空の向こうを夢見てた
空を見る。一切の悩みを振り払う程に晴れ渡る青空と、遠くに広がる白い雲。清々しいほどの快晴だ。
日を重ねることに強くなる日差しは次の季節が近づいてくるのを肌で教えてくれる。もっと日差しも気温も一定な方が過ごしやすくていいとは思うのだがこればっかりは文句を言っても仕方がない。
来月には学園に入学して初めての長期休暇が控えている。無論そこに至るまでに定期考査や何やらともう少しだけイベントがあるのだが、それはまぁ別段特筆すべきこともなく過ぎていくだろう。
「確か今日はナタリー嬢との約束の日だったね」
「はい。ですので帰りは」
「ああ、わかったよ。楽しんでおいで」
相変わらずにこにこと、他の誰かのいる所ではそう隙を見せてはくれないがミランダとも何とかやっていると言えなくもないだろう。入学前に送った花が気に入ったのか珍しくこれからも、時々送ってほしいと強請られたがそれだけだ。
それなりにきちんと話をしているつもりではあるし、相互理解を深められてはいると思う。ただそれも以前と比べたらの話で私が目的としているその先には程遠いのが目下の悩みだ。
友人と新しくできたカフェへ行くというミランダ見送り気温のせいか生ぬるい空気を飲み込む。こういうところは、何度繰り返しても変わらないなと実感する。
彼女程ではないが何回も繰り返す中で気付いたのだが必ず起こる出来事や、必ず出会う人物がいる。それはミランダとの婚約だったり、ギルベルトとレノックスと言った友人だったり。きっとナタリー嬢もミランダにとってのそういう人物なのだろう。
是非とも仲良くして末永くミランダの心の平静を取り戻す手伝いをしてほしい。他人がいるときは本当に普通のお嬢さんなんだよミランダも。こう、これは私に関するダメだという拒否反応が出ると凶行に出るだけで。それさえどうにかなればなぁ。
「よう。フラれたか?」
「フラれてないよ。友人を優先させただけ」
「そういうのもフラれたって言うんだよ」
突然人の首に腕を回した不埒な輩のこういうところも変わらなくてある意味安心する。人好きのする笑みを湛えてケタケタと笑うギルベルトは文官を目指しているという割に些か落ち着きがない。
何度繰り返しても友人関係は変わらないとはいえ、全てのことにおいて全く同じことを繰り返しているというわけでもなく。細かな部分はもちろんのこと、私やミランダの行動の他にも大きく変わることがある。
それは彼女だ。
「そんなこと言って、本当はフラれたのは君の方なんじゃないのか?」
アリス・ラーレ嬢だ。
どうやら彼女は現在もう一人の友人レノックスにご執心らしい。人の恋愛ごとに首を突っ込んでる暇はないのだが、確かアイツも懇意にしているご令嬢がいたが大丈夫だろうか。余所見は良くないぞ、碌な目に合わないからな。
今更ながらにこの世界が恋愛シミュレーションゲームをもとにしていることを思い出した。ゲームの主人公である彼女は現在周回プレイ中なのか、それともただ単に気が多いだけなのか。
思い起こせば毎回別の誰かとフラグを建てている気がする。魔性の女か? ……いや、深く考えるのは良そう。なんか回り回って私自身にダメージが帰ってきそうだ。
「そうなんだよ聞いてくれよ!アイツ今日おデートだってよ!」
「私たちの友情を揺るがす由々しき事態だな」
実際の所は二人して教員に手伝いを頼まれただけなのはわかっているが、男二人しかいない場なので茶番に乗る。人前でやるには少し気色の悪いやり取りなのでこの友情はこの場限りになるだろうことをここに明記しておこう。
尚、私たち自身にも婚約者がいることは棚上げだ。別に不満があるわけではないが隣の芝は青いもの。友人が何かと噂になっている美少女に言い寄られているのは野次りたくなるものなのだ。一人だけモテるな。
私だって許されるならモテたいさ。男なら誰だってクラスのちょっと距離の近い女の子にその気がある振舞いをされたら「おっ」ってなるのもわかる。だがその浮ついた感情のせいでえらい目に合っているのもまた事実なわけで。
「俺もどっかで遊ぶか」
「浮気だけはやめとけよ」
割とマジで。心中に収めているつもりでも何かしら漏れ出ているものがあるらしくバレるからな。浮ついた気持ちをもったばかりに何度も同じ時間を繰り返す羽目になるとは思いもしなかった。
正直この会話もあんまりミランダに聞かれたくないくらいだ。未だに何がスイッチになるのかわからないし、慎重すぎるくらいで丁度いいのかもしれない。男同士のくだらないやり取りにまで目くじらを立てるような人では無いと思いたいがな。
「お前のとこは仲良くていいよな」
「そう見えるなら私の努力の賜物だな」
外から見たら良く見えるだけで皆何かしら抱えているものだよ。私の苦悩の上で仲睦まじい二人に見えているのならそれはそれで僥倖だ。以前は外から見ても微妙な関係に見えることもあったのだから。
そんなものかと納得できていない顔をするギルベルトの脇腹を小突いて男二人で管を巻く。酒など無くても酔えるのがこの年頃特有の青臭さでもあるが後々小っ恥ずかしくなるので青春ごっこもこの辺にしておこう。全く、男二人で何をやっているんだか。
というかだ。なんだかんだとごねているこの男にも幼馴染みのお嬢さんがいるんだから軽率なこと言うなよ。経験者から言わせてもらうと目の前で飛ばれるとマジでビビるぞ。
息抜きという意味ではこういうくだらないやり取りも楽しいんだが、流石に気安い友人に自分と同じ目に合ってほしいとは思えない。
出来れば脇見などせず普通に幼馴染みのお嬢さんと幸せになってくれ、というのが本音である。
生ぬるい空気を吸う。相変わらず廊下の窓から見上げた空は一切の悩みなんてないかの如く晴れ渡っている。
小憎たらしいほどの快晴はいつだって、なんとも言えないもやもやを抱える私の心には寄り添ってはくれないのだ。
「この後、どうする?」
「男二人でスイーツパーラーかな」
「想像したらヤバイな」
隣でギルが呆れたように笑った。自分でも相当キツイこと言った自覚がある。女性の園の様な場所に学生服を来た男が二人突っ込んで行くのだ。
私もギルベルトも社交界には顔を出している方だし間違いなく注目の的で、当分の間は噂のネタにされるだろう。まぁ男二人で可愛らしいスイーツを食べに行ったという噂も、後日互いの婚約者をその店に連れて行けば事前調査という体裁が取れる程度のものだ。
いや、いっそのことどこまで噂が伸びるか試してみるか。などと馬鹿なことを考えるものあれだ、これと言った趣味というものもなく暇を持て余しているからだ。
眩しいくらいの青空から視線を反らし隣にいる男を見る。
口ではなんと言おうとこの男は基本的に誰かとつるむのが好きな男だ。そしてその内容がくだらなければくだらないほど調子に乗るタイプでもある。
どちらともなく向けた足の先は学園からさほど遠くない最近クラスの女子に噂の甘くて可愛らしいケーキの出る店へ。数時間後に予想される胃もたれを覚悟しながらも、隣の男と馬鹿をやるためだけに未来の自分の体調を犠牲にしに行くのだ。