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悪役とヒロイン2

 追加の茶器を手に戻って来たアメリは、カレンデュラ伯爵令嬢のお茶を淹れ終わるとサロンから下がりました。

 この場に居るのはエヴァ王女と伯爵令嬢、そしてわたくしの3名のみ。


 ――それにしても、『アレッサ・フォン・カレンデュラ』……なんて短く覚えやすくて、好ましいお名前なのでしょうか。「ただのジョー」と同じく、素晴らしいと思います。


「いや、愛称がどうとか名前がどうとか、そんな事は良いのよ――私が言いたいのはね、エヴァンシュカ! さっさとハイドを、正ヒロインである私に渡しなさいって事なのよ!」

「わ、「私に渡しなさい」だなんて……! ふふ、知っていますわよアレッサ伯爵令嬢――ダジャレというヤツですわね? ここは友人であるわたくしも一つ、秀逸なダジャレで返すべきかしら」

「さっきから会話が成り立たなくて、面倒くさいんだけどアンタ!? な、何よ、人を馬鹿にして……! 悪役王女のくせに誰にも嫌われてないし! 狡いわ、チートよチート!」

「――以前から気になっていたのですけれど、その「悪役王女」というのは何ですの?」


 エヴァ王女が小首を傾げて訊ねれば、カレンデュラ伯爵令嬢はギリリと歯噛みしながら王女を睨みつけます。

 …………この方本当に、普通にしていればお可愛らしいですのに、どうしてこう変顔なさるんでしょうね?


「だから、ここは「甘夢」って乙女ゲームの世界で――」

「オトメゲーム」

「私はゲームの主人公、ヒロインのアレッサ。ゲームの舞台はレスタニア皇国にあるレスタニア学院で、私とアンタ……エヴァンシュカ・リアイス・トゥルーデル・フォン・ハイドランジアは、16歳の時に入学式で出会うって設定。そして、エヴァンシュカの婚約者ヴィンセント・レオ・エスピリディオン・フォン・レスタニア皇子を巡って――いじめる側といじめられる側の関係になるのよ。本来の私とアンタはね」


 ほぼ一息に説明を終えたカレンデュラ伯爵令嬢は、じとりと眇めた目でエヴァ王女を見やります。

 王女は僅かに俯いて「ふむ」と思案顔を浮かべておられましたが、やがて顔を上げると、こてんと首を傾げます。


「よく分かりませんけれど――それが現実では何故か、マブダチと化してしまった……という訳ですわね?」

「マブダチになった覚えはないってのよ!! っていうかマブダチって何、アンタやっぱり転生者でしょ!? それも、前世の年齢が私より断然上な気がしてならないわ……!」


「今日び「マブダチ」なんて使わないから!」と吠える伯爵令嬢に、エヴァ王女は「これは、とある方から教えて頂いた言葉ですのよ」と笑っておられます。


 令嬢は王女のペースに飲まれてはならないと考えられたのか、大きく息を吐き出すと、アメリが淹れたお茶をこくりと飲みました。

 考えなしの猪突猛進なご令嬢かと思いきや、意外と落ち着いた一面もあるのかも知れませんね。


「カレンデュラ伯爵令嬢はずっとわたくしの事をテンセーシャーと呼びますけれど、わたくしはただの王女ですわ。前世の記憶だとか、オトメゲームだとか……そういった事にも覚えがありませんし」

「う、嘘おっしゃい! じゃあ何でゲームのシナリオから外れて好き勝手してる訳? 悪役なら悪役らしくストーリーに沿って動きなさいよ!!」

「シナリオ、ストーリーと仰られても……レスタニアの皇子と婚約するなんてお話、受けておりませんし……留学の話だって――」

「あぁーもう、ラチが明かないわね! じゃあ質問を変えるわ、隠しキャラ――ハイドとはどうやって出会って、どうイベントを進めたのよ? 学院を卒業する年が過ぎても、結婚エンドも駆け落ちエンドもなしって事は……アンタどうせ、攻略に失敗したんでしょ」

「ハイドは――ハイドは、わたくしが生まれた時からずっと一緒ですの。ずっとわたくしの遊び相手で、先生で……騎士ですわ」


 エヴァ王女の言葉に、カレンデュラ伯爵令嬢は僅かに目を(みは)ります。

 そして、王女越しにわたくしの顔を凝視したのち――不可解そうな顔をして問いかけます。


「どういう事? つまり幼馴染キャラ……いや、でも貴族じゃなくて庶民の出が、どうして王女の遊び相手に? そもそもゲームのエヴァンシュカに、こんな護衛騎士ついてなかったわよね……? もしかしてイレギュラーなのは、エヴァンシュカじゃあなくて――」

「ええと、幼馴染というか……それも少し違って、保護者のようなものですわ。わたくしちょっぴり変わった子供でしたので、目付け役にも変わった子供が必要だと、陛下が――……ハイドに色々と教わったお陰でわたくし、王女としてそれなりに使い物になる頭を手に入れる事が出来ましたのよ。……あ、そう言えばわたくし以前、ハイドランジアの大臣から「学院へ通う必要がないほど聡明」と、過分な褒め言葉を頂戴した事がありますの。もしかするとその噂話に尾ひれがついて、「わたくしは学院に通いたくないと思っている」なんて、ねじ曲がってしまったのかもしれませんわ……」


「それで、言っても無駄だからと留学の話が持ち上がらなかったのかも知れませんわね」と自己分析をなさるエヴァ王女。

 僅かな誤差はあれど、十分に的を射ておられます。さすがは聡明と名高いエ万能王女でございます。


「教わるって――え、そもそもハイドって、私達とそう変わらない年なんじゃあ……」

「……いいえ、お2人より10は上ですよ」

「ええ!? じゃ、じゃあ今30歳ぐらいって事!? ………………乙女ゲーで銀髪キャラって言ったら、大概が隠しキャラかシナリオ後半で裏切るキャラでしょ!? イケメン! 色白! 髪の毛サラッサラ! 超高身長って訳じゃないけど顔の小さい8等身! 筋肉ムキムキじゃなくて引き締まった細マッチョタイプ! 平民のくせに王女の護衛騎士なんてやってのける、謎のスペック!? しかも10歳年上で家庭教師の真似事までして――ぞっ、属性が渋滞してんじゃない! もう勘弁しなさいよ!!」

「か、カレンデュラ伯爵令嬢……そんなにハイドのことを褒められたらわたくし、嬉しくなってしまいますわ。家事炊事裁縫もできて聡明、おはようからおやすみまで薔薇の香りがする、も追加してくださいませ」


 何故かわたくしではなくエヴァ王女が照れて、頬を赤らめながら口元に――ドレスの隠しから出した――扇子を宛がわれました。

 カレンデュラ伯爵令嬢は「うるさいわよ!」と眦を吊り上げます。


「――こんな魔性の30歳が、どうして婚約者の1人もつくらずにエヴァンシュカなんかの護衛してんのよ!? やっぱりこの世界おかしいわ!!」


 頭を抱えられたカレンデュラ伯爵令嬢に、エヴァ王女は頬を膨らませて「なんかとは何です、なんかとは!」と抗議しておられます。


 わたくし自身、どうしてこの年になってもまだ「絵本の騎士」を演じて遊んでいるのか分かりません。

 ……もちろん陛下との契約でもあるのですが、まあ、一番は王女の傍に居るのが楽しいからでしょうね。

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