2 意外な展開
その日は、学校に行ってもなんだか全部が上の空だった。そういうのは、葉一にすぐにばれる。
「菜摘ちゃんのことで、そんなに落ち込むなよ」
ああ…。なんだ、菜摘ちゃんのことで落ち込んでいると思っているのか。
うん。それもある。あるけど、父さんが父さんじゃなかったことの方が、ショックがでかくて菜摘ちゃんのことは薄れていたな。
俺が、実は菜摘ちゃんと兄妹なんだってことは、いくら葉一でも言えなかった。もし言って、何かのひょうしで菜摘ちゃんにばれたら、大変なことになるようなそんな予感があったからだ。
多分、多分だけど、菜摘ちゃんの親にも言ってないことなんじゃないかな。何も告げずに父さんは、俺の父親になることを決めたような気がする。
いや、これも確かめないとわからないことだけど、今は、それをわざわざ父さんに聞く気もしなかった。あ、あの物語を読めば、わかるかもな。
「大丈夫だよ。あまり落ち込んでないから。それよりさ、今度またみんなで会う?」
「6人で?」
「あ、蘭ちゃんと基樹をひやかす会しようぜ」
「なんだよ?そりゃ」
「だって、なんか悔しくない?あいつらだけ、ちゃっかりくっついちゃってさ」
「まあな」
「よっしゃ、計画立てようぜ。いつも江ノ島に来てもらってるから、どっか真ん中辺りで落ち合うか」
「それよか、新百合まで行かない?カラオケでも行こうよ」
「うん、それいいかも!で、二人にデュエット歌わせる」
「いいじゃん、それ」
俺は、とにかくバカ騒ぎがしたかった。理由は何でもいい。何もかも忘れてバカになれたら。
早速、基樹にカラオケに行く話をした。もちろん、基樹と蘭ちゃんをひやかすためだなんて言っていない。それは内緒だ。それどころか基樹は、二人が付き合っていることを、俺らがまだ知らないと思っている。
俺から、菜摘ちゃんにメールをして、こういうことを企画していると伝えた。菜摘ちゃんは、楽しそうとノリノリのメールを返してきた。そういうの、菜摘ちゃんも好きそうだ。
明るくて、いつも計画を立てるのは菜摘ちゃんだ。人見知りをしない。誰とでも仲良くなれる。でも、だからといってうるさすぎない。場を盛り上げるけれど、その場の空気を読めるとても気が利く女の子だ。そんなところも含めて俺は、好きになっていた。
すぐに日程も、場所も決まった。
俺は、なんとなく父さんが書いた「自叙伝」を読む気になれず放っておいた。それに話をする気にもなれず、家ではほとんど話をしなかった。
でも、家で夜店の手伝いをしていたから、母さんとは顔を合わせないわけにはいかない。母さんは、作り笑顔をしていた。まるわかりだ。そして、俺に、
「お父さんとも、話をしてあげてね」
と言ってくる。どう返事をしていいかわからず、なんにも俺は答えなかった。
杏樹が、なんとなく家族の異変に気が付き、
「お兄ちゃんとお父さん、喧嘩でもしたの?」
と聞いてきた。親子で喧嘩をしたことがなかったから、
「仲がいいのに珍しいね。でも、喧嘩ぐらいあるのが普通かな。今までが、不思議だったんだよね」
と笑った。多分、杏樹なりの精一杯の慰めの言葉だ。
仲良くしろとも、仲良くしてとも言わない。杏樹は本当にいい子だと思う。優しくて、相手が何を言ったら喜ぶかとかそういうのを心得ている。ああ、その辺、父さんに似たんだな、きっと。
俺は駄目だ。言いたいことの半分も言えていない。変にいろんなことをあれこれ考え、かえってわけのわからないことを言っている時もあるし、何も考えてなくて傷付けていることもある。
俺は、クリスマスイブに生まれた。聖なんて名前、名前負けしていると思うよ。それに比べて杏樹は、天使のアンジュからとった名前らしいけれど、ほんと、そのまんま天使だって思う。
情けない。そりゃ、今まで親を苦しめたこともないし、喧嘩もない。でも、こんな時、親のことなんて考えられないし、自分のことで精一杯だ。
自分でも、父さんにちゃんと向き合わないとってわかってはいる。でも、いざとなると駄目だ。今までみたいに話せない。
夜になると、その辺を全部忘れたくて、俺にしては驚くことだけど勉強に励んだりした。頭の中を英語のスペルだの、方程式だの、年号だのでいっぱいにして、何も考えたくなかったからだ。
あっという間に一週間は過ぎて、カラオケでバカ騒ぎの日がやってきた。
俺と基樹と葉一は、片瀬江ノ島駅で待ち合わせをして、そこから一緒に新百合ヶ丘まで行った。
バカ騒ぎをしたい反面、俺は菜摘ちゃんに会うのが怖くなっていた。自分が変な態度を取らないかとか、会って落ち込まないかとか、そんなことで頭の中は一杯だった。
「妹なんだよな…」
ふと、そう頭の中をよぎった。じゃ、杏樹みたいなものか…。でも、どうやっても杏樹のように思えない自分がいて、このまま会ってもいいのかって不安にもなった。
新百合ヶ丘に着いた。改札にはもう3人が待っていた。
「あ!基樹君、聖君、葉一君!」
思い切り手を振って、大声を出してたのは菜摘ちゃんだ。今日も元気だし、可愛い。
蘭ちゃんは、どっちかっていうと大人っぽい子だ。髪が黒くてストレートでワンレングスにしている。菜摘ちゃんは、茶色い髪でショートカットだ。色黒で、中学まではバスケ部にいたらしい。
桃子ちゃんは、色白でおとなしい雰囲気だ。髪をいつもポニーテールにしていて、背もそんなに高くない。
俺は3人の中で、1番よく話すのが蘭ちゃんで、だからきっと俺が蘭ちゃんを好きだって勘違いされたんだろうな。
本当は、いつだって菜摘ちゃんを意識していて、何か話しかけたくて、でも何を話していいのかわからなくて、結局は蘭ちゃんにバカなことを言って、ゲハゲハ笑うパターンが多かった。
桃子ちゃんとも、あまり話をしたことがない。向こうから話しかけられたこともあまりない。なんていうか、蘭ちゃんと違って何を話していいかわからないタイプ。あ、菜摘ちゃんみたいに、意識して話せないのとはまた違う。
でも、その日はやっぱり、基樹と蘭ちゃんが付き合っているのを知っているから、蘭ちゃんにあまり話しかけるのは控えていた。だからと言って、菜摘ちゃんとも話をする気になれず…。
菜摘ちゃんは、誰とでも仲良く話す子で、隣に並んで歩いていた葉一と楽しそうに話をしていた。その後ろからなんとなく、とぼとぼと俺は歩いていた。その横をかなり間を開けて、桃子ちゃんが歩いていた。
あ、そういえば菜摘ちゃんが、まるで桃子ちゃんが俺のことを好きだみたいなこと言ってたっけ。あれ、本当かな。
いきなり意識をしてしまった。でも、ずっとだんまりも悪い気がして声をかけた。
「この前、菜摘ちゃんがうちの店に来た日、用事が入っちゃったんだって?」
「え?!」
いきなり声をかけたからか、桃子ちゃんはものすごくびっくりしていた。多分、その場を一瞬飛び上がったほどに。
「あ、ごめん、なんか驚かせた?俺」
「ううん…。こっちこそ、あの…、ぼんやりしていたから、ごめんなさい」
桃子ちゃんはそう言うと、下を向いてしまった。
えっと…。質問の答えは?聞き直すのも変だから、俺も黙り込んだ。
しばらくすると、
「あ、あの日は、おばあちゃんがぎっくり腰になっちゃって。お見舞いと、お手伝いに行っていたの…」
と、桃子ちゃんが話し出した。
「え?ああ。そうだったんだ」
「菜摘が、すごく素敵なお店だったから、今度また一緒に行こうって言ってた」
「ああ、うちの店?」
「うん。れいんどろっぷすっていうの?可愛い名前だよね」
「うん。じいちゃんのネーミング」
「おじいさんの?」
「そ。雨の雫。雨が降って、やんで、葉っぱについた雨の雫見るのが、じいちゃん好きだったんだってさ」
「そうなの…。おじいさんのお店だったの?それを引き継いだの?あ、じゃあもうおじいさん…」
「正式には、ばあちゃんの店。それを母さんが引き継いで、ばあちゃんとじいちゃんは、伊豆に引っ越しちゃった。あっちで余生楽しんでいるよ。ヨット乗ったり、ダイビングしたり、もうじいちゃんなんか、じいちゃんのくせして、すげえ若くって。って言っても、まだ60歳だけどさ」
「若いんだね。うちのおじいちゃんはもう、70歳だよ」
「うん。ばあちゃんは70超えてる。でも、若くてすげえ美人」
「へえ…」
だいぶ間を開けて歩いていたのに、徐々に桃子ちゃんは俺のそばに寄ってきた。すぐ隣で歩いてみると、けっこう背が小さくて、なんか可愛いなって思ったりもした。
声も小さい。たまに笑うけど、その声も小さい。耳をしっかりと澄ませて聞いていないと、ちゃんと聞き取れない。
あ、それでか。それで俺のほうが、桃子ちゃんに寄っていっていたのか。
すぐ横で、桃子ちゃんの話に耳を傾けて、時々目が合うと桃子ちゃんはぱっと視線を外した。下を向いて、もう明らかに顔が真っ赤になるのがわかる。そのうえ、耳まで真っ赤だ。色白だから、赤くなるのまでまるわかりだ。
なんなんだろうな…。菜摘ちゃんとは、まったく正反対のタイプかもしれない。でも、そんな桃子ちゃんを、可愛いと思っていたりする自分。
俺って何?え?菜摘ちゃんが好きだったのに、なんで…?
カラオケボックスに着くと、早速菜摘ちゃんはデュエット曲を入れて、蘭ちゃんと基樹に歌わせた。それを思い切り、盛り上げていた。その横で、俺の方を見ながら目配せをしている葉一…。
でも、俺はそんなのどうでもよくなっていて、横に座ってる桃子ちゃんのことばっかり意識していた。話しかけると、一生懸命に答えているのがわかった。
それに、菜摘ちゃんのように場を盛り上げたり、明るくしたりしないけれど、いろんなことに気を配っているのもわかった。みんなの上着をハンガーにかけてたり、フリードリンクなんだけど、飲み物と一緒にみんなのお絞りを持ってきていたり、水を持ってきていたり。
ふと気が付くと、テーブルが綺麗に片付けられていて、それも全部桃子ちゃんがしていた。
俺の隣で、明らかに緊張している様子なんだけど、たまにすごく嬉しそうに笑う時がある。その笑顔がやけに可愛くて、やばいって思っている俺がいる。
今までずっと、気付かなかった。俺、菜摘ちゃんのことばかり見ていて気付かなかったけど、もしかしてずっと俺のこと、見ていてくれたんだろうか。
桃子ちゃんと話をするのに夢中で、「蘭ちゃんと基樹をひやかす」ことも、「バカ騒ぎをする」ことも、そのうえ、菜摘ちゃんを意識することも忘れていた。
だけど、俺がトイレに立った時、後ろから葉一が来て、廊下でいきなり、
「お前、何やってんの?菜摘ちゃん一人で盛り上げさせて!お前が言いだしっぺだろ?」
と怒られた。
「は?」
最初、なんで怒られているのかがいまいちわからなくて、俺はすっとんきょうな声をあげた。
「お前、なんで桃子ちゃんと仲良くしてるの?桃子ちゃんが、お前のこと好きかもしれないからっていい気になってるのかよ?それとも、もう心変わりしたか?お前、菜摘ちゃんのこともう諦めるのかよ?そんな簡単な想いだったのか?」
なんで、そんなことお前に言われなきゃならないんだって、なんだかカチンってきた。でも、その後ろに立っている真っ青な顔をしている桃子ちゃんが視線に入ってきて、それどころじゃなくなった。
「やばい!」
頭の中で、そう俺が叫んでいる。血の気も引いてる。
何が、やばい?
俺の顔が、真っ青になっていくのを見た葉一が、後ろを振り返ってそこに桃子ちゃんがいるのに気付いたらしい。
「あ…」
葉一もやばいって顔をした。
桃子ちゃんはそのままグラスを持って、一階に行ってしまった。ああ、多分ドリンクを注ぎに部屋から出てきて、今の話を聞いちゃったんだ。
「アホ!」
葉一にそう吐き捨て、桃子ちゃんを俺は追いかけた。
何がやばい?もう一回自分に聞いた。何がやばいのかが、わからない。
一階のフリードリンクの場所に桃子ちゃんはいなくて、ぐるりと見回すと、店の入り口の外で立っているのが見えた。
ドアを開けてゆっくりと桃子ちゃんに近づいていくと、桃子ちゃんは俺に気が付いてその場を去ろうとした。その前に俺はとっさに、桃子ちゃんの腕を掴んでいた。だが、
「あのさ…」
と言ってから、その先が出てこない。
何がやばい?何を言ったらいい?俺が菜摘ちゃんを好きだったのは事実だし、桃子ちゃんが俺を好きかも知れないって聞いていたのも事実だし、俺が桃子ちゃんを意識しちゃっていて、心変わりしているかもしれないのも事実だし、葉一が言ったことは全部事実だけど…。
「あの…」
もう一回、桃子ちゃんに話しかけた。桃子ちゃんはまったくこっちを見ようともしないで、
「離して…」
と小さな声で言った。
「今の話だけど、聞いていたよね?」
「……」
桃子ちゃんは黙っていた。
「菜摘ちゃんには言わないでくれる?」
「え?」
「だから、俺が菜摘ちゃんを好きだったってこと、言わないでくれる?」
頭の中、グルグルだ。なんで、こんなこと言ってんの、俺。
ああ、そうだ。そんなこと知られたらやばいからだ。俺の妹に、そんなこと…。
「なんで?菜摘、聖君が蘭を好きなんじゃないかって、この前まで思っていたよ?」
「うん。それ、聞いた」
「じゃ、菜摘は聖君が、菜摘を好きだなんてそんなこと、思ったりもしないよ?」
「だろうね」
「そ、それで、私のために、私と聖君がくっつくのをお膳立てしようとしてるよ?」
「なんか、そんなようなニュアンスのことも聞いた」
「え?」
「この前、店に来た時に」
「ばらしちゃったの?菜摘」
「いや、はっきりとは言ってないけど、なんとなく」
「聖君、菜摘のことが好きなんでしょ?なのに、どうしてその時に言わないの?言わなきゃ菜摘気付かないよ」
「いいよ…」
「よくないよ。絶対によくないよ。菜摘、別に聖君のこと嫌いじゃないよ。でも、私が聖君のこと好きだから、それを知ってるからくっつけようとしているだけで。私がいなかったら、もしかしたら聖君のこと…」
「まいったな…」
「え?」
「いや…。その…」
なんて説明したらいいのか。菜摘ちゃんのことを俺が好きでも仕方がないこととか、もう諦めなきゃいけないこととか、だから、菜摘ちゃんが俺のことを好きになったら、やばいってこととか。
ああ、その「やばい」か…。
しばらく、桃子ちゃんは黙っていた。俺もなんて言えばいいのか、必死に考えていた。
…菜摘ちゃんのことはもう、好きじゃない。いきなりそんなことを言っても、信じるわけないか。
…実は、心変わりしました。ってのも無理だろうな。いや、これ、少し本気なんだけど、やっぱりそんなこと言えないし。
じゃ、なんて言う?どう言えばいい?余計なことするな。余計な口出しするなって脅す?まさかね…。
「はあ…」
溜め息をすると、桃子ちゃんは腕をぎゅって硬くした。
「あ、ごめん、俺、掴んだままだった。腕痛くなかった?」
慌てて掴んでいた腕を離した。
「ううん…」
桃子ちゃんはたたでさえ小さいのに、ますます体を小さくして身構えた。
「あのさ…」
俺は周りに誰もいないことを確かめた。それから少し場所を移動した。入り口付近じゃ、いつ誰が来るかもわからなかったからだ。
駐車場の方に桃子ちゃんを連れて行って、もう洗いざらい本当のことを話してしまう覚悟を決めた。
「こんなこと言っても、信じるかどうかわかんないけど」
「…うん?」
桃子ちゃんは、身構えたまま聞いていた。
「この前、菜摘ちゃんがうちの店に来て、母さんと会ってわかったんだ。菜摘ちゃんのお父さん、俺の本当の父親なんだよ」
「…え?…どういうこと?!」
「今の父さんに出会う前に、母さんが付き合っていた人で…。詳しくはわかんないけど、別れてから俺の父さんと出会って、でもその時にはもう、俺お腹の中にいたみたいなんだ」
「……」
「今の父さんとは、血が繋がっていない。俺の血の繋がっている父さんは、菜摘ちゃんの父親なんだ。あ、もちろん、菜摘ちゃんはそれを知らない」
「そんな…。だって、聖君、菜摘のこと…」
「うん。でも、それ知ったの、菜摘ちゃんが俺のことなんとも思ってないって知った後だから」
「え?」
「それって失恋ってことじゃん?まだ、救われるよね。もし、両思いだったりしたら悲劇だよ」
「でも…」
「だから、黙ってて。俺が菜摘ちゃんのこと、好きだったってこと」
「でも…、でも聖君は、それで辛くないの?」
「うん、大丈夫。なんとか、大丈夫だから」
「ほんとに…?」
桃子ちゃんが、涙を流した。びっくりした。俺だって泣いてないのに。
「聖君、ほんとに?辛くないの?」
「え、うん。いや、えっと…」
俺は、本当に驚いていた。桃子ちゃんの涙にも、桃子ちゃんの言葉にも。俺のために泣いちゃってるの?
「俺、どっちかって言うと、父さんと血が繋がっていないことの方がショックで…。菜摘ちゃんのことよりもさ…」
「……」
桃子ちゃんは、まだ泣きながら俺の話に耳を傾けている。
「俺、父さんと仲良くて…。だから、なんかショックだった」
「…お父さんのこと、好きなんだね」
「え?」
「好きなんだね。だから、ショックなんだね」
「そ、そりゃあ、まあ…」
俺は言葉に詰まってしまった。何て言ったらいいのか。しばらく黙ってから、正直に今感じていることを話そうと思った。
「うん。尊敬もしているし、俺、父さんの考え方とか、生き方とか全部好きでさ。自慢の父親だったんだ。父さんだけじゃなくて、父さんの両親とか兄弟とか、みんな好きでさ」
「……」
桃子ちゃんは、黙って聞いていた。
「だから、余計、悲しかったのかな…」
「素敵な家族なんだね」
「え?」
「ね…」
「ああ、うん。まあね…」
桃子ちゃんは、しばらく黙ってから口を開いた。
「私も、お父さんのことが大好き。もし、血が繋がっていないってわかったら、やっぱりショックだな。だから、なんとなくわかる気がするな」
俺の話に共感してくれているのが、すごく嬉しくなった。
「これ、誰にも言わないね。こんな話、私なんかにさせちゃってごめんね」
「え?」
「本当は、この話、したくなかったでしょ?」
「うん…。誰にもするつもりなかった」
「ごめんね…」
桃子ちゃんはそう言うと、俯いた。
「い、いいよ。黙っててくれればそれで…」
俺は、本当は俺の思いをわかってくれようとしたのも、俺のことで泣いてくれたのも、嬉しかったって言いたかった。でも、照れくさくて言えなかった。
そのまま、二人でドリンクを持って、一緒に部屋に行くのも気が引けて、時間差をわざとした。先に桃子ちゃんがドリンクを持って部屋に戻り、少ししてから俺が部屋に行った。
「何処行ってた~?今度は二人がもしかして?」
菜摘ちゃんが、ちょっとからかうように俺たちに言った。
「ち、違うよ。二人でいたんじゃないよ。私はドリンクを取りに行って、聖君は…」
「俺、家から電話があって、それに出てた」
つい嘘をついた。
「え?でも、やけに遅かったじゃない?」
菜摘ちゃんはまだ、そんなことを言ってからかってきたけど、
「いいよ、いいよ。時間が勿体無い。ほら、聖、全然歌ってないじゃん。歌えよ!」
と葉一が、その場を取り繕ってくれた。
「ああ、うん」
俺はすぐに歌を入れ、歌い出した。
桃子ちゃんを見ると、ちょっと元気がないように見えた。俺のことで、なんか落ち込んでんのかな。当の本人はそうでもないんだけどな。
菜摘ちゃんは相変わらず、その場を盛り上げ、蘭ちゃんと基樹はアツアツで、葉一は、落ち込んでる桃子ちゃんを気にしているようだった。
帰りがけ、俺らと蘭ちゃんと基樹は別行動をすることになった。駅で、菜摘ちゃんや桃子ちゃんが俺らを改札口まで送りに来た。その時に菜摘ちゃんが、
「そうだ、聖君。うちの親、お母さんのこと知ってたよ。偶然ねって言ってびっくりしてた。今度お店に行きたいって言っていたよ」
と明るく言い出した。
「あ、そうなんだ」
俺はなんて答えていいかわからず、そんな曖昧な返事をした。横でそれを聞いていた桃子ちゃんが、
「あ、それよりも、私もお店に行きたいな」
と、慌てて口を挟んできた。多分、話を逸らせようとしたんだろうな。
「そうだね。今度一緒に行こうよ!いいでしょ?聖君」
菜摘ちゃんが、元気に聞いてきた。
「ああ、うん」
俺がそう答えると、桃子ちゃんは、
「じゃ、またね。その時にね」
と、すぐに菜摘ちゃんの腕を引っ張って、慌てたように去って行ってしまった。
多分、あれが精一杯だったんだろうなあ…。桃子ちゃんの健気な頑張りが見えて、いじらしく思った。
「あ~~あ。俺、やばいことしたな」
隣で葉一が、ぼそっと暗く呟いた。
「何が?」
「桃子ちゃん、なんか早くに別れたがってた」
「え?」
「こっちもろくに見ようとしないで、店に行くなんて健気にさ…。それも、菜摘ちゃんを連れて、お前に会わせようとしていたんじゃないの?」
「へ?」
菜摘ちゃんを?俺とくっつけさせようとしているって、葉一は思ってるのか?
「あのあと、どうしたよ?桃子ちゃん、戻ってから暗かったから、お前にふられたのかなって思ったけど。ふったの?」
「桃子ちゃんを?いや…」
「え?じゃあ、どうしたんだよ」
「どうもしてねえよ」
「追いかけてったじゃんか。お前」
「一階に下りたらいなかったんだよ。トイレでも行ってたんじゃないかな」
「じゃ、なんであんなに戻るのが遅かったんだよ」
「だから、家から電話があって…」
「また、そんな嘘を」
「本当だよ。今、ちょっと親と揉めてて」
さすがに嘘をつくのは気が引ける。それに、葉一は鋭いからこんな嘘通用するかどうか。
「お前んち、異常に仲いいじゃん」
う…。やっぱり疑っている。
「こんな時も、たまにはあんだよ」
「じゃ、桃子ちゃん、宙ぶらりんのまま?」
「え?」
葉一の言葉にドキッとした。
「あの子、お前のために、菜摘ちゃんとくっつけようとするんじゃねえの?」
やっぱり、そんなこと思ってる。
「しないよ、多分」
「なんで?」
「菜摘ちゃんが俺のことなんとも思ってないから!それなのに、そんなことしても無駄だろ」
「まだ、わかんねえじゃんか、菜摘ちゃんの思いなんて。友達のために犠牲になろうとしているのかもよ?」
「何それ」
「桃子ちゃんが、お前のこと好きだって知ってるからわざととか。だいたい、一人でお前んち行くと思う?」
「桃子ちゃんと蘭ちゃんが、来れなくなったからだろ?」
「そうかな」
「ああ!もういいんだよっ!俺はもう、なんとも思ってないから」
「は?」
「お前の言ってたの、本当のことだよ。俺、桃子ちゃんが俺のこと好きだってわかって、意識しちゃって心変わりしたの!」
「はあ?!そんな嘘つくなよ」
「嘘じゃねえよ」
「だって、お前、この前まで…」
「この前はこの前。今日は今日。恋なんてそんなもんだ。いきなり、好きになったりするもんなんだよ」
「はあ?」
「いいから!だから、お前ぜ~~ったいに、菜摘ちゃんに、俺が菜摘ちゃんを好きだなんて言うなよな」
「なんで?」
「混乱させるだろ?俺が今好きなのは桃子ちゃんで、菜摘ちゃんじゃないんだからさ。わかった?」
「わ、わかったよ。もともと言うつもりもないし…」
「そうか、ならいいけど」
「でも本当にいいのか?」
「何が?」
「例えば、俺が菜摘ちゃんと付き合うようになっても」
「何それ」
「例え話」
「そんなことありえね~~」
「何で?」
「お前、菜摘ちゃんのこと、別に好きじゃないだろ」
「……」
葉一は黙った。
「え?」
顔が真剣だったから、こっちが焦った。
「何?お前、まさか、菜摘ちゃんのこと…」
もっと、葉一の顔が真剣になった。
「まじで?!」
「ああ」
葉一は、たった一言そう言った。




