第11話 協力的?
2023/02/16 プロローグ追加しました。 以前のプロローグとは違いライトの境遇が書かれています。
興味があればお読み下さい。
退魔剣の反発が確認できたので少女に剣を押し付け、足早に扉へ向かう少年のほっそりした足。
横から声がかかって停止する。
「つっても、どうすんだよ? これ以上わかることなんてないって」
「いいえ! 調べることまだあるからちょっと戻ってきなさい! いい子だから」
「へ~い」
やることは終わったと家路につこうとする少年を引き止める。アヤメは少しやつれたような表情で現状の確認と調査の次の段階を説明した。
「いい? 今、この剣は断線と反発。ふたつが可能よ。そして、不可解な点がみっつ!」
「不可解な点? あったそんなの」
「まぁ、あんたにはわかりづらいかもね。ひとつはわかると思うわ」
「――そうだ!」
「あら、わかったの? 頭の回転早いのね。見直したわ」
「わからないことがわかった!」
「見直したわ」
はぁ、と溜め息を吐く少女が、不可解な点とやらを説明する。
一つ。出力が不安定なこと。
一つ。ライトにしか使えないこと。
一つ。どうして現れたのか。
「剣の材質はおそらく、天魔の死骸ね。
それにまた別のD-ウイルスが纏わせられている……一体どうやったのかしら」
不可解だわ、と少女が呟くが、少年にとっては全てが不可解であった。どうして、またどうやって現れたのか謎なのはライトにもわかる。問題は残りふたつ。出力とライトにしか使えない云々だ。
説明を求めるライトに少女が答える。
「出力に関してはあなたでもわかるわ。だって見ているんだもの」
「どういうこと?」
「天魔を弾き飛ばすくらいの反発力よ。ざっと300kgの物体を弾き飛ばすって考えてもいいわ。それがこんなに近くにあって、どうして私の片眼鏡はなんともないのかしら」
「……あっ」
少年は納得した。確かにおかしい。この剣がそれだけ力を発するのならあのモノクルは遥か彼方でバラバラに弾け飛びこの少女が号泣するはずだ。
では残りひとつ。ライトにしか使えない点について少女は解説……説明をする。
「単純に、剣があなたの回りでないと活性化しないの。あなたがいないところで検証しようとしても、断線も反発も起きなかったわ。
エネルギー源があなたなのか、それとも剣に生体認証が備わっているか。これも要検証ね」
剣に残った不可解な点みっつ。
問題だけを明らかにした状態となった。解法と利用法は未だ不明だが、この公式の糸口は2人とも見つけたことになる。
その探り方をアヤメに尋ねるライト。
「どうやって調べる? 正直なところオレが剣に影響を及ぼしている実感はないぞ」
「出力は相手によって変わるのかもしれないわ。あなたが戦ったのは天魔、D-ウイルスの塊よ。そちらが剣に強く影響を与えた可能性を調べましょう
あの人に協力してもらうわ」
「あの人?」
アヤメがそう言って運動実験場の端を指差す。その先には、指だけで逆立ち腕立て伏せをし続ける男がいた。
短髪は黒だが、わずかに青みがかっている。長いスラッとした手足も痩せている印象はない、磨かれた筋肉が青ジャージを纏って見事なラインを描いているだけだ。
2人と変わらない15歳前後の少年であった。
「オレあの人見たことあるかも」
「え? それはそうよ。だってずっとここにいるんだもの……昨日も実験中横にいたじゃない」
「いたのか!?」
驚愕する少年。
確かにこの青髪はずっといた。昨日3人で剣の検証をしていた時、今日の朝2人で集合したときからずっといた。3人の時は途中で退出していたが居はした。
ストレッチ、腕立て、ロープトレーニング。
ただ黙々とトレーニングをしていたのを彼は思い出した。こちらとは意識的な壁を作っていたためライトにとっては背景としか映っていなかったのだ。失礼である。
「彼も魔人よ。もちろん『特質』持ちのね」
「あの人に頼むのか? 集中してるっぽいんだけど」
「受けてくれるでしょ……たぶん」
「おい」
ギャースカギャースカ。2人はどちらが話しかけるか押し付け合う。
醜い。
なぜか声を押さえて言い合っているのは、2人とも他の人を改めて認識したからだろう。今更すぎる。
2人は互いに夢中で横に立つ青髪少年に気付いていない。
男が声を掛けた。
「あのさ、集中できないんだけど」
「ぴえ」「あ、ごめんなさい」
静かにしようとする声が逆に気に障ったのか、その静止は怒気が滲んでいた。
◆ ◆ ◆ ◆
それは、剣の反発検証を始めた翌日のことであった。いつも通りの殺風景。広々とした運動実験場にアヤメとライト、そして昨日勧誘したトレーニングの少年がいた。
だがその雰囲気は穏やかではない。緊張状態と呼んでもいいだろう。
「あの! どうしてやめるんですか、昨日は協力するって言ったじゃないですか!」
「……はあ」
ライトが彼――皇后崎を質す声が反響する。
実は1日前、彼らは無事運動実験場でトレーニングに励む少年――皇后崎の協力を取り付けられた。黙々と訓練する様子から勤勉さが垣間見える彼であったが、加えて協力的でもあったのだ。
――俺に手伝えることならなんでもいってくれ。
将来は好青年になりそうな少年の協力を得て、剣を調べようとする3人であった。
だがしかし、ことはそう上手く運ばない。
まず剣が動作しなかった。うんともすんとも言わず片眼鏡を押しのける斥力すら発さない。
それだけに終わらず、なんとライトも不調を訴えだしたのだ。そんな状態では実験を続けることはできず、結局その日は解散に終わる。
そして、今に至る。
指定の集合時間に遅刻した皇后崎が2人に対して突然、協力拒否を申し出たのだ。
「こっちは君たちの……いや、君の遊びに付き合うほど暇じゃないんだよライト君」
「はい?」
「お家から引っ張り出してきたお古かなんだか知らないけどさ、俺のトレーニングの邪魔をするな」
「だから、本当に退魔剣は」
「ハハッ。退魔剣!? まだ言っているのか」
笑う皇后崎。幻想を信じている馬鹿か、詐欺師を説得するための嘲笑だ。
「わざわざアヤメさんまで騙して、体調が悪いって誤魔化してまで……」
彼は手でにやけた顔を覆った。目を押さえ口に下ろし手を顔から離すと、彼はその声色を一気に変える。
どす黒く、冷たい吐露だ。
「いい加減にしろ。
俺が一日振るっても何も反応しなかったその剣に。
空中から現れたとかいう馬鹿な話に。
君にしか使えないとかいうご都合設定にこれ以上俺の貴重な時間を使わせるな
それでもというのなら――」
「うっ!?」
「ライト! きゃ」
衝撃。
ライトの全身から悲鳴が上がる。瞬きも終わらない内に繰り出された攻撃が彼を端から実験場の中央まで弾き飛ばした。
彼がうずくまっていると目の前に退魔剣が突き刺さる。先程の少女の悲鳴は剣を奪い取られたものだ。
初撃を受けたライトには何もできなかったが、攻撃の正体は目で捉えられていた。
その攻撃の正体は、殴打である。
反応も許さない速度の大質量。直線の軌道を描いて向かってきたそれが人間の体をピンボールのように弾き飛ばしたのだ。
もちろん、並の人間にできることではない。
「――剣を抜き俺に見せてみろ、神話の力とやらを!」
「その、体は……?」
「『登竜門』。俺の『特質』は全身を竜化させる。
……一晩ぐっすり。体調は十分だろう」
皇后崎の右腕が尋常ではない程肥大化している。見た目も人間のものからはるかにかけ離れていた。
爬虫類の鱗に昆虫のような外骨格が混ざりあった皮膚。研磨したかのごとく鋭く尖った爪が、彼の右腕を形作っていた。




