堂々巡りの身の上よ
さて。もうすっかり見慣れてしまったあの日のお茶会に巻き戻った私は今日も今日とてうだうだと思い悩んでいる。いや本当にもうどうすんのコレ。
ある日突然ミランダが目の前で倒れて巻き戻される。わかっているのは彼女の死がトリガーとなりループが起こるということだけで、答え合わせは行われない。つまり何が正解かもわからないし、毎回原因らしき物も違うのだ。
まるで脳内当てゲームの様な理不尽さだ。これが推理小説とかなら出版社に大量のクレームが来ても文句は言えないぞ。
アン曰く、「女の子は言わずとも察してほしいもの」らしいが無茶を言う。万人に正しく伝わるように、というのは確かに難しいかもしれないがもうせめて少しヒントをくれ。
毎回毎回デスリセットに巻き込まれるというのは中々きつい。ループを発生させている本人は任意のタイミングを選べるが、こちらとしては築いてきた全てが一瞬で無に帰すのだ。
まだ記憶を保持したまま繰り返し初めて数回ではあるが私良く自暴自棄にならなかったな。正直声を大にして自分をほめてやりたいくらいなんだが。
と、まぁなんだかんだと言ってはいるが。思う所はあれど、別にミランダに対して悪感情を持っている訳じゃない。
彼女に何かしたいことがあるのなら、辿り付きたい場所があるのならそれを叶えてやることだってやぶさかではない。
いや、これに関しては自分でもちょっと驚いているくらいだ。あれほど積み上げてきたものを崩されて、目の前で何度も無力感を味合わされて。それでも尚、彼女のために何かしてやりたいだなんて我ながらどうかしている。
しかしながらそこに至るまでのコミュニケーションをお互いに取れていない点が、問題を解決できない原因なんだろうなぁとも思うわけで。
私がまだ数回とは言え繰り返しを覚えているということを教えていいものか。もしミランダにそれを伝えたとして、ループが立ち切れてしまった後に彼女が凶行に走ったら目も当てられないぞ。
内部構造のわかっていないものというのは下手に触るとエラーを起こすのが常。エラーを吐かずに動いているならそっとしておくべきだ。栗栖祐一もよく、自分で組んだプログラムに「//何故か動く」とコメントを残したものだ。
あのプログラムたちはなんで一発で動いたんだ。口癖のように「なんで?」と呟いていた記憶がある。……一度冷静になろう、栗栖祐一の仕事風景は本人からしてもあまり楽しい物じゃなかった。
大きく息を吐いて妙に入った肩の力を抜く。やめだやめ。ループなどという超常現象をどうにか出来るわけがない。それならまだミランダ自身の意識を変える方行に力を入れた方が建設的だ。
自分の力の及ばないことばかり考えていては、せっかくアンが入れてくれた紅茶も冷めてしまう。
「女性がしてほしいことってなんだろうなぁ」
「ミランダ様のことですね?」
呟くように投げかけた質問にアンが待ってましたというような顔をする。
彼女の中ではは、私が話す女性=ミランダという図式が成り立っているようだ。必ずしも私が言う「女性」がミランダのこととは限らないだろう。まぁ大半がそうなんだが。
とにかく、こんな感じでアンにはいつも話を聞いてもらっている。実際以前のループでも同じように女性が言われると嬉しい言葉などをレクチャーしてもらった覚えもある。あの時の私はかなり振り切ってたなぁ。
「パートナーにはどうあってほしいのかなって」
正直そろそろしんどいとは思うよ。
だから何かしらの取っ掛かりが欲しいわけだ。
「どうあってほしいか……私は安定した生活を送れるだけの経済力を持っていてほしいですが、ミランダ様はそういうのはお求めではないでしょうしねぇ」
「それはそう」
少しばかり考えて出された答えに思わず頷く。相手は第二王子が臣籍降下する先の家のご令嬢だぞ。多少こけたって傾かない程度には安定したお家でしょうよ。
まぁ、アンの意見を出すのも分からなくはない。彼女の生家はそこまで大きいというわけでもないし、兄妹も多いらしいからそこそこの家柄にさっさと嫁いでしまいたいのだろう。
ただアンならうまくやるだろうという信頼感もある。彼女はちゃっかりしているし、実際に前回はさっさと相手を見繕ってきたわけだしな。
「でもやっぱり安定や安心感って大切だと思いますよ?」
「安定や安心、というと?」
「この人は自分を愛してくれているとか、きちんと理解してくれているとか。気持ちの面ですね」
人それぞれですけれど。と付け足して笑ったアンが空になったティーカップに二杯目の紅茶を注いでくれる。
精神的な安定と安心。今の私から一番遠いものかもしれないな。綺麗な琥珀色に角砂糖を二つ放り込んで波紋を作る。数秒で収まってしまう辺り波紋の方が、いつまでも出来ない理由を探す私よりもずっと優秀な気がして来た。
「そういうのも含めて、クリス様はもう少しミランダ様とお話をした方がいいと思います」
「だよなぁ」
今までのあれやこれやのせいか、ついミランダと話す時構えてしまう。もしかしたらそういうのが彼女にも伝わっているのかもしれない。
かと言って初めに記憶を引き継いだまま巻き戻った時のように愛を囁くだけではだめと来たものだ。
彼女は、ミランダは何を求めているんだろうか。彼女は何も強請らない。他の者よりも多くの物を持っていることもあってか、私に対して欲しい物があると溢すことはほとんどなかった。
ただ一つ、ミランダが直接私に強請ったのは「私を見ていてほしい」と言ったあの言葉くらいなものだ。それが物理的なものなのか、精神的な意味なのかを判断する前に、彼女の体が窓枠の向こうへ吸い込まれていく光景は正直二度と見たくない。
その後すぐに巻き戻って落ちた記憶を保持しているにも関わらずにこりと笑って幼少期の私の前に現れた精神構造もマジかと思ったが。
今までは先送りにしてきた臣籍降下をいっそのこと前倒しにしてしまえば何か変わるのか。王妃殿下が味方してくれれば時期を早めることもできるだろうが、現状あの方との接点はないからなぁ。
前回同様王位に興味がないことを示すことが出来れば力になってくれそうではあるが、私自身に拒否反応を持っていらっしゃる節もあるから近付くことすら難しい。
私の周り、というか王宮を取り巻く内部事情というのはあいも変わらずおもしろい物ではない。いや、外から見る分には十分エンタメになるのかもしれないが、巻き込まれている側からすれば溜まったものではないさ。
王位など直系である兄上と、年の離れた弟とで話し合って決めればいいと思っているのだが、色々とやりたいことのある大人たちにとってはそうではないらしい。私自身の意思を無視して神輿を担ぎたい大人たちはそこかしこにいるようだ。本人の耳に入るほどそういう噂があるというのが王妃殿下のお心を悩ませている。
その結果が兄上たちと私の待遇の格差だ。別にそこに不満はないんだよ。使用人の数や待遇が違うのもまぁわかる。居食や勉学など最低限必要なものは与えられているから私自身は問題ないと思っているんだ。
だが、それを受けて回りの関係のない者たちが思惑を巡らせるのは少し違うだろう。私たち兄弟は様々な理由から互いに距離を取ってはいるし、会話こそ少ないが嫌悪しあう程仲が悪いわけでもない。だからできればそっとしておいてほしい。
思うこと、というのは本当に色々あるが、その殆どは紅茶と共に呑み込まれる様なものばかりだ。
別に波風を立てたいわけでもないし、吐き出したところで海千山千のお貴族たちに丸め込まれるのが落ちだろう。
「もう少し、時間作ってみるかぁ」
「ええ。きっとうまくいきますよ」
にこにこと笑うアンに礼を言って程よく冷めた紅茶に口を付けた。砂糖の溶けた甘い液体が喉の奥を通っていく。砂糖みたいに甘い言葉もミランダは所望していなかったが、さてどうしたものか。
一見して穏やかな昼下がりとは裏腹に、なんとも言えないもやもやを抱えたまま時間だけが過ぎていく。
毎回何かしら違うようで結局変わらない毎日は酷くもどかしい。今回こそ何か抜け出すきっかけがあればいいんだが。