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琥珀に揺れる


 なんと言うべきか、自分でも時間を無為に使ってしまった自覚のある一週間を通り過ぎ、本日が婚約者と相成ったミランダとの顔負わせである。

 お互い王宮の一室に招かれて始まった顔合わせのお茶会はなんとも気まずい。簡単な挨拶をして早半刻、ミランダは当たり障りのないことしか話さないし、私も切り込みあぐねている。

 ただ笑顔を崩さない分、見かけの印象はいいのだがその実これ以上踏み込んで来るなよとバリケードをされている感じだ。距離を取られているなぁ。ここ数回ぐいぐい行き過ぎたのが原因か。

 結果を出せなかったからこうなったわけだが、いつまでも現状に嘆いていても変わらない。やると決めたのだからせめて今回も出来る限りのことはしよう。


 特にこれと言って特筆するような会話もなく一見して穏やか時間だけが過ぎていく。繰り返す前の私は彼女と一体何を話していたんだろうか。百回にも上る積み重ねがあるならもう少しくらいコミュニケーション能力が上達していてもいいと思うんだがな。

 机の上の砂糖菓子を眺め、結局ピカピカに磨かれた銀食器ではなく白い陶器のティーカップを持ち上げた。


 一口、子供の舌に合わせた甘い紅茶を呑み込みながら考える。

 一度この状況から踏み込んで逃走されているから慎重に行きたいところだが、踏み込まなければなかったことにされてしまう。悲しいかな、それは何度も経験した。いくら手を伸ばしても掴み取ることが出来なければ巻きもされてしまうのだ。

 ならばやはりアクセルはべた踏みくらいが丁度いいのかもしれない。もちろんミランダ限定でだが。


「ケーキはお気に召さなかったかな?」

「そんなことありませんわ。少し緊張してしまって」


 再び紅茶に口を付ける。妙にのどの奥が乾くのは彼女も言っていた通り私も緊張しているのかもしれない。

 おずおず小さな指でフォークを手にしたミランダを眺めつつ、肺に溜まった息を吐き出す。


 きっと記憶を保持する前の私も好き好んでミランダと仲違いしたかったわけじゃないのだと思う。それはそれとしてわき見をしていた事実は覆らないので最初から白旗の準備はしておくが。

 とにかく。嫌いではなかったんだ、きっと。ただお互いに伝えることをしなかっただけで。

 もう記憶の彼方に消え去った私がこの繰り返しに巻き込まれたきっかけともいえる日記に記述を思い出す。あの日記で彼女は「運命」という言葉を使っていた。

 この繰り返しの末路がどれも同じことをそう言うのなら、随分と絡まった運命だ。不用意にルートを細分化するな。もっと減らせ、最適化しろ。全部も連れて同じ結果になっているじゃないか。これじゃどれも一本道みたいなものだろう。


 ……違う、こういうことが言いたいんじゃない。

 彼女の差す「運命」が私を指しているなら、そのままの通りに受け取るなら、結ばれたい気持ちはあるのだと思う。私と。

 驕っている自覚はあるが、ある意味一途な彼女だぞ。私だって少しぐらい調子に乗りたい。……これで何度も失敗しているのでほどほどに自制も覚えたい。零れそうになるため息を呑み込んで追加目標を新たに自身に課す。


 惚れた相手にこの態度を貫き通されるのはちょっと勘弁願いたい。

 意識されるのは構わないのだが、意固地になって逃げられるのだけは避けなければ。また同じことを繰り返す羽目になるし、何よりきちんと話を聞いてもらえないというのは精神的にもつらい。自業自得なのかな。


「この婚約のことだが、このまま進めて構わないかな?」

「ええ、よろしくお願いします」

「そうか、ありがとう」


 どうやら受けてはくれるらしい。いや、断れないか。彼女自身がどう思っていたとしても、家同士のやり取りだ。子供が口を出す隙なんて与えられない。我々に出来るのは、その中で可能な限り心豊かに過ごすことぐらいだ。

 乾いた喉を潤すために繰り返しティーカップを口に運ぶ。空になれば手慣れた様子で王室のメイドがカップへと琥珀色の液体を注いでくれる。

 こういうところのメイドたちもそうだが、ミランダもあまり表情が変わらないから今の私がどのように見えているのか、二人の様子からは伺うことが出来ない。精一杯取り繕っているつもりではあるが、果たして。


「なら、一つだけ頼みがある」


 何度も繰り返し自分自身に言い聞かせてきたが、押し切るのが一番の有効打だ、多分。

 反応が悪くなかった。彼女が私を愛してくれているのなら、気持ちを確かめ合うことで繰り返しをやめさせることが出来るかもしれない。つまりこの不健全なループから二人して抜け出し、かつ目的と手段が入れ替わっている気もするが互いの本懐も遂げることが出来る。

 最も。愛を囁くだけでは納得してくれないようなので、難易度はそれなりに上がっているが。


 それでも、まぁちゃんと私の中にあった感情に名前を付けた今なら少しは伝わっていると信じたい。

 そう信じたくなる反応だったんだから。


「君のことが知りたい。きちんと互いのことを理解した上で、婚約を迎えたい」

「……ええ、私もそう思いますわ」


 多分これが今のギリギリ。警戒はしている分、直ぐにリセットに走ったりはせず話を聞くだけはしてくれている。それでも彼女が飛び出さないように注意しておかないといけないが。

 一瞬だけ固まった気がしたが、相変わらずミランダは涼しい顔のまま微笑んでいる。何が私も、だ。この言葉はきっとまだ届いていない。こっちだってそれなりに緊張しているし、神経も勇気もすり減らしている。それでもきちんと伝わらないのは確かにもやもやする。

 心を何か薄暗いものが蝕んで行くような、胃の奥がズシリと重くなっていくような、そんな気分だ。

 これをミランダはずっと繰り返してきたのか。そうしてその中で諦めて、何も変わらない永遠を望んだのか。


 穏やかなはずの茶会の空気はどうにも私だけが息苦しいらしい。つっかえそうになる呼吸を意識して行う。

 ティーカップに注がれた紅茶に波紋が出来て消えた。どうか近い内にこの紅茶の様に私の心にも凪が来ることを願おうか。


「これからよろしく。ミランダ」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。クリス様」


 彼女がどうしたいのか、これからどうするのかはわからない。ただ今のところ悪感情を向けられていないとは思いたい。

 ミランダは相変わらず誰が見ても完璧な微笑みを浮かべたままそこに座っている。私と話しながら、時折ケーキや紅茶に手を伸ばす。

 まだ表情は少し硬い気がする。気がするだけなら良かったのだが、そうではないというものわかってしまうのが悲しいところだな。


 彼女に倣ってまた陶器のカップに指を絡める。大丈夫。まだ、大丈夫。今はまだ届かなくとも、きっと掴まえてみせる。

 琥珀色の紅茶は揺れて、吐き出せない言葉と一緒に喉の奥に流れて消えた。


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