アリーの恋愛相談
エヴァ王女はカレンデュラ伯爵令嬢を私室へ招き入れると、ジョーと会うまでの僅かな時間で「恋愛相談」をスタートしました。
令嬢はまず攻略対象の情報をよこせと仰られたため、「ジョー」という人物がどのような相手であるか、軽く説明いたします。
「……孤児院出身のただの平民で――今は子爵の養子? しかも、顔立ちはハイドの方が綺麗……?」
「ええ、そうですの。ですがジョーはとっても博識で、わたくしの知らない事も沢山ご存じなのよ。ただ賢いだけではなく政務に関する知識も豊富で――発想も斬新です。もしも彼に領地を与えたらどうなるのかしら、とても面白い領になりそうですわ」
ニコニコと笑いながらまるで惚気のような紹介を受けて、カレンデュラ伯爵令嬢はひくりと口の端を引きつらせました。
その口元を注視すると、「いやいや、たぶんだけど攻略キャラではないでしょう……」と呟いたように見えます。
「元々はプラムダリアの孤児で――あ、プラムダリアはハイドランジアで「奇跡の孤児院」と呼ばれる所ですわ」
「奇跡の孤児院?」
「ええ。「スノウアシスタント」先生のご活躍により、孤児院の収入は右肩上がりですの。普通孤児院というのは、国から援助を受けて経営されるものですけれど……今やプラムダリアは国から一切の補助を受けておりません。先生は幼い時分から、庶民向けの画期的な生活グッズの発明に余念がなく――ある程度大きくなられてからは、劇作家としてのお仕事や大衆小説の執筆もしておられますのよ」
「へえ……その「雪のお手伝いさん」って凄いのね? その人が稼ぐお陰で、わざわざ国に頼らなくても孤児院が経営出来てるって訳か――」
素直に感心なさるカレンデュラ伯爵令嬢に、エヴァ王女は「そうでしょう」と、まるでご自分の事のように嬉しそうに頷いておられます。
王女は本当に「スノウアシスタント」の大ファンなのです。
彼の執筆された恋愛小説はもちろんのこと、彼が開発したと言われる生活グッズの数々についても高評価をつけておいでですからね。
そもそも何故「孤児の発明したモノ」が国中で愛されているのかと言えば、それはただ単に便利だからというだけではありません。
いくら便利なものだろうが、平民の中でも底辺と呼ばれる「孤児」の開発したモノを使うのは――悲しいかな、誰だって抵抗がある訳です。
特に貴族の中には、「汚らわしい」「下賤だ」なんて仰る方も多くいらっしゃるでしょう。
そうした反発が少なく済んでいるのは――ハイドランジアの至宝であるエヴァ王女が、進んで使用していると公言なさるからに他なりません。
プラムダリアから発売された、羊皮紙ではないツルツルサラサラとした紙。そして不思議な書き心地の筆記具は、専用のゴムで擦ると手軽に修正が出来ます。
紙を何枚も購入する費用のない貧困層向けには、白色ガラスのような板と指で擦るだけで消える特殊なインクの入ったペンも販売しています。――早い話が、前世で言うところのホワイトボードセットですね。
王女は特にこれらを愛用していて……彼女がここまで聡明になったのも、書いては消してを心ゆくまで繰り返す事ができた筆記具のお陰でしょう。
皆に愛される王女が「素晴らしい」「好きだ」と言って使うのですから――それらの品物を批判するという事はつまり、エヴァ王女自身を否定することに繋がります。
そうなった場合、あのうるさい「テお爺ちゃん」が黙っているはずがありませんからね。
「ジョーとは、スノウアシスタント先生の事がキッカケでお友達になりましたの。守秘義務があるでしょうに、それでも先生について話してくださると仰って――その優しさに胸を打たれましたわ。ですからわたくし、彼や先生に迷惑を掛けないようにしなければと思いまして……先生の素性については聞かないと決めておりますのよ」
「ふうん……」
ジョーについてある程度の情報収集を終えた伯爵令嬢は、納得したように頷きました。
「ジョーって人が賢いのも、その先生が居る孤児院で一緒に育ったからって事?」
「ええ、そうだと思いますわ。ジョーが仰るには、スノウアシスタント先生が発明した品を、施設の子供達が力を合わせて生産しているとの事で――ですから製法や仕組みなど、プラムダリアの子供達なら皆ご存じなんですって」
「へえ、「働かざる者食うべからず」とは言うけれど……なかなか大変そうな孤児院ね。まあ、稼いだお金で贅沢が出来るならそれで良いのかしら?」
カレンデュラ伯爵令嬢の鋭いご指摘に、エヴァ王女はこれでもかと首を傾げられました。
「大変そう? 何故ですの? ……素晴らしいスノウアシスタント先生のご指示のもと、まだ見ぬグッズの開発に携われるのですよ? それ以上に栄誉な事がこの世にあるでしょうか――」
うっとりと陶酔したような表情で語るエヴァ王女に、カレンデュラ伯爵令嬢が若干引いたような顔つきになりました。
王女はスノウアシスタントの熱狂的な信者ですから、このような考え方になっても仕方ないのです。
――いえ、わたくしといたしましても、さすがに傾倒しすぎなのではと心配になる時がございますけれどね。
「いや、皆が皆「栄誉」とは思っていないんじゃあないの。特に孤児なんて――別に好きでその孤児院に入った訳じゃあないでしょうし、小さな子供だったら、栄誉やお金よりもまず遊びたいと思うけど」
「遊び? ――そう……そうですわね。言われてみれば、その通りですわ……生活のためとは言え、幼子を労働力として扱うのは虐待に近いものがありますわね。子供を働かせなければ生活できないと言うならば、そもそも国からの援助を断る意味がありませんもの――」
何やら気付けば、すっかり「恋愛相談」ではなくなっています。
国の機関と孤児の行く末を憂い始めた王女に、カレンデュラ伯爵令嬢は話を戻そうと小さく咳払いしました。
「ええと……とにかく、そのジョーってのを落とすのよね? 結婚したいって話よね?」
「そ――ええと……そう、そうかも、知れませんわ……」
「何よ、ハッキリしないわね……」
「だって、ジョーは……まだ会って日も浅いですし――向こうがわたくしの事をどう思っているか。ジョーは本当に面白い方で、一緒に居ると楽しいですけれど……ただ唯一、「絵本の騎士」らしさが足りませんの」
神妙な顔つきをされた王女の言葉に、カレンデュラ伯爵令嬢は「絵本の騎士らしさって何よ」と首を傾げられました。




