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11 妹

 家に帰って来ると、もう母さんも父さんも杏樹も夕飯を食べていた。

「あ、遅いから先に、食べちゃったわよ」

 母さんはそう言いながらも、俺の夕飯の用意をしようと席を立った。

「いい、いい。あとでで。ちょっと変な時間に食べてきたから、まだ腹減ってないし」

 俺はとっとと2階に上がろうとしたが、

「桃子ちゃんとデート?」

と、父さんが俺を引き止めた。


「え?!お兄ちゃん、彼女できたの?」

 杏樹が驚いている。

「可愛い子なんだよ」

 父さんが、そんなことを杏樹に耳打ちした。でも、しっかりこっちまで聞こえてきた。

「え~~~!会いた~~い。ああ、でも友達みんな、がっかりしちゃうかも!」

「杏樹、なんで友達ががっかりするの?」

「けっこう、お兄ちゃんのファン多いんだよ」

「へ~~、お前モテるんだ!」

 父さんが、そうひやかした。


「うっせ~~よ、杏樹、よけいなこと言うな!」

「お兄ちゃんって、硬派でしょ?彼女なんかいらねえよって去年そんなこと言っていたから、絶対彼女作らないと思ってたのにな~~」

「うっせ~!うっせ~!」

「硬派ね~。でも、彼女、すごく可愛いんだよ」

 また言ってる。

「父さんも、うるさいよ。じゃ、俺、勉強あるから!!!」

 そう言うと、俺はさっさと2階にあがった。う~~、くそ。顔が熱い。


 そうなんだ。杏樹の言うとおり、実は去年、俺は基樹と「女なんてな~~」と硬派を気取っていた。

 学校でそんな感じだったから、女の子とあまりふざけたり、話したりもしなかった。どうも、その印象が定着してしまったようで、いまだにクラスの女の子は、俺らに話しかけてこない。

 でも、なんでだかバレンタインにチョコだけはくる。それも直接じゃなくて、ロッカーに入っていたり、本人の友達ってのが持ってきたりするから、もらったところで進展もしない。

 で、彼女ができなくって、基樹とこれは学校以外のところで見つけるしかないって、海の家でバイトをしたんだ。


 初めは、海でナンパだ~~って言っていたんだけど、話しかけるところを二人でシミュレーションしても、まったく無理だ、できないということがわかった。それで、高1の時につるんでいたメンバーで、バイトをすることにした。

 葉一は、夜、バイトがあったのに、昼間もバイトしたいからって言ってやっていたんだよね。まあ、俺も夜は店の手伝いとかもしていたけどさ…。

 葉一は、彼女を作るのが目的じゃない。ただ単に、バイト代が欲しかったからだ。


 で、基樹が蘭ちゃんに声をかけて、そこに俺も混じって、わいわい話しているうちに、菜摘ちゃんも話に加わってきて4人で盛り上がっていた。

 バイトの休憩時間に話でもしようってことになって、初めて葉一もそこに同席して、桃子ちゃんがいることに俺もようやく気が付いた。


 第1印象はおとなしい子。その時まで、蘭ちゃんと菜摘ちゃんの二人で海に来ていると思っていたほど存在感がなかった。多分、後ろの方で黙ってたんだろうな~。

 そう言えば、葉一が気を使って、桃子ちゃんに話しかけてた気がする。

 俺は、蘭ちゃんと話をしながら、いつ菜摘ちゃんと話をするか、仲良くなるか、そんなことばかり考えていたと思う。

 人間、どこでどうなるかわからないもんだよな。まったく、気にも留めていなかった子のことが、好きになってたりするんだもんな。


「あ、やべ…。上の空だった。勉強、勉強」

 俺は、とりあえず大学には行こうと思ってる。海洋学、興味あるんだよね。海の生物や、海のことにすごく興味がある。多分、父さんの影響だ。

 大学に入って、夏休みに父さんといろんな海に潜りに行く…。そんな計画を、密かに父さんと立てている。これは父さんの夢だったらしい。いろんな海に潜りに行くこと。それを、俺と行きたかったって言っていた。嬉しかった。


 だから、高校を卒業したら、ダイビングのライセンスを取ろうかって思っている。今からすげえ、楽しみだ。

 父さんや母さんと、そのうちに俺ら家族も伊豆に越そうかって、よく話しているんだ。杏樹が高校卒業するまではここにいるとして、でも、そのあとは、伊豆に行くのもいいよなって。

 父さんは、プログラマーの仕事をしてるけれど、それもフリーでやっているから、伊豆に越しても仕事は出来る。


 じいちゃんやばあちゃんや、春香さんもいるし、俺、春香さんの旦那さんから、サーフィンも教えてもらいたいし、じいちゃんとヨットにも乗りたいし。今年の夏は、2泊しか伊豆に泊まれなくて、あんまりいろんなことができなかったしな~。

 来年は受験勉強で、旅行どころじゃなくなるかな。じゃ、やっぱり大学行ってからか…。

 そんなことを考えただけで、すごくわくわくするんだよね。

 あ、みんなで伊豆に行くのもいいな…。う~~ん。桃子ちゃんと二人の方がいっか。

 あ。だから、俺、勉強しようよ…。まじで。


 そこにいきなり、携帯が鳴った。っていっても、メールだ。

>今日は、ありがとう。

 桃子ちゃんからだ。あれ?それだけか…。

>こっちこそ、楽しかった。サンキュー。今、何してるの?

 俺は、桃子ちゃんにそうメールを返した。

>夕飯食べて、お風呂に入ってた。聖君は?

 そうか。お風呂上りか…。もう、パジャマかな…。


>俺は、勉強中!すごい?えらい?

 って、いろんなこと考えてて、勉強してないのに…!

>ごめん。邪魔したね。勉強続けて。

>うそうそ!勉強してないよ。全然頭に入らなくて。今日はもう、勉強できなさそう。

>え?そうなの?なんで?

 なんで…、か~。

>そりゃ、やっぱり、桃子ちゃんのこと考えちゃうから。なんつって(>▽<)


 し~~ん…。

 あれ?返信来ない…。呆れちゃった?しょうがない。勉強、やっぱりするか…。

 机に向かい、ノートを開き、教科書も開き、シャープペンも持ち、本気モードを出した頃、ブルル…携帯が鳴った。

>冗談ばかり!そういうの、本気にしちゃうから、やめてね(>_<)

 …。あれ…。

>冗談じゃないし、ほんとだし。だから、本気にしていいし。


 また、しばらく経ってから、メールが来た。

>私も、ご飯も食べれなかった。

っていう短い文。

>なんで?

 俺も、短く返した。

>だって、聖君のこと思うと、胸いっぱいになって、お腹も空かないから。

 え~~~~~~~~~????


 しばらく返信ができなかった。携帯を持ったまま、俺は真っ赤になっていたと思う。え~~と、なんて返信する…?と、とりあえず。

>て、照れます…(^^ゞ

とだけ、返してみた。また、しばらく返事がなかった。

 5分位してから、

>でも、ほんとのことだし。

ってメールが来た。あははは…。し返しのつもり?これ。


 ああ、やっぱ、駄目。勉強駄目。手につかない。それから、また1時間くらいはメールのやりとり。

 俺、自分でこういうのするとは思わなかった。葉一や基樹とメールはけっこうしてたけれど、まさか、女の子とこんな顔文字入れてメールするとはな~。

 学校のやつらには見せられないよな~~。こんなメール…。


 10時過ぎて母さんが、

「夜ご飯は食べないの~~?」

と、1階から怒鳴ってきたから、

>髪乾かした?ちゃんと乾かして、寝ないと風邪引くよ。じゃ~ね(^^)

と、桃子ちゃんにメールをしてから、1階に下りて行った。


 リビングに行くと、俺の夕飯が明らかに冷めている感じで並べてあった。

「もう、そのうち下りてくるだろうって思っていたら、全然来ないんだもの。冷めちゃったわよ。あ、ご飯だけは、今、よそってきたけど!」

「ごめん…」

「寝ていたの?」

 母さんにつっこまれた。

「いや…」

「まさか、本当に勉強?」

「……」


 俺はつい、無言になった。どうもこういう時に、嘘がつけない。

「メール…。してました」

と、正直に言ってるし…。

「ああ、桃子ちゃんとか~~~!仲いいな~~」

と横で、テレビを観ている父さんが、またひやかした。

「うっせえって…」

 すごく小声で言ってから、俺は夕飯を食べ出した。


「お前、けっこうあれだもんな。まめだもんな。友達ともよくメールしてるんだろ?」

「ああ。うん」

「それに、杏樹や、くるみにもメール送ったりしてるんだって?」

「用がある時だけだよ」

「俺には、ないじゃんか」

「父さんに用って、あんまりないし」

「え…」

 ちょこっと、ショックって顔を父さんはした。


 母さんには、用事があるとメールをする。用事っていっても、今日のバイトちょっと遅れそうとか、夕飯いらないとか、そんな感じのメールだ。

 杏樹は、なんでもなくてもメールをよこす。友達の家の猫可愛いから送るねって写メを送ってきたり、お兄ちゃんのおやつも買ってくね、どれがいい?ってケーキ屋でケーキのサンプル品を写メで送ってきたり。

 そういうのが可愛いから、いちいち俺もメールを返していたし、俺も、杏樹にケーキでも買ってってやるかって思った時には、写メ撮って聞いてみたり、俺と基樹の変顔を送ってみたりしていた。


 妹っていて当たり前だったけれど、けっこう可愛い存在だよな。それも杏樹みたいに、まあ、うるさいはうるさいけど慕ってくれたらさ。

 基樹にも妹がいて、それも一こ下で、生意気で全然可愛くないって言ってたけれど、年が離れている方が、可愛いって思えるのかな。あ、そっか。一つ下なら、蘭ちゃんや、菜摘ちゃんとタメじゃんか。妹と同じ年の彼女ってどんな感じなのかなあ…。

 ああ、そっか。俺には、もう一人妹がいるんだっけ。まだ、ピンとこないな~。一つ下の妹。今、何しているのかな。まだ、落ち込んでるのかな?

 夕飯食べて、風呂に入って、結局そのまま俺はぐうすか寝てしまった。


 桃子ちゃんとは、そんなこんなでよくメールをしあってた。

 学校で基樹とバカやってるところを、葉一に写メを撮られていて、葉一が勝手に桃子ちゃんに送ってたこともあった。

>今日、葉一君から写メきたよ。基樹君と写ってた。本当に仲がいいんだね。

とメールが桃子ちゃんから来て、まじ焦った。何?どんな写真~?

 すぐに葉一に電話して、どんな写真を送ったんだと問い詰めた。葉一がその写真を送ってくれたけど、やばい!思い切り基樹とバカ面して、大笑いしている写真だ。ああ~なぜ、こんなのを。ちきしょう!いつか、仕返ししてやる~~!


 葉一に彼女が出来たら、絶対変な顔を写して送ってやるんだ。でも、それもそんな遠くはない未来になりそうだ。葉一と菜摘ちゃんが、どうやらいい雰囲気になっていると、基樹が言ってた。

 俺と桃子ちゃんは合流できないけれど、4人で会ったりしているらしい。その時に、二人がいい雰囲気だったと基樹が言っていた。6人でまた、会えるようになるのも近いかもよって、付け加えて基樹は言った。

 徐々に、菜摘ちゃんは回復しているんだな。そのうちに、本当に菜摘ちゃんに、

「お兄ちゃん」

と言われる日が来るかもしれない。今から覚悟しておこうかな。


 桃子ちゃんとは、週末デートをした。江ノ島に来ることもあったし、俺が桃子ちゃんちの近くに行くこともあった。

 夜はバイトがあるし、桃子ちゃんちも門限があるから夕方までの、健全なデートだけどさ…。

 相変わらず桃子ちゃんは可愛くて、その日の服の色で、ポメラニアンになったり、マルチーズになったり…。


 江ノ島に来た時には、れいんどろっぷすにも来た。初めてそこで杏樹とご対面して、杏樹は可愛い可愛いと大はしゃぎだった。

「こんな可愛い人が、お兄ちゃんの彼女なのが信じられない」

 なんでだよ、おいっ!後ろから、つっこみを入れてやった。


 それから、桃子ちゃんと海に行ったり、ゲームセンターで遊んだりした。

 桃子ちゃんは杏樹のことを、すごく可愛がってるんだねと羨ましがっていた。

「桃子ちゃんのことも、可愛がってますよ。俺」

 そう言って、頭をよちよちって撫でると、

「私、犬じゃないもん!」

とふくれっ面をした。

 あはは…。可愛い。運動が苦手と言ってたけれど、ほんと、ゲームも悲惨なものだった。面白いよな~。

 いろんな桃子ちゃんを知っていったけれど、やっぱりどの桃子ちゃんも、「可愛い」それ以外にはないよ。うん。



 11月初め、桃子ちゃんの学校の文化祭の日がやってきた。

 基樹と俺と葉一は、少し、いやかなりの緊張。だって、女子高だよ?初めて、女子だけの学校に足を踏み入れちゃうんだから。

 3人で、さて祭日だけど私服でいいのか、制服がいいのか悩んでしまった。

「でも、他校の生徒、制服で…、なんて言われていない筈だし」

 そう3人で判断し、結局私服で行くことにした。


 まだ、6人で会ってはいなかった。でも、学校ではもう菜摘ちゃんと蘭ちゃんと、桃子ちゃんの3人で行動をしているってことだったし。

 あ、じゃあ俺だけが、しばらく菜摘ちゃんに会っていなかったのか…。どんな話をしたらいいのかな。どんな態度を取ったらいいんだろうか。

 俺は少しだけ緊張していたけれど、でも、会っちゃえばきっとそんなの関係なく、普通に接することが出来るんじゃないか…、そんな気持ちもあった。


 学校の入り口で、蘭ちゃんが待っていた。

「基樹!聖君、葉君!」

 蘭ちゃんが、俺らのことを見つけた。けっこう人がたくさんいて、見つけられるかなって話していたけれど、あっという間に蘭ちゃんは俺らのことを見つけちゃった。

 蘭ちゃんの隣に知らない女の子が二人いて、

「蘭の彼氏、どれ?!」

と聞いていた。クラスメイトのようだ。基樹は隣で、思い切り緊張している様子。

「私の彼はこの人。基樹」

 蘭ちゃんは基樹と腕を組んで、友達に紹介した。基樹は、

「あ、どうも…」

と、カチンコチンになりながら、挨拶をしていた。


「や~~い、ガチガチになってやんの」

 小声で俺がそうひやかすと、すぐさま蘭ちゃんが俺を指差して、

「で、こっちが桃子の彼氏」

と言った。げ!俺のことも紹介するか?

「え~~~!!!!桃子、彼氏、いたの?っていうか、なんか意外~~!すごくかっこいい~~~~!」

 うわ。すごい驚きのリアクションが返ってきたぞ。

 俺も、ガチガチに固まってしまった。


「とにかく、私らのクラスに来てね。カフェやってるんだ。桃子と菜摘は今、ウエイトレスしてるから」

「桃子ちゃんがウエイトレス?大丈夫なの?」

 俺は、ついそんな質問をしてしまった。

「う~~ん、やばいかな?他校の男子に、人気あるみたいだけど」

 え?え?何それ?

「って、そうじゃなくて、いろんなドジしていないかって…」

「え?そっちの心配?大丈夫だよ。あの子ああ見えても、その辺はちゃんとやってるよ。真面目だしさ」

「そうなら、いいけど」


 いや、よくないだろ。何安心してるんだよ、俺。他校の男子に人気ある?そっちの方が、やばいだろ。

 ちょっとひきつりながら俺は、歩く速度が増していった。

「いらっしゃいませ~~!!」

 教室のドアにぶらさがってるのれんみたいな布切れをめくると、元気な菜摘ちゃんの声がした。

「あ!聖君!」

 菜摘ちゃんは、予想をはるかに超えたリアクション。すげえ、元気はつらつ。

「来てくれたの?入って入って」


「菜摘!菜摘の彼氏はいないの?その人は、桃子の彼なんでしょ?」

 後ろからついてきた、クラスメイトらしき女の子がそう言った。

「聖君?そうそう、桃子の彼氏で私の兄貴」

「え?」

「私の彼は、後ろにいる葉君」

 女の子の後ろに突っ立っていた葉一を、菜摘ちゃんは指差した。

「この人が?」

 女の子たちは同時に振り返り、葉一の事を見た。葉一はやっぱり俺と同じように、固まっていた。

「兄貴?」

 一人の女の子が呟いたけれど、もうその時には菜摘ちゃんは俺らのことを、

「こっちこっち!」

と席に案内していた。


 平静を保とうとしていたけれど、俺の顔引きつっていたかもな。いきなり菜摘ちゃんに「兄貴」と紹介されて。そんなふうに言ってくれるとは思ってもみなかった。


 蘭ちゃん、俺、葉一、基樹は案内された席についた。蘭ちゃんは今休憩中らしくて、あと1時間したら当番が回ってくると言った。

「じゃ、俺らといないで、基樹と二人でどっか行ってきたら?」

「そう?いいの?別行動しても」

「いいよ、いいよ」

 俺がそう答えると、ごめんねって言いながら教室を二人で出て行った。


 俺と葉一が席で待っていると、メニューと水を持って桃子ちゃんがやって来た。制服のブラウスとスカートに、可愛いひらひらのついた真っ白なエプロンと、ひらひらがついた真っ白なカチューシャをしている。それが似合っている。俺の目は釘付けになった。可愛い!

 あれ?でも、菜摘ちゃんは、普通に紺色のなんでもない感じのエプロン。カチューシャもしていない。

 周りを見回してみると、何人かは白のひらひらエプロン、何人かは、なんでもないエプロンをしている。その白のひらひらエプロンの子は、見た目が小さめで、女の子女の子している感じだった。


「聖君、葉君、来てくれてありがとうね。えっと、ご注文は…何にしますか?」

 少し恥ずかしそうに、桃子ちゃんが聞いてきた。

「俺、アイスコーヒー」

 葉一はメニューを見ながら、そう答えた。

「俺、コーラでいい」

と、俺はメニューも見ないで、桃子ちゃんを見つめながらそう答えた。

「アイスコーヒーと、コーラですね」

 にっこりと微笑むと桃子ちゃんは、その場を去った。その後ろ姿もずっと目で追った。そして葉一に腕をつつかれ我に返った。


「見過ぎだろ、聖」

「え?あ、う、うん」

「可愛い彼女が気になるのはわかるけど」

「う、うっせえ」

 やばい。気をつけないと。だけど、気になるものは気になる。


 それからもつい桃子ちゃんを見ていると、注文を言いに行った後、他のテーブルにまた水を持っていって、注文を聞いていた。

 その席には、3人の他校の男子がいて、

「ねえ、桃子ちゃんって言うの?可愛い名前だね。いつ休憩?」

と聞いていた。何?なんで名前わかるの?他の子をさりげなく見てみたら、名札がエプロンにくっついてた。

 あちゃ~~!なんでわざわざ名前まで、ばらすようなことを…。

 俺は、そいつらをギラっと睨んだけれど、もちろん全然気付いていない。桃子ちゃんは、

「ご注文はなんですか?」

と、まったく質問に答えないで必死に注文を聞いている。


「休憩の時間教えてくれたら、注文しようかな~」

 ムカ!むかつく野郎だ。俺はグーで殴りにいってやろうかと思った。でも、

「まあまあ…」

と、それを見ていた葉一に止められた。

「桃子、もうすぐ休憩なんです~。私も、休憩なんです~」

 後ろからそこに、菜摘ちゃんが慌ててやって来た。

「え?な~~んだ。もうすぐなの?じゃ、案内してくれないかな?」

「でも、私の兄貴とその友達が来ていて、一緒に回る約束してて。あっちの席にいるあの二人です。私たちが休憩入るのを待ってるんです」

「兄貴ってお兄さんでしょ?お兄ちゃんなんかといないで、俺らと回ろうよ」


 ムカムカ~~~。

「でも~~。私のお兄ちゃんが桃子の彼氏で、その横にいるのが私の彼氏だから。お客さんたちとは、回れません。他のフリーの女の子を誘って下さいね!」

 元気いっぱいに菜摘ちゃんはそう言うと、桃子ちゃんにあっちのテーブルお願いと告げ、自分がその男どもから注文を聞き出していた。

 桃子ちゃんはその場を去り、俺らが頼んだコーラとアイスコーヒーを運んできた。


「は~~。危なかった。桃子ちゃん、なんでそんな格好してるの?男子の餌食になるようなもんじゃんか。ちょっと間違えたら、メイドカフェだよ?似合うけどさ。…あ。失言!わりい、聖」

 俺が思い切り睨んだのに気が付き、葉一が謝った。

「う。そうなんだよね。でも、前半で5人、後半で5人、この格好をしようってことに決まっちゃって。それも、私は絶対このエプロンだって、みんなが勝手に決めちゃったの」

「う~~ん。似合うもんな。その格好でたくさんの男子を集めて、利益をあげようという作戦か」

 葉一は、なるほどって顔をした。俺は、黙ってコーラをゴクゴクと飲んだ。


「でも、もう休憩だからこのエプロンもはずせるんだ」

「そう?良かったね。じゃなきゃ、こいつが何しでかすか」

「え?」

「さっきの男子にも、こいつ殴りかかるかと思ったよ。いいタイミングで菜摘ちゃん、止めに入ってくれた。じゃなきゃ、聖が殴りに行ってた」

「聖君が?」

「……」

 俺はコーラをテーブルに置いて、桃子ちゃんの顔を見た。


 それからすぐに下を向いて、思い切り機嫌の悪い声を出して、

「あんまりそういう格好を、他の奴に見せないでくれる?」

と言った。

「ごめん…」

 桃子ちゃんは小声で謝ってから、また戻って行った。

 あ~~あ。桃子ちゃんに言っても、しょうがないことだけどさ。可愛いことは可愛い。めちゃめちゃ、可愛い。それを他の奴も見てると思うと、無性に腹が立つ。

 う。俺、こんなに妬きもちやきなわけ?


 1時間もしないうちに蘭ちゃんと基樹が戻ってきて、俺と葉一と桃子ちゃんと菜摘ちゃんとで教室を出た。

「どうする?4人でもいいけど、やっぱり別行動がいいよね」

 菜摘ちゃんが、そう明るい声で提案した。

「でも…」

 桃子ちゃんは遠慮がちに、俺の顔を見た。

「うん、どっちでもいいけど。葉一が、菜摘ちゃんと二人きりの方がいいって顔しているからなあ」

「な、何、馬鹿なこと言ってんだよ。お前だろ?桃子ちゃんと二人になりたいのは。俺はどっちでもいいんだよ」

 葉一、声が裏返ってる。


「じゃ、4人で行動しますか?」

 俺はそう提案した。この4人で行動するのは、今までなかったしな。俺も久しぶりに、菜摘ちゃんに会えたんだし…。

「制服、やっぱり可愛いよね」

 エプロンを外して、ボレロってのを上から着た桃子ちゃんは可愛かった。

「鼻の下、伸びてるよ~~~」

 菜摘ちゃんに言われた。

「え?!って、からかうなよな」

 俺は焦って、菜摘ちゃんの頭を軽くこついた。


 そのあとも、何度も菜摘ちゃんは、俺と桃子ちゃんのことをからかった。そのたびになんだよって、俺は笑いながら、菜摘ちゃんのことを軽くこついていた。

 それを見ていた桃子ちゃんが、

「なんだか、杏樹ちゃんといる時みたい」

とぽつりと言った。

「え?」

「あ、ごめん」

「いいよ、桃子。だって、私と聖君も兄妹だもんね?あ、そうだ。私、聖君のことをこれから、お兄ちゃんって呼ぼうかな?」

「え?」

「それとも、兄貴って呼ぶほうがいい?どっちがいい?」

 菜摘ちゃんは、俺に聞いてきた。笑顔で元気に聞いてきたけれど、どっかで無理をしている感じもした。


「そうだな。菜摘ちゃんが呼びやすいほうでいいよ」

 頑張って、元気なふりをしているのかもしれない。だけど、その演技に俺ものることにした。

「私のキャラからいって、兄貴の方がぴったりくるよね。兄貴って呼ぶよ!」

 また、笑顔で菜摘ちゃんは言った。

「お、おう」

 俺は、なんて答えていいかわからず、そんなふうに返事をした。

「じゃ、兄貴。ここからは別行動ね。私ね、葉君と今付き合ってるの。だから、二人で行動したいな」

「あ、うん。いいよ」

 俺がそう答えると、菜摘ちゃんは葉一と腕を組んで、

「じゃあね」

と、明るく手を振った。


 俺と桃子ちゃんは、そこから二人で行動をすることにした。

「菜摘、無理していたのかな」

「桃子ちゃんも、そう思った?」

「うん」

「俺もそう思ったけどさ。でも、葉一がついてるから、大丈夫だよ、うん」

 しばらく二人で、雑踏の中を歩いた。

「人、多いし、迷子にならないよう手を繋いでおく?」

 俺は期待してそう言ってみた。

「でも、友達もいるし…」

 桃子ちゃんは恥ずかしそうに俺を見た。

「そっか。そうだよね」

 にこっと微笑んでみたけれど、心の中ではがっかりした。


「聖君の学校の文化祭はいつ?」

「11月の後半にあるよ。でも、そんなに楽しいもんじゃないよ。馬鹿ばっかりやってるしさ」

「菜摘と蘭と行きたいねって言ってるんだ」

「え?!」

「あ、駄目かな?」

「いや、その…。だからさ、そんなに楽しいものでもないし」

「そうなの?」

「クラスの出し物もないよ。俺らのクラス、やけにやる気のない奴が集まってるし。俺、部活もしてないし。ただ…」

「ただ?」

「ちょっと、体育館で出し物する程度」


「何をするの?」

「すげえ下手くそだから」

「…何?」

「俺、バンド組んでて、演奏する予定」

「え?!バンド?!初めて聞いた」

「軽音に入っている友達がいて、よく一緒にカラオケに行って歌ったりしてるんだ。去年も頼まれたんだけど、俺、文化祭だけ借り出されるんだよね」

「何の楽器?」

「ああ、俺はボーカル」

「歌うの?!聖君が?うわ~、聞きたい!」

「駄目!絶対、駄目!」


「なんで?聞きたいし、見たいよ。そのバンドには、葉君と基樹君いないの?」

「いないよ。俺だけが、飛び入り参加みたいな感じ」

「見たいな~~。見てみたいな~~~。すごく見たいな~~」

 桃子ちゃんにしつこく言われて、俺は観念した。

「そこまで言われたらわかったよ。みんなで来る?」

「うん!」

 桃子ちゃんは、すごく嬉しそうだった。その場を少し飛び跳ねるぐらい嬉しそうだった。

「でも、あまり期待しないで。下手だから。あと…」

「うん?」

「多分、桃子ちゃんと一緒にいる時の俺と、かなり違うからびっくりしないでね」

「え?」


「俺、学校では、なんていうか、硬派でとおってて…。彼女もいないって思われてる」

「え?そうなの?」

「あ、最近江ノ島を桃子ちゃんと歩いてるところ、クラスの奴に見られたみたいで、彼女が実はいるみたいだって、影で噂になっているらしいけど」

「噂?そうなの?」

「うん」

「聖君、学校で絶対にモテるって思っていたんだけどな」

「モテないよ。女の子、寄って来ないもん。男とばっかり、いつもバカやってるから」

「そうなの?」

「うん」


「そうなんだ。ちょっとほっとしたな」

「え?」

「だって、聖君は共学でしょ?女の子周りにいるから、モテるだろうし…。なんか、心配で…」

「え?浮気?心配してた?」

「う、浮気っていうか…」

 桃子ちゃん、真っ赤になった。

「あはは…。それを言うなら、桃子ちゃんだって。今日の格好はまじやばかったって。他の男子、桃子ちゃんにデレデレになってたし」

「まさか~~!からかってただけだよ、みんな」

「自分で気付いていないの?桃子ちゃん、すげ~可愛くて、みんな釘付け状態だったじゃんか」

 って、俺が一番釘付け状態だったけど。


「また、そうやって冗談ばかり言う」

「冗談じゃないって」

「いいよ~~。それに…」

「うん?」

「他の人にモテたとしても、あんまり関係ないし」

「……。それ、俺がいるからいいってこと?」

「うん…」

 コクって赤くなって、桃子ちゃんは頷いた。可愛い。俺もきっと、自分で言って赤くなっていた。

 もしここに父さんがいたら、絶対にからかったり、ひやかしたりしているんだろうな~。


 俺らはいろいろと教室を回って、焼きそばを食べたり、ジュースを飲んだり、占いをしてもらったり、歌を聴いたいりして1日を過ごした。途中で、他の奴らに会うかもと思ったけれど、会わなかった。

 文化祭の終わる時間になって、俺は校門で桃子ちゃんと別れた。

 桃子ちゃんのすぐそばにクラスメイトがいたらしく、俺が桃子ちゃんに別れを告げて、立ち去ろうとした後ろから、

「きゃ~~。あれ、桃子の彼?かっこいい!」

というでっかい声がした。振り返る勇気もなく、俺はそのまますごすごと駅に向かって歩いた。

 なんていうか、女子のパワー、こえ~~。

 うちの学校の女子もそうだけど、女子高はさらにパワーを2倍か3倍にした感じで、よくあの中であのおとなしい桃子ちゃんがやっていってるよなって、少し俺は感心しながら家路に付いた。



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