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記憶と同じ空の色


 正直な話、一週間寝込んだ。

 いや、あの状況から動揺するなと言う方が無理があるだろう。知恵熱というか、どちらかと言うと処理落ちを起こしたに近い形であの例のお茶会を中座したわけだが。何アレ、本当にどういうこと?

 日記に書かれていた通りだと、空き教室の窓から落ちていったミランダは私たち出会った日に巻き戻っている訳で。多少のラグはあるのかもしれないが、死んですぐお茶会の場に戻るのだとしたら……ちょっと強心臓すぎないか?

 テレビゲームの電源を無理やり落とした時の様な音が鳴り響いて世界が切り替わったわけだが。いくら百回近く繰り返しているとはいえ、頭と心が追い付かない。その結果一週間ほど手習いを全て休んで寝込んでいたわけだ。


 カーテンも窓も全部閉め切って寝室でひたすら自問自答し、衝撃的な光景が何度も脳内でリフレインされた。前世で栗栖祐一がホラーアクションのゲームを嗜んでなかったら心が耐えられなかったかもしれない。

 ありがとう栗栖祐一。君は性癖に忠実なだけの男じゃなかったんだな。初めて君に救われたよ。


 確かに。確かに調子に乗っていたことは認めよう。色々と順調だったため突拍子の無い事態に対処が遅れたと言ってもいい。普通に暮らしていたら突然今まで話をしていた相手が目の前で身を投げるなんて思わないだろう。

 だから今回あの茶会を中座してしまったのも仕方ないことだとしてくれ。その上で取り乱したりしないように速やかに席を離れた私の判断力を褒めて欲しいくらいだ。

 本当によく耐えたよ、私。目の前で死んだ相手が微笑みかけてくるってどんなホラーだ。おまけに向こうは暫定死んだ時の記憶もきちんとあるらしいんだぞ。サイコホラーかよ。


 しかしまぁ、私の記憶と違うことが起きたわけだが。ミランダが凶行に走ったのは成人してからのはずだったのだが、よもや在学中に窓の外に走るとは思わないだろ。

 これで前世である栗栖祐一の記憶はもとより、私自身の記憶も当てにならないことが証明されてしまった。本当にどうしろって言うんだ。


 行儀が良くないとはわかりつつも、柔らかいベッドの上をゴロゴロとのたうちながら考える。そう言えば栗栖祐一も休みの日は日がな堅い布団の上で脳内フォルダの備蓄に勤しんでいた。……あのおっぱい星人と一緒かぁ。

 今世も前世もあまり運動は得意な方ではないが、意識して体を動かした方がいいのだろうか。軽く足を持ち上げてから勢いをつけて体を起こす。

 栗栖祐一は悪い人間ではないが奴と同じと言われるとなんというか微妙な気分になる。これから気を付けよう。


 さて。一通り思いを馳せてはみたが、結局何が正解なのかはわからないままだ。あのバラ園でのお茶会から自分が死ぬ瞬間までをミランダは繰り返している。なんの因果か、私はそのループに巻き込まれてしまった。そして彼女はそれを楽しんでいる節がある。

 これはちょっと私には手に負えないんじゃなかろうか。婚約者の特殊な癖とかあんまり知りたくなかったなぁ。他の物だったら多少抵抗はあっても受け入れられたかもしれないがこればっかりは、まぁ、うん。

 長く連れ添った情とでも言うのか、受け入れがたいとは思っているものの彼女を突き放すことにも抵抗を感じる。

 いっそ彼女の性格が悪辣であったなら、きっとこんなにも悩むこともなかったんだろう。悲しいことにミランダは今のところ凶行に至るまでは普通の淑女なんだよなぁ。


 私は何を間違えたのか。何がきっかけだったのか。寄り道しそうになる思考をぐるぐると巡らせて行きつくのはやはり一つ。

 色々と衝撃的なこともあったし、最初のループから何年も経ってしまったからもう細かい部分は覚えていないが、あの日記に合った通り最初の私が目移りしたのが原因なんだろうか。


「クリス様、少しよろしいですかな」


 ノックの音が部屋に響く。入室を促せば恭しく頭を下げパトリックが入って来た。

 相も変わらず私の部屋を訪ねてくるものは少ない。使用人であるパトリックと、メイドのメアリくらいなものだ。あと数年経てば行儀見習いとしてメイドになったアンも来るようになるが今はまだ実家の方でのびのび健やかに暮らしていることだろう。

 別段不自由があるでもなし、私自身は気にしていないのだがそれもまた王妃様のお気に障るらしく、結果として使用人たちの間にも私をどう扱っていいか悩む者が出ているようだ。現状五才のこどもに何をとも思うがあの方は繊細な方だからなぁ。


「お加減の方はいかがですか?」

「もう大丈夫だよ」

「それはそれは。よければメアリにもお顔を見せてやってください。あれは心配性ですから」

「それは悪いことをしてしまった」


 思いの外気を使わせてしまったようで反省する。

 まぁそうだよな、突然理由も言わずに部屋に引きこもったら心配の一つもするか。特に彼らは人がいいというか、取り扱い危険物の様な扱いを受けている私の傍仕えを好き好んでしている物好きたちだ。


「陛下からお手紙を預かっております」


 父上からだという手触りのいい上質な紙に書かれた手紙は、読まずともその内容が理解できる。別に嫌と言うわけではないが、少しだけそうでなければいいと思ってしまう私がいる。

 まぁ、うだうだと言った所で白い便箋に父上の字でミランダが私の婚約者となることが内定した。何かあるなら言いなさいと、たった数行だけ書かれた紙がそこにはあるんだが。

 ぺら一枚に書かれたそれは酷く事務的で、これがミランダからの物なら便箋の端々に装飾があったり、香水を吹きかけていたりと手の込んだものを送って来ていただろう。ああ、手紙と言えばそうだ。


「手紙、と言えばあの茶会の礼状はどうなった?」

「すでに代筆の物をお送りしております」

「助かる。本来なら私が書くべきだったんだがな」


 正直なぜミランダが繰り返しているのかよく分からなくなってしまった。

 悪い関係ではなかったはずだ。可能な限り彼女を尊重していたし、望むならいくらでも愛を囁けた。それでも彼女は満足できなかったというなら、これはもう私の手に負えない。

 大きく息を吐く。視界の端でパトリックが部屋のカーテンと窓を開ける姿が見えた。


「ミランダ嬢との婚約が決まった」

「それはおめでとうございます。……何か、思う所が?」

「いや、父上が決めたことに異論はないよ」


 窓の外には繰り返す前とも、栗栖祐一だったころとも同じ色をした空が広がっている。現状どうにもなりそうにないが、やるしか選択肢がないようにも思える。

 不満があるわけではない。ただまぁ、彼女に関して何故、どうしてという感情が先に来ているというだけだ。嫌いになったわけじゃない、と思う。むしろ嫌いになれたらもっと気持ちも楽だっただろう。

 一回、二回と、彼女と同じように繰り返してしまった。覚えている限りでは初めて見る彼女の側面に困惑するばかりだった。でも、それ以上に長く彼女と同じ時間を過ごしてきた。

 突き放すには少し勇気がいる。それが出来ないのなら可能な限り当たり障りなく、ということだろうか。なんとなく栗栖祐一はそういうのが得意そうだと思った。


 つい先日見た愛らしい天使の様なミランダの笑顔を思い出す。

 何とか、出来ればいいなぁ。



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