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その花を手折るのは


 現状、ヤバイ。

 何がどうしてこうなったとか、現実から逃避したくなるが何がどうしてそうなったのか心辺りが存在する辺り本当にヤバイ。どうして未然に防げなかったのかというと、判定がシビアというか、「え、これだけで?」というようなことだったからと言い訳させてほしい。

 確かにあまりミランダとの関係は芳しくなかったさ。だが険悪ではなかったはずだ。なのに何がどうして私とアリス嬢が密かに思い合っているなどという噂が立つんだ! そして何故ミランダもその噂を信じるんだ!

 私とアリス嬢の関係なんて廊下で会って二、三世間話を交わす程度の仲だぞ。他の者にも同じような対応しているだろう。話しただけで好き合っていると勘違いするとか、皆して頭思春期か!? 十六歳は思春期だったな、すまん!


 思春期と貴族特有の噂好きが変に作用した結果、ミランダが噂を信じアリス嬢へ強く当たっているらしい。

 この状態はもしかしなくてもかなり不味いのではないか。ミランダに対しても悪い噂が立ち始めているし、彼女自身じわじわと周りから孤立し始めている。


 なんというかそれとなく陰湿なことをしているらしく少しずつミランダの様子がおかしいのではと周囲の生徒もざわついてきている。

 いくら前回何がどうしてああなったかわからなかった私でも、これはまずいと理解できる。何とかせねば。急いでアリス嬢に状況を確認したが彼女は大丈夫だと言う。いや、大丈夫ではないから慌てているんだ。

 自分が至らなかったからとか、何か気に障ることをしてしまったからとかではなく、多分ミランダはこれ幸いと乗っかかっただけの気がするぞ。ループに対して何でも利用すると思って接した方がいい。


 一度ミランダと話をしなければ。今回のこともそうだが話し合いで誤解を解いて理解を得られればいいのだが。

 ただ、私にループの記憶があることを話すのかといわれるとそれはちょっと……。正直何されるかわかったものじゃないので。


 放課後、少し話がしたいと言ってミランダを呼び出した。前回は登下校を共にしていたが今回はなんとなくタイミングが掴めずそれぞれの家の馬車で学園に通っている。

 授業が終わり、学園内の生徒がまばらになり始めた頃彼女が私の前に現れた。前回の反省を踏まえ一階にある準備室を借りている。これで同じ轍を踏むことはない。はずだ。

 上手くいっているように見えても目の前で投身を見せてくれるタイプの女性だ。そのバイタリティを別の方向へ生かそうとは思わないのか?


「最近、何か変わったことはないかい?」

「変わったこと、とは?」


 相変わらず記憶の中のそれと同じようにミランダは美しく微笑みを称えている。そうしていれば普通の、綺麗なお嬢さんという感じなのだがそれがどうしてこうなるんだ。

 彼女は物を強請らない。いつも少し下がり私を立ててくれる。表立って自分の意見を述べることはない。実に貴族のお嬢さんらしい女性だ。

 赤いバラをそのまま映したような瞳は真っ直ぐに私を映している。以前はそうして私を見ていてくれる双眸を好ましく思っていたはずなのだが、今となっては何を考えているのかわからない得体のしれない赤のようにも見える。

 出会いから私の目の前で死ぬまでを何度も繰り返し続け、ミランダは何を考えているのだろうか。もう随分と朧げになった記憶の中に確かに残っているあの日記の一文のように、今もミランダは私を愛していると、運命の相手だと考えているのだろうか。


「正直に話してくれ。君は今、何を考えているんだい?」

「貴方のことを」


 なんて甘い響きだろう。本来睦言とはこういう雰囲気で語られるべきだろう。この現場を見られればアリス嬢との噂が根も葉もない物だと周知されるだろうが、肝心のミランダが心にもないことを言っているんではなぁ。

 私のこととは言っているが、いかに私の感情を揺さぶり自分が愉悦を感じるかに重きに置いているのでは? 自分でも懐疑的になりすぎていると思うがどうにも、前回の投身を思いの外引きずっているようだ。


「アリス嬢に付いて、何か思うところがあるのでは?」

「……、ああ。ラーレさんですね、最近クリス様が贔屓にしていらっしゃる」

「贔屓にしてはいないのだが」


 いやまぁ、今まで異性の友人というのを持つことはなかったので彼女からすれば贔屓しているように見えたのかもしれない。

 そう好意的にとらえるならば婚約者の可愛い嫉妬と受け止めてやるべきなのだろうが、如何せん私に対するアクションが前回、前々回とアグレッシブだったものだから……。

 純粋に言葉通りに受け取っても良い物だろうか。


「あら。私にはとっても、親し気に見えますわ」

「彼女は友人だ。噂の様な関係ではないよ」


 ミランダがくすくすと笑う。彼女が何をしたいのか、何を求めているのか。今一わからない。

 余所見をされるのが嫌なのかと思い、前回は理想の婚約者を演じた。当たり障りなく、他の者とも変わりなく接した今回もどうやら対応を間違えたらしい。で、あればだ。彼女は一体何を求めているのだろう。

 彼女は私に強請らない。その場その場で好みを話してくれることはあったが、前回の自分を見ろだとか、私が欲しいという発言だってかなり衝撃的だった。その割にはあまり私の発言に耳を傾けてはくれないのだが。


「私は構いませんのよ?クリス様が彼女にどのような感情をお持ちでも」

「話を聞いてくれミランダ」


 伸ばした手から逃げるようにミランダの体がよろけた。

 反動でミランダが体勢を崩し背後にあった棚にぶつかる。空を切った手を再び伸ばすのが遅れた。


 ガシャンと言う陶器の割れる音がする。

 棚の上から振って来たそれがミランダの頭部に当たったのだと理解するのに少しだけ時間がかかった。力なく崩れていく彼女の体を慌てて支える。

 彼女の体に触れた記憶など数えるほどもなかったが、酷く細くて、頼りなく思えた。


「ミランダ? おい、しっかりしてくれ!」


 どうしてこうなるんだ。ミランダはぐったりとしたまま腕の中にいる。呼びかけにも反応せず、陶器が割れた際に切れたのか赤い液体がとめどなく流れ出した。

 これは事故だ。不安定な状態で棚の上に置かれていた陶器の花瓶だった物が、ぶつかった振動で落ちてきた。不幸な事故。何故そんなものが、今このタイミングで彼女に降りかかるんだ。

 必死になって流れる赤を止めようとするも、どんどん滲む範囲が広がっていく。見知った顔が目の前で崩れ落ちるというのは本当に心臓に悪い。

 この状況も、彼女がわかっていて作ったものなのだろうか。だったら相当悪趣味だしかなり特殊な癖だと思うぞ。


 彼女は本当にこんなことを望んでいるのか? よく分からなくなってきた。

 ミランダの瞳とは違う赤色に心が疲弊していく。ああ、いっそのこと早く巻き戻ってくれ。


 私の声が準備室から漏れていたのか外が次第に騒がしくなってくる。そんなことはどうだっていい。窓の外に爽やかに広がるまだ青い空よりも関係のないことだ。

 何度呼び掛けてもミランダは応えない。愛していると言いながら、私のことを考えていると言いながら、きっと彼女はまた次のループへと移動したのだろう。何故それに私が巻き込まれたのかはわからない。

 チープな作りの扉を開けて人が入ってくる。周りで何か騒いでいるようだがどうだっていい。なんだっていいからこの状況をどうにかしてくれ。悪い夢なら醒めて欲しい。

 あの鮮やかに花開く赤バラの香りは、まだしない。



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