第30話 人化の術を使ったドラゴン
人族の軍が引き返すのを見届けた後は、浮遊式撮影魔道具を回収した後、転移用魔道具で魔王城に戻った。
魔王城に帰ると、そのまま祝勝会が始まった。
勝つことが分かり切っていたので、シシルを筆頭に準備を進めてもらっていたのだ。
祝勝会は大盛り上がりとなり、メルシャの名誉魔王への昇格も、満場一致で決まることとなった。
そして、次の日。
俺はメルシャと共に、魔王城と「眠れる古の竜」のいた大陸との中間地点あたりに転移し……そこで様々な実験を行うことにした。
まず最初に試すのは、もちろん今の魔力量になったことで使えるようになった、「魔力量不足で諦めていた対狂乱一族用魔法」だ。
「メルシャ、ちょっと離れてろ」
俺はメルシャに、そんな指示を出す。
別にこれは、広範囲攻撃魔法を放つから巻き込まれないようにしろとかいう話ではない。
というか、これから試す魔法は攻撃魔法ですらない。
ではなぜメルシャに距離を取るよう行ったかというと——それは単純に、俺自身の体積がデカくなるからだ。
3秒くらいかけて魔法陣を構築し、魔法を発動すると、俺はみるみる自身が変形していくのを感じた。
そして、しばらくすると。
水面に映る俺の姿は、完全にドラゴンになっていた。
が——この魔法の本領は、むしろこれからだ。
更に数秒待つと、今度は俺は身体がどんどん縮小していくような感覚を覚えた。
それが終わり、もう一度水面を確認すると……俺は元の人の姿に戻っていた。
とはいえ、あくまでそれは外見上の話。
今の俺の身体は、ドラゴンと同等の頑丈さだ。
「い……今のはいったい……?」
変身が終わると、メルシャは困惑しながら近づいてくる。
「人の姿に戻ったということは、もしや失敗? ……いやでも、雰囲気は竜族のもののような……」
メルシャは今の俺の種族を判定しかねているようだった。
だが……それでも流石はメルシャ、核心は突いている。
カラクリはこうだ。
「失敗ではないぞ。今の俺は人族ではない。人化の術を使った竜族だ」
「……はぇ?」
ややこしいのは承知の上だが、これにはちゃんとメリットがあるのだ。
まず……竜族になることのメリットは、単純にドラゴンの筋力や身体の頑丈さを得られること、そして竜族の種族固有魔法である「滅びの咆哮」を扱えるようになることだ。
「滅びの咆哮」は、浴びると力なき者は即死、ある程度鍛えている者でも動きがかなり鈍くなってしまう広範囲轟音魔法。
その鈍足妨害効果は、狂乱一族にとっても例外なく効果的なのである。
だが……ドラゴンのままでは、戦闘にはかなり不便だ。
ドラゴンは身体の構造は、豊富な魔力をガサツに扱うように出来ているので、ドラゴンの姿では10層近くの多層魔法陣を扱うので精一杯になってしまう。
広範囲の殲滅を目的とする場合はまだしも、強力な敵1体を相手にする場合は、デメリットがメリットを上回ってしまうのだ。
そこでそのデメリットを解消する手段が、一部の高位ドラゴンが用いることのできる「人化の術」なのである。
「人化の術」を用いたドラゴンは、ドラゴンとしての物理的頑丈さを維持したまま、人族並みの魔法制御力を得ることができる。
——いや。正確には、ドラゴンの頑丈さを人間の表面積に凝縮することになるため、頑丈さはドラゴンの比ではないほどになる。
先ほど挙げたデメリットはそれで皆無となる上、更なるメリットまでもたらされるのだ。
それだけでなく……魔法制御力が上がるというのは「滅びの咆哮」に対しても例外ではなく、俺は今の状態なら収束度を上げた「滅びの咆哮」を放つことができる。
本来広範囲攻撃魔法である「滅びの咆哮」の威力を、一点に凝縮できるようになるわけだ。
ドラゴンの姿での「滅びの咆哮」だと、狂乱一族が相手だと敏捷性を0.1%落とすのが限界だが……一点集約版「滅びの咆哮」なら、狂乱一族の敏捷性は75%くらいカットできる。
相手はのろまになるし、自分は圧倒的身体能力で多少の攻撃には耐えつつアグレッシブに戦える。
まさに、最強の戦法だ。
実は……魔力量が上がる前も、ドラゴンに変身するところまではやることができた。
だが魔力量が上がる前は、ドラゴンになった後、「人化の術」を発動することができなかったのだ。
「人化の術」が使えるのは、格の高いドラゴンだけだし……ドラゴンの格は、総魔力量で決まるからな。
総魔力量が増え、高位のドラゴンに変身できるようになったことで、この戦術が使えるようになったわけである。
「これが竜族である証拠だ。見てみろ」
そう言って俺は……試しに、海中に収束度を上げた「滅びの咆哮」を放ってみた。
「滅びの咆哮」はあくまで魔法であり、実際に叫ぶわけではないので、人の姿と魔法制御力があれば手から出すこともできる。
しばらくすると……「滅びの咆哮」の射線上にいた海の魔物が、海面に浮かび上がってきた。
だいたいは魚だが、巨大なイカの魔物も混じってるな。
「今のは……まさか『滅びの咆哮』? あれって、こんなに指向性を持たせることができるのか!?」
「人の姿になればな。今の俺はドラゴンの頑丈さと人族の魔法制御力、両方を併せ持っている」
「というか、あそこで死んでるのクラーケンでは……」
「まあ今の密度の『滅びの咆哮』をくらえば、狂乱一族以外の生物はだいたい死ぬだろうな」
実験が終わったので、俺は魔法を解除し、「人化の術を使った竜族」から人族に戻った。
魔法の解除が終わると、メルシャがこんなことを頼んできた。
「なあお主よ。今のドラゴン化だが……もしかして、我も習得できるものなのか?」
どうやらメルシャも、今の魔法が使えるようになりたいようだ。
確かに……これはメルシャに教えておいてもいいかもしれないな。
ドラゴンになるための魔法陣は、俺ですら構築に3秒かかるほどの難しい魔法陣だ。
今のメルシャだとまだ、構築すること自体ままならないだろう。
だが……これは攻撃魔法ではなく準備魔法の類なので、発動を終えてから戦いに挑めば、戦闘に悪影響を及ぼすことはない。
つまり、時間をかけてでも構築さえできれば、単純にメリットを享受できるのである。
そして……魔法の構築所要時間を犠牲にしていいのであれば、一時的に魔法制御力を上げることができる魔道具は存在する。
それは「重りの杖」という、魔法陣構築時間が伸びる代わりに複雑な模様の描写を補助してくれる魔道具だ。
この杖を使えば……今のメルシャでも、一時間程度でドラゴン化の魔法を構築することができるだろう。
戦闘中、普通に使える魔法を発動するには邪魔にしかならない魔道具だが、杖を手から話せば構築所要時間も元に戻るので、ドラゴン化してから杖を収納すればいいだけの話だ。
「この杖を持ってやってみろ。魔法陣はこれだ」
おそらくだが、メルシャの魔力量でも、「人化の術」が発動可能な高位ドラゴン判定にはなるだろう。
などと思いつつ、俺は杖を渡して魔法陣を見せた。




