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悪役とヒロイン3

 しばらく頭を抱えて悩んでいたカレンデュラ伯爵令嬢でしたが――やがてパッと顔を上げられると、真剣な眼差しでエヴァンシュカ王女を見つめます。


「確認なんだけど――アンタ、攻略失敗してるのよね……? でも、嫌々一緒に居るって感じでもないし、よくて友情ノーマルエンドってところかしら」

「その「攻略」というのは、具体的にどういった行為ですの? アレッサ伯爵令嬢は以前、ハイドを「もらう」だなんて――まるでモノのように扱っておられましたけれど」

「攻略っていうのはつまり……早い話が、ハイドと結婚して幸せに暮らしました、めでたしめでたし――っていうのが「攻略」よ。でもそれがいまだに出来ていないって事は……」


 エヴァンシュカ王女は、伯爵令嬢のお話に頷きながら小さく肩を落とされました。


「なるほど……確かに、わたくしはハイドの攻略に失敗しているようですわ――どれだけお願いしても、結婚だけは出来ないんですもの……」

「転生悪役王女が、破滅するシナリオを無視して隠しキャラの攻略1本に絞ったのに、それが失敗するって何か新しいわね……でもラノベだったら絶対に人気出ないわよ、そんな話。セルフざまぁとか意味分かんないんだけど」

「ええと、ごめんなさい。ラノベもセルフザマーも分かりませんわ……わたくし色々な事に見識があるつもりで居ましたけれど、世の中にはまだまだ知らない事が沢山ありますのね――ジョーにも教わってばかりですし」


 自らの無知を恥じるように俯かれたエヴァ王女に、カレンデュラ伯爵令嬢は不思議なものを見るような、怪訝な表情をされます。

 どうも「まさか演技じゃなくて、本気で転生者じゃないの……?」と疑っておられるようですが――わたくし自身、エヴァ王女から転生がどうとか前世がどうとかいうお話を聞かされた事は、一度もありません。


 カレンデュラ伯爵令嬢の抱かれる疑念は、全くの見当違いと断言しても差し支えないでしょう。

 しょんぼりと肩を落とすエヴァ王女に、すっかり勢いを削がれてしまったのか……伯爵令嬢は気まずげに目を逸らしながら口を開きました。


「ラノベって言うのは……純文学や伝記物みたいに堅くて重い文面じゃあなくて、もっと軽い文体の大衆小説……みたいなものよ。有名なジャンルはファンタジーとか恋愛とか、学園物とか――」


 伯爵令嬢の説明を耳にした王女は、ハッとした顔つきになられました。

 そして大きな瞳を眩しいくらいに輝かせると、興奮した様子で白い頬を紅潮させながら伯爵令嬢に問いかけます。


「――そっ、それはもしや、スノウアシスタント先生の作品の事ですの!?」

「す……スノーア……――何?」

「スノウアシスタント先生ですわ!!」

「スノウアシスタント先生。何なの、雪のお手伝い先生って……?」


 思いきり首を傾げられるカレンデュラ伯爵令嬢に、エヴァ王女は食い気味で「ご存じない!?」と声を大にしておられます。


 まあ、伯爵令嬢はハイドランジアではなく隣国のレスタニアご出身ですし……そもそも、いくら非常識に見えても彼女は貴族の――伯爵家のご令嬢です。

 こちらの庶民の間で人気の大衆小説など、目を通すどころか、存在そのものを知る事からして難しいでしょう。


「アレッサ伯爵令嬢、よければわたくしの愛読書をお貸しいたしますわ! シリーズ物でしてね? 数日前に入手した最新刊が8巻で――」

「――い、いい、いい! 良いわよ、こっちにラノベなんかある訳ないし……エヴァンシュカって何か思い込み激しいみたいだし、アンタの思うラノベと、私の思うラノベは全くの別物よ! そもそも王女様がラノベなんか読める訳ないし!」


 王女の尋常ではない勢いに引き気味のカレンデュラ伯爵令嬢は、両手と首をぶんぶんと振りました。

 新たなスノウアシスタント信者の獲得に失敗したエヴァ王女は、眉尻を下げて露骨に嘆いておられます。


 伯爵令嬢は話題を切り替えるために、コホンと大きな咳ばらいをして、改めて王女を――いえ、王女越しにわたくしを見やりました。


「とにかく、エヴァンシュカは攻略に失敗してハイドはフリーのまま。レスタニア学院卒業っていうゲームの終わりを迎えた今も、この世界が続いているって事は……この先のシナリオは用意されていない――つまりもう、私が何をしたって自由って事よ。19歳までにハイドを落とせなきゃ攻略不可って訳でもないわよね、もうゲームは終わったんだから」

「……わたくしには難解で、よく分かりませんわ」

「ふふん、アンタが転生者じゃないっていうなら、分からなくて良いわ! 私はここから、ヒロインとして大逆転を狙うんだから……! 本シナリオでは散々だったけど、最終的にハイドを私の旦那にすればお釣りがくるってものよ! 隠しキャラだろうが何だろうが、私の魅力にかかれば余裕だもの――何せヒロインなんだから!!」


 胸を張って自信満々に豪語するカレンデュラ伯爵令嬢に、わたくしは生暖かい眼差しを向けてしまいます。


 わたくし恋愛ごとに()けている訳ではございませんが――しかし曲がりなりにもわたくしが「攻略対象」だと仰るならば、今の宣言は面と向かって聞かせる話ではない気がしてなりません。

 まるで、暗殺する対象に「今からお前を殺す! 私はカレンデュラ伯爵家の娘だー!」と名乗りを上げて、真正面から丸腰で殴りかかるくらいお粗末ものです。


 潔いと言えばそれまでですが、どうしてこう、わたくしの周りにいらっしゃる女性はどこか「抜け」が目立つのでしょうか?

 そもそもカレンデュラ伯爵令嬢、その「ヒロインの魅力」をもってしても――レスタニア学院では惨敗したとご自身で仰っていたような気がいたします。

 皆さん本当に可愛いですね。


「――ハ、ハイドを旦那にだなんて、いけませんわアレッサ伯爵令嬢! そのような事を強制するのは、人としていかがなものかと思います! わたくしだってそのような無理強いをした事はございません、人権侵害ですわ!!」

「あーら心配はご無用よ? ハイドはちゃんと私に惚れさせるし、平民だから結婚出来ないって言うなら、私は伯爵家を捨てれば済む話だし? 19年住んだからってつまんないレスタニアに愛着なんてないし、駆け落ちだって余裕よ――私はどこかの王女様と違って、自由なんだからね!」

「そ、そういう問題ではありませんわ! 令嬢の将来設計には、ハイドの気持ちが一切考慮されていないではありませんか、まずそこが問題なのです!」

「だから、ちゃんと惚れさせるって言ってるじゃない……私のスキル、「愛されまなこ(ヒロインアイ)」を使ってね!」

「ひ――ヒロインアイ!? 何ですのそれは……!?」


 カレンデュラ伯爵令嬢は、狼狽えるエヴァ王女に向かって得意げに笑うと、おもむろに右手を持ち上げました。

 そして親指と人差し指の腹をくっつけて丸を形作ると、モノクルのようにご自身の右目に宛てて――その指越しに、わたくしを覗き込みます。


 何をしていらっしゃるのか全く分かりませんが――ぱちりと左目を閉じた姿がおどけてウインクをしているようで、何だか可愛らしいですね。


「……っな、何をしていらっしゃいますの――? ハイドをどうするおつもり……!?」


 じっと黙り込んだまま、指越しにわたくしと見つめ合っているカレンデュラ伯爵令嬢に、エヴァ王女が焦れたように問いかけます。

 その声色は酷く硬いもので、未知なるモノに対する恐れが感じ取れます。

 わたくしも、初めて聞くスキルに身構えておりましたが――しかし体に何らかの変化がある訳でもなく、首を傾げました。


 そのまま数秒……数十秒が過ぎた頃でしょうか。

 伯爵令嬢の右手がワナワナと震えたかと思えば、突然がたりと椅子から立ち上がりました。


「――ちょっと! どうして何も見えないのよ!? ハイドって隠しキャラどころか、この世界のバグなんじゃないの!? ホンット信っじられない……いや、たまたま今日は調子が悪かっただけかも!? もう帰る! 明日また来るから、予定空けときなさいよね!!」


 カレンデュラ伯爵令嬢は一方的に捲し立てると、鼻息荒くサロンから出て行ってしまわれました。


 この場に取り残されたエヴァ王女は、嵐のように去ってしまわれた令嬢の背中をぽかんと見つめ……やがてハッと我に返ると、「――それで結局、何だったんですの、「ヒロインアイ」……!?!?」と困惑しておられます。


 ……いや、本当に何だったんでしょうか。

 伯爵令嬢が愉快な方であるということ以外、何も分かりませんでした。


 わたくしはひとまず、空になった王女のカップに茶のおかわりを淹れて、「一度落ち着きましょうか」と声を掛けました。

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