第16話 立体魔法陣が扱える基礎が身に着いた
メルシャの部屋にて……まず俺は、収納魔法で一つの魔道具を取り出した。
「何なのじゃ、それは?」
「魔素排出装置だ」
この魔道具——魔素排出装置は、周囲の空間から魔素を追い出し、魔素濃度の低い空間を作り出す装置。
かつては俺も、高度な立体魔法陣を扱えるようになるべく、自分を鍛えるために使った装置だ。
装置を起動してしばらくすると……メルシャは困惑して慌てだした。
「な……何なのだこの感覚は? 身体から外に魔力が抜けていくような……」
「空気中の魔素を減らしたからな。そのような環境では、空間の魔素濃度が一定になるように、生物の体内から魔力が抜け、魔素に分解されていくんだ」
そう。
この魔道具を使った空間にいると、野菜に塩をつけると水が出てしなびるが如く、身体から魔力がどんどん抜けていってしまうのだ。
これを放っておくと、いずれは魔力欠乏を起こし、気絶か最悪の場合死に至る。
が……通常はそこまで行くことは滅多に無い。
人間の身体もそこまで雑にできてはいないので、そのような環境下では、次第に適応し魔力の漏洩を防ぐような生理現象が起きだすからだ。
事実、今の俺は既にこの環境に適応する力を持っているので、この空間内でも魔力が抜け出すことはない。
ちなみにその現象は意識的にも制御可能で、「体内に魔力を留めよう」と意識することでより完璧に魔力の抜け落ちを防ぐことができる。
「なるべく体内に魔力が残るよう意識して、魔力を操作してみろ。少しは楽になるぞ」
「分かった」
アドバイスすると……メルシャの体内から抜け出す魔力量が、若干減った。
実は……このトレーニング、複雑な魔法陣を構築できるようになる上で非常に役に立つ。
なぜならこのトレーニングを行うことによって、細かい魔力の出力をムラなく行えるようになるからだ。
複雑な魔法陣は、それだけ魔力線が繊細だからな。
魔力の出力にムラがあると、複雑な魔法陣を構築しようとした時、そのムラによって線が途切れたり、本来繋がってはいけない線が繋がったりという現象が起きてしまうのだ。
魔法の暴発は、全てそのせいで起こると言っても過言ではない。
そしてこのトレーニングにはもう一つ利点があって、このトレーニングをやると魔力の制御が上手くなる分、今までより素早く魔法陣を構築できるようになる。
立体魔法陣は、平面の魔法陣に比べて『描く量』が途方もなく多いからな。
「プラズマキャノン」の構築に30秒もかかっているようでは、「簡易結界」を組もうとすると、数十分はかかってしまうだろう。
これでは仮に暴発しなかったとしても、実戦では使い物にならない。
だが……魔力の制御を極めれば、いつかは「特異結界」だって0.5秒で組めるようになるというわけだ。
要は、魔素濃度の低い空間で体内に魔力を留める訓練は、魔法構築の基礎、土台となるわけだ。
これをやっているとやっていないとでは、その上に積み重ねられる魔法技術に雲泥の差が出てくる。
そしてこの訓練……実は、更に効率よく行う方法が存在する。
「余裕があれば、この状況で魔法を使ってみろ。最初は『魔法灯』とかで十分だ」
俺はメルシャに、簡単なものでいいので魔法を使うよう促した。
「魔法灯」とはただ光を灯すだけの、義務教育で最初の習うような簡単な魔法。
通常であれば、「プラズマキャノン」を扱える者が失敗するなど、万に一つもあり得ない魔法なのだが——。
「分かった。……ってあれ、点かないぞ?」
メルシャは「魔法灯」を暴発させてしまった。
こうなるのは実は当然のことで、この空間内では通常の感覚で魔法を使おうとすると魔力が過剰に放出されるので、「魔法灯」の魔法陣ですら無駄な線がくっついたりしてしまう。
意識してより魔力操作を繊細に行わないと、普段使えている魔法がきちんと発動しないのだ。
だが、そんな環境だからこそ……そこできちんと魔法を発動できるようにすることで、魔法制御の基礎力を大幅にアップできる。
その成長速度は、ただ魔力が抜け落ちないように我慢しているだけの時の数十倍にも上る。
「お……今度は発動できたぞ!」
「一個クリアできたら、徐々に難易度の高い魔法に切り替えていくといい。攻撃魔法を使う時は……言ってくれれば、いつでも『特異結界』を張るぞ」
流石に魔王というだけあって、環境への適応もそこそこ早いようだ。
この分なら、一か月もすれば、ごく簡単な立体魔法陣くらいは扱える魔法制御力が身につくだろう。
そんな風に成長予測をしながら、俺はメルシャの特訓を見守った。
◇
そして……それから、一か月が経過した。
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