異世界帰りのバカ兄貴
くっ…!MP切れか…!
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「よくぞこの世界を守ってくれました…勇者マモルよ…約束通りあなたを元の世界へお返ししましょう…。」
「マモルー!絶対にまた会おうねー!」
「だ、大好き、です!ま、また!」
長い長い夢を見ていた気がする。だが、夢とは思えない戦った感触がたしかにこの手に残っている。
あの日、俺はトラックに跳ねられて、異世界に飛ばされて、何年も戦った。そう、本当に何年もだ。最低でも10年は向こうで過ごしていたと思う。そして頼れる仲間や、俺を慕う美少女達と涙の別れを告げ、遂に現代へと帰ってきた。
家にいるってことはどうやら女神の計らいでトラックにはねられた事実はなかったことにされているようだな。
だが、異世界での生活が長すぎた俺は、元の世界での生活に若干の違和感を覚えていた。
「…ステータスオープン。」
いつもの調子で体調を確認しようとするが、レベルやステータスと言ったものは表示されるはずもなく。
「バッシュ!トライスラスト!!火焔斬り!」
傘を剣に見立てて剣スキルを発動させようとしても、やはり発動しなかった。そもそもSPが確認できないのだから、発動するかどうかは元々怪しかったが。
「我が身を巡る魔力よ…我が呼びかけに応え、その力を顕現せよ…光あれ!ヒール!…無詠唱ファイアボール!無詠唱ウォーターカッター!無詠唱エアボルト!」
手に魔力を集中させて魔法を唱えてみる。だが、やはりというべきか発動しない。気持ちを落ち着けて、周辺の大気を読み取ってみることにした。目を瞑り、何度か深呼吸を繰り返しながら、大気中のマナを感じ取る。そしてゆっくりと目を開いた。
「……大気中からマナを感じない。精霊たちの姿も無さそうだ。魔法が発動しないのはそのせいか。やれやれ…本当に何もできないとはな。」
冷静に状況を確認していると、ふと横から目線を感じた。
そこには俺が転生したときと変わらない、中学生になったばかりの妹のミドリが立っていた。
「…え、に、兄…さん?な、何をやって…ま、まじ?」
「ミ…ミドリ…!会いたかった…!ずっとお前に会いたくて、俺は!」
だが一歩近づくとミドリは一歩下がるではないか。
「…?ど、どうした?大丈夫だ、家の中ならモンスターや山賊とは遭遇しない。安全だぞ。」
「いや…いやいるよ。私の目の前にやべーのが。全然安全じゃないから。もうある意味モンスターだよ。」
何だと!?くそ、もう家の中にいたのか!!
「ミドリ、下がってろ!敵はどこだ!くそ、ゴーストか!?こんなことなら帰還する前にディテクションの魔法を覚えておくべきだったか…! !」
俺は効くかどうかわからないが、洗礼を受けていない傘を頼りに家の中で構える。
「…マモル流剣術、参の型…!」
使えるスキルがあるかはわからないが、参の型であればスキルがなくてもある程度はやれる。本来ならSPがなくなったときのための保険となる構えだ。腰を深く落とし、全方位からの攻撃に備えた。
ミドリはモンスターへの恐怖のためか、後退りしてどんどん俺から離れて行ってしまう。
「ミドリ、怖いのはわかるが、あまり離れすぎるな。敵の攻撃から守りきれな――」
「怖いのはあんただバカ兄貴!!昼寝から起きてきたかと思えば急に傘振り回して厨二全開で技名叫ぶわ魔法を使おうとするわ使えないとわかるとマナがどうとか!挙げ句今のはなに!?さ、参の型!?マモル流剣術!?それ絶対に外でやらないでよ!?ていうか家でもやるな!危ないから!色んな意味で!!」
ゼーゼーと息切れしながら力説している妹の姿に違和感があった。おかしい、だってこの子はもっと俺に懐いていたはずだ。
「ミドリ…どうした、魔力切れによる魔力酔いでも起こしたのか?昔の…いつものミドリらしくないぞ。お兄ちゃんにそんな口の聞き方しなかったじゃないか。」
「うん、この際言っておくけど私が言ったことはほぼ正論だと思います。どうかしてるのは兄さんです。もう一度言うけど、傘を振り回すな。技名を叫ぶな。マモル流剣術は禁止。あと魔力酔いじゃないから。色々酔ってるのは兄さんだから。まじ理解してお願いしますから。」
「ああ…魔法の使用は許可してくれるんだな…やはり優しい妹だ。」
「ツッコミどころが多すぎて指摘が漏れるんだよ!喋れば喋るだけ突っ込むしかなくなってさっきから会話出来てないじゃんか!もういいから魔法もだめ!このあと友達来るんだからホントやめて!?」
ピンポーン。
それはここ数年、聞いていない音だった。生物が発しない単調な音だ。
人の気配が増えた…ドアの外に何者かがいるのは確かだ。
「ドアの外から気配がする…2人か…背丈はミドリと変わらないな。」
「いやそりゃいるでしょインターホン鳴ったでしょうが。確かに二人きてるよ?でもなんでそんな正確にわかるの?ドン引きなんだけど。もういいから部屋で寝てて。絶対出てきちゃだめだからね!?」
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妹はご機嫌斜めのようで、友達と過ごしている間は自室で過ごすように言いつけられてしまった。俺が異世界で過ごす間にも、わずかに時間は流れていたのかもしれないな。
『マモル…マモル…聞こえますか…?』
聞き覚えのある声が聞こえ、まだ別れてからそれほど経っていないのに妙な懐かしさを覚えた。
「おお、女神か!元の世界へ無事に送ってくれてありがとう!おかけで愛しい妹にも会えたぞ!」
『それはよかった…ですが異世界で得たレベルやスキルは持ち越せませんでした…申し訳ありません…。』
「気にするな。こちらでもマモル流剣術とアリア流格闘術は問題なく使える。剣スキルや格闘スキルは発動しないが、模倣はできそうだから、なんとか物にする。」
俺は深呼吸をし、徒手空拳での型をやってみせた。
「はああああ………アリア流格闘術、オフェンスフォーム!!マシンガンナックル!!ボルトキック!!こおおぉぉぉ……、」
力や素早さが初期値になっているためこれまでのような威力はでないだろうが、牽制にはなるはずだ。
『ふふ、確かに健在のようですね。ですが平和な世界に帰れたのです。戦うことは忘れて生きて頂けたほうが、女神としては嬉しく思います。程々にしてくださいね。』
「ああ、感謝する。また話せるか?」
『時が来れば。では…また会いましょう、マモル…。』
ドアからカタタンという物音がした。迂闊だった。どうやら自宅ということで警戒が疎かになっていたらしい。
「誰だッ!!アリア流格闘術、カウンターフォーム!!」
手を上下に広げ、半身を開く。如何なる距離からでも対応出来るアリア直伝の型だ。
ドアがゆっくりと開いていくと…そこには妹が顔を真っ赤にしてこちらを見ていた。物音は、妹がコップを落とした音だったらしい。
「………ふぅぅ…驚かせるな、ミドリ。」
「こっちの台詞だあああ!!驚くどころじゃないわあ!!隣の部屋で誰かと電話でもしてるのかと思ったらいきなりバーニングだのボルトだの訳わからん叫び声上げながらドシンドシン動かれて気にならないやつがいるか!!技名を叫ぶなって言ったでしょおおお!!めっちゃくちゃ友達に笑われたんですけどお!?ていうか今も爆笑されてるからね!?」
「叫ばなければスキルが発動したか確かめられないのだから仕方ない。」
「仕 方 無 く な い!約束したでしょうが!家の中で技名を叫ぶなと!それやらないと死ぬ病気にでもかかってるわけ!?アリア流なんちゃらも追加で禁止!人前で女神と交信するなそっちはまじで怖いから!!」
そしてドアが乱暴に閉められてしまった。
仕方ない。
「ヒー…」
「こっそり魔法の練習したらまじで絶縁するから。」
いつの間にか開いていたドアがまた閉められた。
部屋のドアの前で構えていたのか。やれやれ…。
『マモル!聞こえますか!?』
「女神か?すまないがあまり大きな声で話せな…」
『魔王アシュタロトが突如復活しました!今すぐあなたの力が必要です!!』
「何!?」
『申し訳ありませんが、また来ていただけますか!?』
また異世界転移か…!まあいい、またあいつらに会えるなら悪くはないな!
「ふっ…聞くまでもない事だ!女神!俺をすぐに転移しろ!!」
『わかりました!女神の名の下に命ずる!かのものをファンタニールへとその身を移せ!テレボート!!』
「だから叫ぶなって言ってるでしょうがあああ!!」
だが、タイミング悪く妹がハリセンを手に部屋の中に入ってきてしまった。ま、まずい!!
「え!?な、なに!?なんで部屋光ってるわけ!?」
「いかん!巻き込まれるぞ!部屋からでろ!!」
「い、いや!もうなんなの!?もはや部屋ごとおかしいわけ!?」
緊急事態にも関わらず妹のツッコミが止まらない。
「私をわけがわからんことに巻き込むなあああ!!バカ兄貴いいい!!!」
部屋の中が光で溢れ…収まったときには10年以上見慣れた草原だった。
こうして俺は、再び異世界へと降り立ってしまった。
ハリセンを手に持った妹と共に。
くっ…!仕方ない!お前のことは俺が守る!
「うるせえええ!!私を今すぐ帰せばかやろおおお!!!」
はい、以上です。