第9話 勇者召喚の真実
「そもそも召喚勇者は……魔族に対抗する戦力として呼ばれているわけではない。より強力な勇者を”合成”するための生贄として呼ばれているのだ」
魔王が口にしたのは、そんな衝撃の事実だった。
……生贄だと?
俺たちは強化合成素材か何かとして呼ばれたとでも言うのか?
「その話……知っている範囲で構わないから、順を追って詳しく聞かせてくれ」
もしこの話が事実なら、もはや「人族と魔族どちらが善でどちらが悪か」とかそういう話ではなくなってくる。
そもそも女神自体が、俺にとって最大の敵となるわけだ。
事と次第によっては、「人族側に甚大な被害を及ぼして女神を脅す」といったことも選択肢に入れなければならないかもしれない。
あまりの急展開に、思わずそんな物騒な考えまで頭に浮かんでしまった。
まあ実際は人族の殲滅などはせずとも、その「合成先の勇者」を人質に取るくらいで十分だろうが。
などと考えていると、魔王はゆっくりと話し始めた。
「話は約600年前……初めて勇者召喚が行われた時まで遡る。当時召喚された勇者は……全く強くなかったそうだ。当時の四天王——ジークやサリナの父母のうち、最弱の者にさえかなわなかったほどだとか」
ジークやサリナ……さっきの魔王の護衛たちの父母か。
親子間で実力に大きな差がないと仮定すれば、それより少し弱めということは、最初の召喚勇者の実力は俺以外の三人と同レベルと言えそうだな。
俺が例外なだけで、普通召喚勇者の実力はその程度ということか。
「そのことに、当時の人族の上層部は酷く落胆したそうだ。『もっと強い勇者を連れてこい』と、そう女神に指図したんだとな。だが……その後も大量に勇者召喚を行ったものの、その実力はどんぐりの背比べだったそうだ」
「それで……そいつらを合成するに至った、というわけか」
魔王の話に、俺はそう口を挟んだ。
そんな流れであろうことは、これまでの話から簡単に予測がつくからな。
しかし……そんなハイレベルな魔道具が、果たしてこの世界の人間に作れるものだろうか?
道徳を無視していいなら、俺にだってその程度の魔道具は作れるが……その手の魔道具を作る難易度は、少なくとも人工ダイヤモンドの作成の比ではないのだ。
とてもこの世界の人間にできる芸当とは思えない。
とすれば……。
「その魔道具も、女神が作ったんだな?」
「おそらくそうだろうな。その魔道具により、大量の召喚勇者は一人の強力な勇者となったわけだ。ややこしいので、ここからはその勇者を『合成勇者』と呼ぶ。合成勇者は……先々代の魔王より、遥かに強力だった」
その合成勇者が、不平等条約の元凶というわけか。
これで話が繋がったな。
「合成勇者によって不平等条約を締結させられた後も……人族は、勇者召喚を繰り返した。『いつ突然変異で強力な魔王が出現するとも限らないから、勇者は限りなく強くしておく』というのが、奴らの言い分らしい。勇者を召喚し、ある程度この世界の魔物や魔族と戦わせて育成し、成長限界が近づいたら合成勇者に吸収させる。その繰り返しにより——今では合成勇者は、当時でも考えられないほど強くなってしまった。これが全貌だ」
そう言って魔王は、話を締めくくった。
これが事実なら、俺の敵は女神と合成勇者で決まりだな。
当初は女神に恩を売るつもりで、この世界にやってきたわけだが……協力者を騙して生贄にするような奴に、売るような恩は無い。
「目には目を、歯には歯を」って諺もあることだしな。
もし「神の命を代償に狂乱一族を屠る魔法」でも存在するなら、その魔法の核にしてやったっていいくらいだろう。
まあとはいえ……一応、裏は取っておかないとな。
心象としてはほぼほぼ魔王を信じてはいるところだが、万が一にも今の話が全て魔王の作り話だといけないので、自分でも証拠を抑えておこう。
魔王城への地図を作るのに使用した魔道具「サテライト」には高貫通力解析機能も搭載されているので、それで王宮を調べれば、状況証拠が見つかるかもしれない。
「サテライト」の高貫通力解析機能を作動すると……魔王の話を裏付ける証拠は、すぐに見つかった。
(一部原理不明な部分があるものの)他人の魂を吸収する機構が付いている高性能魔道具と、幾百もの魂がごちゃ混ぜになったような人間の反応が検出されたのだ。
魂ごちゃ混ぜ人間が合成勇者であるのは、ほぼ確定だろう。
普段は相当上手く実力を隠しているようで、俺が王宮にいる時にはその戦闘能力に気づけなかったが、「サテライト」の解析能力までは欺けないようだ。
解析によると……合成勇者の最大戦闘力は、なんと俺の五分の一にまで及ぶ。
初期の合成勇者はここまで強くなかったそうだが……俺が5%くらいの実力を出せば余裕で魔王と護衛を同時に相手できることを思えば、この勇者に不平等条約を結ばされるのも納得がいくな。
「確かに、王宮から合成用魔道具と合成勇者の痕跡が検出された。今までの話に偽りは無いようだな」
魔王の話が信用に値すると判断した俺は、そんな風に探知結果を口にした。
「……は? 一体いつ王宮の様子を探ったのだ!?」
「もちろん、君の話を聞いた直後だ。解析用の魔道具を使えばまる分かりだったぞ」
「……そんな高性能な解析魔道具があってたまるものか」
魔王はそう言って、呆れたようにため息をついた。
「しかし……そんな解析魔道具があるのなら、わざわざ我に取材に来る必要など無かったのでは?」
「いや、そんなことはない。合成勇者の話を聞かなければ、王宮を解析するという発想には至らなかっただろうし……仮に魔道具と合成勇者を見つけても、そこから「自分を生贄にする計画だ」なんて思い至らなかっただろうからな。情報提供、感謝する」
俺はそう言って、魔王に軽く頭を下げた。
女神に腹が立つのもさることながら……俺にとって一番困るのは、元の世界への明確な帰還方法が現状存在しないことだな。
せっかく異世界から連れてきた生贄候補を、みすみす送還するなど絶対にしてくれないだろうし。
となると……どんな手を使って使ってでも女神をとことん困らせ、「早く俺を元の世界に送還しないと碌でもないことになる」と認識させなければ。
俺はそのための作戦を思案し始めた。