第14話 ある意味元の世界には無い病だった
魔王が示した部屋に転移すると……そこには、黙々とセーターを編む一人の少女がいた。
声をかけようかと思ったが、その前に少女が俺たちに気づき、顔を上げる。
「え……だ、誰!?」
デジャヴのような反応だ、などと考えていると、彼女はこう続けた。
「メルシャお姉ちゃんの転移阻害は、万能なはずじゃ……?」
……魔王の名前は、メルシャと言うのか。
そういえば、名前聞くのを忘れていたな。
人名に一ミリも興味が出ないいつもの悪い癖が出てしまっていたようだ。
これから仲間になってもらうんだから、せめてそれくらい覚えておかないとな。
などと本筋から外れた感想を抱いていると、メルシャが説明を始めた。
「この方はライゼル。異世界から来た、異常なまでに強い男だ。この男にとっては我の転移阻害をすり抜けるなど朝飯前だし、攻撃をしかけたところで片手間で術式を消される。……とにかく、凄い男だ」
……雑過ぎないかその説明。
とはいえ俺が元召喚勇者であることまで説明すると余計に怯えられるかもしれないし、そう言った意味では、却ってこの雑な説明がちょうどいい塩梅だったりするのだろうか。
「というわけで、もしかしたらこの方ならシシルの病も治せるのではと思い、一か八かこの部屋に連れてきた」
メルシャはそう言って、説明を締めくくった。
シシルというのはおそらく、妹の名前だな。
「え……私の……持病を……?」
魔王メルシャの説明を聞き、妹シシルは狐につままれたような表情を見せる。
急な展開に理解が追いつかないのか、自分の病が治ることが信じられないのか、はたまたその両方か。
一旦冷静さを取り戻す時間も欲しいだろうと思い、それを待つ間に、俺は下調べとして簡易的にできる診断をやっておくことにした。
手始めに俺は一つの魔法——磁気共鳴解析という、保健の教科書レベルの診断魔法を発動する。
すると……それだけで、シシルの病状とその対処法がだいたい分かってしまった。
何のことはない。
ただの魔力脈硬化だ。
魔力脈硬化とは、体内の魔力の粘性が高いせいで魔力回路がところどころ詰まり、魔法出力が落ちてしまう魔法なのだが……これに関して言えば、俺は特効薬を持っている。
薬というか、ほぼサプリみたいなものなのだが。
メルシャも期待半分不安半分といった心境だろうし、朗報はさっさと伝えよう。
「難病でも何でもなかったぞ。これなら薬を一錠飲めば完治する」
俺は二人にそう告げた。
「ほ、本当か!」
「え……一体いつの間に診断を……」
メルシャは笑顔になり、シシルは更に困惑する。
「ああ。というか元の世界では、存在しない病だ。——市販薬の普及により根絶された、という意味でな」
そう続けつつ、俺は収納魔法からカプセルを一錠取り出す。
これは体内の悪玉マナステロール値をゼロにし、魔力をサラサラにする治療薬だ。
人工ナノウイルスを用いた治療薬であるため、一度飲めば永遠に体内で生き、薬効を発揮してくれる。
一錠で十分なのは、それが理由だ。
「これを飲んでみろ」
そう言って俺は、シシルに薬を渡す。
一瞬シシルは躊躇ったが、メルシャに促され、彼女はカプセルを飲み込んだ。
「薬の効果が出るには、一週間ほどかかるからな。……ちょっと時間を進めていいか?」
「あの、それはどういう意味で……? まあお任せしますけど」
シシルはよく分かっていないまま承諾したようだが、まあ悪い事ではないのでこのまま進めよう。
そう思い、俺はシシルの体内に時空調律魔法をかけ、時間を一週間ほど経過させた。
再度磁気共鳴解析を使用すると……彼女の魔力回路には、完全にサラサラになった魔力が流れていた。
「……! な……治りました!」
シシルは感極まったようにそう呟き、一つの魔法を発動した。
彼女が使ったのは、錬金魔法の一種で……それにより、彼女の机の上にあったオリハルコンーアダマンタイト合金のペン立ては、オリハルコンとアダマンタイトに分解された。
先ほどの魔力脈硬化を患った状態では、絶対に発動できなかった難易度の魔法だ。
ペン立てを純金属に分解する意味は無いし、彼女はただ姉に病状の回復を伝えたくて、安全に室内で発動できるそれなりの難易度の魔法を発動したのだろうな。
「も……もう治っている!?」
メルシャは目を白黒させつつ、俺とシシルに交互に目をやる。
「……とんでもない即効性だな」
「いや、それは違う。さっきも言っただろう。薬が効くのに一週間かかるから、シシルの体内の時間を魔法で一週間進めただけだ」
「だけって……。間違いなくそっちの方が凄くないか……?」
呆気にとられるメルシャだったが……次第に「妹が全快した」ということに頭が追いついたのだろう、メルシャは目に涙を浮かべながらシシルに抱きついた。
「良かったのう……一生治らんと思っておった病気が治って!」
「……ええ!」
……しばらく邪魔しない方がいいだろうか。
そう思った俺だったが、その時、俺はあることに思い至った。
魔法が使えなくなるほどの魔力脈硬化は珍しいとはいえ……基本的に、生まれつきマナステロールのバランスが善玉マナステロール100%の人間など存在しない。
それゆえに元の世界では、この薬が開発されて以来、全員がこの薬を服用することになっていたのだ。
それにより、全人類の平均魔法出力は2割ほど上昇したんだったか。
この世界でも、この薬が普及すれば、同じことが起こるはずだ。
この世界の魔族なら、軍隊的なものがあってもおかしくはないし……兵士全員分くらいの薬を渡せば、ある程度の軍の増強が簡単に行えるのではないだろうか。
「喜びを分かち合っているところすまないが、一つ提案がある」
そう言って俺は、収納魔法で1000錠ほどカプセルを取り出した。
「悪玉マナステロール——シシルの持病の原因となった魔力をドロドロにする物質は、程度の差こそあれ実は全員が持っているものでな。この薬を使えば、誰もが魔力がサラサラになる恩恵を受けられるんだ。たとえば兵士全員にこれを配るなどしたら、手軽に軍事力強化に繋がったりするんだが……要るか?」
そう説明すると、メルシャの目が点になった。
「それは……そういう事なら、もちろんありがたく頂きたいところだが。そもそもお主、なぜそんなにその薬を大量に持っているのだ?」
「この薬の市販が開始された時、製薬会社に大口発注を取り付けたからだ。貧しい国の子供たちに配ろうと思ってな。……今あるのはその在庫だ」
メルシャが最初に気にしたのは、この量の薬を俺が持っている理由だったようだ。
なので俺は、その理由を簡潔に説明した。
薬を配ろうと思った理由は、貧困国に隠れた才能がいた場合、それが魔力脈硬化によって埋もれてしまわないようにするためだ。
まあ薬の普及も虚しく、俺についてこられる実力とやる気の持ち主は、そのような地域からも見つからなかったのだが。
「慈善事業もてがけておるのか。全く、手広いのう……」
何やら勘違いされてしまったが、まあ「やらない善よりやる偽善」みたいな言葉もあるし、あながち間違いではないとも言えるか。
「本当にもらっていいのか?」
「ああ。どうせ元の世界に戻っても、今となっては普及率100%で、この在庫の使い道は無いからな。不平等条約改正の手助けになればいいな」
そんなこんなで、俺は薬をメルシャに渡した。
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