第9話 決意を力に
タイトルが荒ぶったりするかもしれませんがご了承ください。
天魔とライト・シーブラックは残すようにしますので。
今回少し短めになっております。
ライトの検査の日、三人が実験を終えた後。
ライトは田中に車を出してもらい無事家具屋でベッドと掃除用具一式を調達することができた。
代金はアヤメの金――もらったやつ――から。字面だけ見るとまるでヒモのようだと複雑な心境のライトであった。
驚くべきは寮長の頼れる大人力であろう。頼みを聞き車を出してくれ家具選びも親身にしてくれたのだ。ベッドを肩で持ち上げられる怪力も加点ポイントだった。
「すげー!」
「すげーだろ」
少年もこのくらいすぐできるようになるぞ、とのことだった。
平時だったなら一般人との乖離に拒絶するライトであったが、その時ばかりは純粋に嬉しかった。寮長の頼もしさに感化されたのだろうか。
ベッド以外の家具は後日自宅配送にしてもらったライトは、ベッドの設置だけ先に寮長にしてもらった。彼はこの後仕事があるらしい。
「少年、君昨日からいたのか!? 確かに鍵は渡したが……てっきりまだだと思ってたぜ。どこで寝たんだ?」
「ははは……」
「部屋ほこりまみれだな……掃除の手伝いだけしていくか? 今日は俺の部屋で寝てもいいぜ」
寮長の提案はありがたかったが、本人は丁重にお断りする。
そこまで甘える訳にもいかないし、早く掃除を済ませてしまいたかったのだ。
寮長と分かれてから、ライトはまず部屋の清掃を開始した。
掃除の基本は上から下、奥から手前だ。あらかじめ雑巾をまとめて用意しておくと後が楽になる。
まずハタキと雑巾で壁や扉、収納のほこりをかき出し下に落とす。次に床だ。真空掃除機でゴミを取り除き雑巾で水拭きする。
さっと仕上げるのがコツだ。
新築でまだ誰も入っていないとのことで、前の住人の残していった油汚れや傷などはなく掃除はスムーズに終わった。
お日様もすっかり寝入ったようで、窓の外は暗くなっていた。
「床シートは明日だな」
木目調のビニル床シートは今は敷くことができない。リビングは今水拭きで乾ききっていないし、寝室はベッドが邪魔である。一人でやるのは一苦労だ。
後日寮長に手伝ってもらおうと彼は考えた。
ふー。溜め息が出る。明後日には家具が届く。組み立て配置して、自分だけの部屋をレイアウトするのだ。
大変だろうが、楽しみだ。
明日からはまた剣の検証の日々だとアヤメからライトへ連絡があった。
どうも剣の性質が不安定らしく、効果を発揮しないそうだ。
初日も本当なら専用の研究チームが組まれるところ、肝心の剣がうんともすんとも言わなかったため棄却されたという。だから今後はオレたちで調べていくらしい。
阿多坊さんの体力をあそこまで削った厄ネタだ。少年は正直そこまで乗り気でもなかったが、アヤメや阿多坊さんとの話は非常に面白いと感じていた。
D-ウイルスや魔獣についての造詣が深くなっていくのは、小難しい本を一冊読み切った時のような快感を与えてくれる。
大変だろうが、楽しみだ。
自分の検査はこれから少なくとも半年は続くのだという。その際に進度を上げることがあるかもしれないと聞いた。
ステージ3のD-ウイルス患者になれば阿多坊さんのような『スペシャル』を発現することになる。
自分の『特質』はどういうものになるのだろうかと彼は期待した。黑髮のおにーさんのような強力な力だろうか。寮長さんのような一点特化の力だろうか。
自分の才能に夢を見ない男子がいるだろうか。いやいない。
未来の自分が楽しみである。
いざやることを終えてみると、視野が広がったように感じるのはいつの時代も同じであろうか。少年もその類にもれず、集中が途切れるのがわかった。
「寒いな……」
春は暖かな季節ではあるが、今日の夜は例外であるらしい。
濡れるからと靴下を脱いでしまった凍りつきそうな裸足をすり合わせ、雑巾ですっかり冷えてしまった手にほうっと熱気を送る。
寝る準備をライトは始めた。
しかし。
「片付けるか――うわ! イッテェ。
……も~またびしゃびしゃじゃ~ん」
寒さで体がかじかんでいたのがいけないのか、裸足が悪さをしたのか。ライトはバケツを持ち上げて転んでしまう。
盛大に体を打ちつけ濁った水バケツをひっくり返してしまった。
拭いたばかりの木の床が、拭く前よりも汚れていく。
辟易だ。
そうしながらも四つん這いになる少年だった。一度はきれいにした床をもう一度拭く。
早く水たまりを除去しなければ床材に浸透してしまうのだから。
「新居なんだからきれいにしなきゃ」
しみつけば床の木材は腐ってしまう。
前の家と違って、この新居はまだきれいなままなのだから。
「そうだよ。ここは虫も出ないし、風も通らない。キッチンは輝いてるし、クローゼットは新居の匂いがする。だから」
だから。彼はごしごしとぞうきんで掃除をするのだ。
「大切にしなきゃいけないんだ」
ごしごし、ごしごし。
この新しい住まいにはシロアリも水漏れも柱に刻まれた目盛りもない。
下水の臭いも壊れた椅子も、年季の入った鉄鍋もない。
家族の思い出がない、一人の家だ。
何もない。
ごしごし。ぴちゃぴちゃ。
水分を拭き取っているはずの雑巾から、水飛沫がとぶ。
勝手にこもった腕の力も関係なく、少年は腕を動かし続けた
「大切にするんだ」
唇をかみしめて、拭くのをやめない。
ぽたぽた目から雫が落ちるのも気にしない。
「全部……だいじにするっ」
ぽろぽろと大粒の涙が、なんどもなんども彼の頬を伝って流れ落ちていく。
彼はそれを根気強く拭き上げていた。
寂しさを糧に悲しみを拭い去る。自身の決意を力に変えるのだ。今までもそうではあったが、彼はこの島で、本当の意味で一人でも生きなければならなくなった。
昔のしがらみがなくなったのだから、新たな関係を築いていくのだ。
決心。それは今から手に入れるすべてを――
「もう何もなくさないからなっ……!」
――守り切ること。
彼は水たまりを拭ききっても乾いた雑巾で同じ場所を撫で続けた。
涙が収まるまで、ずっと。




