第7話 強引に魔王への取材を始めた
部屋を見渡すと、玉座っぽい豪華な椅子に小柄で童顔な女の子が座っていた。
魔力量とかを読み取った感じだと、さっきの門番の100倍くらいは強そうだが、この人が魔王……でいいのだろうか。
女の子は俺に気づくと、眼をまん丸にして俺を指さし、こう叫んだ。
「え、あ、あ、だ、誰!?」
……流石に驚きすぎだろう。
本当に魔王なら、これしきの不測の事態、もう少し毅然として対処できるはずだ。
おおかた魔王の娘かなんかが、魔王が席を外している隙に、玉座に座ってみたくてここに来ていたのだろう。
だとしたら、見知らぬ部外者の俺が突如入ってきたことに狼狽えてしまってもおかしくない。
知らなかったとはいえ……ちょっと申し訳ないことをしたな。
と、思ったのだが。
次に女の子が発した言葉で……俺は考えを改めざるを得なくなってしまった。
「部屋にいきなり人が……。まさか……我の転移阻害が、効かなかった……?」
女の子が、あたかも自分が転移阻害結界を張ったかのようにそう言ったのだ。
門番曰くあの結界は魔王が張ったはずなので、そこのつじつまを合わせるとすれば、この子が魔王ということになる。
「君が魔王なのか?」
試しに俺は、そう質問してみることにした。
「喋ったあぁぁっ!? ……そ、そうだ。というか……お主は何者だ?」
すると女の子は、自分が魔王だと肯定した。
「転移阻害結界を勝手にすり抜けたことに関しては、すまなかった。一応、頑張って作ったものを壊しては申し訳ないと思い、破壊ではなくすり抜けをするようにしたので許してほしい」
せめてもの心象を良くしようと思い、俺はそう言って頭を下げる。
「い、いや、あの結界をすり抜けられること自体おかしいのだが……」
しかし魔王には、若干引き気味にそう言われてしまった。
……結界すり抜けに関しては、あまり深く掘り下げない方が良さそうだ。
とりあえず、まずは自己紹介だな。
「俺はライゼル。元々は勇者としてこの世界に召喚されたが、王宮の魔力測定魔道具が俺の魔力を感知しなかったため追放されてしまった。だから今は、人族と魔族どっちの味方でもない。今日はこの世界についてよく知るために、取材をしようと思ってここに来た」
俺は今までの経緯を、そう簡潔に説明した。
「もう一度聞くが……君が魔王でいいんだな?」
そして再度、そう問いかける。
「しゅ……取材? というか、召喚勇者だと!?」
だが……残念なことに、魔王には、俺の自己紹介のうち「勇者として召喚された」という部分だけが印象に残ってしまったようだった。
魔王は臨戦態勢をとり、攻撃魔法を展開しようとする。
……何が一番困るって、俺が本当に勇者をクビにされたことを証明する手段がないんだよな。
説得により敵意を削ぐ難易度が、あまりにも高すぎる。
どうしたもんかと思いながら、適当に魔王の攻撃魔法の術式を打ち消し続けていると……その時、状況が動いた。
部屋のドアが開き、剣と杖を持った長身の男女が入って来たのだ。
どちらも戦闘能力は、この女の子の8割くらいか。
「ご……ご無事ですか陛下!」
「こ、この男は一体!?」
二人の様子から察するに、この二人は護衛か何かのようだ。
そして「陛下」と呼んでるあたり、女の子はやはり魔王で確定だな。
「ジーク、サリナ、気をつけろ! この男……我の攻撃が一切通用しない!」
などと状況を分析していると、魔王は二人にそんな警告を放った。
「陛下の攻撃が……一切通用しない……?」
「狼狽えるな。我々は近衛騎士。その誇りにかけて、どんな困難があろうとこの男を始末するのみだ!」
それを聞き……二人は一旦呼吸を整えてから、俺の方をまっすぐ見据えてきた。
……うん。穏便に自分が無害だと証明するのは諦めよう。
とはいえこの二人を殺しては、それはそれで魔王に宣戦布告することになってしまう。
この二人に危害は加えず、それでもなお俺がいつでも全員を殺せることは証明し、平和に話し合った方がマシと思わせる路線でいくか。
「……魔力がもったいないな」
最初に俺が目をつけたのは……攻撃魔法の術式が消滅したことで、使われずに空中に残った魔王の魔力だ。
自らの魔力を使わずとも、この魔力に術式を与えてやれば、魔法を発動することができる。
俺は空中の残存魔力に術式を与え、簡易的な風魔法を再構成した。
「「なっ……」」
近衛騎士の二人が反応する間を与えず、風魔法は一瞬で二人の首を切断する。
更に俺は、二人に向かって中級レベルの回復魔法を放った。
「そんな……ジークとサリナが……って、あれ?」
一瞬魔王は悲嘆に暮れたような表情を見せたが、一瞬後回復魔法によって二人の首が繋がると、魔王はポカンと口を開けた。
「二人が……生き返った……?」
更に魔王は、表情を変えずそう呟く。
「そんなわけないだろう。俺は二人を殺していないし、殺そうと思ってすらいない」
「え……でも首が……」
「人間首が飛んだくらいで、死にはしないだろう?」
魔王の発言に違和感を覚えつつ、俺はそう口にした。
近衛騎士——つまりある程度体を鍛えている者が首を切られたくらいで死ぬなんて、普通に考えてありえない。
一般人なら場合によっては出血多量死もあり得るが、今のように切断面が綺麗でかつ一瞬で接着するのであれば、それでも命の危機には至らないだろう。
「いや、それはおかしい。首が飛んだ者が生き永らえる魔術など、いくらこの我でも聞いた試しがない!」
だが魔王の感覚では、そうではないようだった。
なぜだ? ……そうか!
「政務に没頭している分、魔術に疎くなってるんじゃないか? まあ魔王なら一概にそれが悪い事とも言えないだろうが……」
「ふざけるな! この方は我々魔族の中で一番強いからこそ、魔王として認められ——」
「もう良い、サリナ」
俺が仮説を述べると、近衛騎士の一人が会話に割って入ってきたが……それを制したのは、魔王本人だった。
「我らがどう反論しようと……この男が我々の常識を超えているというのは、紛れもない事実だ。もう無駄な抵抗はよそう」
魔王はそう言うと、俺の方に顔を向け、こう続ける。
「取材に来た……といったか? 良かろう。聞きたいこと、なんでも聞くがよい」
計算通り、俺は魔王と平和に話せる状況に持っていくことに成功できたようだった。
もっとも、決め手となったのが回復魔法という部分は計算外だったが。
「ですが……この男、まだ敵か味方かすら分かっていないのです! もし話し合いの末、敵対すると決められたら……」
「その時はその時だ、諦めるしかあるまい。だいたいここで攻撃を続ければ、確定で敵に回してしまうのだ。そうなるよりは……まだ希望の残っている方にかけるべきだ」
近衛騎士はなおも食い下がろうとしたが……魔王が再度説得の言葉をかけたことで、彼女はようやく杖を納めた。
「それに……これは我の直感でしかないが、この男は、きちんと話し合えば味方になってくれる気がするのだ。だから安心して、外で待機しておいてほしい」
そして……近衛騎士たちにとっては、「魔王の直感」が説得力のあるものなのだろうか。
魔王のその発言を聞くと、近衛騎士たちは若干安心した声のトーンで「御意」と言い、部屋の外に出たのだった。
門を強行突破してきたにしては、割とスムーズにこの状況に持ってこれたんじゃないだろうか。
などと思いつつ、再度俺は先ほど作った大理石の椅子に座った。