6 真実の告白
いったい何が起きたんだ。あんなに仲の良かった3人が、この短時間に何が起きたっていうんだ。
俺ら3人は一瞬沈黙し、目を見合わせた。沈黙を破ったのは俺だ。
「どういうこと?」
蘭ちゃんにそう聞くと、
「あの二人、自分のことしか考えてない」
と、蘭ちゃんは声が少し震えている。
「?」
俺たちは何が起きているのかさっぱりわからず、また3人で目を合わせたが、菜摘ちゃんが顔を真っ赤にさせて泣きながら歩いてきているのがわかり、みんなでその方向を見た。その後ろからは桃子ちゃんの姿も見えた。
ああ、泣くのを必死に堪えているんだろうな。俺を真っ直ぐに見てこっちに来ている。目で何かを訴え、口は一文字だ。
蘭ちゃんはすごく冷たい視線で、まず菜摘ちゃんを見た。
「菜摘はね、桃子が聖君のこと好きだからっていろいろと応援していたの。それで二人がうまくいったのに、今さら自分も聖君が好きだったって、突然言い出して」
「え?!」
俺は、かなり驚いた。隣で葉一も驚いていた。意外にも冷静だったのは基樹だ。
「なんで今頃になって?」
基樹は菜摘ちゃんを見てそう聞いたが、答えたのは蘭ちゃんだった。
「葉君が、聖君も菜摘のことが好きだって言ったからよ」
「何、何でお前そんなこと言ったの?」
基樹は、今度は葉一に向かってそう聞いた。
「わ、私が葉君に、聖君のことが好きだって言ったから。葉君が、ひっく、悪いわけじゃないの…」
菜摘ちゃんはそう言うと、またひっくひっくと泣き出した。そんな菜摘ちゃんを見て葉一は、やるせなさそうな表情をして、
「だって、菜摘ちゃんも聖が好きで、聖も菜摘ちゃんのことが好きだってわかっちゃったら言うしかないじゃんか。俺、二人の気持ち知ってんのに黙っていられなかった」
と最初は基樹に向かって話し出したのに、最後には俺を凝視した。
「でも、なんでそれだったら、桃子ちゃんのことも怒ってんの?」
基樹が蘭ちゃんにそう聞いた。
「桃子も、聖君が菜摘のこと好きだってことを知っていたのに、ずっと黙ってた。そのまま、聖君と付き合ってたんだよ」
蘭ちゃんは、少し桃子ちゃんのほうを睨みながらそう言った。桃子ちゃんは黙っていた。でも、握り締めている手が震えているのがわかった。
「なんか、絡み合っているな」
基樹がそう呟いた。
「桃子ちゃん、こいつは俺が菜摘ちゃんのことを好きだって知ったから、菜摘ちゃんを諦めることにしただけだよ。悪いけど…」
葉一は、桃子ちゃんにそう告げた。
なんだよ、葉一、なんでそういうこと言うんだよ。ああ、くそ。なんて俺は言えばいい?桃子ちゃんを見ると黙り込んで俯いている。俺が真相を言わないでとお願いしたから今困っているんだよな。何か、俺がどうにかしないと…。
「あのさ」
俺が口を開いたと同時に、桃子ちゃんはそれを遮るかのように、
「でも、今は聖君、私と付き合っているし…。今さら別れてって言われても、私別れたくない」
と、精一杯の声を出した。それから、唇を噛んだ。
俺は半分開いた口を閉じた。ここで真実を言ったら、桃子ちゃんの頑張りも無駄になる。ここはやっぱり、黙っていたほうがいいのか…。
「自分さえ良ければ、いいんだよね、みんな」
俺の横で蘭ちゃんが、冷ややかにそう言った。
菜摘ちゃんはハンカチで涙を拭いていた。そして、
「ごめんなさい。私がちゃんと私の気持ちを桃子に言っていたら良かった」
と、下を向いて謝った。桃子ちゃんは、ぎゅって唇を噛んだままだ。
「お前は?お前の気持ちはどうなんだよ」
基樹が突然、俺に聞いてきた。
「俺に遠慮とかいらないからな」
葉一が小声でそう言った。
俺はまだ答えが出ていない。どうしたらいい?言わないほうがいいのか、真実を言ったほうがいいのか。決めかねている。でも何か言わないと。何も答えが出ていない状態なのに、俺は口を開いた。
「俺は…」
そう言いかけた時、桃子ちゃんが俺の方に来て俺の腕にしがみついた。
「?」
びっくりした。他のみんなも桃子ちゃんの行動にびっくりしたのか、黙ってみんなが桃子ちゃんに注目した。
「ひ、聖君は、菜摘に渡せない。だって、菜摘、応援してくれてたでしょ?」
桃子ちゃん、目が泳いでるよ。思い切り演技してるでしょ?それ。
「でも、1番大事なのは、聖君の想いだと思うよ」
それに比べて、菜摘ちゃんは冷静だ。さっきまで泣いていたのに。
「桃子って、そういう子だったんだ。なんか、男の前だと変わるよね。女友達より男の方が大事?」
蘭ちゃんがそう言うと、桃子ちゃんの顔色がさっと変わった。腕から桃子ちゃんの手が震えているのが伝わってくる。
「そ、そうだよ」
口も、声も震えている。ものすごく無理をしているのが伝わってくる。全部、俺のために。ここまで必死に演技をしてくれているんだ。
「蘭、もうやめろって」
基樹が、蘭ちゃんを止めた。蘭ちゃんはそれでも、何かを訴えたいようだ。だけど基樹が、蘭ちゃんが話し出すのも阻止するように蘭ちゃんの前に立ちはだかった。
ああ、くそ。俺、何をしているんだ。
「はあ~~~」
俺は、重い溜息をした。
「桃子ちゃん、……もういいよ?」
ぽつりと俺は桃子ちゃんに言った。我慢して、震えている桃子ちゃんの唇がますます震えた。
「そんな頑張って演技しないでも。俺のためにさ…」
「だって…」
そう言うと、桃子ちゃんは大粒の涙を流した。
「俺、確かに菜摘ちゃんが好きだったけど…。駄目なんだよね。ごめんね?」
菜摘ちゃんの方を見ながら、俺がそう言うと、
「駄目って?」
と、横から葉一が訝しげに聞いてきた。
「無理して演技って?なんで、お前のために?なんだよ、なんか隠してるのか?」
葉一、鋭いじゃん。
「ふう…」
また、俺は溜息をついた。それから、
「話すしかないのかな…」
と、どこともなく宙を見てそう言うと、
「聖君」
と桃子ちゃんが、俺を心配そうに見た。目にいっぱいの涙を溜めながら。
「実はさ、俺も知らなかったことで、ついこの前、親から聞いたんだ」
みんなは一斉に俺に耳を傾けた。桃子ちゃんはその逆で、聞かないようにしているようだった。
「菜摘ちゃんが店に来て、母さんが驚いてた。母さん、俺の父さんと会う前に、菜摘ちゃんのお父さんと付き合っていたんだ」
「…え?」
菜摘ちゃんが1番驚いた。
「別れた後に、俺を妊娠していることに気付いた。もう、父さんとは出会ってた後で…。それで、父さんが母さんと結婚して、俺のことを子どもとして育ててくれた」
「……」
みんな、驚いていた。でも、菜摘ちゃんは血の気を失い真っ青だった。
「俺、菜摘ちゃんとは血が繋がっているんだ。菜摘ちゃん、俺の妹なんだ」
そんな菜摘ちゃんを直視できず、俺は下を向いて告げた。
ガクン…。その場に菜摘ちゃんは座り込んだ。
「菜摘!大丈夫?」
蘭ちゃんが駆け寄って、菜摘ちゃんの肩を抱いた。
「桃子ちゃんは、俺が菜摘ちゃんのことを好きだって、葉一と俺が話しているのを偶然聞いちゃって、それで、自分は諦めるからってさ。俺のこと、応援するって言ってくれたんだ」
「え?」
蘭ちゃんも菜摘ちゃんも、同時に桃子ちゃんを見た。
「それで俺、桃子ちゃんに本当のことを話した。でも、絶対誰にも内緒にして欲しいって言った。それに、付き合っているふりもしてくれってその時に頼んだ」
「じゃ、桃子、全部知っていてわざと、さっきあんなことを?」
蘭ちゃんの質問に、桃子ちゃんはまだ口を閉じたままだ。
「そうだよ、全部演技だよ。俺のためにさ。桃子ちゃん、友達思いのいい子だって、蘭ちゃんも知ってんでしょ?」
桃子ちゃんは無言のまま下を向いた。
「ごめん。桃子ちゃんを悪者にするところだった。ほんと、ごめん」
「私は、私は全然…」
桃子ちゃんは、思い切り首を横に振った。
真っ青な顔をしたまま、菜摘ちゃんは座り込んだままだった。
「ごめん。菜摘ちゃんには、絶対に言わないようにするつもりだった。それに、多分このこと、菜摘ちゃんの親も知らない。俺の親、言っていないと思うよ」
「……兄妹?」
やっと、菜摘ちゃんが口を開いた。
「ごめん、葉一。お前にまで黙っていたけど、でももし言ったら、菜摘ちゃんに知れちゃうかもしれないと思って黙っていた」
「……」
葉一は黙っていた。黙ったまま俺を睨んだ。
「……」
誰も、口を開かなかった。
「立てる?菜摘」
ようやく蘭ちゃんが口を開いた。
「うん…」
「ごめんね、菜摘。桃子…。何も知らないで、あんなに怒って」
「ううん」
桃子ちゃんは、俯いたまま首を横に振った。
「私、菜摘のこと送っていくから。桃子のことは、誰かお願い」
そう言うと菜摘ちゃんを連れて、蘭ちゃんと基樹はその場を去って行った。
「桃子ちゃんは俺が送るよ」
葉一にそう言うと、
「ごめん、桃子ちゃん。まじでごめん、俺…」
と葉一は、桃子ちゃんに謝っていた。
「でも、俺はお前には謝らない。そういうこと隠して、俺に何も言ってくれなかった…」
目を真っ赤にして、葉一は俺にそう言った。
「ごめん…」
俺は葉一に謝った。だけど、葉一はその言葉に顔を背け、そのまま駅に向かって歩き出した。
俺と桃子ちゃんは、しばらくベンチに座ったまま黙っていた。
「ごめんね。桃子ちゃん、俺、変なことに巻き込んだね」
「ううん」
「危うく桃子ちゃん、友達失くすところだった」
「私…。わからない…」
「え?」
「さっきのが演技だったか、本当の私だったか…わかんない」
「どういうこと?」
「私、本当に離れたくないって思っていたかもしれない」
「俺から?」
「うん…」
そう言うと、下を向いて泣いているようだった。
「そっか」
黙ったまま、桃子ちゃんは頷いた。
「…」
俺は、なんて言っていいかわからなかった。
嘘をついて誤魔化して真実を隠しても、いずれいつかは知れてしまうことだったのかもしれない。
「最初から、嘘なんかつかなければよかったのかな」
俺は、ぽつりとそう言った。それから、考え込んだ。そして、
「やっぱり、あれかな。みんなちゃんと自分の気持ちを、しっかりと言っていたらよかったのかな」
と話を続けた。
「え?」
桃子ちゃんは俺の言葉にこっちを向いた。目も鼻も真っ赤だな…。
「自分の気持ちを隠したり抑えたり、誤魔化したりしないで、初めから素直に言っていたら、こんなことにはなっていなかった」
「……」
「俺も、菜摘ちゃんが傷付くだろうって、兄妹だってことを隠そうとした。でも…、はっきりと言わなくちゃいけないことだったんだ」
「だけど…」
「そうしたら、桃子ちゃんに変な芝居頼まなかった」
「そうしたら、付き合っているふりもなし?」
「うん」
「そうだよね…」
桃子ちゃんは、ぽろぽろ涙を流した。
「でも、ちょっと嬉しかったんだ」
「え?」
「今日もドキドキしてた。ふりしてるってわかっていたけど…」
「ふりじゃないって」
桃子ちゃんは、黙っていた。
「ふりじゃないから」
もう一回桃子ちゃんに言ったけれど、桃子ちゃんは俯いたまま、
「もう、みんなでは会えないのかな。会えないよね。それに…」
とそう言うと、声を詰まらせた。
「俺とも?」
「うん…」
「どうする?会うのやめる?」
「うん…」
「会いたくないから?」
「ううん…」
そう言うと、また大粒の涙を流して、
「菜摘に、悪い…」
と、ぽつりと言った。
「じゃ、本心は?」
「本心?」
「うん」
「……」
「ね、もうやめようよ、隠すの。さっき言ったじゃんか。自分の正直な気持ちを言わないで隠していて、それでこんなに混乱した。もう、素直な気持ちでいない?」
「…素直な?」
「そう。桃子ちゃんの素直な気持ち」
「私の?」
「うん」
「聖君は…?」
「え?」
「聖君の、今の素直な気持ちは?」
「俺は、桃子ちゃんとこれからも会うつもりだけど」
「みんなで?」
「二人で」
「え?」
「だから、付き合っていきたいって思っているけど…」
「え?!」
「えって聞かれてもな…。えっと…」
また、まん丸の目で見つめられて、戸惑ってしまった。
「俺さ、桃子ちゃんが好きだよ」
「嘘…」
「嘘じゃないって」
「でも、菜摘のこと…」
「だよね…。こんなに早くに心変わりって普通、ありえないよね」
「嘘だ…」
「…ショック?」
「え?何が?」
「こんな簡単に心変わりする男で、桃子ちゃんショック?」
「ううん。でも、そんなの信じられない」
「そっか…」
俺は、黙った。するとばらく沈黙が続いた。俺は、桃子ちゃんの気持ちを言ってくれるのを待っていた。でも、なかなか桃子ちゃんは口を開かない。
「俺の素直な気持ちは言った。…で、桃子ちゃんは?」
しびれを切らしてそう聞くと、桃子ちゃんは少しだけこっちを向いてまた下を向き、
「私は…、聖君と一緒にいられたら…。それだけで嬉しい」
と途切れ途切れに言葉を発した。その後真っ赤になっている。
「そっか…」
俺はそれだけ言うと立ち上がり、
「俺、そろそろ帰んないと…。店の手伝いがあるんだ」
と桃子ちゃんに手を差し出した。
「あ、うん」
「駅まで、一緒に帰ろう」
桃子ちゃんも俺の手を取って立ち上がった。
そのまま、桃子ちゃんと手を繋いで歩き出した。相変わらずの小さな手、あったかくて柔らかい。俺の心が解れていくのがわかる。今日は、桃子ちゃんにどれだけ無理をさせ、そして救われたかわからない。
「菜摘、大丈夫かな」
突然黙っていた桃子ちゃんが、そう口にした。ああ、そっか。桃子ちゃんはずっと黙って、菜摘ちゃんのことを考えていたのか。
「きっと大丈夫だよ。蘭ちゃんもついているし、お母さんやお父さんもいるし」
「…うん、そうだよね」
「俺もすげえショックだったけど、桃子ちゃんがいてくれたからさ」
「私?」
「うん」
「私でも、何か役に立っていたの?」
「うん」
そう頷いて笑うと、桃子ちゃんは首をちょっと傾げて俺を見て笑った。あ、嬉しそうだ。ようやく桃子ちゃんにも笑顔が戻った。
そうだな。俺には桃子ちゃんがいた。それだけじゃない。母さんも父さんも、俺のことを信じて見守っていてくれていたんだ。だから、こうやって俺は立ち直れている。
そう思うと元気が湧いてきた。家に帰ったらとりあえず、笑顔でただいまって言おうかな。父さんにもちゃんと素直に接してみよう…。そんなことすら思えてくるほどに。