第3話 工業用ダイヤモンドって普通魔法で作れるよな?
宮殿から追い出された俺は、途方に暮れるより他なかった。
一体俺はこれからどうしたらいいんだ?
見込みのある魔法使いである自称女神に恩を売り、仲間にしやすくするため、俺は彼女が用意したお遊戯に乗ることにし、ここ”異世界”にやってきた。
だが……しょっぱなからお遊戯の設定の方が裏切ってきた挙句、何の説明も無しとなれば、もうお手上げだ。
……もしかして、初手の時点で何か致命的なミスをしていたのだろうか。
いや、考えてもどうにもならないことは置いといて、とりあえず地に足をつけて今後の方針を考えることにしよう。
「……まずはお金だな」
今後どう動くにせよ……今の俺は、ここで使えるお金を全く持っていない。
なので俺は、まずお金を得ることから始めることにした。
幸いにも、今俺が立っている十字路の向かい側には工房が立っている。
さっき作ったダイヤモンドでも売れば、少なくともここ二、三日はお金に困らず暮らせるだろう。
「へいらっしゃい。今回は何の御用で?」
「これを換金したいのだが……買い取ってもらえるか?」
店に入ると、俺は陽気に声をかけてきた店員にダイヤモンドを見せた。
すると店員は、困惑した表情でこう口にする。
「こりゃまた……立派なダイヤモンドだな。しかしなぜウチで売るんだ? そういうのは宝石商に持っていってくれ」
どうやら店員は、俺が手に持っているダイヤモンドを宝石用と勘違いしたみたいだった。
しかしこれは人工ダイヤモンド。
工業用として使うものであり、宝石として売りに出そうもんならそれはもはや詐欺行為だ。
「いやこれ、工業用ダイヤモンドなんだが。……もしかして、それならそれで専門店で売らなければならないのか?」
というわけで、俺はそう聞いてみた。
工業用なら工業用で、それを扱う専門の店があるのかもしれないからな。
だが店員は、俺の発言を聞いて、更に困惑を深めたような表情になった。
その店員から返ってきたのは、思ってもみないような答えだった。
「工業用……なんじゃそりゃ? ダイヤモンドをモノづくりに使うなど聞いたことないが……」
店員は、あたかも工業用ダイヤモンドなんて概念が存在しないかのようにそう言ったのだ。
仮にも工房の従業員が、そのことを知らないなんてあっていいのだろうか。
「ペースト状にして研磨剤として使うとか……そういう風に使ったりしないのか?」
俺の方も困惑しつつ、そう聞き返す。
すると店員は、急に動揺して早口でまくし立て始めた。
「な……なんて事を言うんだ! そ……そんな綺麗なダイヤモンドをペースト状にするなんてもったいない! 10年は遊んで暮らせる額になるんだぞ!?」
その視線は、まるで俺がこのダイヤモンドをペーストにするのを恐れているかのようだった。
確かに、俺は分子配列変換魔法を使う際無意識に出来栄えを良くしてしまうので、もしこれを宝石として扱うなら色、輝き、透明度全てにおいて最高級と鑑定されるだろう。
それでもこれは、人工ダイヤモンドだ。
天然ものでない以上、たとえ3桁カラットの大きさがあるとはいえ、10年は遊んで暮らせる額で売却なんてありえない。
……こちらとしてはとにかく早く売ってしまいたいし、自分から価格を提示するか。
工業用ダイヤモンドが一般的でないとしたら、量産体制が作られる前の価格——元の世界の相場の十倍くらいの価格を提示しても、取引は成立するだろう。
「ところで話は変わるが、ここら辺で宿を取ろうと思ったら一泊いくらになる?」
まず俺は、この世界の貨幣価値を知るため、そう質問した。
「……へ? 安宿でいいなら、一泊10000パイあたりだと思うが……」
安宿で一万……パイは、元の世界の通貨「円」と同じくらいの価値か。
となると、工業用ダイヤモンドなら、1カラット100パイくらいを提示すれば良さそうだな。
簡単な解析魔法をかけると、俺のダイヤモンドは約700カラットだと分かった。
「やっぱり、これここで買ってもらえないか? 70000パイ払ってくれればいい」
計算して、俺は価格を提示した。
「な……ななななな70000パイだと!?」
すると店員は、顎が外れんばかりに口を開けてそう叫んだ。
「お前いったい何がしたいんだ!? 新手の慈善事業か?」
「いや、いずれ工業用ダイヤモンドが普及した時に、詐欺師だと思われたくないだけなんだが」
弁解するも、店員は首を横に振るばかり。
「いやいやいや、確かに魅力的だし、貰えるもんなら貰いたいが……流石にそれはできねえよ。バチが当たりそうだ」
そしてそのまま、足から力が抜けて尻餅をついてしまった。
面倒だな。欲しいなら条件を呑めばいいのに。
「分かった、じゃあこうしよう。とりあえず、今日俺は前金70000パイを貰う。そして後日……また日を改めてここに来るから、その時も尚もっと価値があると思うなら、追加で料金を払ってくれ」
仕方がないので、俺は若干提案内容を変えた。
「……それならまあ。お前さんにもよっぽどの事情がありそうだし、とりあえず7万で買うとするよ」
すると、やっとのことで取引が成立した。
……もしかして俺、よっぽど錬金術系の魔術が未発達な地に飛ばされたんだろうか。
などと思いつつ、俺は工房を後にした。




