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荒野に咲いた一輪の花


 繰り返してからまた少し時間が経った。

 色々とあるような、ないような日々を送っては来たが、山もなければ落ちもないので割愛させてもらおう。栗栖祐一風に言うなら全スキップだ。

 意識して行動を起こしていないせいかミランダとの関係はあまりいいとは言えない。険悪というわけではないし話はするが、どことなく距離がある。このままじゃだめだとは思いつつも何と言うか、思いの外私は前回のことを引きずっていたようだ。


 そうしてずるずると毒にも薬にもならない日々を繰り返している内に中等部を卒業し、学園の高等部、あのゲームの本編の時間軸になってしまった。

 相変わらずミランダと二人で話す時は一瞬構える。いやまぁ。今まで目の前で普通に話していた相手に投身自殺を図られたらそうなるだろう。精神的にもよろしくないので何とかしたいのだがこればかりはどうにも。トラウマが向こうからにこにこやってくるんだよ。

 とはいえ、はた目から見れば我々はよくある親同士が決めた婚約に従う貴族の子息たちで。前回のように友人たちが茶化しにくるような関係ではないが、本人たちの意思とは無関係に決められた婚約にしては仲が良い方だと映っているらしい。

 正直喜べばいいのか、もしまた目の前で極端な選択をされるのではと怯えればいいのかと、複雑な心境にため息が漏れる。


 件の彼女に会ったのはそんな時だった。

 元気印とでも言うのだろうか、ハツラツとした笑顔は暗雲を払うかのようで。万人、とまではいかずとも多くの人に好かれるだろう表情で彼女は笑う。


「どうかしましたか?」


 今日も今日とて生徒会の雑務を熟すために授業が終わり次第ふらふらと生徒会室へと向かっている最中に声を掛けられた。

 珍しいこともあるものだ。今登っている階段の先には生徒会室と資料室くらいしかないというのに。そんなことを考えながら振り返ればそこに彼女はいた。

 肩にかかるくらいの長さに切りそろえられた淡い桃色の髪を揺らし、ヘーゼルの瞳がこちらを心配そうに伺っている。先ほどのため息を聞かれてしまっただろうか。ああ、彼女は。


「私アリス・ラーレって言います! 何か困りごとでしたらお手伝いしますよ!」

「あ、ああ。それはご丁寧にどうも……?」

「先生に頼まれたもの返してからになっちゃいますがそれでも良ければぜひ!」


 この世界の元になっているゲームの主人公だ。

 純粋にこちらを心配している姿にそういえばこんな性格の元気少女だったなと思い出す。

 ルートによって多少性格に揺れ幅があるが根本的にはお人好しな少女だったはずだ。現に今も教員に資料の返却を頼まれたらしくこの先の資料室にファイルを返しに行く途中だという。


「クリス様とお呼びしても?」

「構わないよ。よく知っていたね」

「自分の学校の生徒会長さんくらい覚えてますよ!」


 栗栖祐一は全スキップの民なのであまり覚えていないのだが、そういえば彼女は前回もその前もよく言えば全力投球。何事にも自分から突っ込んで行くタイプの少女だったことを思い出す。

 少し無鉄砲な気もするがこういう性格の方が話を進行しやすいのかもしれないな。前世でも今世でも、主人公と言えばこういう性格が多いし一種のステレオタイプと言うやつか。

 ただ何故私があまり覚えていないのか、アリス嬢の何があの男の琴線に触れなかったかと言うと。まぁ、なんだ。女性に向かってあまり言うことではないのだがアリス嬢はその、割とこう……ストレートなシルエットの女性だったからだ。

 本当にアイツは好みがわかりやすいな、一周回って逆に好感を持ち始めたぞ。


「少し、人間関係で悩んでいてね」

「人間関係……わかります!思ってることと違う風にとらえられちゃったり、上手く伝えられなかったりとかってありますよね!」


 コロコロと変わる表情は見ていて楽しい。こういうのを癒されると言うんだろうな。他愛もない話をしながら二人並んで歩く。いつもならさっさと雑務を終わらせるために急ぐ最上階へと続く階段を少しだけゆっくり上る。

 いい子なんだろうなぁ。以前はあまり関わることがなかったのだが、ゲーム内と同じく誰にでも親身になり寄り添おうとするタイプの女性なようだ。


「まぁそんなところだね。私にも未熟なところがあるとはいえうまくいかないものだ」

「きっと大丈夫ですよ」


 アリス嬢が階段を駆け上がって振り返る。


「だってクリス様はお節介焼きな私にも、そうやって優しく笑いかけてくれるじゃないですか。きっとちゃんと!お相手の方にもクリス様の優しいところは伝わっていますよ!」


 だから大丈夫!と繰り返す彼女のスカートの裾がふわりと舞った。

 神スチルか? ありがとうございます。シチュエーションも相まって最高の足チラだった。

 階段の向こうにある窓から見える青空と自然な光彩に照らされる健康的な肌色。細すぎず、かと言って主張しすぎない程度の肉付きの良さ。とても良いと思う。

 まるで荒んだ心に咲いた一輪の花のように心温まる光景だった。


 設定画やスチルでもそうだったが彼女はピンクのチューリップを背景に描かれることが多かった。

 ミランダの赤バラの様な目を見張る華やかさではないが、そこにいるだけで頬がほころぶような姿がアリス嬢らしいというか。


 ああ、だが本当に最高のスチルだった。やはりいいな、健康的な脚部と言うのは。引き締まっていてとても素晴らしい。心が回復する。

 普段見えることのない陶器の様な肌の希少性と無防備さ。豊満な胸部が悪いというわけではないが、栗栖祐一が何故あの生命力に溢れた瑞々しい脚部の魅力に気付かなかったのか理解できない。

 具体的に言うなら何故ゲーム内に登場するヒロインたちの脚部をピックアップしたスチルを脳内フォルダに残して置かなかったのか、と言う点について小一時間問い詰めたい。


「ありがとうアリス嬢。心が軽くなったよ」

「いえいえ!こちらこそお節介をしてすみませんクリス様」


 栗栖祐一への詰問は一先ず置いておき、持てる全ての神経と矜持を使い表情を取り繕う。

 眩くも美しい光景を見せてくれた彼女にはアリス嬢には感謝しかない。いや、本当にもういい物をお持ちで。


 最期の一段を上り、生徒会室よりも奥の資料室へ行くアリス嬢と笑顔で別れる。雑務や面倒ごとも確かにあるが、時折こういうことがあるから学園での生活と言うのはいい物だと改めて実感できる。

 いつもなら陰鬱な気分で開ける生徒会室の扉も心なしか軽く、気分も晴れやかだ。うん、今日も引き続き雑務の処理をがんばろう。


 この一件以来、時折アリス嬢と話をする様になった。

 もちろん健全な学友としての交友の範囲だ。授業の合間に、あるいは彼女が頼まれごとをして資料室へ行く道すがらの数分間。隣に来て話すだけの関係だ。

 アリス嬢は悪い子ではないし、何よりあの輝かしい太腿を見せつけられては私も無碍には出来ない。無防備かつ純粋な少女が足を踏み外さないようにそれとなく見守ってやるべきだ。


 後になって気付いたんだが多分今回の私は、一番初めの私の行った行動に限りなく近い選択を辿ったのではと思う。

 もうとっくに朧げになった記憶を辿れる。あのミランダの日記曰く、最初の私の心には別の誰かが住み着いていたのだという。


 まぁ何が言いたいかと言うと。

 私は見事に、地雷を踏み抜いたということだ。


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