騎士とヒロイン3
カレンデュラ伯爵令嬢は、たっぷりと頭を悩ませた後にパッと顔を上げました。
「――思ったんだけどさ、エヴァンシュカに愛されヒロインの座を奪われたせいで、なし崩し的に私が悪役令嬢にされちゃったって事なんじゃあないの? この世界に「愛されヒロイン」は1人までしか存在出来ないのよ……だって言うのに何かのバグでハイドが生まれて、しかもエヴァンシュカの味方についちゃったから――それが原因で、何も知らない私1人が酷い目に遭ったって事なんじゃない!?」
この世の真理に到達した、とでも言わんばかりの閃き顔のカレンデュラ伯爵令嬢に、わたくしはひっそりとため息を吐き出しました。
確かに彼女の言う通り、わたくしの存在は些かイレギュラーなものなのでしょう。しかし、それとこれとは全くの別問題な気がしてなりません。
何せご令嬢の言動に一つも非がないのかと問われれば、答えは「それはどうかな」だからです。
ご自身の事を棚に上げて、やれエヴァ王女が、やれわたくしが――なんて非難されては困ってしまいます。
――ですが、そのような事を指摘したところでそう簡単に人は変わらないでしょう。
熟成された19年物の「傲慢さ」は、わたくしの手に負えるものではございません。
……とは言え、ひとつ間違えばエヴァンシュカ王女も「こう」なっていたのかも知れないと考えると――けんもほろろに突き放すのも、些か気が引けます。
人様の価値観、考えを矯正しようなんて傲慢な考えは持ち合わせておりませんが……一応は年長者ですからね。
未来ある若者を少しでも良い方向へ導くことが、何よりも重要な務めかと存じます。
「――カレンデュラ伯爵令嬢は、スキルに頼り過ぎなのではありませんか」
「えっ……?」
「スキルというのは、決して便利なだけの力ではありません。あくまでも「補助」ツールとして使う程度に留めるのがよろしいかと思いますよ」
「で、でも、だって……せっかくスキルがあるのに、使わない手はないじゃない? 「愛されまなこ」が使えなかったら、相手にどう思われてるかも分からないし――」
「……普通は、自身の言動によって相手がどう感じるなど分からないものです。カレンデュラ伯爵令嬢なら、きっとそのような力に頼らずとも殿方を「攻略」出来るでしょう」
「でも、ゲームでは「好感度」と「反応」を見ないと……!」
「――ここはゲームの世界などではありません、いい加減「現実」に目を向けなさいアレッサ・フォン・カレンデュラ」
多少きつい物言いになってしまったかも知れませんが――カレンデュラ伯爵令嬢もエヴァ王女に負けず劣らず、身近な大人に甘やかされて生きてきた匂いがプンプンいたします。
ここは堅固たる態度で接するのが良いでしょう。
カレンデュラ伯爵令嬢は、まさかここまで責められると思っていなかったのか……悔し気な表情を浮かべて、大きな瞳に涙を溜められました。
神秘的な金色の瞳が揺らぎ、それは吸い込まれそうな魅力を発しています。
――しかしその表情は見る見るうちに変化して、いつの間にやら頬は紅く染まり、まるで熱に浮かされたようなお顔になられました。
……そのような反応をされるとは全くの予想外で、わたくしは面食らって目を瞬かせます。
「――わ、分かった……! 分かったわよ、「愛されまなこ」なしで攻略しろって言うのね!?」
「え? ……ええ、そうですね。ご令嬢はスキルなしでも十分魅力的ですから、普通にしていればそれで――」
「ええ、分かった……そんなに私にハイドを攻略させたいなら、お望み通り攻略してあげるわ!!」
「……………………おっと……? ――なるほど、そう転びますか……本当に一筋縄ではいかないご令嬢ですね――」
またしても思いもよらぬ発言を受けて、わたくしは遠く――それこそ「遠視」と「地獄耳」を使って、遠く離れたエヴァ王女とジョーの和やかな茶会の様子を眺めて、気分を落ち着かせました。
……どうやら、手指の消毒に使うアルコールの製造について本腰を入れて着手すべき! なんて、色っぽいお話をされているご様子です。
もっとこう、見合いの雰囲気にはならないものでしょうかね。
そうしてわたくしが現実から逃避している間にも、カレンデュラ伯爵令嬢がズズイと詰め寄って参ります。
「覚悟しなさいよハイド! 私が本気を出したら、ヒロインアイを使わなくてもアンタなんかイチコロなんだからね! すぐに私に惚れさせて、エヴァンシュカの護衛じゃなくて私の旦那になりたいって言わせてやるんだから!!」
「うぅ~~ん…………は~い、頑張ってください。応援しています」
「何よ、その雑な反応は! おかしいでしょう!? ――さ、早速だけど、好きなタイプを教えなさいよ! 食べ物は何が好き? 趣味は? 例えばデートならどこに行くのが好きなの? ……し、仕方ないから、この私が全部アンタの好みに合わせてあげるわ! ――その、本当に何でもしてあげるから……だから私の事ハイドのお嫁さんにして! いいや、しなさい!!」
口調こそどこまでも傲慢で上から目線ですが、いきなり尽くしまくりの奴隷女のような発言を始めたカレンデュラ伯爵令嬢に、わたくしは新たな懸念を抱きました。
どうしてこの方、こんなに残念なのでしょうか――今までもまともに生きておられなかったようですが、これからもこうして雑に生きて行くのでしょうか。
……そもそも生きて行けるのでしょうか?
どうにか更生させて差し上げたい。エヴァ王女と同じで、来年成人ですからね、この方――。
しかし会話した感じ、わたくし1人の手に負えるような容易い相手ではございません。
あまり構って粘着されるのも困りますし、直接的なアプローチよりも、もっと……遠回しで長期的な手段の方が良いのでしょうか。
散々悩んだ結果わたくしが導き出した苦肉の策は、「そうだ、エヴァ王女に何とかしてもらおう」でした。
「……そうですね、わたくし、エヴァンシュカ王女のような方がタイプです」
「――――――――えっ」
「聡明でお話していて飽きない、面白い方が良いですね。わたくし人とお話するのが好きでして、いちいち「それはなんだ」「どういう意味だ」と説明で会話を中断させられるのは好みません。少なくともエヴァ王女よりも賢い方でなければ、食指が動きません」
「ちょ、待っ……」
「――王女は本当に凄い方なのですよ。レスタニアにいらっしゃったご令嬢はご存じないかも知れませんが……このハイドランジア国民全体の学力向上に一役買い、民の生活をより豊かにしようと様々な策を講じ、民衆からも愛される人格者で――」
「ま、待ってって言ってるでしょう!? ……えっ!? 何、ハイドって結局、エヴァンシュカが好きなの!? 友情エンドじゃなくて、とっくに攻略されてる!?」
激しく動揺されていらっしゃるカレンデュラ伯爵令嬢に、わたくしは無言で微笑みました。
――「はい」とも「いいえ」とも明言せずにフワッと濁していれば、あとは令嬢が勝手に面白い方向へ転がって行って下さるはずです。
カレンデュラ伯爵令嬢はわたくしの願い通りに、わなわなと体を震わせていたかと思えば……途端にびしりとわたくしの顔を指差し確認して、声を大に叫びました。
「――いいわ、見てなさいよハイド! 私とエヴァンシュカ、どっちが賢いか分からせてやるんだから……! この世界の学力が前世の義務教育レベルで止まってる事は、もう分かってるんだからね! 前世で大学生だった私を舐めるんじゃないわよ、ぎゃふんと言わせてやるんだから!!」
「……は~い、いっぱい頑張ってくださ~い」
「だから、その反応おかしいでしょうって!?」
ぎゃあぎゃあと騒いでいらっしゃるご令嬢をかわして、わたくしは軽く礼をしました。
エヴァ王女とジョーのお茶会が終わりの時間に近付いて参りましたので、そろそろお迎えに行って差し上げなければ。
カレンデュラ伯爵令嬢は「話はまだ終わってなーい!!」と叫んでいましたが、わたくしが無言のまま笑顔で手を振ればグッと口を噤んで頬を染められました。
――いけませんね、もしかしてカレンデュラ伯爵令嬢、本気でわたくしを旦那にと願っていらっしゃるのでしょうか。
幼気な少女の恋心を弄ぶつもりはございません、やはり早急に――エヴァ王女に何とかして頂かなければ。
わたくしは改めて伯爵令嬢に一礼すると、王女とジョーの居る庭園へ向かう事にいたしました。




