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7 俺の存在

 俺は元気よく家に帰った。父さんは、俺がただいまと元気に帰ってきたのを見ると、笑顔でおかえりと言ってくれた。まあ、いつもと同じだ。父さんはいつも変わらない。

 母さんは、ちょこちょこと俺の様子を気にしているのがわかった。そういうのも、ちょっと前まで煩わしかったのに、今はそれすらあたたかく感じる。


 店の仕事を終え、俺はさっさと風呂に入り、自分の部屋に行ってPCを開いた。そして、父さんの「自叙伝」の続きを読み出した。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 くるみとは、すごく気持ちが繋がっているような、このままずっとそばにいられるような、そんな気になっていた。嬉しかった。一緒にいられることが、嬉しくてしかたなかった。でも、くるみがその頃体調不良を訴え出した。

 気持ちが悪いらしく、部屋に閉じこもり寝ているようになった。


 俺は、父さんの日記を思い出した。

 あ、父さんの日記っていうのはね、聖。母さんが俺を妊娠した時に、毎日父さんと母さんで、日記を付けていたものなんだ。

 その日にあったこと、そして、感動した風景だったり、父さんや母さんの写真だったりも貼り付けてあるもので、俺の宝物だ。父さんは俺が生まれるまで生きられないと思っていて、毎日毎日、その日記を付けてくれていたんだ。

 俺が大きくなった時に、父さんはどんな人で何に感動したかとか、すべてを俺に伝えるために。


 そこには、毎日の体の調子とかも書かれていて、頭痛や吐き気や眩暈、痙攣が起きたことも書いてあった。それを思い出しちゃったんだ。

 あ、そうだ。その父さんの日記は、いつか、聖が大きくなったら見せるよ。


 話は戻って。くるみが、気持ちが悪いと言うから、俺はものすごく心配をした。だって、もし悪い病気だったらと思ったら、いてもたってもいられなかった。

 会社の昼休みに家に戻って、くるみのそばにいようとも思った。それで、店の定休日だし、家にいるだろうと思ってみたら、もぬけの殻だったことがあったんだ。


 母さんもくるみも、どこに行ってるのだろうとものすごく心配していたら、二人して家に戻ってきたんだ。「病院に行っていた」と言って、真っ青な顔をくるみがしているから、俺はすごくすごく心配した。

 母さんはそんな状況なのに買い物に行くと言い出し、病院での結果はくるみさんに聞いてと言って出て行ってしまった。俺はくるみと二人きりになり、聞き出した。

 くるみは、病気じゃないと言った。病気じゃないのに具合が悪いって、いったいなんなんだろうと不思議に思っていたら、妊娠していると言われた。


 一瞬、頭が真っ白になった。それからつわりだとわかり、つわりって相当しんどいんじゃないのかなと気になった。くるみは店を手伝っていたけれど、店を手伝うのもしんどいかなとか、じゃあ、これから俺が店の手伝いをするかとか、でもそうしたら自分の仕事はどうしようかとか。

 本当は、そんなこと悩んでいる場合じゃなかったんだ。もっと、他のことをきちんとくるみに聞かなくちゃいけなかった。でも、なかなか頭が働かなくてさ。


 そうしたら、くるみがいきなり謝って俺は驚いた。え?なんで、謝っているのかって。

 一瞬のうちに、いろんなことを考えたよ。


 俺の子じゃないのはわかっていた。稔さんの子だ。だって、3ヶ月だって言っていたから。俺とくるみは、会ってまだ3ヶ月も経っていなかったしね。

 それはわかっていたけれど、何をどうして謝られたのかわからなかった。稔さんと復縁したい。よりを戻して、稔さんの子として産みたい。だから、俺と別れたいってことか。それで謝ってきたのか?最初に思ったのはそのことだった。


 それとも、産みたくないと思っているのか。

 それとも、俺じゃ、父親になる資格なんてないと思っているのか。

 それとも、何か別の理由があるのか…。


 なんで謝ったのかを聞いても、くるみはわからないと言う。何も考えられないとも言う。だから、俺のほうから一つずつ質問した。


 まず最初に、くるみは稔さんとよりを戻したいのかを聞いた。くるみは、稔には梨香がいるって答えた。じゃあ、もし二人が別れていたら?稔さんに子どもの話をして、父親になってもらうのか?そう聞いたら、くるみは首を横に振った。


 じゃ、産む気がないのかと聞いてみた。そうしたら、くるみはもう稔とは関係ないし、別れたし…と、俺の質問に対して曖昧な返事をした。

 もしかして、その命を消しちゃう気?俺は、ちょっと頭にきていた。多分、父さんのこともあって、命を粗末にしたりして欲しくなかったからだ。

 だけど、くるみは凄く苦しそうだった。産んだら、この子のことを憎んでしまうかもしれないと言って子どもを産むという選択を迷っていた。


 ああ。そうだ。聖に話さなくちゃね。前に少しだけ触れたよね。くるみは親から、

「あんたなんか、生まれてこなければ良かったのに」

と言われて育ったんだ。その辺のことを、少し話すよ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 ブツ…。俺は、その画面を消した。それ以上、読めなかった。

 母さんが苦しんでいたこと、その過去をなかなか受け止められなかったし、それに、俺のことを産んだら、憎んでしまうかもという言葉がひっかかっちゃって先に進めなかった。

 本当は、俺のことを産みたくなかったのかな。


 母さんは、小さな頃からよく俺に言っていた。

「生まれてきてくれて、ありがとう」

 なんでそんなことを言うんだろう?わからなかった。でも、喜んでくれているんだろうから、いいやってなんとなく思っていた。

 誕生日にも、毎年それを言う。生まれる時に、俺、もしかして何か、大きな病気でもしたとか?なんて勝手に思ってみたり。でも、聞いても、生まれた時からずっと元気だと母さんも父さんも言う。


 ちょっと、不思議に思ったこともあったけれど、あまり気にしないで今まで生きてきちゃったんだ。

 頭の中がもやもやした。なんで、母さんは生まれてこないほうが良かったって言われたのか。

 知りたいけれど、知りたくない。俺のことも、知りたいけれど、知りたくない。


 PCを閉じて、勉強をすることにした。そこへ、

 トントン…。

「聖?開けていい?」

と母さんの声がした。

「うん。いいよ」

 母さんが、ドアを開けて入ってきた。

「あら、勉強?えらいわね」

「ああ…。なんかいろいろと、空っぽにしたくて」

「え?」

「なんでもない。それより、何か用?」

「悩み事?そんな時に、ますます悩ませて悪いんだけど」

「うん…。何?」

 どうやら、深刻な様子だ。

「明日、菜摘ちゃんのご両親がお店に来ることになって」

「え?なんで?」

「ちょっと入ってもいい?」

「え?うん」

 母さんが、部屋の中に入ってきてドアを閉めた。そして、俺のベッドに座った。


「実はね、真っ青な顔して、今日、菜摘ちゃんが帰ってきたって、梨香から電話があったのよ」

「え?」

 梨香って、菜摘ちゃんのお母さんだよな。

「れいんどろっぷすのホームページから、電話番号を調べてかけてきたみたい」

 俺が黙っていると、母さんは話を進めた。

「梨香が菜摘ちゃんに問い詰めたらね、私と聖君は兄妹なんだって言って、泣き出したらしくて。梨香が稔にそれを話して、二人でここに来るって決めたらしいのよ」

 やばい…。菜摘ちゃん、お母さんに話したのか。


「梨香も、稔も知らないことだったから。ちゃんと、真実を聞きたいって言っていたわ」

「ごめん、俺…」

「いいのよ。爽太とも話したけど、こうなるようになっていたのよね」

「え?」

「本当はね、あなたが生まれる前にきちんと、稔には話さなくちゃいけないことだったんだなって。あなたと菜摘ちゃんが偶然にも出会ってしまったのは、きっと真実を話さなくちゃいけない、必然性があったんじゃないかって爽太も言ってた」


「必然…って?」

「偶然じゃない。必要で起きることよ。この世界で起きることはぜ~~んぶ、必然。何一つ、偶然はなく、何一つ無意味なこともない。そう思ってるのよね、私も爽太も」

「……」

「だから、今回のこともね」

「無意味のことはない?」

「うん。きっと私たちも、ううん、みんなが幸せになっていくために必要なこと」

「今の状況が?菜摘ちゃんにとっても?」

「うん。そう思うけど…」

「…うん。なんとなくわかる気もする。今日思ったんだよ。母さん俺のこと、信じるって言ったじゃん。俺が、大丈夫だって信じてくれたんだろ?菜摘ちゃんも真実を知っても大丈夫だって、なんかそう思ったんだ。真実を言っちゃった後だけどさ」

「……そう」


「友達もいるし、両親もいるし、絶対立ち直れるっていうか、前に進めるっていうか…」

「聖も、前に進めたの?」

「俺?俺はどうかな。ちょっと今、ぐらついてるけど」

「……」

 母さんは、ちょっと眉をひそめて俺を見た。

「でも、大丈夫だよ。多分、前よりか落ち着いてるって思う」

「そう?じゃあ、明日も大丈夫よね?」

「え?」

「稔がね、あなたにも同席して欲しいって。稔、あなたには会ったことないから」

 まだ、母さんは心配そうだ。でも、俺は別のことが心配だ。


「大丈夫なの?俺が居ても」

「誰が?」

「えっと、梨香さんとか…」

「梨香?うん、大丈夫よ。多分」

「じゃ、母さんは?」

「私?なんで?」

「なんか、ずっと辛そうにしていたから」

「え?いつ?」

「菜摘ちゃんと話している時とかさ」

「そう?そうだったかしら…?」

 母さんは、しばらく黙って考えてから、

「ああ。もしかすると、あなたのことかな」

とぽつりと言った。


「俺?」

 俺のこと?

「だって、好きな子が妹だなんて、かなりきついことだろうなって心配になっちゃって…」

「俺のこと心配していただけ?」

「う~~ん、心配は無用だったみたいだけどね」

「じゃ、自分が辛いこと思い出してとか、そういうんじゃないの?」

「違うわよ~!もう、とっくにそんなの、乗り越えているってば」

「な、な~~んだ」

 俺は心底ほっとした。

「ん?もしかして、母さんのことをあなた、心配してた?」

「うん。ちょっと…」

「そうなの?ああ、もう!」

「え?!何…?」

 母さんは、俺のことをぎゅっと抱きしめてきた。


「わ、何?俺、もう子どもじゃないよ。いったい何?」

「いいじゃない。ハグしたって。いつまでたっても、母さんの子じゃない」

「ちょ…離して」

 俺は照れくさいのか、すぐに母さんから離れた。

「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫よ」

 母さんはそう言うと、にこにこしながら部屋を出ようとして、そして、

「あなたも、桃子ちゃんいるし、大丈夫みたいよね」

と言い残し、ドアを閉め1階に下りて行った。

「う…。何、それ…」

 俺は、自分の顔が赤くなるのがわかった。ああ、母さんがもう、ここにいなくて良かった。


 それにしても、なんだ、俺のことでか…。そう思うと、いきなり肩の力が抜けたような気がした。

「大丈夫…か」

 そうだよな。母さんがどんな辛い思いをして育ってきたのかとか、俺を妊娠したってわかってどんなに悩んだとか、そういうのも全部知ったとしても、大丈夫なんだよな。

 と思いながらも、PCは開けられず…。そのまま勉強の方をして、俺は頭を真っ白にして寝た。

 明日のことは、明日だ。どうにかなるさ…、そんな気持ちで。



 翌朝、やけに早くに目が覚めた。忘れようとか思いつつも、やっぱり今日のことが気になっているのかな、俺は…。


 一階に下りると、父さんと母さんはリビングで話をしていた。

「おはよう。早いね、聖」

「父さんも早くない?日曜はゆっくり寝てるじゃん」

「う~~ん、そうなんだけどね。今日はどうもね…」

 父さんも、落ち着かない様子だ。

 そこに2階から大きな足音を立てて、杏樹が下りてきた。今日も部活か…。

「あれ?なんでみんな、起きてるの?今日、日曜だよね」

「ああ、なんか目が覚めちゃって」

 俺は、適当に誤魔化すと店の方に行った。


「なんか、手伝おうか?」

 母さんにそう言うと、じゃあ、朝食を作るのを手伝ってと言われた。

 キッチンでトーストを焼いたり、ハムエッグを焼いたりした。まずは、朝いちで部活に行く杏樹の分を作った。

「ありがと!」

 そう言うと、杏樹はがつがつとそれを食べた。

「お前、花より団子だな」

「え~?何?なんか言った?」

「いや…。よく食うなって思ってさ…」

 ぺろっとたいらげると、さっさと杏樹は着替えをしに部屋に戻って行った。


 俺は、次に母さんと父さんの分を作った。それをカウンターに運んでから、自分の分を作って二人の横に並んで食べ出した。

「何年ぶりだ?会うの…」

 父さんが、母さんにぽつりと聞いた。

「聖が生まれる前だったから、もう17年?」

「そんなに経ったんだな~~」

 父さんは感慨深そうにそう言って、それからコーヒーを3人分淹れてくれた。


「聖は…、どうだ?」

「え?何が?」

 ハムエッグを食べながら、俺は父さんに聞き返した。

「緊張してる?」

「いや、別に」

「…本当の親に会うんだよ?」

「……。別に」

 なんだよ、その本当の親って。父さんは「本当の親」じゃないの?血が繋がっているかどうかって、そんなに重要?

 あれ?おかしいな、俺。この前、俺と父さんは血が繋がっていないって聞いた時には、すげえ腹が立って、本当の親じゃないじゃんかって思っていたのにな。今は、血が繋がっているかどうかなんて関係ない気がしてきた。


「お前が、そんなに気にしてないなら、俺も別に緊張することもないんだけどな」

 父さんが、そうぽつりと言った。

 父さんにとっても、自分のことよりも俺のことのほうが心配なんだな。やっぱり、「信じている」とは言いつつも、心配しているんだな。

「大丈夫だよ。何かあったとしても…」

「え?」

「だから、何かもし俺が傷付くようなことがあったとしても、父さん、一緒にそれ、乗り越えてくれるんだろ?」

 俺は、父さんの自叙伝に書いてあったことを思い出し、そう言ってみた。

「ああ。うん。もちろんだ」

 父さんはそう言うと、にこっと笑った。俺もつられてにこっと笑っていた。


 食べ終わり、店の手伝いをした。9時にパートさんが来たから、俺と交代をした。

 菜摘ちゃんのご両親は10時に来るそうだから、俺はそれまで部屋で「自叙伝」を読むことにした。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 くるみのご両親は、離婚している。くるみが中学の頃から喧嘩をするようになり、高校の頃は口もきかなくなり、くるみが働き出したと同時に離婚をしたそうだ。


 それまではくるみがいるからと離婚もしないで、お母さんは我慢をしていたらしいが、何かにつけくるみに、

「あんたがいなかったら、私は幸せだったのに。あんたなんか生まれてこなかったら良かった」

と、言っていたそうなんだ。ずっとそれを聞き、くるみは育ってきた。自分が大嫌いで、生まれてこなかったら良かったって思いながらね。


 家にいても気が休まらないから、遅くまでやっている塾に通っていたらしい。

 それから、たとえ一人でも逞しく生きていけるよう、強い女性にならなければって、そんな思いでくるみはずっと生きてきていたんだ。


 仕事は営業。男性並みに働いて、プロジェクトを任せられるまでにいったらしい。

 稔さんは同期で、仕事でもいろいろと支えてくれてたらしいよ。だけど、くるみは仕事を優先にしていたから、徐々に稔さんはそばで相談に乗っててくれてた梨香さんを、好きになっていったのかもしれないね。


 くるみは、稔さんの前で、泣いたこともなかったって言っていたよ。

 俺の前では、よく泣いてたけどな~。俺の前では、自然体でいられるって言っていた。まあ、出会いも強烈だったし、何も隠す必要もなかったのかもしれないね。

 俺もなぜだか、くるみの前では自然体でいられた。1番、自分をさらけだせる、心を開いて接することが出来たんだと思う。


 くるみは、今じゃ信じられないけれど、働いていた時はばりばり頑張っていたようだよ。虚勢を張って生きてきたって言っていた。

 お母さんの影響だね。もし、結婚して子どもが出来ても、いつ離婚してもいいように一人でも生きられるように頑張っていたみたいだ。でも、そんな生き方、ちょっと寂しいよね。一人で生きていくのが前提の人生なんてさ。

 だいたい、なんで結婚しても離婚するって思っちゃっていたんだか?でも、しょうがないかな。親を見て育ったわけだから。


 そうなんだ。くるみはね、自分が不幸になることを前提にして、生きているんだ。幸せ下手、喜び下手なんだ。

 人に甘えるのも下手だし、愛されるのも下手だし、だからいつも自分が不幸になることに対しての心配があったんじゃないかな。それに備えて生きているような気もしたよ。

 幸せになることを選べば、それでいいのにね。


 だから、不思議なことを言うんだ。初め、まったく理解ができなかったよ。

 お腹の子を産んで、自分が不幸になったらこの子を責める。お母さんのように、

「生まれてこなければ良かったのに」

と、この子を憎むのが怖い。ってね。

 変でしょ?なんで、不幸になるの?


「俺のこと愛してる?信じてる?俺、頼りない?」

って思わず、聞いたよ。くるみは、俺が多分、何を言っているのか理解できないみたいだった。

 でもさ、なんかわかってきたんだ、俺。くるみは、ずっと母親に、

「生まれてこなかったら良かった」

と聞いて育ったから。その言葉が、恐怖っていうかトラウマっていうか、そんなことをもし自分が子どもに言ったらどうしようって、怖かったんだろうね。


 ほら、親に暴力をふるわれた人が、また、自分の子にも手をあげていたなんてことあったりするじゃない?って言っても、わからないか。

 だけど、俺、そんなこと心配しなくてもいいと思って、くるみにも言ったんだ。

「お母さんたちは、不幸になることを選んだ。くるみは、幸せになることを選べばいいんだよ」

ってさ。だって、俺はね、くるみを本当に愛しているんだ。お腹の子もひっくるめて、全部が愛しいんだよ。


 そりゃ、人生、何が起きるかなんてわからないよ。だけど、もし何か大変なこと、辛いことが起きても、一緒にそれを乗り越えたらいいって思うんだよね。

 かつて、俺の父さんと母さんがしたみたいにさ。


 もし、聖が俺が実の父親じゃない、血が繋がっていないと知って辛い思いをしていたり、悩んでいたりしたら、その時には俺やくるみと一緒に乗り越えたらいいんだ。それだけのことだ。

 それを今から心配する必要はないんだ。


 今は今。今、目の前にある幸せを噛み締めようよ。今を大事に生きようよ。俺がそう言ったら、くるみはいっぱい泣きながら、幸せになってもいいの?って聞いてきたよ。幸せ下手なんだ。そんなところまで、愛しいと思ったよ。

 お腹の子を愛してもいいの?って泣いていた。

 当たり前じゃんか…ね?だって、愛するために生まれてくる子なんだし、それに、くるみのことを愛しているから、聖は生まれたんだ。

 聖は、天使なんだからさ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「俺が、天使?」

「俺が、愛するために生まれた?」

「俺を、愛するために、産んだ?」

 読んでいて、文字がぼやけてきた。あ、涙でだ。なんで俺、泣いてんの?


「…俺って、何かすげえの?」

 涙が、ぽろぽろと落ちてきた。

「お腹の子を愛してもいいの?」

 母さんの言った言葉が沁みる。なんか、すんごい沁みてくる。そして、そんな母さんのことを、愛しいと思っていた父さんのこともすげえって思えてくる。

「何?父さんはじゃあ、まったく、血が繋がっていないとか、そんなの端からなんとも思っていなかったんだ」

 また父さんのことが、すげえって思えてきて、それを気にした自分はちっちゃいと思えてくる。


 トントン…。

「聖、稔さんと梨香さんが来たよ」

 父さんがドアの外で、声をかけてきた。

「あ、うん。今、行く」

 やべえ、泣き顔だ。慌てて鏡を見て、ティッシュで涙を拭いて、鼻を噛む。目がちょっと赤いけど、とにかくいかなくちゃ…。俺は、2階から下りて、店の方に行った。

 店には、もう、菜摘ちゃんのご両親が、テーブル席についていた。



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