第25話 国王、怒りの声明文
[side:国王]
その日国王は、自室でとある裁判の報告書を読んでいた。
「魔族領にて、人族魔族混成の冒険者パーティー1組が、人族のパーティーメンバーのみ生還。過去の素行などを鑑み、魔族側は殺人罪の適用を要請しているが、判決は業務上過失致死。刑期は最短の懲役1年……か。」
読みながら何度か頷くと、国王はこう続けた。
「まあ……妥当だな」
……と、その時のことだった。
突如として、国王の頭上に謎の物体が現れた。
「ふがっ!」
その物体が頭に直撃し、国王はとても成人男性から出たものとは思えない奇妙な叫び声をあげる。
その後国王は、驚きで両腕を強く振ってしまい……そのせいでバランスを崩し、椅子から転げ落ちてしまった。
「んぎゃあ!」
尾てい骨に強烈な衝撃を受け、仕事柄普段絶対に味わうことのない激痛が走ったことで……彼はそう言ったっきり、数秒声が出なくなってしまう。
「……ったたたたぁ……首が……上を向けん……」
尾てい骨の痛みが引いてくると、今度は180キロの物体により思いっきり捻った頸椎からの鈍痛が彼を襲った。
「柱が崩れたか……? じゃとしたら、宮大工は処刑せねば……」
急な出来事に、まずは建物の崩壊を疑う国王。
だが次の瞬間……彼は一つの死体の頭部とバッチリ目が合ってしまった。
「ひ……ひぎゃあぁぁぁぁ——あがっ!」
恐怖におののき、視線を逸らそうとするも……その動作により再び頸椎に大きな負荷がかかり、国王は悶絶する。
仕方がないので上体ごと捻ってどうにか首から視線を外すと、今度は別の方に転がっていった首と目が合ってしまった。
「あぐ……悪夢……だ……」
連続して死体と目が合い、恐怖に苛まされる国王。
次第に彼は泡を吹き、その場で気絶してしまった。
◇
「……ぃか……陛下……!」
次の瞬間……目が覚めると、国王は医務室のベッドの上にいた。
「ご無事でしたか、陛下! 急に叫び声が聞こえましたので、何事かと思い駆けつけてみれば、死体に囲まれて気絶していらっしゃいまして……」
彼に声をかけるは、召喚勇者の担当をしていた従者であるレジアス。
その発言で、彼はなぜ医務室のベッドで起き上がることとなったのか、その経緯を思い出した。
「そ……そうじゃ! あの死体は一体何なのだ!」
「確認しましたところ、魔王城に送り込んだ召喚勇者三人で間違いございませんでした」
「そうか……魔王の奴、とうとうラインを超えてしまったか」
召喚勇者の訃報を聞いて、醜い笑みを浮かべる国王。
しかし流石の彼でも、なぜ自室に突然死体が現れたかについては、疑問に思わざるを得なかった。
「とはいえ……おかしな点が一つあろう。召喚勇者の遠征は、一か月前に始まったばかりだったはずだ。返り討ちにされて死体が返ってくるにしても、早すぎないか?」
王宮から魔王城までは、最短でも30日の月日を要する。
往復だと倍の60日を要するはずなのだ。
にもかかわらず、死体は遠征出発から約30日で返ってきた。
「その疑問についてですが……おそらく、こちらが答えと言えるでしょう」
レジアスはそう言うと、国王のベッドを囲うカーテンの外から、一通の手紙と一個の魔道具を運び入れた。
「こちらの魔道具ですが……付属の説明書によるとこれは転送用魔道具で、最長到達範囲は二万キロメートルだそうです。二万キロなどあまりに馬鹿馬鹿しいですが、現状これで魔王城から死体が転送されたとしか考えられない以上、少なくとも四千キロの転移距離があるのと考えるより他ないかと」
「本当に馬鹿馬鹿しいな。そんな高性能な魔道具、我ら人族でも作れんというに……」
国王はそう言うと、鼻をフスンと鳴らした。
「ところでその手紙は何だ?」
「それが……」
手に持っている手紙について言及され、レジアスは言い淀む。
これを見れば国王が更に不機嫌になるのは目に見えているからだ。
「貸せ」
半ば奪うように手紙を手に取ると、国王は目を通し始めた。
読み進めて行くうちに、国王の顔はみるみる真っ赤に染まっていく。
「小癪な……小癪な……!」
「落ち着いてください! 手紙が破れます!」
手の震えにより半分くらい手紙が避ける中、レジアスは必死に国王を宥めた。
「条約の大幅な改正を求める、だと……? こやつ、それが何を意味するのか分かっておるのか!」
言いがかりをつけて戦争を開始するつもりが、まさかの魔族側からの宣戦布告。
予想だにしていなかった反撃に、国王は完全に頭に血が昇った。
「レジアス、合成勇者に出撃準備をせよと伝えてこい! 余はこやつに『魔族領を全域焦土に帰す勢いで叩き潰してやる』と送り返す!」
「お言葉ですが陛下、最近の魔族領の動きは、何やら不審な点が多いです。急に作物収穫量が三倍以上に増えただけならまだしも、それに加えてあたかも戦争で勝てると思っているかのような文面……ただの自暴自棄にしては、色々重なり過ぎかと。まずは間者でも送って、様子を探った方が……」
「五月蠅い! 余に逆らうとは、処刑されたいか!」
「……」
せっかくのアドバイスに聞く耳を持たない国王に不満を持ちつつも、何も言い返せず合成勇者に伝達を行いにいくレジアス。
「あの蛮族が……」
怒りに震える手で、彼は返信用の声明文を書き進めていった。
ちょうど声明文を書き終わるころ……レジアスは、医務室に戻ってくる。
「ちょうどいい所に帰ってきたな、レジアスよ。これより余は、魔王に返事を送る。確か……その転送用魔道具に、取扱説明書が付属しておったと言ったな?」
「はい。こちらになります」
レジアスはそう答えると、国王に取扱説明書を渡した。
「ふむ……この赤い三角のボタンを押せば、裏側から出ているミスリルの導線に触れている物全てが転移するのだな?」
「ええ。それできちんと元来た場所に戻るとのことです」
「そうか。ではこの紙を、ミスリルの導線で結んで、あとはボタンを……」
と、そこまでセットし、あとはボタンを押すだけとなった国王だったが。
不意に国王は、良からぬことを思いついた。
「……いや、そのまま送り返すのも癪だな。余も頭上に死体を落とされ、酷い目にあったのだ。この転送も、転送位置を魔王の頭上にセットしてやりたい」
そう言って国王は、取扱説明書を読み進め、ミリ単位で転送位置を調整できるボタンを発見する。
「これで調整してやれば……」
そして国王は、醜い笑みを浮かべてそのボタンに指を伸ばした。
——だが。
「痛ぁっ!?」
国王はボタンを伸ばしたその指に激痛を感じ、急いでボタンから手を離した。
……というのも。
国王が良からぬ操作をしたせいで転移位置が変になってしまい、返信が不達となるのを懸念し、ライゼルが予め誤ったボタンを押せない細工をしていたのである。
ちょっと強めな静電気により、国王の指先からは肉の焦げた匂いが漂う。
「小癪なぁ!」
国王はそう言って、赤い三角のボタンを押すより他なかった。
手紙が返送されると、国王はレジアスに向き合い、返信の内容についてこう伝える。
「戦場は、ここと魔王城のちょうど中間点に位置する西メナリス砂漠に指定しておいた。開戦は今から二十日後。それまでに必ず合成勇者を率いて到達し、魔王軍を蹴散らせい」
「はっ」
「必ず良い結果を持ち帰るのだ。それ以外は決して聞く気はないぞ?」
「……はい」
「返事ははっきりと!」
「はい!」
この戦いに勝ち目が無いことなど、国王もレジアスも露知らず。
絶対に負けられない戦いが、幕を開けようとしていた。




