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道先

道先3-5

作者: 卯月猫

花之屋 結城(はなのやゆうき)の微笑み④ もしもの可能性


 また、月曜がやってきた。が、憂鬱ではない上に、5時に目を覚ました。

「早すぎないか……?」

 枕元の時計をじっと見ながらポリポリとこめかみを掻きながら、土日の事を考え起こしてみる。



◇◆◇


 土曜日に行った喫茶店のランチ、いや、ランチと呼ぶべきだろうか。フルコースみたいな洗練された品の数々だった。と思う。

 ただ、……マスターの顔はハッキリと思い出せるのに、店の名前が思い出せないのだ。それどころか、美味しかった筈の料理さえモヤがかったように思い返すのが難しい。

 土曜日は帰宅してから急に片付けをする気力がモリモリと沸いて、日々の疲労から後回しになっていた部屋の掃除をするのに半日を費やした。重い物を運んだり、次に捨てる為に玄関に寄せたりと結構な労働だったがそれなのに、不思議と夜は腹が空かず、シャワーを浴びて横になったらそのまま眠ってしまったのだ。

 目覚めた翌朝は、喫茶店の事を思い出しては夢・幻だったのかとすら思った。

 美味しい物を食べた内容の記憶は曖昧だが、珈琲の味と香りだけは鮮明に覚えている。これがまた不思議である。今まで、美味しかった料理を忘れた事などなかったのに。これでは再現も出来ない。

 仕方がないか、と思いつつ喫茶店をスマホで検索してみる。

 が、やはりヒットするものは無い。不思議な珈琲が飲める店、など引っかかりそうにもないが検索すると怪しげなページばかりでそれ以上の詮索を止めた。

 しかし、土曜日からやたらと体の調子が良い。ぐっすり眠れたし、かと言って寝疲れたような体の強張りも無い。寧ろ、体が軽いとまで言える。

食べる事は体の為には良い事だが、これ程即効性で影響を及ぼす事があるだろうか?

まぁ、深く考えた所で回答には行きつけないので難しい事は考えないでおこう。

 ある程度片付いて綺麗になった部屋を見ると、結構広くなったなと思う。入ったばかりの頃はもっと広かったのに、いつの間にやら物が増えていっていた。

今日はゆっくりしようかと思ったが、捨てる予定の物の中には十分使える物達も含まれていたので寄付ステーションへと向かう事にした。

 山盛り持って行くと、「こんなに良いんですか?」と受付のお姉さんに驚かれたが大丈夫です。と伝えるとありがとうございますと言って引き取ってもらえた。

 その団体が行っているフリーマーケットも本日開催しているようで、良かったら覗いていってくださいと案内を受けた。

 一週間前からの予約制スペースとの事だが、飛び入りで物を持ってきてくれる人には物の引き取りのみ行っている。それらが売れたら、全て寄付金として回されるとの事だ。

フリマで利益が欲しい人向けでは無いものの、使えるが使わない物を持っている人にとってはありがたいだろう。何となくでも、間接的に慈善事業に参加したと言えなくもない。

 それなら、自分に出来る事ももう少しあるなと思い立つ。

「家にまだ使えそうな物があって、欠けちゃったりしていたので持ってこなかったんですが今から持ってきても良いですか?」

「はい、どうぞ! あ、でも、あんまりにも汚れていたりするものですと難しいですが……」

「コップの持ち手が少し欠けてたり、絵が剥がれちゃったりって感じです」

「それなら全く問題ないと思います、一度見せて頂いてからB品扱いと言う事でお受け出来るかと!」

「じゃあ、取ってきますね」

「はい、お待ちしています! お気を付けて」

 軽く会釈してから寄付ステーションを後にする。


 自宅に戻り、袋やら空いた段ボールやらに詰めてまた戻る。

開けた結果は、殆どすべての物を引き取ってもらえる事となり、帰りは非常に身軽だった。

ゴミ捨て日まで待たなければいけないと思っていたのに、これは思った以上にかなりスッキリしたと満足気に頷く。

段ボールに入れた幾つかの小さな人形は、双子の女の子が興味津々で「これお兄ちゃんのですか?」「可愛いね」と覗きに来たのでそのままあげてしまった。勿論、主催の許可は取った後だが。

 自宅に戻った後は広々とした部屋で久し振りに筋トレしようか、などと考えた。

 学生時代の部活は運動部で毎日筋トレしていた事を思い出し、当時のメニューをこなしてみようとしたが1年以上動かさなかった筋肉は言う事を聞かなかった。

 結構いじめた筋肉は、久々過ぎて明日悲鳴を上げる事だろうと少し憂鬱になるものの、体を動かした心地の良い疲れ具合は懐かしいなと最後にストレッチをしながら思い返す。


◇◆◇


 そしてまた、月曜がやってきた。が、憂鬱ではない上に、5時に目を覚ました。

筋肉痛に悶える朝かと思ったが体は軽い。

「あれだけしたのに、筋トレの仕方間違えたか?」

首を捻りつつ軽さを感じる体に少しばかりの違和感を感じながらも支度を整える為動き出す。

「しまった、5時に起きたんだった」

 朝食を食べ終えて、歯磨きした後、着替えを済ませいつものように玄関に立った時に思い出した。

 いつも以上にゆったりと朝の時間を過ごし、出勤。

 出社してからの会社はいつも通りで非常に忙しかった。が、心の余裕は何故かあってお局様からの小言もどうと言う事もなく過ごす事が出来た。それどころか、彼女がどうしてこのような言動を取るのか不思議に思う自分が居た。何が彼女にとって憤怒のスイッチになっているのか。業務中に行動を少し観察してみる事にした。

 そうして、一つの可能性に辿り着いたのだった。


 一日を終え、帰宅してからハタと思った。昼間考えた可能性についてだ。

【人の痛みが理解出来ないタイプ】

 ずっとそう思っていた。あんまりにもな態度をしてくるから。

 お局様は、仕事は出来る人で、勤続年数もかなり長いから業務について分からない事は無いのではないか。下手したら重役より理解しているかもしれない。こなすスピードも他の社員に追随を許さないくらい出来る。ただ、言葉遣いが辛辣でその態度に傷つく者が多い。

 一つの可能性としての事だが、頭のまわる人、所謂出来る人によく見られる傾向かもしれない。【自分が出来るのに他人が同じように出来ない事が理解出来ない】と言う事がよくあるように思う。

 もしかしたら、本当にそれなのかもしれない。

 嫌な人、苦手な人に出会うとその人を嫌悪するようになる。当然だ、謂れのない悪意程傷つく。

 悪意をぶつける本人に自覚が薄かったり、無かったりしたら……。

 もう少し、様子を見てみよう。何か、糸口になる事があるのかもしれない。

 いつもなら他人の事なんて構わないのに、このまま会社に居ると新人が育つことなく出て行ってしまう。自分だっていつまでも黒い感情を飲み込んだまま居たくない。

 いつか、僅かでも風向きを変えられる事があるのかもしれない。会社の為に生きて死ぬなんてまっぴらごめんだが、少しばかり快適になる足掛に気が付いたかもしれないのだ。

「いっちょやってみますか」

 そう思いながら夜食になりかけた夕食の準備をスタートさせるのだった。

 台所に立つ花之屋 結城の顔には笑みが浮かんでいた。

道先シリーズ3はひとまずここで終わります。

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