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9 桃子ちゃん

 水曜日、俺は学校が終わってすぐに、新百合ヶ丘に向かった。小田急線に乗るとすぐにメールが来た。

>桃子ちゃんに、よろしくな

 葉一からだ。葉一はクラスが違う。今日は、朝ちょこっと見かけただけで会えなかったから、メールをよこしたのかな。


 葉一は今、菜摘ちゃんに電話をしたり、メールをしたりして、慰めたり励ましたりしているらしい。とは言ってもバカなこと話したり、今日あったおかしかったことをメールしたりしているだけだって言っていた。でも、そういうのがきっと、1番ほっとできたりするのかもしれない。


 あいつはいい奴だ。中学からの仲だが、俺よりずっと大人でしっかりしているし器もでかい。きっとその良さを、菜摘ちゃんも気付く時が来るんじゃないかな。っていうのは、半分は俺の希望でもあるんだけれど。


 蘭ちゃんは、ずっと菜摘ちゃんのそばにいてあげているみたいだと、基樹が言っていた。だから、デートもおあずけなんだけれど、まあ、しょうがないよなって…。基樹は、実は友達思いの蘭ちゃんを見直して、惚れ直したらしいけどね。こんな時、友達のことを放っておいて、彼氏とばっかり会っている子じゃなくて良かったよと。


「じゃ、友達放って、桃子ちゃんと会おうとしている俺ってどうよ?」

 今日、昼休みにそんな話をしていて、基樹にそう冗談を言うと、

「いや、お前に一緒についててもらわなくちゃならないほど、傷ついてるやつ別にいないし…。って言うかさ、お前が1番、傷ついてるんじゃないの?どっちかって言うと、お前のそばにいてやるのが、俺らの役割だったりして…」

と基樹に返された。

「でも、俺、やろーにくっついててもらうより、可愛い女の子がいてくれるほうが、いいかも~~」

「あほか~~~!このすけべやろう~~~!」

 そう言って、二人でゲハゲハ笑った。


「なんだ、お前は大丈夫みたいだな」

 いきなり基樹が、まじめな口調になった。

「え?何が?」

「いや、実の父親だと思っていたのにそうじゃないって、かなりきついことなんじゃないのかって思ってさ。特におまえのところ、異常に仲良かったし」

「う~~ん、血の繋がりはなくても、絆はあるよ。多分、前より深まったかもしれない。俺、今でも父さんのことは好きだしさ」

「それだよ、それ。そういうの平気で口に出来るのすげえよな。やっぱ、お前の家は変わってる」

「え?そう?」

 まあ、それ、よく言われることだけどさ。


「ま、いいや。桃子ちゃんと今日会うんだろ?これからも付き合うんだろ?本気なんだろ?」

「ああ、うん」

 なんだか照れくさいな、こういう話を基樹とするのも。

「蘭がさ、もし、本気じゃないなら桃子が傷つくから、今すぐにでも別れて欲しいって言ってた。けどさ、この前6人で会った時のお前見ていたら、桃子ちゃんのことマジだなって思えたんだよね」

「基樹には、そう見えた?」

「うん。なんで?」

「葉一には、そう見えなかったみたいだから」

「葉一は、先入観があったからじゃないの?」

「先入観?」

「お前は絶対、菜摘ちゃんのことが好きだ…みたいな」

「あ…、そうかもな」

 確かに、俺が桃子ちゃんを好きだってことを、絶対に信じないって決め付けていたもんな。


「で?」

「で?って?」

 何をにやけているんだ?基樹は。

「お前、桃子ちゃんのどこが好きなの?」

「え?なんだよ?いきなり!」

「桃子ちゃんのどういうところに、惚れちゃったのかなって思ってさ」

 なんだよ、顔ににやつかせたと思ったら、そんなこと聞いてきやがって。


「お前は、蘭ちゃんのどこに惚れたわけ?」

「え?俺にふる?お前に聞いてんだよ?俺は」

「いいから、教えろよ。それ、聞いていなかったよ。だいたい、付き合っているのだって隠していただろ?」

 そう言うと基樹は目を逸らして、顔を赤らめた。

「いいじゃん。俺のことは」

 こいつも照れるんだな。面白い。

「じゃ、俺のこともいいじゃん」


 そう、わざとつっけんどんに答えてみた。そうしたら、言うかな?こいつ…。

「…わかったよ。蘭のことは、もろタイプだったから…」

「へえ~~!」

 基樹のタイプだとは思っていたけどね。

「お前は?!」

「あれ?それだけ?」

「いいから、お前は?!タイプとは違うんじゃないの?お前どっちかって言うと、菜摘ちゃんみたいな、元気はつらつタイプ、好きだったじゃんか」

「う。そうだけどさ…」

「そうだけど、なんだよ~~」


 基樹は、俺の腕をぐりぐりつついてきて、またにやついた。ああ、しょうがないな。確かにタイプとは違うけど、こうなったら言うしかないのかよ。

「だって…。桃子ちゃんって可愛いじゃん」

 ぼそっとそう言うと、

「そうだな。うん。そう思うよ、俺も。って、それだけ?」

と、物足りなさそうに基樹は俺の顔を覗き込んだ。


「うん、それだけ」

「好きになったきっかけとか、決め手とかは?」

 基樹はさらにしつこく聞いてきた。自分のことは簡単に終わらせたくせに。

「う~~ん…。決め手か。そうだな~~~。何かな?」

 俺はちょっと考えみた。決め手ってあるかな。そんなこと考えたこともなかったし。

 う~~~~ん。でも、やっぱり考えてみても、

「可愛いから」

としか出てこない。


 可愛いって言うか、いじらしいって言うか、なんて言うか…。うまく言葉では、言い表せない。

「はいはい、わかったよ。お前の顔見て、なんとなく察しはついた」

「なんの?」

 俺の顔?

「鼻の下伸びてる。相当桃子ちゃんにまいっちゃってるわけね」

「う…」

 そんなにデレた顔をしていたのか?俺は!


 まあ、自分でも相当惚れちゃったんだろうなって思う。今もこれから桃子ちゃんに会えるのが嬉しくて、桃子ちゃんのことを考えるだけで口元が緩む。回りの人に変に思われないよう、俯いてみたり、手で口元を隠してみたり。そんなことをしながらも、早く新百合ヶ丘に着かないかってさっきからそわそわもしてる。


 やっと電車が、新百合ヶ丘に着いた。改札口には、まだ桃子ちゃんはいなかった。なんだ。ちょっとだけがっかりした。すぐにでも会えるかと期待していたからな…。

 桃子ちゃんは私立の女子高校に通っていて、学校帰りに制服でどこかに寄るのは禁止されているらしい。だから今日も、一回家に帰って私服に着替えてくると言っていた。


 俺は、少し残念だった。制服姿も見てみたいなんて思っていたから。でも、もうすぐ文化祭があるらしくて、その時は他校の生徒も行けるようだから、俺も基樹と葉一と行く予定にしていて、その時に制服姿が見れるかなって、今から楽しみにしちゃっている。


 俺は、学校から直で来たから制服。時計を見たら、約束の時間の5分が過ぎていた。

 まだかな。ご主人様を待つ犬ってこんな気持ちかな。早く来ないかなってそわそわする。でも、ドキドキもする。

 電話でもしてみるかな…。と携帯をポケットから出したその時、携帯が鳴った。


「あ、桃子ちゃん?」

「ごめんね。聖君。今、駅に向かってる」

 桃子ちゃんは、息づかいが荒かった。今、必死に走っているんだろうな。

「いいよ、ゆっくり来なよ」

「ごめんね!!!」

 電話はすぐに切れた。桃子ちゃんの必死に走っている姿が目に浮かび、またいじらしくなる。


 俺は、少し場所を変えた。多分、こっちから来るだろうなっていう方向にゆっくりと歩いた。

 少しすると、必死に走って来る桃子ちゃんの姿が見えた。俺も、桃子ちゃんの方に走って行った。


「ひ。聖君…。ごめん…」

 桃子ちゃんは息があがっていて、言葉が続かないみたいだった。

「そんなに、走ってこなくても良かったのに」

 はあはあ息を切らしている桃子ちゃんに、駆け寄ってそう言うと、

「ご、ごめんね。学校、出るのが遅くなっちゃって…はあ」

と、桃子ちゃんは息を整えた。隣で俺は、桃子ちゃんが話し出すのを待っていた。桃子ちゃんは恥ずかしそうに俺をちらっと見ると、下を向いて一回小さな深呼吸をした。


「HR長いんだもん。もっと早くにメールしたら良かった。でも、走ったら間に合うかなって思って…。でも、全然駄目だった。私、走るの遅いんだったって途中で気づいて…」

「え?」

 ぶぷ!俺は思わず、笑っちゃった。

「?」

 笑われて、桃子ちゃんはちょっと驚いていた。

「あ、ごめん。笑っちゃって。あはは…。桃子ちゃん、走るの遅いんだ?」

「う、うん…」

 ちょっと、戸惑いながら桃子ちゃんは頷いた。


 可愛い~~~~!って言うか、どうしてこう何をしていても、可愛いんだか…。走るの遅いけど、頑張って走ってきた桃子ちゃんが、またいじらしくなっている俺。


「走ってきたから、喉渇いたでしょ?どっか入る?」

「うん」

「俺、小腹が空いてるんだよね。どっか、ファーストフードの店あったっけ?」

「うん。あるよ、こっち」

 俺は、桃子ちゃんの行く方向について行った。

 ちょっと桃子ちゃんの後ろから歩く。うん、確かに歩くのも遅いかな。俺も、いつもより歩くのが遅くなる。桃子ちゃんが歩くたびに、ポニーテールの髪が左右に揺れる。面白いな~~。歩き方も、なんか可愛いな。


 しばらくすると、桃子ちゃんは歩く速度をもっと落とした。思わず、ぶつかりそうになった。

「わ…。何?」

 お店に着いたかと思ったけれど、どうも違うみたいだ。桃子ちゃんは振り返って、

「なんで…、後ろ?」

と少し不安げに聞いてきた。

「え?」

「ずっと後ろにいるから、聖君」

「桃子ちゃんの知っている店だから、後ろからついていったらいいのかなって。それで、後ろ歩いていたけど…」

「……」

 桃子ちゃんが、黙ってしまった。


「何?どうかしたの?」

「なんか、怒っているのかと思った」

「誰が?」

「聖君、黙っていたし」

「ごめん。でも、怒ってないよ?」

「そうだよね、さっき、怒っている感じじゃなかったし」

 桃子ちゃんはそう言うと、

「お店、あそこなんだけど」

と、斜め前のビルを指差した。

「ああ、うん。じゃ、行こうよ」

 今度は俺が先に歩き出した。桃子ちゃんは、ちょこちょこと後をついてきた。

 俺は、なんだかおかしくなった。後ろを歩いていただけなのにな。それも、後ろから見ていて、可愛いなって思っていたのにな。


 店に入って、桃子ちゃんはアイスティー、俺はチーズバーガーとポテトとコーラを頼んだ。

 席に座り、大口開けて、

「いただきます!」

と、俺はがっついて食べ出した。そんな俺を桃子ちゃんは見ながら、アイスティーを飲んでいた。

「…聖君、元気そうで良かった」

「ん?」

 俺は、チーズバーガーを口に頬張ったまま聞き返した。桃子ちゃんの声は、耳を傾けないと聞こえない時がある。

「菜摘のことで、落ち込んでいないかなって心配だったの…」

 ああ、そのことか。ゴクっとコーラで流し込んでから、俺は話を始めた。

「日曜、メールではあんまりその辺のこと、触れなかったっけ」

「うん、だから、ちょっと気になっていたんだ…」

 そうか。心配させちゃったんだな。悪かったな。


「俺は大丈夫。このとおり元気だよ。でも、菜摘ちゃんの方が、かなり落ち込んでいるんじゃない?学校は来てる?」

「うん、ちゃんと月曜から。でも元気ないみたい。ずっと蘭がついていてあげてる」

「そうなんだ」

「私は、そばにいないほうがいいって蘭とも話したんだ。菜摘も、まだ私と話すのはちょっと辛いから、離れていたいって蘭が言ってた」

「じゃ、桃子ちゃん、学校で一人?」

「大丈夫。一人だけど、菜摘の方が今は辛いと思うし…」

 本当かな。顔、かなり沈み込んでいるけど。

「他に、友達は?」

「蘭がね、他の子と一緒にいてもいいよって言ってくれたんだけど、なんだか気が引けて」

「……そっか」


「菜摘ね、今は辛いけど、そのうちにまた私と蘭と一緒に仲良くやっていきたいからって、だからもうちょっと待っていてねって、そう言ってたよって蘭が教えてくれたの」

「…そうなんだ」

「うん」

 桃子ちゃんは、一口アイスティーを飲んだ。俺も、コーラをゴクっと飲んだ。

「二人とは、中3の時も一緒のクラスだったの。あ、私たち、今の高校の中等部にいたんだ。それで、今年も一緒のクラスになって…」

「へえ、中学からの仲良しなんだ」

「うん。蘭とも菜摘とも、まったく違う性格なのになんで仲がいいの?って、他の友達に聞かれたことあるんだけど。優しいからかな」


「そう言えば、まったく性格違っているよね。仲良くなったきっかけはなんだったの?」

「中学3年の時に、私、なかなか友達が出来なくて…。仲が良かった子とは、みんな違うクラスになっちゃって」

「うん」

 俺は桃子ちゃんの話にひたすら集中した。周りの客の声がうるさかったけれど、少し身を乗り出して顔を近づけながら。

「それで、5月に修学旅行があって、どの班にも入れてもらえなくて困っていたら、二人が一緒の班になろうよって声をかけてくれたの。初めは私と全然違うタイプだし、どうしようかなって思っていて、なかなか二人にもなじめなくて…」

「うん」

「だけど、二人ともいつも元気で明るくて、一緒にいると楽しくなってきて…」


「そうだね。そう言えば、俺らがバイトしている海の家に来た時も、二人ともはじけちゃってたもんね。で、俺らもけっこうはしゃぐから、意気投合したんだよね?」

「私は、あまり喋らなかったけれど…」

「え?ああ、うん。そうだっけ…」

「聖君は、蘭と仲良かったよね。蘭と基樹君と3人で、よくバカやってた」

「バカ?」

 バカ?俺…。サクッと傷ついたりして…。


「仲良かったから、聖君も基樹君も、蘭のことが好きなのかもって菜摘と話していたんだ」

「ああ、そんなこと前にも言っていたね」

「うん。最初の頃は、私とも菜摘とも、聖君はあまり話さなかったから」

「え、ああ。うん…」

 ちょっと、俺は言葉に詰まってしまった。

「あの頃は、その…。菜摘ちゃんのことを意識していたんだけど、何を話していいかもわからなくって。それで、結局1番話しやすい、バカやれる蘭ちゃんと基樹と、一緒にバカやっていたんだと思うよ」

「菜摘のこと、好きで意識しちゃっていたんだ…」


「うん。なんて言うの?俺、あまり女の子と付き合ったこともないし…。あ、中学の頃一回あったけど、すぐに駄目になったし。好きになっても、どうしていいかわからないって言うかさ」

「そんなに菜摘のこと?」

「いや。うん、どうだろ?とにかく、緊張はしていたよ。毎回、何か話そうって思っていて、ああ、今日もまた話せなかった…、みたいな」

「そうだったんだ…」

 桃子ちゃんの顔は、沈みぎみ。声もますます小さくなる。


 俺は、残っているポテトをバクバク食べ出した。頭の中では、さてこれから何を話そうかとか、桃子ちゃん、傷ついてるかなとかグルグルしながら。

 だって、俺、本当にずっと桃子ちゃんのこと、まったく見ていなかったから、どんな子かもわからなくて。っていうことを、ばらしても良いかどうか…。

 そんなことを言って、傷付くかな?


「あ!そうだ。聞きたいことがあったんだ」

 俺は、とっさに頭に閃いたことを口にした。

「え?何?」

 桃子ちゃんは下を向いてたけれど、びっくりしたみたいで俺の方を向いた。

「桃子ちゃんって、俺のこといつから好きなの?」

「え?!!!!」

 桃子ちゃんの顔が固まって、みるみるうちに真っ赤になった。あ…、変なこと聞いたかな。でも、もうあとには引けない。聞いちゃったんだから、しょうがない。それに、まじで気になっていたし。


「さ…、最初から」

 すごくすごく小さな声で、桃子ちゃんは答えた。俺はまた耳を思い切り傾けた。

「最初って?6人で会った時から?」

「ううん」

「?」

「私、みんなで会う前に、江ノ島の海に家族と来ていたんだ」

「え?」

「その時にも、聖君のバイトしていた海の家に行ったの。そこで、聖君を見て…」

 それっていつ?

「すごく元気で、にこにこしながらお客さんと会話してて…。汗かきながら、一生懸命に仕事もしてて、それがすごく印象的で…」


 やば…。桃子ちゃんが思い切り恋する乙女に見えるんだけど…。両手を組んで、宙を見て話しているよ。

「私が注文した時にも、すごく明るく笑顔で答えてくれて。それがすご眩しくて…。もう一回会えたらいいなって思って、蘭にその話をしたの」

 もしや、その時の俺を思い出していたとか?ちょっと美化していない?て言うか、照れくさい。

「そうしたら、3人で江ノ島に行って、またその海の家に行こうってことになって…」

 そうか。初めに会った時のことなんて、俺はまったく覚えていない。でも、俺にまた会いに来てくれたのか。


「蘭も菜摘も、応戦してくれていたけど、私、どうしていいかわからなくて。それに、会うだけで嬉しかったし…」

 え~~~~!!!!ちょ、恥ずかしいんですけど。ものすごく照れくさいんですけど…。

 すごく恥ずかしいことを言っていると思うけど、桃子ちゃんは、そのあとも普通に俺に話してくれた。言ってて、恥ずかしくない?照れくさくない?って、俺のほうが、最初に聞いたんだっけ。でも、聞いていて、顔から火が出そうだけど…?

 だけど、なるたけ平静を装って、俺は、下を向いてうんうんって頷いていた。

「菜摘、いつから聖君のこと好きになったのかな…。もしかして、会った時からかな…」

「え?」

 ちょっとそこで、俺の頭も冷めた。

「……」

 桃子ちゃんも、黙ってしまった。

 しばらく沈黙が続いた。


「昨日さ、菜摘ちゃんのご両親が来てさ…。いつか、菜摘ちゃんが俺のこと、兄貴って思えるくらいになったら、家に遊びに来ないかってさ」

「兄貴?」

「俺、妹いるじゃん。杏樹…って、まだ会ったことないか…。今中1で、けっこう可愛い妹なんだ。自分で言うのもなんだけど、可愛がってるんだよね」

「……」

「でさ、菜摘ちゃんのことも、杏樹みたいに思える日が来るんじゃないかって、俺、そう思ってて…。そしたら、今度もし菜摘ちゃんが悩んだり困っている時、相談に乗ったり励ましたりするそんな役目を俺ができるかもしれないでしょ?」

「…うん」


「そんな日が来たらいいなって思っているし、俺の本当の…、あ、いや、血の繋がっているって言った方がいいかな?父親、菜摘ちゃんのお父さんもさ、息子として会いたいからって言ってくれてさ」

「息子…として?」

「俺、父親、二人もできちゃったよ。あはは…」

 俺がそう言って笑うと、桃子ちゃんは少し戸惑った顔をした。


「強いね、聖君」

「え?強くはないよ。でも、まあ、父さんとか母さんとか、基樹や葉一がいてくれてるから、そんなに落ち込んだりしないですむかな」

「そうなんだ…」

「だから、菜摘ちゃんも大丈夫だと思うよ。だって両親もいるし、蘭ちゃんもいるし、葉一もよく電話したり、メールしたりしているみたいだし」

「うん…。そうだよね」

「うん…」

 俺は、残っていたコーラを飲んだ。桃子ちゃんは俯いたままでいる。元気ないように見えるけど、俺、なんか変なこと言ったかな。


「ちょっと、羨ましいな…」

「え?何が?」

「杏樹ちゃんや、菜摘」

「……?なんで?」

「だって、聖君に、大事に思われているし…」

「へ?」

「基樹君や葉君にも、嫉妬しちゃう」

「え?!どうして?」

「だって、聖君の力になってて…。私なんか、全然…」

 え~~~~~~?!!!ちょっと、待って、ちょっと待って!!!!

 ああ。もう、なんで、そうなるかな。1番、力になっているし、大事に思っているし、でもそういうことを言うの恥ずかしいから、言えないんじゃん!!!!!


「く~~~~!」

 ほとんど無言で、俺は下向いて足をじたばたした。

「聖君、どうしたの?」

 桃子ちゃんが、びっくりしている。

「私、何か変なこと言っている?」

「いや…」

 だらだら、汗をかいている俺。これ、ちゃんと正直に言った方がいい?だよね。じゃなきゃ、桃子ちゃんは勝手に思い込んで、落ち込んでいるよね。でも、勇気いる。


「あ、あのさ…」

「え?」

「だから、あのさ…」

「…?」

「そんなに、落ち込むことないし、羨ましがることないし…」

「そうだよね」

「え?!」

 俺の言いたい事、もう伝わっちゃった?って言うか以心伝心?

「私、自分勝手だよね。だって、菜摘は今傷付いているし。妹になんかなりたくなかったかもしれないし。それに私、勝手に聖君の役に立てたらって思っていたけど、そんなの自分勝手なことだよね」

「え?え?」

 ちょっと違う!いや、だいぶ違う!伝わってないぞ…。


「私、聖君と菜摘が兄妹だって知って、それを私しか知らなくて、だから、聖君のために自分が出来ることしなくちゃって思ったの」

「……」

「だって、その時には、私しか聖君は相談する相手も、助ける人もいないからって…。でも、役に立てていることが嬉しくて…。だけど、今は私がいなくっても、もう大丈夫なんだよね?」

「?!」

「……」

 また、桃子ちゃんは下を向いた。


「いなくっても…って?」

 ど、どういうこと?!

「だから、その…。もう、私は必要ないかなって…。一回乗りかかった船だけど、もう降りる頃なのかな?私」

「…え?何それ?」

「今日、会おうって言ったのは、それを言いに来たんじゃないの?」

「それって?」

 俺の頭、真っ白。思考能力ゼロ。桃子ちゃん、何を言いたい訳?まったく話が見えない。


「初めはね、菜摘のことで悩んでいて、相談か何かかなって思っていたんだ。でも、話聞いていたら、もうとっくに解決してるって言うか、聖君、立ち直れているし…。だから…」

「…うん。だから?」

「だから…。別れ話しに来たのかなって…」

「ええ?!」

 わ、別れ話~~~?!何言ってんの?!桃子ちゃん。

「あ。別れ話じゃないよね。だって、付き合っているわけでもないし…。えっと、だから、私はもう必要なくって、だからこれから会うこともなくなる…とか」

「…………」


 開いた口が、塞がらなくなっていた。どこをどうしたら、そんなふうに思えちゃうわけ?

「えっと…?」

 俺はいったい、何から説明したらいいわけ?それに、ちょっと、いや、かなりショックだ。

「桃子ちゃんさ、じゃ、俺がもう必要ないよって言ったら、俺の前から去っていっちゃうわけ?」

「え?」

「そんな簡単に去って行けるくらいの、簡単なもんだったの?俺への気持ち」

「……」

 桃子ちゃんはみるみるうちに、目が真っ赤になって潤んできていて、でも、唇をぎゅうって噛んで、泣くのを我慢しているようだった。これ、桃子ちゃんの癖かな?

「違う…」

 桃子ちゃんはそれだけ言うと、首を横に振った。


「違う…。でも、私のこと必要なくなって、会わなくてもいいって思っているのに、しつこく会ってなんて言えない」

「え?」

「迷惑かけたくない…」

「俺に?」

「嫌われたくない…」

「え?俺に?」

「……」

 それだけ言うと、桃子ちゃんは俯いて、手で涙を拭いているようだった。


 ああ、やばい。泣かせちゃった、俺…。

「ごめん…」

 泣かせるつもりはなかった、と言おうとして、やっぱり泣かせようとしていたかなって反省した。だって、ちょっと頭に来たから。俺への気持ち、そんな中途半端?って…。

 本心知りたくなって、泣いた桃子ちゃんを見てちょっと安心してる自分もいて。ああ、俺ってかなり、ずるい奴。


「泣かせて、ごめん…」

 好きな子、泣かせてるって、かなり嫌なやつだよね。うわ、落ち込む…。

「まじで、ごめん…」

「いいよ。謝らないで。大丈夫…」

 しばらく俺は、俯いて謝っていたけど、そう言われて桃子ちゃんを見た。桃子ちゃんは、

「大丈夫…。今までありがとう。楽しかったよ」

と、必死で笑顔を作っている。

「そのうち、多分思い出になって、ほ、他に好きな人でも出来て…。聖君のことも、蘭や菜摘とも話せるようになって」

「えっ?!何それっ?!!!!」

「…え?」

 桃子ちゃんは、目を真ん丸くした。いや、絶対にその時は、俺のほうの目の方が丸くなっていたと思う。


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