第43話 ダンジョンの異変──②
「どういうことだったのだ?」
「奴は狂乱一族ではなかった。何者かが、狂乱一族に扮してダンジョンの最下層に居座ってたんだ」
そう。
あの骸骨が「第一の狂乱」に扮した別物と考えると、全て説明がつくのだ。
狂乱一族ではなくその偽物なら、メルシャの「滅びの咆哮」一撃で死んでも何もおかしくないし……暴走のルナムートが持っていたような特有の気配が感じられないのも当然だ。
そして死んでしまっている以上、相手が罠を仕掛けてくるはずもなかったというわけだ。
もちろん、相手が狂乱一族でなかった以上、倒したからといって何の力も得られないのも当たり前のこと。
蘇生した相手の挙動から察するに……偽物は、液体金属生命体でできているな。
それも、死後硬直が一定時間あるタイプの。
「狂乱一族では……なかった?」
「ああ。……見ての通り、奴はただの液体金属生命体だ」
蘇生体ともどもダンジョンの最下層に戻りつつ話していると、ダンジョン最下層の死体は既に死後硬直が解けて水たまりになっていたので、俺はそれを指しつつそう言った。
「そ、そうだったのか……。残念だな」
メルシャはそう言って、肩を落とす。
だが……一個だけ疑問は残るな。
今の出来事については「敵がフェイクだった」で完全に説明がつくのだが、そもそもどうやって偽物がここにいるのかが分からないのだ。
というのも……ダンジョンの最下層という場所は、狂乱一族に挑戦する冒険者を除けば、狂乱一族以外入ることができない場所。
他の魔物が居座っていることそのものが異常事態なのだ。
「仕方ない、調べるか」
液体金属生命体は基本、低温側への温度変化で死ぬことはないので、俺は骸骨に「アブソリュート・ゼロ」という氷結魔法をかけ、解析魔道具にかけて調べ始めた。
解析結果が出るまで、数分待つ。
すると……驚くべき事実が判明した。
「……ルート権限奪取、か」
それは考え得る限り、最悪の事態だった。
「ルート権限……奪取? 何なのだ、それは?」
「簡単に言うと、ダンジョンのシステム自体が書き換えられている。ここのボスが『第一の狂乱』ではなく偽物になるように、ダンジョンが再設定されているんだ」
つまり、いくら液体金属生命体を倒しても、リスポーンするのは液体金属生命体。
俺たちは永遠に「第一の狂乱」と出会えなくなっているのだ。
「そ、そんなことが可能なのか……?」
「不可能ではないな。もっとも……その作業自体はこの場所でやらなければならないから、原理上可能だからといって、実行できる者はほぼいないはずだが」
そう。ボス部屋である最下層でしかルート権限を奪ってのシステム改変はできない仕組みなので、ルート権限奪取を実行できる奴は、少なくとも「第一の狂乱」を倒せる奴に限られるのだ。
別に「ボスがいないとき」である必要はないので、やろうと思えば交戦中に片手間でルート権限奪取することも不可能ではないが、そんな高度なことをするくらいなら「第一の狂乱」を殺してから作業する方がよっぽど簡単だし。
一体どこのどいつが「第一の狂乱」討伐に成功したのかは甚だ謎だが、ソイツの目的はおそらく後続潰しだろうな。
他の人間が狂乱一族を倒し、その力を身に着けられないよう、狂乱一族と対峙する機会そのものを潰して力を独占しようという狙いのはずだ。
少なくとも半年前の俺が女神に呼び出された時点では、狂乱一族の討伐が可能な者はいなかったはずなので……ルート権限奪取までの一連の出来事は、この半年の間に起こっているはず。
どうやらそこで何が起きたのかを調べる必要がありそうだな。
さて、じゃあ帰ろうか。
これ以上ここにいても、得られるものは何も無いし。
そう思い、神界に転移するために能力を発動しようとした時……メルシャからこんな質問が出た。
「ルート権限、取り戻すことはできないのか? ライゼルどのなら、権限を奪い返してボス設定を上書きするくらい造作無さそうだが……」
なるほど、そう来たか。
確かに、それが一番手っ取り早い選択肢のように思える気持ちも分かるが……実はそこには、一個致命的な落とし穴がある。
「ルート権限の奪還自体は可能だが、ボスを『第一の狂乱』に設定し直すのは不可能だ。『第一の狂乱』のソースコードが分からないからな」
そう。クローンを作ろうと思ったらその生物の遺伝子を知っていないといけないのと同じように……ダンジョンでリスポーンする魔物を設定し直そうと思ったら、その魔物のソースコード(=魔物の遺伝子をダンジョンシステム用語に翻訳したようなもの)が必要なのだ。
言ってしまえば、一度別の魔物にリスポーン設定が書き換えられたダンジョンを元に戻す難易度は、一から狂乱一族を魔法で錬成するのと同じようなもの。
同じシステムの再設定でも、改竄と復元では難易度が全くの別物なのである。
ちなみにもっと手っ取り早い修復方法としては「時間遡行魔法をかける」というやり方もあるが、こちらは試してみたところ歴史改変魔法で対策されていたので意味が無かった。
無駄に抜かりないのが憎たらしいところだ。
「行くぞ、メルシャ。こんなところで暇してられないし……今から『第ニの狂乱』を倒しにいくとしよう」
このダンジョンをどうこうしようとするのは、ハッキリ言って時間の無駄だ。
なので俺は、「第一の狂乱」はすっ飛ばして、狂乱一族の中で二番目に弱い「第二の狂乱」を倒しにいくことに決めた。
もしこのダンジョンの犯人が、「第一の狂乱」に辛勝する程度の実力だったとしたら……まだ「第二の狂乱」のダンジョンは、荒らされていない可能性が高い。
「第一の狂乱」と「第二の狂乱」では戦闘力にかなりの開きがあり、「第二の狂乱」を倒すのは「第一の狂乱」から得た力をかなり習熟してからでないと難しいからだ。
そして「第一の狂乱」から得た力の習熟には、まず間違いなく半年以上の時間はかかる。
今ならまだ、犯人は鍛錬の途上である可能性が高いわけだ。
一方で俺は「人化の術を用いた竜族」になっただけでなく、その上で量子魔法陣まで扱えるようになったので……第一をすっ飛ばして第二を倒すことも可能。
先回りするとしたら、今がチャンスなのだ。
犯人捜しももちろんやりたいが、ぶっちゃけそっちは先に俺たちが「第二の狂乱」に辿り着いてさえいれば、そこで待ち構えてれば犯人の方からこっちに向かってきてくれる可能性が高い。
なぜなら犯人だって、「第二の狂乱」から得られる力を狙っているはずだからな。
こんな大罪を犯した奴だしな。
「第一の狂乱」から得られるはずだった力は、勇者合成用魔道具で犯人を吸収して手に入れることにしよう。
そうすれば俺が「第一の狂乱」を蘇生できるようにもなるし、それを解析してソースコードが得られれば、このダンジョンを元に戻すことだってできるようになる。
「分かった。『第二の狂乱』はまだ健在だといいな」
「ああ」
などと会話しつつ、俺たちは神界に転移した。
そして俺は瞑想に入り、転移先座標を「第ニの狂乱」がいるダンジョンがある街に設定した。




