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回り回って帰る場所


 さて。毎日忙しく暮らしていたらいつのまにか随分と時間が経っていたらしく、御年二十五になってしまった。

 そして特筆すべき事項はというと学園を卒業しても未だにアフダル王国にいるということだ。卒業と同時に連れ戻されるかと思っていたのだがそういったこともなく、今は趣味が高じて交易商の様なものをやっている。

 いやはや、前回前々回との差異に困惑を隠せずにいるがつい数年前まではそんなことを考える暇もないくらい世間の荒波とやらに揉まれる毎日だった。最近はなんとか、色々思い返せるくらいには余裕が出来てきたというところだ。

 従業員は私とメアリ、時々近所に住んでいる学生のボリスがバイト感覚で時々手伝いに来ている。店自体は大きくはないが日々の糧と少しの蓄えを得るくらいにはやっていけるようになったのだ。


 こちらに来た頃お世話になったジャンナ姫は去年正式に兄上と結婚し、本国の方へと移り住んだ。今は城で仲良く暮らしているらしい。良いことだ。

 私の方も帰国要請もないし、問題を起こさなければこのままアフダルにいてもいいということだろう。小さなあれこれはあるものの何とかなっている。


 アフダルから本国はそれなりに離れている。物理的な距離もあってミランダに関することは何も伝わっては来ない。ホーネット公爵はご壮健であることだけは他国にいても時々聞こえてくる程度だ。

 アフダルの学園を卒業する際に一度だけミランダに手紙を書いた。

 こちらでもなんとかやっていけていること、本国には帰らないということ、それから幸せになってほしいということ。わかってはいたことだが、彼女からの返事はなかった。


 彼女との婚約はアフダルに来た一年後に解消となっている。

 私が思いの外この国を気に入ってしまったという理由もあったが、王妃殿下が解消するなら早い方がいいと勧めてくださったからだ。それもそうだ、ミランダをこちらに連れてくる気がないのならこういう話は早い方がいい。

 王妃殿下としては兄上と異母兄弟の私を出来るだけ本国から話しておきたかっただけかもしれないが、私としてはアフダルで暮らしていくという選択肢をくださった王妃殿下には感謝しかない

 元より王妃殿下の畏れていた王位簒奪の意思など私にはなかったのだが、あの繊細な方からすればとても不安だったのだろう。


 そしてその不安の種が国から離れた、それも相互理解の上で。誰も不満に思っていないし、これはある意味正解のルートなのではないだろうか。王妃殿下は実子である兄上が王位を継ぐことがほぼ確定し、私を悩ませていたミランダとは実質縁が切れたと言ってもいい。

 多少思うところがないわけでもないが、きっとこれが最善ではないかもしれないが次善くらいにはいいルートなのだろう。現実とは往々にして物語とは違い、全てがハッピーエンドとはいかないものだ。

 私とミランダの関係は今回もけしていい物ではなかった。だが、だからこそ早々に離れて互いに別の道を行くというのも一つの選択だ。どうか彼女も彼女の幸せを見つけて欲しいと思う。


 私も私でこの通り何とかやっているのだ。きっと何とかなる。

 目ぼしい物を買い付けいくらかの利益が出る形で店に出す毎日。露店から始まった商いも何とか店を構えるまでになった。これも偏に支えてくれたメアリのおかげだ。


 メアリに付いては、折を見て何度か家庭を持ってはどうかと話を振って来たのだが、自分が結婚せずとも実家は弟が継ぐので問題ないと一蹴されてしまった。いやそういうことではなくてだな。

 いつまでも私の世話をするだけというのも申し訳ない。それに私より商品の目利きの腕も上なのでもし結婚するなら、その後も時々でいいので店を手伝ってもらえないかという打診をしたかったのだ。

 彼女を本国から連れてきてしまった手前、幸せになってほしいと願うのも雇用主として当たり前のことだろう?

 ただそれを言うと少し彼女の機嫌がいつもよりも少し悪くなるので私は口を噤むしかないのだが。


 そんなある日、まぁボリスと飲んだ帰りだ。

 やれ早くメアリとどうにかなれだの、狙ってる奴は多いだのとせっつかれた。待て待て待て、なんでそうなる。確かにメアリはいい女だ。長い間傍にいたという贔屓目はもちろんあるがそれだけは譲れない。

 世間一般からしたら少し年がいっていると言われるが、それでも美人だし未だに珍しい仕入れ品に目を輝かせていす姿は可愛らしい。正直あの顔が見たくて交易商になったところはある。

 それでもだ。一応彼女を仕えさせている側の立場だぞ。私から言うのは彼女が断れなくなるからダメだろう。そう言えばボリスにすごい顔でヘタレか? と言われた。なんで私十近く下の奴にこんな酷いこと言われてるの?


 私だってどうこうなりたくないわけじゃないが、苦労しかかけていない相手だぞ? 流石に嫌われてはいないだろうが、恋愛的な意味で好かれる要素がない。

 ボリスを家に送り、ぶちぶちと独り言ちる。不毛な言い訳は夜風に巻かれ、踏みしめた砂に消えた。昼間の活気に満ちた街並みとは違い夜の街は静まり帰っている。点々と灯る家々の明かりを頼りに帰路に付く。


 ふと、路地の奥から何かが揺れた。多分、人だ。目深に外套のフードを被っているようで人相までは見えない。背はそう高くないから女か子供か。

 この辺りは比較的治安がいいとはいえ、人が集まる場所というのはガラや身を落とした物も少なからず集まる。そういう連中が悪いというわけではないが、あえて危ない方へ寄っていく必要もない。早く帰ろう。

 視界の端できらりと何かが光った。いやな予感がする。久しく感じていなかった感覚だ。


 踏み込むような砂を押し込む音がする。懐へ手を伸ばしながら振り返る。丁度外套の人物がこちらへ駆けて来るところだった。その手にはナイフらしき物が握られている。ああ、やだやだ。ごろつきか、物取りか。

 商人になってから荒っぽい連中を相手にすることもあったから、護身用に持っていた短銃を手に取ることに抵抗はなかった。

 あまり褒められたことではないが、この国では治安の問題もあってか私怨と証明されない限りある程度までの傷害は調書を取られるだけで済む。殺人に至ると流石に面倒だが、半日の拘束で済むなら自身や資産を守るためにそういう手段を取る者もいる。

 私だってやりたくはないさ。それでも何もかもうまくいっている今を奪われるくらいなら。


 引き金を引く。残念なことに突っ込んで来る人間を華麗に避けられるほどの運動神経はないため足を狙う。

 体勢を崩したその人物が砂の上に倒れ込む。そのままナイフを振りかぶられたらどうしようかと思ったが、幸いそこまで覚悟の決まったタイプではなかったようだ。


「お前にやれるものはない。血が流れ過ぎないうちに帰るんだな」


 外套の人物は何も言わない。夜風に紛れて微かに息を飲む音がするばかりだ。

 これで懲りてくれれば良かったのだが彼、あるいは彼女のナイフを持った手が持ち上がった。短銃のグリップを握りなおす。出来れば撃たせないでほしい。その人物が顔を上げたからか目深に被られたフードが後ろへずり落ちた。


「ミランダ……?」


 しばらく会っていなかったが間違えるわけがない。ミランダだ。何故。

 だが、その名前を呼ぶのとほぼ同時に、彼女の持っていたナイフが彼女自身の喉笛を切り裂いた。おい、待ってくれ。これはどういうことだ。なんで彼女がここにいる。

 いつかと同じように、彼女の体がゆっくりと後ろへ倒れる。砂地特有のざりざりとした音が鳴った。フードの中から零れた美しい金色の髪が散らばった。あの赤バラの瞳は確かに私を映していた。赤い液体が、砂の中に染み込んでいく。

 理解したくない。なんで、どうして。今度こそ上手くいくと思ったのに。


 確かに彼女が何をしているかは知らなかった。なぜここに。きっと本国で幸せになってくれていると思ったのに。また巻き戻されるのか。何もかも上手くいっていたのに。

 靴底が砂の中に沈んでいく感覚がする。これまでやって来た何もかもが崩れていく。真砂のように、手のひらから零れ落ちてしまう。


 赤色が広がっていく。また繰り返すのかという恐怖。やっと心穏やかに過ごせると思った矢先の出来事。あの繰り返しから抜け出したと思った瞬間やられた。

 詰まりそうになる息を無理やり吐き出す。なんでこうなるんだよ。動悸がする。感覚的に今回はインターバルもなさそうだとわかってしまう。少しずつこの感覚に適応し始めている自分が嫌になる。

 目の前には力なく倒れているミランダがいる。ああ、もうすぐ。また繰り返してしまう。


 バツリと、世界を引き裂くような音がした。



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