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5 疑惑

 父さんの「自叙伝」を、またしばらく開くことはなかった。頭の中はそれどころじゃなかったからだ。

 でも、俺はいつの間にか、菜摘ちゃんを「憎む」気持ちはなくなっていた。多分自叙伝を見て、母さんが菜摘ちゃんの両親を許したのを知ったからだ。

 母さんが許しているのに、俺が怒ってても仕方がないことだ。

 それに、菜摘ちゃんには何も、憎む理由なんかなかった。どっちかって言えば、血が繋がっている兄妹だ。杏樹のように、愛しいって思うほうだろうに。でも、やっぱり妹だっていう感覚は持てなかった。


 杏樹がリビングでテレビを観ている時に、俺は聞いてみた。

「杏樹さ、もし、誰かが杏樹のお兄さんだよって現れたら、どうする?」

「え~~?何それ~?そうだな。すんごいイケメンで、金持ちとか、どっかの国の王子様なら喜ぶかも」

「ま、待って。それ、俺がイケメンじゃないってことかな?」

「うわ!自分のこと、イケメンって思ってた?わ~、やばい!」

「ええ?」

「うそうそ!お兄ちゃんのファン、多いんだよ。私の友達たまに、勉強しに来るでしょ?あれ、お兄ちゃんに会いに来てるの。知ってた?」

「ああ、それで、なんか、きゃ~きゃ~いつもうるさいわけね」

「彼女もいないって言ったら、みんな騒いでた」

 ああ、そう…。っていうか、俺、何を聞きたかったんだっけ?杏樹と話すと、こいつ明るいから悩みもどっかに消えちゃうよなあ。



 土曜日がやってきた。その間、時々桃子ちゃんがメールをくれた。

>今日は、菜摘元気がなくて、ちょっと心配しました。

とか、

>菜摘の前で、聖君の話はした方がいいのか、しない方がいいのか悩みます。

とか…。

 菜摘ちゃんのことを、あれこれ心配している様子が目に見えてわかるようだ。

 ああ。こんな状況で不謹慎だけど、俺は、そんな桃子ちゃんのことも可愛いなって思っちゃってるんだ。


 で、土曜。いよいよ、土曜だ。

 みなとみらいの駅で、11時に待ち合わせをした。こっちは3人で江ノ島から、向こうも3人で落ち合って一緒にやってきたようだ。

 みんなが集まってから、赤レンガ倉庫に向かった。赤レンガ倉庫に着き、それぞれアイスを買って、ぶらぶら歩きながら食べた。


 みなとみらいの駅から、ずっと菜摘ちゃんは、蘭ちゃんに引っ付いて歩いていて、それで仕方なく基樹は、葉一や俺と一緒に歩いていた。

 俺の横には、桃子ちゃんがなるべく距離を開けないようにくっついて歩いていた。でも、歩くだけ。話すでもなく、手を繋いでくるわけでもなく、必死にくっついてきてるだけ。


 基樹も葉一も、いつもどおりの歩幅と速さで歩くから、一緒に話して歩いている俺も自然とその速さで歩くようになり、その横をくっついてくる桃子ちゃんは、小走りにならずにはいられなかったようで。

 たまにちらって見ると、顔も結構必死で…。すんげえ、可愛い。

「あ…」

 ちょっとこけそうになって、もたついた桃子ちゃんは、俺とだいぶ差がついてしまって、慌てて走ってこようとした。

「危ないよ。走ったら」

 俺はそんな桃子ちゃんが来るのを、止まって待った。


「ご、ごめんなさい」

 それでも小走りで駆けてくる。

「歩くの早かったね。ごめん」

 俺は、桃子ちゃんに向かって手を出した。桃子ちゃんは、なかなか手を繋ごうとはしなかったけれど、

「はい、手」

と俺が言うと、ようやく恥ずかしそうに手を繋いだ。


 その様子を基樹が見て、

「やっぱり?二人付き合ってるの?」

と俺に聞いてきた。

「うん」

 俺は躊躇なく頷いた。隣で桃子ちゃんの顔は固まっていたけれど。

「そっか~~!じゃあさ、今度ダブルデートしようぜ!」

 基樹は呑気な奴だって、本当にそう思うよ。その横で、少ししかめっ面をしている葉一は、無愛想な顔で桃子ちゃんを見て、

「なんか、必死だね」

とぼそっと言った。それを聞いて、桃子ちゃんはますます顔を強張らせた。


 また歩き出すと、桃子ちゃんは俺にしか聞こえないような小声で、

「どうしよう…」

とぽつりと呟いた。

「何が?」

「だって、必死だって。なんか、ばれたかな…」

「はは…、大丈夫だよ。いつも通りにしていれば」

 俺は、握っている手にぎゅっと力を入れた。

「うん…」

 それでも、桃子ちゃんの顔は緊張している。

 俺は、端から「ふり」をするつもりはなかった。普通に自然体でいても、桃子ちゃんのことが好きだっていうことは、葉一に伝わるんじゃないかって思っていたからだ。


 アイスを食べ出しても菜摘ちゃんは、俺にも葉一にも近づいてこなかった。特に葉一には、目を合わせようともしていなかった。だけど、蘭ちゃんたちと大はしゃぎをしていて、笑って陽気に振舞っている。

 そのまったく正反対で、桃子ちゃんはほとんど喋らなかった。普通にしててって言ったんだけどな…。

「それ、何アイス?」

と聞くと、ようやく、

「イチゴ」

と、一言返す。

「うまそう。ちょっと俺のと交換して」

と言って、少し桃子ちゃんのアイスをもらうと、ますます顔を強張らせる。


「こっちも食べてみる?メロン味」

「え?!」

 桃子ちゃんはものすごく驚いて、回りをきょろきょろと見てから、

「うん…」

と、恥ずかしそうに頷いた。でも、体が固まったまま動かないから、仕方なく小さなスプーンにすくって食べさせてあげると、真っ赤になってもっと固まってしまった。

 そんな表情を見ていて、俺は思わず笑ってしまう。すげえ、可愛い!って、心の中で思いながら。

 ふと視線が気になり、顔をその視線の方に向けると、葉一がこっちを見ていて目が合うと目を逸らしていた。


 それから、しばらく海を眺めたりしてから、みんなでワールドポーターズに繰り出して、昼ご飯を食べることにした。

 6人で、大きなテーブルを囲んだ。蘭ちゃん、菜摘ちゃん、桃子ちゃんの順で席に座り、その前に基樹、葉一、俺が座った。

 ご飯を食べていても、菜摘ちゃんはずっと、蘭ちゃんや基樹と話をしていた。俺は、普通にご飯を食べていて、葉一は時々桃子ちゃんに話しかけていた。


 桃子ちゃんは、ずっと緊張したまま。ご飯もあまり食べれていない状態だった。

「桃子ちゃんって、彼氏今までいたの?」

 葉一が聞く。

「ううん…」

 桃子ちゃんが答える。

「じゃ、今回が初めての彼氏?」

「え?!」

 桃子ちゃんは、驚いてから俺の顔を見る。

「俺が、彼氏1号なんだ。へ~~」

 俺が言うと、桃子ちゃんはまた緊張した顔をして、

「うん、そうなの…」

って、小さな声で言う。

「そっか。で?二人でもう、デートとか行った?」

「まだ…」

 桃子ちゃんは、正直に答える。


「二人で会うことってなかなかないし。ああ、この前水族館に行ったくらい?」

 俺が横でそう言うと、

「あ。そっか。水族館に行った」

と、ちょっと棒読みで桃子ちゃんが言う。

「ああ、あんとき。別行動した時。本当に水族館行ってたんだ」

 葉一は、桃子ちゃんのことを疑った目で見ながらそう聞いた。

「うん…」

 桃子ちゃんは、顔を下に向けたまま頷いた。


「楽しかったよね?」

 俺がそう言うと、また桃子ちゃんは頷く。

「何が1番印象に残った?」

 意地悪く、葉一が聞く。まじで、こいつ水族館に行ったかどうか疑ってんの?

「え?イルカかな。イルカの水槽で、自由に泳いでいるところ…」

「ああ、あれね。他には?」

 まったく表情を変えずに、葉一は聞いた。

「熱帯魚も綺麗だった」

「ふうん。他には?なんか印象に残ったこととかなかったの?それ、初デートでしょ?もしかして、人生初のさ…」

「あ!そうか…。そうだったんだ…」

 桃子ちゃんは、真っ赤になった。それを見て、葉一の表情が少し変わった。


「初デートか~~」

 俺も、呟いた。

「混んでいたよね?連休中だったから」

と、俺が言うと、

「あ、うん。それで…」

 桃子ちゃんが、何か言いかけてやめてしまった。

「それで、何?」

 葉一が、聞いた。

「ううん…」

 桃子ちゃんは、首を横に振ったけれど、葉一はまだ、

「何?混んでてどうしたの?」

と、しつこく聞いてきた。

「混んでるから…、ああ、もしかして、俺と手を繋いでずっと歩いた…とか?」

 俺がなんとなくそう言うと、いきなり桃子ちゃんは顔を上げて俺を見てから、また俯いて真っ赤になった。

 あ、あれ?それ言おうとしてた?なんか、こっちまで恥ずかしくなってくる。


「ふうん…」

 葉一はそんな桃子ちゃんと俺の表情を見て、それから、もくもくとご飯を食べ出した。桃子ちゃんは、もう食べられないのか、フォークもスプーンもおいてしまった。

「もう食べないの?」

 自分の分をぺろって食べ終わった俺は、桃子ちゃんにそう聞いた。

「うん。お腹いっぱい」

「じゃ、俺食べていい?」

「うん」

 俺は、桃子ちゃんの分もがつがつと食べた。


 それから、天望台に上がろうってことになって、ランドマークタワーに移動した。天気が良くて、眺めは最高だった。

 俺は、桃子ちゃんと二人でその絶景を眺めていた。

「すげえ、車がミニカーに見える」

「ほんとだ~~」

 二人で喜んで見ていると、いきなり腕を葉一に掴まれて、

「ちょっと、悪い、こいつ借りるよ」

と、俺を桃子ちゃんからどんどん離して、逆側に連れて行かれた。


「今日、見てて、よ~くわかった」

 なるほど。見定めて答えが出たのか。

「どうわかった?」

 俺は落ち着いて葉一に聞いた。

「桃子ちゃんがお前のことを好きだってのは、よくわかった」

「ああ…。そう?」

 少しにやけそうになるのをおさえながら、俺は答えた。

「でも、お前はなんにも思ってないってのもわかった」

「は?」

「お前、平気でよく食うし、桃子ちゃんのアイスは食べちゃうし、食べさせてあげちゃうし。本当に好きだったら、お前、そんなことできないだろ?」

「…?」

 何を言ってるんだ。こいつ。


「お前、菜摘ちゃんが好きな時、意識しまくり、話もできない。菜摘ちゃんが前にいたら緊張もして、喉も通らないって状態だったじゃんか」

「ああ、そう言えば」

「でも、桃子ちゃんにはてんで、そんな感じじゃない。いや、桃子ちゃんはそんな感じだったけどさ」

「そう言えば、そうかな」

「ほら。好きでもなんでもないだろ?」

「それで好きかどうか、判断するの?お前」

「だって、お前…」

「俺、桃子ちゃん、可愛いよ」

「可愛いだけだろ?妹みたいなもんじゃん」

「妹?」

 その言葉に反応して、俺の顔は少し引きつった。でも、すぐに和らいだ表情で、

「違うよ。まじで、可愛いって思ってて…」

と続けた。


「もう、いいよ。演技は」

「演技じゃないって」

「はあ…。それよか、6人で会うのは、やっぱ失敗した」

「え?」

「あんな菜摘ちゃん、初めてだ。なんか無理して笑ってて辛そうだ。悪いことしたよ…」

「そうかもな。俺に会うのも、お前に会うのも、辛かったんじゃねえの?」

「そうだよな…」

 葉一は、黙りこくった。

「俺、桃子ちゃんのところに戻るよ。一人で待ってると思うし」

 そう言うと、さっさと葉一を残して、俺は桃子ちゃんのところに戻った。


 桃子ちゃんはやっぱり一人でいた。後姿は、やけに小さくて寂しげに見えた。黙って横に立つと、俺の顔を見て安心したように笑った。でも、すぐに不安げな顔で、

「どうだった?葉一君…」

と聞いてきた。

「ああ、なんかね。桃子ちゃんが俺のことを好きだってのは、まるわかりだってさ」

「え?!」

 桃子ちゃんは、それを聞いて真っ赤になった。

「そ、そうなんだ」

「うん、だから俺、言ったじゃん。普通にしてたらいいってさ」

「え?!じゃ、いつも、私顔に出てた?」

「うん。すぐに真っ赤になるし、わかりやすいよね」

 そう言うと、耳まで真っ赤になった。


「で、俺は、演技をしてるように見えるって言われた。なんでかな」

「やっぱり、友達だね、わかっちゃうんだね」

「そうかな」

「うん。わかっちゃうんだよ」

 少し沈んだ声で、桃子ちゃんはそう言った。俺は、遠い景色を眺めながら、

「俺、何も今日は演技してないけどな」

と、ぽつりと言った。

「え?」

 桃子ちゃんは驚きながら、景色から目線を俺に変えた。

「菜摘ちゃんを好きだったのと、桃子ちゃんを好きなのと、俺の態度が違って見えるかもしれないけどさ…」

 そう言うと、しばらく桃子ちゃんは黙ってから、

「好きって?」

と聞いてきた。


「だから、好きっていっても、ちょっと違う」

「?」

 目を丸くして、桃子ちゃんは俺を見ていた。ああ、マルチーズそっくりの目。可愛い。

「えっと…」

 そんな目で見られて、いきなり照れくさくなって、何を言いたいかがわからなくなった。

 ちょっと二人で沈黙の中、見つめ合っていると、

「そこのお二人さん、そろそろ、降りない~?」

と、蘭ちゃんがそう言いながら、他のみんなも引き連れてやって来た。

「喉渇いちゃった。ここにもカフェあるけど、どっか別のところに入ってお茶しようよ」

 蘭ちゃんの提案に乗り、6人でエレベーターで降りると、またみなとみらいの駅に向かって俺らは歩き出した。


「スタバあったよね、この辺に」

 蘭ちゃんが、先頭を歩いていた。

「その前に、トイレ行きたい」

と、菜摘ちゃんがトイレに行った。その後を、蘭ちゃんも桃子ちゃんもついて行った。

 俺ら男性陣は、トイレからちょっと離れたベンチに座って待っていた。なんとなく、3人とも何を話すでもなくただ座っていた。


 でも、あまりにも女の子たちが戻ってくるのが遅くて、

「どうしたのかな?混んでるのか、化粧か?」

と、基樹が気になりトイレの方を見た。その時、すごい形相で蘭ちゃんがトイレから出てきた。

 すごい速さで歩いて、こっちに来ると、

「信じられない!」

と、蘭ちゃんは怒りを露にした。

「どうした?何があった?」

 男3人、ベンチから立ち上がり、心配してそう聞いた。俺はまだ、出てこない二人のことが気になった。


「あの二人、信じられない。もう、友達でいるの嫌になった!」

「え?」

 いきなりの蘭ちゃんからの言葉で、俺ら男どもは呆然としてしまった。

 いったい、何が起こったんだ?


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