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無垢なるは


 城に常駐する物の中でも装飾を抑えた馬車を降り振り返る。

 車輪の分高さのある車の乗り降りは、高いヒールを履いた彼女にとって一苦労だろう。手を差し出せば白く細い指が重ねられ、慎重に、裾にフリルのあしらわれたスカートの中から足が伸びる。

 心が妙にざわつく。何処からか、着飾ったミランダを見て息を呑む音が聞こえた気がした。見せびらかしたいような、彼女が私の手を取っているのが見えないのかと吠えたいような。正直自分でもよくわからない。

 彼女が、ミランダが私を見上げ微笑む。私もそれに応えるように微笑み返す。何がどうしてそうなったのか。調子のよいことを言って自爆しただけとはわかっているのだが、今私は、どういうわけかミランダとデートなるものをしている。


 いや、デートと言ってもあれだ。来月から通うことになっている学園の入学準備というやつである。それももうほとんどの物は用意し終えているし消耗品や雑貨を見に行く程度のもの。

 先週会った時に入学前最後だからどこかに行くかと声を掛けたところ思いの外好感触であれよあれよという間に予定に漕ぎつけてしまった。正直どこかの段階で断られると思っていたから、意外というかなんというか。

 婚約者という立場上別段可笑しなことではないのだが、私たちはほら、ね? それに入学前最後などとかこつけてはいるが、入学してしまえば寮生活になるので自由度は下がるが顔を合わせる頻度は格段に上がるから余計に断られるものだとばかり思っていた。


 今まで会うと言えば毎回離宮かホーネットの屋敷に招き合うのがメインだったためこうして街で隣を歩くというのは少し新鮮だ。私がそこまで背が高くないというのもあるが、女性にしては長身のミランダと並び立つといつもよりも視線が近く感じらせる。

 すらりと長い足には繊細な装飾を施されたヒール。いつも思うのだが美しさを追求した結果歩行を困難にした装具ってどうなんだろう。

 もし痛めるくらいなら歩きやすい物に取り換えて欲しいが、かと言ってそれを申し出るのも折角美しく着飾って来てくれたのに水を差すようで無粋な気もする。

 ならば早めに買い物を切り上げてどこか座れる店に入ってしまおうか。アンに声を掛けておけばどこかいい店を見繕ってくれるだろう。


「足元、気を付けてね」

「ええ、ありがとうございます」


 手を引いたままいつもよりも意識してゆっくり歩く。

 いくら舗装されているとは言え、やはり石畳をヒールで歩くのは不安定なのだろう。握られた手に少しだけ力が入っている。

 彼女自身が華やかな見た目をしているからか、どうにもそれに合わせて服や装飾品も華美になっている気がする。いや、実際似合っているしそれが彼女の好みなら何も言うまいよ。


 天気は生憎の曇り空。晴れていれば少し離れた展望台に行っても良かったんだが、この天気では見晴らしも良いとは言えないだろう。

 雑貨屋と休憩できるパーラーに寄るのが精々か。本格的に天気が悪くなる前に送らなければ。


「ああ、ここですわ。ナタリーが言っていたのは」

「雰囲気のいいお店だね」


 大通りから少し入ったところにある雑貨屋はミランダの友人の贔屓の店で流行り物なども取り扱っているという。

 女性の勧めということで正直ファンシー系のお店ならどうしようかと思ったが落ち着いた感じのアンティーク調の店で安心した。趣味嗜好は人それぞれだし否定することはないが、いくら女性連れでもこう、淡い色のふわふわした甘い感じのお店だと気後れしてしまう。

 お互いの使用人も連れているから二人きりというわけではないのだが、それがまた女性が三人に対して男は私一人なので余計に場違いな気がしてしまうからなぁ。いや本当に落ち着いた店で良かった。


「何を買うんだい?」

「学園で使うペンと、レターセットを探そうかと」


 あれこれと話しながら目ぼしい物を探し店内を回る。木と古紙とインク、それから防腐剤だろうかの匂いがする。余計な香を焚いていないのは強い匂いが混じるのが苦手な私としては少しありがたい。

 流行り物と聞いていたがどうにも若年層を対象にしたものを取り扱っているのではなく、国外で流行った物を取り寄せている輸入店のようだ。そのせいか無造作に並べられた本や商品自体に張られた値札の文字はこの国の物ではなく異国に迷い込んだ気分になる。

 帰ったらメアリにもこの店のことを話そう。彼女はこういった物が好きだったから。ふといくつか前の繰り返しを思い出す。あのループも何かしら至る未来があったのではないかと思うのだ。まぁ今更考えても仕方ないことなのだがな。


「何をご覧になっていますの?」

「うん? ああ、色が変わるインクだって」


 行儀よく商品棚の上に並んでいたインクの瓶を手に取る。それは時間経過でインクの色が変化するという触れ込みの物だった。

 文字を書き進めれば鮮やかな色から次第に渋みのある色へと変わっていく。何事もそうあるべきだと思う。人も物も移り変っていくことこそあるべき姿なのだと。以前彼女の溢していた「停滞」こそ不健全なものであるのだと。

 たっぷりと液体の詰まった瓶に手を伸ばす。どの色でも良かった。でもなんとなく、彼女の髪と同じ色にした。


「買われますか?」

「そうだな、そうしよう」


 私に倣いミランダも同じ種類のインクを一つ手に取った。それから、それまでと同様ように何気ない話を挟みながら店内を徘徊し、他にもいくつかの商品を選ぶ。多分きっとどこにでもある風景だ。

 支払いをアンに任せ店を出る。ミランダの分もと申し出たがそれは結局固辞されてまった。


「明るい色のインクじゃなくて良かったのかい?」

「ええ。あの色がいいんです」


 先ほどのインクの種類に付いて問いかければ、彼女が可笑しそうに笑う。確か、緑を選んでいた。どの色もやがて黒に近付くから使い勝手という面ではどれも変わらない気がするが、正直彼女は赤を選ぶと思っていたから少し意外だった。

 外は相変わらずの曇り空である。なんとなく気もそぞろになるような、深く息を付きたくなるような。そんなどことなくぼんやりとした天気だったからか、視界の端に映った花売りの花が酷く鮮やかに見えた。

 手押し車の荷台に所狭しと積まれた見目麗しい花々とそれを引く若い花売りが一人。どうやらミランダも気になっているようで、連れだって荷台の方へと近付いて行く。


「おやいらっしゃい、お嬢さんにどうだい?」


 花売りの男がへらりと笑った。生憎の天気で客足も少なく暇を持て余していたという花売りは、歌うような語り口で荷車の上の花を紹介していく。それを興味深そうに聞いている辺りミランダも花売りがメインターゲットにする客層の一人なんだろう。

 私でも良く知っている色取り取りのバラやチューリップ、マーガレットと言った花が咲く中で小さな白い花に目が留まった。特に華やかな印象を受けるでもなく、細かな花が連なっているだけでひっそりと他の花に紛れるように咲いている。

 顧みればミランダはその花には目もくれず、ピンクのバラを覗き込むように見ていた。


「気に入ったのかい?」

「え、ええ。でも私には少し可愛すぎますわ」

「ふむ」


 声を掛ければ彼女は困ったように笑う。確かに淡いピンクのバラは少し甘い雰囲気がある。彼女自身は顔立ちもはっきりしているしもっと赤バラの様な派手な方が似合うと思っているのかもしれない。実際赤バラは彼女の瞳の色と相まって良く似合っているんだが。

 そう考えるとピンクのバラでは翳んでしまうと考えるのも無理はない。でもまぁ花くらい好きなものを選べばいいと思うのだが、そういうことでもないのだろう。


「ならこっちの花を包んでくれ」


 先ほど見ていた白い花を指差す。

 手際よく小さな花束にされたそれをそのままミランダへ。


「君が美しいから飾る花は控えめでいい」


 カスミソウと呼ばれるらしいその花も束になればそれなりの見栄えがある。そこに彼女を添えればそれだけで美しい。

 艶のある金糸の髪とバラをそのまま映したような赤い瞳。ほんのりと色付く頬には白く小さな花を添えるだけでも充分絵になる。うん、いいんじゃないかな。


 花売りに礼を言って彼女を大通りの方へ連れ出す。後はパーラーに寄って少し休んでから解散する予定なのだがこれで良かったのだろうか。

 正直デートらしいデートというのは今までこれと言った経験がないので参考に出来る物が少ない。後ろでアンがにこにこしている辺り大きな失敗はしていないと思うのだが、なんとも言えない。

 ただまぁ、うん。私個人の感想だけを述べるなら、これはこれで楽しかった。ミランダの手を取りいつもよりも意識してゆっくり歩く。この時間を彼女も楽しんでくれたらと、同じ気持ちでいてくれたらと思う。


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