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ループ令嬢と巻き込まれ王子のソワレ~怪文書を添えて  作者: ささかま 02
さぁ100回目も目前となってまいりました
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女王蜂は繰り返す


 ゆっくり、ゆっくりと深呼吸をする。

 さっきまで感じてした痛みと息苦しさはもうしない。咽返るほどの鉄の匂いももう消えた。落ち着いて、閉じていた瞼を持ち上げる。大丈夫。まだ、繰り返せる。

 見慣れた世界が、私の始まりが目の前に広がっている。美しいバラの園。少女の淡い恋心。きらきら輝いていたはずの世界にどろりとした感情が織り交ぜられていく。

 ほのかに香る赤いバラと甘いお菓子の匂い。見目麗しいドレスに身を包んだ貴族の蕾たち。花々に囲まれた私の永遠に結ばれない運命の人。


 大丈夫、また戻って来た。いつも通りの、あの赤バラの庭園でのお茶会の日だ。

 ドレスの裾を直し居住まいを正す。喜び勇んで、私は運命を繰り返す。


 大丈夫、大丈夫、次はきっといつも通り。

 以前の繰り返しでも何度かクリス様が留学に出られることはあった。けれど国に戻ってこない選択をされることはなかったから少し動揺してしまった。

 今までこんなことはなかったのに。手の届かない所にずっと留まるだなんて。いつもよりも少しだけ手間取ってしまった。


 大丈夫、また巻き戻った。

 留学に行かれるのは寂しいけれど構わない。けれどおかえりになられないというは、二度と触れられないのと同義。それは、とてもつらい……。


 結ばれないことは疾うに諦めた。けれど触れられないのは、視線を、言葉を交わすことが出来ないのは悲しすぎる。

 一方的でも構わない、あの人と関わりを持っていたかった。僅かでも構わなかった。私とクリス様を繋ぐ婚約者という肩書ですら断ち切れた。悲しかった、苦しかった、あの人が帰ってこないのは心の中に誰かが住んでいるからだ。

 巻き戻さなくては。今までにないほどはっきりとそう思った。他の誰かであの人の心の中がいっぱいになってしまうのはとても耐えがたい。だから、やり直さなくては。


 お父様が隠していたクリス様からの手紙を見つけた。消印はもう何年も前のもの。国には帰らないこと、商いをしていること。私に、他の誰かと幸せになるようにと願っていること。

 いや。いやいやいや。違う、そうじゃない。貴方がいないなら私の幸せはこの国にはない。私が欲しいのは貴方だけ。貴方がいればそれでよかった。貴方が笑いかけてくれればただそれだけで。

 気付けば家を飛び出していた。いくらかの路銀と小さなナイフだけを握りしめて。辻馬車と船を乗り継いで砂の国へと向かう。途中で止められなかったのは本当に運が良かったと思う。

 気のいい辻馬車の御者が積んでいたボロの外套をくれた。何か理由があるのだろうが、そのままの恰好では野盗に襲われてしまうかもしれないと。それがなんだかおかしくて少しだけ笑ってしまった。野盗に襲われるのではなく、私がクリス様を襲いに行くようなものなのに。


 結果はいつもの通り。あの人に銃で撃たれ、自分で持っていたナイフを喉に突き立てた。痛くないわけではない。けれどそんなことどうだっていい。

 好かれなくていい。憎まれてもいい。何度だってやり直してどこにも行けない関係が永遠に続けばいい。その為に私はやり直す。やり直せばきっとまたいつもの繰り返しに戻るはずだから。


 ゆっくり、ゆっくりと深呼吸をする。

 目を開いた先にあるのはいつだってあの人。学生服に身を包み、友人たちと談笑する姿に目を細める。ああ、一周見なかっただけなのにクリス様の姿が酷く眩しく見えた。

 私の運命の人。愛しい人。大好きな人。貴方はきっと私を愛さない。それでいい、それでいいの。わかっていたことだから。それでも。本当は少しだけ、貴女に愛されてみたかった。


 陽の当たる中庭であの人が笑っている。きっとクリス様は私がこんなにも焦がれていることを知らない。あの人は私を見ない。私の思いに気付く日は来ない。

 渡り廊下の隅の影の中で、私はいつも焦がれている。時間の経過で気持ちに蓋をしてしまうことも出来ず、まるで自分に言い聞かせるみたいに繰り返している。


 風が吹いて木々が揺れた。きらきらと輝いている世界を、私はどろりとした感情で見ている。もう何度も繰り返した。愛している。愛してほしい。そんな資格私にはないのに。そんなことばかり考えている。

 何度も何度も、私は私を殺した。私は貴方を汚した。私のせいで傷付いてほしいと、無関心になるくらいなら憎んでほしいと。

 綺麗だったはずの私の世界は酷く薄汚れてしまった。


 私のことを愛さなくてもいい。他の誰かを心に住まわせないでくれたなら。愛されたい。愛さなくていい。貴方の幸せを願えない私を恨んでほしい。

 どんな貴方でも愛しています。優柔不断でも、詰めが甘くても、中途半端な優しさで私を苦しめていても。それでも愛しているんです。好きなんです。

 救いなんてない。報いだって与えられない。永遠に私はどこにも行けない。それでいい。この繰り返しの中なら、クリス様は帰って来てくださる。何度だってあのバラの園に戻って来る。

 けして褒められたことではない。それでも私は繰り返す。


 どこにもいかない、どこにも行けない。終わりがない日々。多分きっと私はこれからも繰り返す。行きつく先がどこかなんて私にもわからない。終わり方も終わらせるタイミングも、何もかもわからない。

 それでも愛しているから、クリス様との繋がりが途切れてしまわないように繰り返す。あの人に手が届かなくなる前に、あの人の心に誰かが居座ってしまわないように。

 痛くとも、苦しくとも、たったそれだけのことの為に。


 風が吹いた。ガサガサと木の葉が揺れる音がする。影が揺れ踊り、柔らかな光が静かに寄り添う。

 赤金色の御髪が揺れてあの人の視線が私に向けられ。光に照らされた若葉を思い出すような碧の瞳が私を射抜く。薄い唇が開いてあの人が、クリス様が私の名前を呼ぶ。


 ずくりと、胸に棘が刺さる音がした。


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