第37話 吸収
魔道具の設定が終わると、女神の身体が淡く光り始めた。
そんな自分の様子を見て……何が起ころうとしているのか理解した女神は、焦りを見せ始めた。
「お、おいお前……一体何をするつもりだ?」
「決まっているだろう。元の世界への転移能力を得るために、お前を吸収するのだ」
「き、貴様……そんなことが許されると思っているのか!」
二人称を変えながら、女神は音割れせんばかりの大声で喚き散らす。
あまりにもうるさいので、思わず俺は音圧減少魔法をかけた。
「許されるも何も、先に裏切ったのはお前なんだがな。まあ結果論では良い出会いなどもあったので恨んではいないが……それでも吸収を躊躇せずにいられるくらいには、大義名分があるというわけだ」
「貴様……!」
女神が怒りのボルテージを上げる中、その輝きはどんどん増してゆく。
「だいたい、その魔道具を作ったのは私だぞ! その魔道具が、私に牙を剥くことなどあっていいものか!」
「そんなこと言ったって、仕様上できるんだからしょうがないだろ……」
やれやれ。自分で作った魔道具が想定外の使われ方をされてキレるとか、魔道具師としては二流の証拠だぞ。
俺はあくまで戦闘メインで、魔道具は必要に応じて自分のニーズを満たすだけのアマチュア作成者だが……そんな人間にだって、そのくらいのことは分かる。
ため息をついていると……女神も大きく深呼吸して、急に冷静になった。
かと思うと、今度は不敵な笑みを浮かべてくつくつと笑い出す。
……最悪の状況になって、心が壊れたか。
そう思ったが……どうやら女神は、まだ諦めてはいない様子だった。
「……と言うとでも思ったか! ハハハハハ!」
高らかに笑うと……女神は俺が持つ勇者合成用魔道具に、魔力を流そうとした。
——元々あった脆弱性から女神に繋がっていた、魔力線を通してだ。
「その魔道具の作り手はこの私だぞ! 想像主を吸収しようなどとする不届き者、むしろ養分にしてくれるわ!」
女神はそう続け、今度は魔力線を通じて術式を送ろうとしてくる。
術式を解析してみたところ、どうやら吸収と被吸収を後出しで逆転するための術式のようだ。
が……それらは全て、魔道具の手前で弾き返されてしまった。
当たり前だ。
魔道具に干渉できる脆弱性は、俺が既に修繕しているのだからな。
しばらく女神は高笑いを続けていたが……数秒後、ようやく異変に気づいたのか、表情を変えた。
「……あれ? なぜ吸収-被吸収逆転機構が作動しない?」
その表情は、焦りに満ち始める。
「そういえば……なんかこの魔道具、変な脆弱性があったから修繕しておいたんだが。多分、そのせいなんじゃないか?」
「……なっ!?」
わざとらしく質問してみると……女神の表情は、途端に真っ青になった。
「な……ななななな何故それを……! 人間ごときがあの脆弱性に気づけるわけが……!」
そして女神はとうとう、膝から崩れ落ちた。
今度こそ、観念したようだな。
「ある程度魔道具作りに習熟していたら割と気づけるぞ。あんな明らかに不審な脆弱性、理由もなくほっとく方がおかしいだろ」
魔道具の脆弱性——それも作り手に直結するタイプのものは、極めてデメリットが大きい。
この魔道具の脆弱性が、作り手を精神操作できてしまうものだったことからも、それは明らかと言えるだろう。
逆に言えば……作り手の実力的に簡単に補強できるにもかかわらず、そんな脆弱性が残っているというのは、何かしら意図を持って行われているに違いないというわけだ。
そこまで来れば、魔道具の性質情、それが吸収-被吸収の関係性を調整するためのものであろうことは容易に推測できた。
それくらいの機能でないと、割に合わないからな。
「頼む、その魔道具を止めてくれ……!」
合成勇者の時と同じく、女神の身体から光の粒が出始めると……女神は泣きながら懇願し始めた。
俺を嵌めた奴とはいえ、泣き縋る女性の声を無視し続けるのは精神衛生上悪いので、女神の周囲を真空で覆うとしよう。
途端に静かになったので、俺は光の球が自分に吸収されていくのを、目を瞑って待ち続けることにした。
数十秒経ち……体感的にも、全ての力を吸収し終えたのが分かった頃。
メルシャが俺に、こう囁いてきた。
「ライゼルどの、終わったようだぞ」
目を開けると、そこにはもう女神はいなかった。
女神を吸収した感想だが……なんというか、まず魔力が凄く軽く、扱いやすくなったような気がするな。
神の力と魔力の相乗効果なのか何なのか知らないが、今の俺なら立体魔法陣の更に上を行く、より高度で複雑な魔法陣も構築できそうだ。
そして肝心の、異世界転移能力だが……この使い方、そして元の世界への帰還方法は、割とすぐ把握できた。
というのも、転移能力を使おうと考えると、過去の女神が訪問した世界が履歴として脳内に浮かぶのだ。
最後の転移は約半年前……四回の異世界訪問が、立て続けに行われているな。
俺や他の召喚勇者が召喚されたのがちょうどその時なので、その時の記録と断定していいだろう。
となると、俺の世界は最後のアドレス——「192.168.233.24」か。
ちなみにこの世界のアドレスは、「192.168.121.48」のようだ。
ここのアドレスも分かるということは、パーティーメンバーの福利厚生として、「たまにシシルや祖父に会わせにこの世界に転移する」というのを入れてもいいかもしれないな。
というか召喚勇者についても、最初の3つのアドレスが分かる以上、それぞれの世界に帰してやれるか。
……ま、とりあえずは目先の用事が済んでからだな。
条約の調印が済んで、一旦魔王城に戻ってから、今後の諸々は考えていくとしよう。
「シシル、とりあえず国王に条約調印をさせてくれ」
「分かりました」
シシルはそう言うと、「あわわ……女神が……」とうわ言を言い続けている国王に、再び条約文を突きつけた。
「これでもうお前の味方はいなくなったな。観念して調印しろ」
「……」
国王は放心状態のまま、条約文の契約魔法陣に自らの親指を押しつけた。
「はー! 外交って疲れますね……他人に圧力をかける口調とか、なかなか慣れませんし……」
「よくやったぞシシル。今の交渉は、我から見ても完璧だった」
張りつめた緊張が解けたシシルの頭を、メルシャは微笑みながら撫でる。
「じゃあ一旦、魔王城に帰るか」
「はい!」
「そうだな」
これで一件落着か。
長かったのか短かったのかは微妙だが、とにかく濃い半年だったのは確かだな。
最悪な案件に首を突っ込んでしまったものの……結果だけ見れば、大きすぎるくらいの収穫があった。
色んな意味で、ありがたい経験になったな。
などと考えつつ、俺は転移用魔道具を起動した。
次の瞬間……周囲の風景は、魔王城の一室へと切り替わっていた。
これにて第一章完結です!(いや実際はあと少しエピローグがありますが)
ここまで応援してくださった皆さん、本当に本当に心から感謝いたしますm(_ _)m
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本作の連載を始めてから約一か月が経ち、日間総合ランキングもかなりの勢いで落ちてきました。
もし日間総合表紙に再浮上できるとしたら、諸悪の根源たる女神に制裁を加えたこのタイミングが正真正銘、最後のチャンスかなと考えています。
ランキング上位にいけば、より多くの読者様にこの作品のことを読んでいただく機会になるので、そうなれば嬉しいなと思っています。
執筆する上でのかなりのモチベーションにもなります!
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