第20話 特訓完了
メルシャの特訓を開始してから、五か月ちょい後。
メルシャと俺は転移用魔道具を用い、魔王城とは真反対に位置する未開の大陸にやって来ていた。
この大陸に来た目的は、今の魔法制御力での実戦に慣れるために、模擬戦をやるためだ。
多層魔法陣を扱い始めてからはや五か月、今やメルシャは、簡易結界と同レベルの魔法であれば0.3秒以下で発動できるようになった。
理論上、メルシャはもう合成勇者に勝てるだけの魔法を使いこなせるのだ。
だから後は仕上げとして、実際の戦闘シチュエーションに合わせて適切な魔法を選択し、戦術を組み立てられるかを確認するため、ひたすら模擬戦をやっていくわけだ。
とはいえ……もう今となっては、例の闘技場で模擬戦をやるわけにはいかない。
今の俺たちのレベルだと、流れ弾で闘技場どころか街そのものを破壊しかねない魔法が飛び交う戦闘になってしまうからだ。
当然、闘技場据え置きの結界など全く役に立たないし、「幻影結界」すらも今のメルシャが扱える最も高出力な魔法に耐えられるかは怪しい。
所詮は中身のブラックボックス化がメインの魔道具であり、強度は簡易結界の300倍程度しかないので、半年前のように「これを張ってればまず安全」とはいかないのだ。
無論、もっと強力な結界魔道具を使えば、その問題を解決できなくもないのだが……そんなハイスペックな魔道具を起動するくらいなら、むしろ転移用魔道具で安全な地に飛んだ方が遥かにお手軽。
そんなわけで俺たちは、周囲への影響を気にせず戦える場所に移ることにしたのである。
そのための場所として、この未開の大陸を選んだのは……単純に、ここが一番何にも配慮せず戦える場所だからだ。
どうせ転移用魔道具を使うのであれば、千キロ転移するのも一万キロ転移するのもあまり変わらないからな。
近くの荒野とかでも十分かもしれないが……どうせ労力が変わらないなら、より安心して戦いに専念できる場所にしようということで、ここを選んだのである。
「いつでも始めていいぞ」
そう告げると……早速メルシャは一つの魔法を構築し始める。
直後、俺に向かって何十本もの魔力でできた灼熱の槍が飛んできた。
——「魔槍」という、超音速で飛ぶ槍をショットガンのように放てる魔法だ。
灼熱を纏ってはいるがこれは炎魔法というわけではなく、単にあまりの速さに熱を帯びてしまっているだけである。
その威力は当然……「プラズマキャノン」の比ではない。
これは「簡易結界」では一本も防げないな。
というわけで、俺は別の結界魔法で対応することにした。
「剛殻結界」という、若干耐物理寄りの性質を持つ結界魔法だ。
「魔槍」は魔法ではあるものの、槍を生成するプロセスを挟む以上、物理攻撃的側面が強めの魔法だからな。
そのような結界を使うことで、効率的に防げるのだ。
強度自体も「幻影結界」を少し上回る程度と、「簡易結界」の比ではない。
俺の「剛殻結界」は、「魔槍」を完全に防ぎきった。
「だろうな。……なら次はこれだ」
するとメルシャは、また別の魔法を繰り出す。
すると俺の周囲に、どす黒い雲が八つほど出現した。
この特徴的な現象は……「ホーミングボルト」だな。
対象をどこまでも追尾する雷を、四方八方から放つ魔法だ。
これは純粋な魔法攻撃であるため、「剛殻結界」では簡単に貫通されてしまう。
だが……防ぐ手立てはある。
対抗して俺は、「マグネティックカウンター」という魔法を発動した。
いくらホーミング機能があるとはいえ、所詮は電気。
雷は磁場に逆らって動くことはできないのだ。
つまり魔法で強力な磁場を発生させてやれば、魔法で発生した雷だろうと、意のままに進行方向を操ることができる。
俺は雷をメルシャの方に向けてそらした。
「……ぬぉっ!?」
急いでメルシャは、「縮地」でその場を離れる。
流石にメルシャのいた場所の磁場まで瞬時には操れないので、雷はそのままメルシャのいた場所を通過し、後ろの巨岩にぶつかった。
……防御ばっかりしてないで、そろそろ反撃に出るか。
俺は「VXコンバーター」という魔法で周囲の空気を神経毒のガスに変えつつ、自身を守るため解毒魔法を重ね掛けした。
「……この空気は!」
すぐにメルシャも空気の異変に気づき、俺と同じ解毒魔法を発動する。
対応されてはもう毒ガスの意味がないので、俺は大気成分を元に戻した。
さあ、次はどうしようか。
考えていると……メルシャが笑みを浮かべ、こう叫んだ。
「これで決まりだ!」
それに伴い……俺の周囲が蒼く染まる。
辺り一面が、一万度を超える灼熱の炎に包まれたのだ。
だが……俺は一切、暑さを感じることはなかった。
理由は一つ。
メルシャが使った魔法に、あらかじめ構築中の魔法陣を見て対策を打っていたからだ。
これは「インフェルノフィールド」という、指定したターゲットのみを燃やす広範囲大規模炎魔法なのだが……実はこの魔法には一つ、大きな欠陥がある。
魔法陣のうち「ターゲットの指定に関わる部分」を改竄してやれば、自分をターゲットから外すことができてしまうのだ。
だから俺には、この炎は一切影響を及ぼさない。
「あれ、結界魔法を展開する様子とか一切無いのだが……まさか勢い余って燃やしてしもうたか?」
炎に包まれるなか、メルシャはといえば心配そうにそう呟く。
……いくら強くなったからって、流石にそんな心配はしないでほしいものだ。
「俺は無傷だぞ」
炎が収まると、俺はメルシャにそう告げた。
「……あれ? 一体どうやって防いで……」
「自分が組んだ術式を確認してみろ」
「……あ! ターゲット指定の部分が……!」
戸惑うメルシャにヒントを出すと……メルシャはハッとして、術式の改竄に気づいた。
「全く防御を展開しようとしないと思ったら……そういうことか!」
「その魔法、基本的に対人戦で使うものではないぞ。制御の書き換え方次第では、逆に自分が燃やされることになりかねないからな」
そう。今回はそこまではしなかったが……実は「インフェルノフィールド」、術式の改竄の仕方によっては、逆にメルシャを燃やすように設定することもできたのだ。
だが、そこまでしなかったのには理由がある。
「とはいえ、合成勇者相手なら、十分有効だがな。奴には立体魔法陣を改竄する能力などないから、この防ぎ方はされないと思っていい」
この魔法が役に立たないのは、あくまで「相手が術式にちょっかいをかけられる場合」に限られるからだ。
合成勇者は、魔力の出力こそメルシャを凌駕するものの、魔法制御力ではメルシャの足元にも及ばないからな。
相手が人とはいえ、本質的には対魔物戦に近い戦いとなるわけだ。
つまり……いろんな魔法を駆使しながら「インフェルノフィールド」の発動に持って行けた時点で、実質さっきのシミュレーションはメルシャの勝ちといって差し支えない。
「ササっと発動できる魔法で機会を伺いつつ、構築に時間はかかるが確実に相手に息の根を止められる魔法を裏で準備し、機を見て発動する。戦略的には、ほぼ完璧といっていい出来だったぞ。これならもう、油断さえしなければ合成勇者に負ける事は無い」
そう言って俺は、模擬戦の総評を締めくくった。
どうやら実戦慣れのトレーニングは、始めから必要なかったみたいだな。
「ここまでよく頑張ったな」
俺はそう続け、メルシャを労った。
「合成勇者を倒すためだからな。これくらいやるさ」
それにメルシャは、そう応じる。
「だが……実のところ、鍛錬自体も結構楽しかったぞ。今まで扱えなかった魔法がどんどんできるようになっていくのは、どんどんやる気が湧いてくるものだな」
かと思うと……メルシャはそう続けた。
「そうか、それは良かった」
それを聞いて……正直なところ、俺も安心した。
実は俺、メルシャが合成勇者を倒した後、燃え尽き症候群にならないかだけ懸念していたんだよな。
だがこの分なら、目的を達成した後も、純粋に強さを追い求めてくれそうだ。
狂乱一族を全て倒すまで、脱落せずついて来てくれることだろう。
どこぞのフェンリル討伐計画を聞いて逃げ出した奴らとは大違いだ。
やはり仲間にするのは、才能とモチベーションを併せ持った奴に限るな。
などと考えつつ、俺は帰還のために再度収納魔法で転移用魔道具を取り出した。
【作者からのお願い】
「この作品期待できそう」と思ってくださった方は、是非ブックマークと「☆☆☆☆☆」での応援よろしくお願いします!
既にしたよって方はありがとうございます。励みになります。




