第51話 諜報
二人が案内された部屋には、豪奢な椅子に座った、顔が骸骨の長身の男がいた。
あのフォルムは……ノーライフキングか。
確か以前、「脱獄者の楽園」のボスはアンデッドだと聞いたことがあったような気がするな。
となると、アイツがボスで確定か。
などと考えていると、逃亡者のうち一人が口を開いた。
『ボス! た、大変なことになってしまいました!』
うん、ボスって言ったな。俺の予想は間違っていなかったようだ。
『大変なこと? 何だ、説明せい』
『ええと、何から話していいやら……。と、とりあえず、謎の男の出現によっててんやわんやなんですよ!』
ボスは逃亡者に事態の説明を求めたが、それに対する逃亡者の説明はあまりにも酷いものだった。
なんだ、「謎の男の出現によっててんやわんや」って。
情報が1ミリも無いぞ。
『落ち着かんか。その説明では、何も分からん』
案の定、ボスも同じ感想になったようで、そんなツッコミを入れていた。
『代わって私がお答えします』
その様子を見かねてか、もう一人の逃亡者の方が、落ち着いた声で会話に入ってきた。
『確かに、あまりにも多くの事件が起こりすぎててんやわんやだったのは間違いありませんが。何者かの手によって、占拠中のダンジョンが機能停止しました。おそらくダンジョンボスが攻略されたものと思います』
落ち着いた声の方の逃亡者は、身体魔石接続野郎のことではなく、ダンジョンの機能停止の方を先に報告した。
『は……?』
それを聞いて、ボスのノーライフキングはぽかんとした表情で固まる。
『……あのダンジョンのボスは、狂乱一族だったはずでは?』
一瞬の間があってから、ノーライフキングはそう続けた。
『ええ、そのはずです。ですから私達も、最初は別の原因があるのではと疑っておりました。――先ほど話題に上がった、”謎の男”が我々の目の前に出現するまでは』
『というと? その男が狂乱一族を倒した可能性がある、とでも言いたいのか?』
『ええ。その男は……あろうことか、我々と行動を共にしていた「接続のリアルドス」を見るなり、見たこともない謎の拷問魔法を使い、リアルドスを魔力暴走させたのです。しかもその男、これまた方法は全くの謎ですが、暴走による爆発を完璧に殺したのです。そんな芸当が可能な者なら、狂乱一族を倒していたとしても、不思議ではないでしょう』
落ち着いた方の逃亡者はそんな感じで、推測を交えつつ状況説明を終えた。
あの身体魔石接続野郎、リアルドスって名前だったのか。
まあそんなことはどうでもいいが。
『リアルドスをわざと暴走させて、完封か……』
ノーライフキングはそう一言呟いて、しばしの間考え込む。
からの、こんな独り言を口にした。
『まさか……ライゼルか?』
……なんか急に俺の名前が出てきたんだが。
『ライゼル? 誰ですかそれ?』
『そうか、新入りのお前達は知らないのか。ライゼルは……かつて我々の組織を壊滅寸前まで追い込んだ、人間を辞めてるとしか思えない強すぎる奴のことだ。奴なら、今や狂乱一族を倒せるまでになっていてもおかしくはない』
名前が出てきたかと思ったら、今度はあまりにも偏見に満ちた紹介のされ方をしてしまった。
生物学的には人間を辞めてるのはお前の方だろ。
……などとツッコんでもしょうがないので、続きを聞くしかないわけだが。
『その男は一人だったか?』
今度はノーライフキングの方が、二人に質問する。
『いえ。パーティーメンバーと思われる女の子が一人おりました』
それに対し、落ち着いてる方の逃亡者は、見たまんま状況を説明した。
すると……なぜかノーライフキングは、困惑したように眉間に皺を寄せる。
『おかしいな。ならライゼルではないのか……。あの男は自分が強すぎることに無自覚すぎるから、パーティーなど組もうとしたとて、誰もついていけずすぐに崩壊するはずだ』
おい、馬鹿にしてんのか。
今度こそ殴り込みに行きたい気分になったが、今行っては集められたはずの情報も集められなくなってしまうので、我慢することにした。
しばらくノーライフキングは頭をウンウンと捻らせていたが、考えることを諦めたのだろう。
最終的に彼は、こんな結論を出した。
『仕方がない、こうなったら今回の案件からは手を引こう。ダンジョンに増援を送るぞ』
……うん? 言ってることが矛盾してないか?
『あの、それはどういう意味で? 手を引くのに、増援を送る……?』
逃亡者たちも同じことを思ったのか、ノーライフキングにそう尋ねる。
すると、ノーライフキングが発言の意図を説明し始めた。
『少し怪しい部分はあるが、戦闘能力から考えて、やはり「謎の男」はライゼルである可能性が非常に高い。だから増援を送って、「謎の男」がライゼルである証拠を入手するのだ』
『といいますと……?』
『我々はガルミア王国が例のダンジョンの村を手に入れる手助けとして、一時的に村を占拠するミッションを行っていた。が、それを今から中止するとなると、違約金が発生してしまう。だがガルミア王国とて、邪魔者がライゼルとあっては、事情を考慮し違約金をチャラにしてくれるだろう。そのためには、我々は「謎の男」がライゼルであることを証明する必要がある』
……おっと、重大な言質がとれたぞ。
やはりガルミア王国、「脱獄者の楽園」と内通していたか。
ノーライフキングはこう続けた。
『しかし、相手はライゼルか、それに準ずる実力の持ち主。生半可な戦力では、状況証拠の持ち逃げさえさせてもらえず、全滅させられてしまうだろう。そこで増援を呼び、一部を犠牲にしながらでも、証拠を持って逃げおおせる者が出るよう立ち回るのだ……!』
『『なるほど!』』
ノーライフキングの説明を聞いて、逃亡者の二人は合点がいって声をハモらせた。
えーと……要はコイツらの作戦って、「任務に失敗したけど敵が俺だったので許してください」って言おうってことだよな。
なんだその馬鹿みたいな作戦は。
本気でガルミア王国側が「なら仕方ないね」と言うとでも思っているのか?
『それは名案です!』
『流石わが主、それしかないですね』
マジか。本気でイケると思ってやがる。
俺を何だと思っているのか。
しかしまあ……ここまで作戦が筒抜けな以上、そもそもコイツらの思い通りに証拠を持ち帰らせなどしないがな。
俺の魔力を感知した奴は全員拠点に着く前に滅ぼす、くらいのこと、敵がこのレベルなら造作もない。
……いや、それとも、ここはあえて泳がせたほうがいいのか?
どうせ何もかもが筒抜けなら、ノーライフキングとガルミア王国が対談している最中に乱入して現場を押さえた方が、ガルミア王国との交渉がラクに進みそうだし。




