第46話 第二の狂乱討伐
メルシャの竜化が終わると、早速俺たちは神界越しにダンジョン最下層へと転移した。
今回の敵は前と違い、腐ったピエロのような外見をしている。
移りざま、俺はそいつめがけて滅びの咆哮を放った。
「キェキェッ!?」
転移とほぼ同時に、第二の狂乱は俺たちに気づいて振り向こうとしたが……その動きは滅びの咆哮命中後に6割ほど鈍くなった。
本物の第一の狂乱相手なら7割5分ほど落とせる計算だったのだが、流石に第二の狂乱相手だとそこまではいかないようだな。
だが逆に言えば、その程度しか効かなかったことは、コイツが偽物である確率がゼロであることの証拠とも言える。
滅びの咆哮で倒せなかったことは、逆に俺の心に安心をもたらした。
とはいえ……油断している暇はない。
「キェェェッ!」
第二の狂乱は、劈くような甲高い声で叫ぶや否や……全方位に殺意の篭った波動をまき散らした。
速度を落とされた分、範囲攻撃で対応する戦闘スタイルを取ろうってわけか。
とりあえず、特異結界で防いでみる。
が……攻撃の相殺こそできたものの、特異結界は波動とお互いを打ち消し合う形で消滅してしまった。
これは異常な現象だ。
特異結界は、触れた魔法やエネルギーを全て並行世界に逃がす万能結界魔法。
右から左へとあらゆる攻撃を並行世界に流してしまうので、通常であれば威力の多寡に関係なく、結界自体にダメージが入るはずがないのだ。
唯一の例外は「抗転送性エネルギー弾」という並行世界に行けない性質を持つ魔力球での攻撃だが、あの魔力には独特の気配があるので、使われればすぐ分かる。
その気配は感じなかったので、第二の狂乱は間違いなく、魔法ではない何らかの超常現象で特異結界を破ったことになる。
問題はそれが具体的にどういう性質のものなのかだが……さっきの現象にヒントがあるとすれば、結界の消滅の仕方だろうな。
抗転送性エネルギー弾で結界が破壊される場合は、対物理結界が耐久値を超える衝撃を受けた時のごとくパリンと割れるのだが……どちらかというと先ほどは、結界が中和されるような消され方をしたような気がする。
触れた物の存在そのものをなかったことにする系統の力というのが、暫定的に有力な見立てとなるだろう。
とすれば、だ。
あの結界ならば有効なはずだ。
俺はまた一つ、新たな結界魔法を発動する。
量子魔法陣を用いる魔法だが、ぶっつけ本番で発動には成功できた。
「クゥゥゥゥゥ……バァ!」
第二の狂乱は、今度は全方位にエネルギー弾をぶちまけるような攻撃を放ってきた。
それらのうち、俺が結界を張った方向に飛んできたものは結界にぶち当たったが……今度は結界が中和されることなく、相手のエネルギー弾だけを消し去ることができた。
それを見て……俺は確信した。
この結界でなら、敵の超常能力を完封することができる、と。
今回俺が張ったのは、特異結界と真逆の性質を持つ結界。
すなわち、攻撃を受けると対応するエネルギー量を並行世界から借りてきて、この世界に放出する結界だ。
相手の力の性質が、物質やエネルギーを中和・消滅させる類のものだとしたら……結界をある種並行世界のエネルギーでメッキすることで、結界自体を無傷で保つことができるのではないか。
そんな仮説からこの結界を張ってみたのだが、どうやら大正解だったようである。
ちなみに並行世界にエネルギーを送るのと並行世界からエネルギーをもらうのでは後者の方が圧倒的に難しいので、この魔法の発動には量子魔法陣が要ったってところだ。
ともかく、相手が今のような消滅エネルギーを使った攻撃しかできないのであれば……この結界で敵を囲うころで、敵を完全に無力化できる。
やってみると、敵は怒り狂ったように結界に猛攻撃を加え始めたが、いくら足?いても全く結界が破れないという状況が完成した。
これでもう負けることはなくなったな。
じゃあ後は、どうやってトドメを刺すか、だ。
ここまでで推測できているのは、第二の狂乱の行動パターンは高確率で「敵と認識したものを消滅させにかかる」というものであるということ。
ならば……敵の本能が敵味方の区別をつけられないような状況にしてやれば、自滅させられることも可能なんじゃないだろうか。
ちょうど自己免疫疾患のようにな。
そんな仮説を立てた俺は、一つの魔法を組み始めた。
初期化魔力譲渡という、これまた量子魔法陣を用いて発動する魔法だ。
生物の持つ魔力には、個体ごとに異なる微細な特徴があるのだが……実はこの特徴は、二人以上の魔力を上手く合成すれば初期化することができる。
そして初期化された魔力というものは、生物にとって自分のものなのかそうでないのかが非常に判別しにくい。
それゆえ、そんな魔力を譲渡すれば……敵の「自身か異物かを判断する本能」に狂いが生じ、敵の本能が自身を攻撃しだす可能性がある。
それを狙ってみようというわけだ。
「メルシャ、この魔法陣に自分の魔力を混ぜてくれ」
「あ、ああ。……こんな感じでいいか?」
初期化には二人以上の魔力が必要なので、そのための魔力をメルシャから少し分けてもらう。
そして魔力の初期化に成功すると、俺はその魔力を敵の体内に転送した。
すると……。
「グワアァァァァ!」
その瞬間から、敵はまるで全身が痺れて力が入らなくなったかのように倒れ伏した。
続いてその身体は、四肢から中心部へと向かって素早く消滅していった。
それに伴い、俺は自身に新たな力が流れ込んでくるのを感じた。
この感覚があるってことは……間違いない。
これで討伐完了だ。
その確信を得たので、俺は結界を解除した。
「メルシャも力を得るのを感じたか?」
「ああ」
初期化魔力譲渡という協力技で倒したおかげで、無事メルシャも第二の狂乱の力を得られたようだ。
さっきの倒し方を選んだのは、このメリットを見越してのことでもある。
そして実際に力を手にしたことで……俺は戦闘中の仮説が合っていたことだけでなく、力の詳細まで把握できるようになった。
この力はやはり、「あらゆる物を消滅させることができる力」だ。
この力のすごいところは……何と言っても、熟練した魔法使い同士での戦闘を一瞬で決着をつけられるようになることだな。
熟練した魔法使い同士の戦いは通常、どちらかの魔力切れで決着がつくこととなる。
なぜなら熟練した魔法使いは、どんなに木っ端微塵にされてもあらかじめセットした自動回復魔法で元通りになれるので、魔法が使えるうちは基本「死」なないからだ。
回復阻害系の魔法も、同レベルの魔法使い同士の戦いの場合、ヘマさえしなければ防げるしな。
魔力が切れて、自動回復魔法をセットできなくなって、初めて死ぬことになるのだ。
高度な戦いは、そういう決着の付き方が基本なのである。
だが……今回手に入れた「消滅」の力は、敵の存在そのものを消去することができる。
こうなると、たとえ敵が自動回復魔法をセットしてたとしても、回復対象が存在しなかったことにされてしまっているので不発となってしまう。
つまり、自分と同レベルの魔法戦闘技術を持つ相手でも、「こちらは何回でも復活できるのに敵は一度やられると終わり」という非常に有利な戦いができるようになるわけだ。
例えるなら「残機数百の俺VS残機1の敵」みたいな戦いになる、とでも言えようか。
これは非常に有用な力を手にしてしまったな。
ちなみに、俺がさっきの第二の狂乱のように初期化魔力譲渡で殺される心配はない。
第一の狂乱はそこまでの知能がなかったようだが、魔力譲渡は基本自由意思で拒絶できるからな。
……まあという以前に、そもそも量子魔法陣を用いなければ発動できない初期化魔力譲渡を使える人間自体、この世にいないだろうが。
「さて、無事倒せたことだし……行くぞ、メルシャ」
「……力の試用とかしていかないのか?」
「まあそれは戦いの中で試していけばいいだろう」
俺の用事は済んだからな。
あとはギルド長に頼まれた「脱獄者の楽園」の排除のために、このダンジョンを上っていくとしよう。
 





