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 窓を開け放って大きく息を吸う。窓の外は本日も晴天なり。腹が立つほどのさわやかな青空に遣る瀬無さは募るばかりだ。

 見ての通り、お察しの通り、見事に巻き戻されてしまった。いやもう本当にどうしろって言うんだ。いっそのこと土砂降りの雨であったなら気分よく落ち込めたというものを、現実ってやつはいつだって無常である。

 愛らしい小鳥が青空を無邪気に遊び回る様を眺めてため息を一つ。現在はあのお茶会が終わりミランダとの婚約が内定するまでの僅かなインターバル。つまりは今後の展望に期待しつつ前回の反省会を行う期間だ。

 まぁ、あまり楽しいものではないな。それ以外に出来ることがないのも原因ではあるがもっとこう、肩の力を抜けるようなことはないのか。


 開け放った窓から離れてベッドの上に四肢を投げ出す。

 パトリックやメアリたちによって整えられた部屋はいつだって清潔で、今の体ではまだ大きすぎるベッドの上でうだうだと時間を無駄にして過ごす。


 あと少しだった。あの時確かにミランダの手に触れていた。あれを握りしめることさえできていたら、きっと今日という日を迎えることはなかっただろう。行けるのではと浮かれていただけにショックが大きい。

 ああ、そういえば前にもこんな風に浮かれて部屋に引きこもったこともあったか。慣れとは恐ろしいもので、あの赤バラのお茶会から一週間。丁度ミランダとの婚約の内示が出る頃には立ち直らなくてはと思うようになってしまった。

 ずっと落ち込んでいるよりはいいと思うが、あまり良くないタイプの回復方法だ。回復したとて。明るい未来が待っているとは限らないのが世の常で。私の場合また同じ場所に巻き戻ってくるおまけつきだ。うん。未来への活力がどんどん削られていくな。


 あーとか、うーとか。言葉にもならない呻き声を上げつつベッドの上を一回転。どうすればよかったのか。あれでもダメなのか。もう何回繰り返したのかもわからない自問自答は今日も答えが出ないまま。

 このままでは千年先も鬼ごっこを繰り返しているような気がする。いや、繰り返されるから正確な年数なんて数えていられないだろう。そして彼女が望んでいる「停滞」とはそういうもののことだ。

 なんでまたそんなものを彼女が望むようになったかは、私の理解の範囲を外れるので今は置いておこう。乙女心というのは時に複雑怪奇らしいから。

 とにかく。ミランダそういうものの為に自らを傷つけてまで繰り返しを行っているらしい。


 前回は今までで一番いい関係を築けた自負があったのだが、それでもダメなら今回の展望には不安しかない。繰り返したいと言うミランダをどうすれば納得させられるのかわからない。

 どういうわけか私まで巻き込まれているこの繰り返しの原理が分からない以上は、繰り返しの中心となっているミランダに自主的に止まってもらうしかないのだが。


 多分この先は前回よりももっと困難を極めるだろう。それは繰り返した結果、彼女が私に対して警戒心を持っているのもあるが、私自身が「失敗した経験」を積んでしまった精神的デバフが大きい。同じ事を繰り返しても解決しないだろうと二の足を踏んでしまう。

 答え合わせが出来ない総当たり戦の悪い所が効いてきた気分である。美しい花には棘があると言うが、この場合は毒と言い表す方が適切だろうな。

 茶化していないとどうにもこうにもやってられない。


 希望があるとすれば、ミランダの反応が悪感情から来るものではなかったことくらいか。

 正直なところ、魔が差したという気持ちはある。惚れた相手が自分の言葉一つで頬を染め上げこちらが心配になるほど固まって見せるのだ。つい浮かれてしまっても仕方ないだろう?


 あのまま押し切れれば良かったんだが。それこそあの時僅かに触れた指を握りしめることが出来れば。なんて、たらればを並べ立てても繰り返してしまったことは変わることがなく。出来なかった事実だけが不毛に積み上がっていく。

 ゆっくりと体を起こす。気分と同様に体も重い。肺の中に押し込まれている濁った空気を吐き出してもそれは変わらなかった。

 繰り返した後はいつもこうだ。人前では何とか取り繕っては見るものの、出来ないことだらけの自分が本当に嫌になる。自分でやると決めたくせに。いつまでも落ち込んでいるからダメなんだと叱咤してみるも、重い体を持ち上げて後ろに倒れるだけで手一杯だ。


 週明けには内示が来る。その一か月後には顔合わせだ。ミランダが今も「停滞」を望み、何かしらの行動を起こさないなら、今まで通りその二つが直近に起こる大きな出来事と言っていいだろう。

 見上げた天井は高く、未だ幼い腕では届きそうもない。現状ではまだやれることが少ないがやるしかない。届かせるための努力は、怠ってはいけない。

 ミランダはどうするのだろうか。こちらの状況を把握していなくとも何かが可笑しいと勘付くには十分すぎる程引っ掻き回したからな。

 赤バラの園で再開した彼女は相も変わらず幼いながらに美しいバラの瞳で笑っていた。


 伸ばした手の中にはまだ何もない。これから掴めるという確証もない。叶うならあの花を、彼女の心を手にするには。

 棘はいつだって深く刺さる。けれどそれでも、バラは美しく香るのだ。


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