第12話 魔王は才能の塊だった
「……あれ? 一体どこにいるのだ?」
魔王は困惑した表情で辺りをキョロキョロした後、目をつぶって動かなくなった。
「魔力反応が……空中に霧散している? 霧化魔法か何かか?」
かと思うと、魔王は今度はそんな言葉を口にした。
目をつぶったのは、目では俺を追えないと思い、気配での探知に集中することにしたからか。
そして探知しようとしてみたものの……周囲の魔力反応から、魔王は俺が霧化魔法(全身を霧に変化させる魔法)を使ったと勘違いした、と。
もちろん俺は、そんな魔法は使っていない。
ただ身体強化で高速移動を続けているだけだ。
それを、そんな勘違いをしてしまうとは……魔王、今の俺のスピードには全くついてこれていないということだな。
まあ、こうなることは予想していた。
まずは絶対についてこれないスピードで動きまわり、そこからジ徐々にスピードを落として、魔王がギリギリついてこられる敏捷性のラインを探る。
そういうつもりで、まずは全力で身体強化を発動したのだからな。
というわけで、ここからは身体強化魔法の出力を徐々に落としていこう。
それと同時に、俺は三秒で消えるスポンジボールを魔法で生成し、それを魔王に投げつけていく。
これが二発に一発くらい避けられるようになりだしたら、その辺りが適切なスピードだと言えるだろう。
いくら身体強化をかけた投球とはいえ、スポンジボールで魔王の身体を傷つけることはないからな。
この方法で、模擬戦に適した俺のスピードを安全に見定めようというわけだ。
数分後、調整は完了した。
俺の当初の予定とは違い、魔王はスポンジボールを避けるようにはならなかったが……代わりに、スポンジボールが身体に当たる場所だけにピンポイントに対物理結界を張るようになったのだ。
これはこれで、今の俺のスピードについてこられている証拠だ。
スピードについてはだいたい分かったので、ここからはパワー、すなわち魔法の威力の方を見てみるとするか。
『俺からは攻撃しない。自由に魔法を打ち込んでみろ』
普通に喋るとドップラー効果でどえらいことになるので、通信魔法を用いて魔王にそう伝える。
すると……間髪入れず、魔王は一つの攻撃魔法を発動した。
魔王が使ったのは「フレイムキャノン」という、術式が非常に簡素な炎弾魔法。
とりあえず威力とかは無視して、今の俺の動きにちゃんと狙いを定められるか小手調べをしようとしている感じだろうか。
などと思いつつ、俺は防御のために「簡易結界」という魔法を発動した。
今の身体強化具合でも、特殊な体術を使えば「フレイムキャノン」を躱すことは不可能ではないがな。
避けないといけないような魔法でもないし、無理に避けるくらいなら普通に防ぐのが戦闘のセオリーなので、シンプルに受け止めようというわけだ。
当然のことながら……俺の「簡易結界」は、魔王の「フレイムキャノン」をばっちり防いだ。
だが……予想外のことが起きたのは、その直後のことだった。
「割れている……だと……?」
なんと……防ぎきりはしたものの、俺の「簡易結界」には大きなヒビが入っていたのだ。
俺はその事実に、思考が一瞬止まりかけた。
というのも……「簡易結界」は通常、「フレイムキャノン」なんかで壊せる魔法ではない。
「簡易結界」と「フレイムキャノン」では、魔法の格が違いすぎるからだ。
どういうことかと言うと……簡易と名はついているものの、正式には俺が使った魔法は「3D簡易結界」。
ここでの3Dとは、術式に立体魔法陣を使っているという意味だ。
そして魔法というのは、魔法陣の複雑さに比例して単位魔力量あたりの威力が上昇するという性質を持つ。
簡易といえどそれは「立体魔法陣を使った結界魔法の中では最もシンプル」というだけで、例えば平面の魔法陣を用いる魔法なんかに比べれば遥かに複雑なのだ。
一方「フレイムキャノン」は、平面の魔法陣で展開する魔法。
単位魔力量あたりの威力は、「簡易結界」に遥かに劣る。
具体的には、魔力量1の簡易結界を破るには魔力量500のフレイムキャノンを撃たなければならない。
その差を——この魔王、魔法に込める魔力量だけで埋めてきやがった。
俺だって本気で「簡易結界」に魔力を込めたわけではないものの、だからといって普通の「フレイムキャノン」で壊せるほど極端に魔力を絞ったわけではない。
少なくとも魔王の魔力の出力は、現時点で俺の最大値をも超えているのは確かだな。
この魔王が、立体魔法陣で攻撃魔法を展開したらどんな威力がみられるのか。
それを観察するために……俺は動き回るのをやめ、代わりに新たな魔法を一つ展開した。
「……この結界は全てを吸収する。ここに、最大出力の魔法を撃ってみろ」
そう言って俺が構築したのは、「特異結界」という結界魔法。
触れた魔法を全て並行世界へ逃がす、究極の結界魔法だ。
当然「簡易結界」よりは更に圧倒的に格上の魔法だし、何なら「幻影結界」すら壊れるような大規模魔法が撃たれたところで、その威力を完全に無に帰すことができてしまう。
これを張っておけば、魔王も闘技場を破壊してしまう心配をせず、本気で術式構築した魔法を放つことができるだろう。
「分かった」
魔王はそう答えると、体内で魔力を練り始めた。
「これが我の……本気だ!」
そして30秒後、魔王はそう言って俺に攻撃魔法を放った。
が——俺はその魔法の術式を見て、拍子抜けしてしまった。
魔王が構築したのは「プラズマキャノン」という、「フレイムキャノン」の上位互換ではあるものの……平面魔法陣を使用して発動する魔法。
こんなのなら「特異結界」など張らずとも、出力を上げた「簡易結界」で十分防げる。
「……それが本気なのか?」
「……悪かったな」
魔王はそう言うと、拗ねてしまった。
「特異結界」を信用できず手加減してしまったというわけではなさそうだ。
ここから俺は、一つの結論を導き出した。
この魔王……魔力の出力はバカ高い割に、魔法陣を扱う技術は稚拙なのだな。
拍子抜けではあったが、俺は特にがっかりはしなかった。
というのも……魔法出力と魔法技術なら、才能が関係してくるのは魔法出力の方なのだから。
例えば、人間は魔力量では絶対にドラゴンを超えられないが、魔法制御は鍛錬次第で誰でも伸ばすことができる。
そして、ドラゴンには到底扱えないような複雑な魔法陣を用いた攻撃魔法で、ドラゴンを軽々と狩れるようになるのだ。
つまりこの魔王も、俺が適切に指導すれば、いずれは複雑な立体魔法陣を扱えるようになるわけだ。
俺すら凌駕する魔法出力を持つ者が俺レベルの魔法制御能力を得られれば、まさに鬼に金棒。
「伸びしろしかない」とは、まさにこういう人を表すためにある表現なのだろう。
俺の指導について来られた場合……一体どこまで強い戦闘者に育ってしまうのか。
「拗ねる必要はないぞ。確かに現時点では、かなり手加減してトントンといったところだが……今の戦いで、才能も伸びしろも並大抵でないことは確認できた」
「……そうなのか?」
「ああ。具体的に何が足りてなくて、どんな能力をつけてほしいのかは、これから説明する」
これは楽しみでしょうがないな。
わくわくする気持ちを抑えつつ、俺は魔王に解説を始めることにした。
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