だと持て囃されてもそれは努力に見合った対価であると信じていた。
自分のストイックさが少し異常であることはわかっていた。だがそれ以上に、何かに打ち込むということはそういうことだと認識していた。
権力を手に入れる。そのための犠牲として軽いものである。
ステージ2にして『特質』を手に入れられる。そう聞いて被検体に立候補したのも、自らを高める一貫でしかない。
だから、自分のトレーニングを邪魔する要員は排除してきた。故に、『特質』に体を慣らす時間を奪う者も排除すべき対象である。
だからこそそのように手に入れた特別なはずの力が打ち破られたことが、皇后崎には信じられなかった。
彼の『登竜門』を纏った巨大な右拳が、絶大な衝撃波で内側から開かれた光景は悪夢そのものだった。
右腕がライト・シーブラックから弾かれる。体に繋いだ巨大な質量が移動しているのだ。物理法則的に皇后崎は右腕に引っ張られ、無様に転んだ。
「ぐは――」
「あ、ごめんなさい」
「は――ナメるな!!」
襲いかかってきたとはいえ、人間を転ばせてしまったことに謝罪するライト。
その姿は先程までとは違い非常に堂々としたものであった。
全員にそう感じさせるのは、翠緑の剣が内側から光り輝いているからだろうか?
ズアッ。空気を切り裂く竜の尻尾。
腕よりも小回りの効くそれは、腕よりは細くとも鞭のようにライトに襲いかかる。
だが、もうその攻撃は通らない。
「なっ」
「やっと起きた……『レーヴァテイン』だっけ」
ライト=シーブラックの構えた剣。そこから発される磁力のような圧力に、尾の軌道がかき乱されたのだ。
続く連続攻撃も、落ち着いた少年が両手でしっかり剣を合わせている。
彼は刃先に気をつけて剣身の途中に手を添えることで小回りを良くしていた。今できる最高の防御態勢だ。
退魔剣を手に、少年が青髪に近寄る。
力量差は依然変わっていないのにも関わらず、流れが彼を後押ししていた。
「ひっ。…………っ!? ひっ、だと……お前にビビったというのか……この俺が?」
「かわいい」
「………………来るなあーーッ!!」
竜の尻尾と腕の猛攻が始まる。
数分前の攻撃により激しさを増したそれはしかし、ライトには一撃も届かない。
タタタっと退魔剣の少年が青ざめた青髪へ駆け寄る。
直前で尻尾の足払いを回避した少年は飛び上がった。
予想通りの光景に笑みをもらす皇后崎。
「馬鹿がっ。
空中では身動きもとれまい……選べ、尻尾と鉤爪どちらで死にたいか!!」
少年を待っていたのは足払いから返す刀で背後に迫る尻尾、それに呼応して正面から迫る竜の拳の挟み撃ちだった。
青髪は完全に冷静さを失っている。勤勉なれど潔癖な彼は頭に血が上りやすい体質であった。キレて口に出してはならないことを普通に言っている。
ここで冷静なのはもう1人の少年。ライト・シーブラックの方であった。
剣が上空に掲げられ一際強い光を放つ。
十字の光と共に発生した一層強い反発力が尻尾と腕、青髪の『特質』を地面に縫い付けた。
両手で剣を振り下ろそうとするライトは、皇后崎に忠告する。
「腕を出せ!」
「ぐおおおおお! こんな素人ごときにーー!」
最後の抵抗を見せようと振り上げられた竜の拳を翠緑の剣が断ち切った。
◆ ◆ ◆ ◆
右腕の竜の鱗が消えていく。
それは肌に溶け込むのではなく空間に溶けていくようで、中から彼本来の腕が顔を出した。
青髪はうつ伏せだ。袖の破れた右腕で体を支え力のない尻尾を地面に横たえていた。
尚も反撃しようとする皇后崎。彼に異変が起こる。
それは彼のもがきを阻んだ。
「力が抜ける?」
田中阿多坊との検証時にも起こったことだ。
本来使用されたD-ウイルスの残骸を再利用できる『特質』持ちは、剣で断線を起こされると強制的な脱力状態に入る。
寮長とは比較にならない程大質量のD-ウイルスを失った彼は今、相当な脱力状態にある。
意識を保つのもやっとだ。
「認める気になったかしら。その剣、本物でしょう?」
アヤメが皇后崎に声を掛ける。
激情を強制的に沈下させられた彼は、輝く剣を認めざるを得ない。
翠緑の美しい西洋の剣は真の退魔の剣であると。
「ああ。クソ……なんなんだよその剣は。反そ」
「ほいっと」
「ぐげあーーっ!」
ライトが尻尾も刈り取った。
人の体力の限界など素人目にわかるはずもなし。
「ライト!? もういいわよ! 終わってたでしょ!?」
「え、あ、ごめん。……尻尾だけ残ってるのもアレじゃない?」
「鬼か!」
「く……クソ野郎」
白衣の少女に本気で叱られている少年。彼は年相応のうろたえた表情だ。
とてもさっきまでの戦士の顔ではない。
腑抜けた空気の中で皇后崎は意識を失った。
今回で丁度1章折り返し地点ですね。
ここまで呼んでくれた方どうもありがとうございます!
このまま1章完結まで頑張りますね!




