ワックスで髪を整えた俺は今日からイケメンの仲間入り
高校2年の夏、俺は今日ワックスデビューをした。
ワックスをすこし手に取り、鏡の前で髪の毛を整えていく。
時折スマホで『爽やかイケメン風 ワックスの付け方』という記事を確認し、書いてある通りに髪を整える。
なるほど……悪くない。
俺は自分の仕上がりに満足する。
鏡に映る自分はまるで別人、生まれ変わった気分だ。
制服に着替え、スマホのカメラで数回自撮りをした後に俺は家を出る。
外は快晴で夏だというのに爽やかな風が吹いていた。
爽やかイケメン風になった俺はその風を肌で感じる。
心なしかいつもよりも風を涼しく感じる。
これも爽やかイケメン風の効果だろうか。
まるで世界が俺の変化を祝福しているかのような天気に、俺は意気揚々と肩で風を切り、昨日よりも少し大股で歩く。
道行く人が生まれ変わった俺を見る。
女性は顔を赤らめ、両手で顔を覆った。
一目で恋に落としてしまう、爽やかイケメン風の俺はなんて罪な男なんだ。
男性はニヤリと笑った。
まるで「大人の世界へようこそ」と言っているような笑みだった。
そんな男性に俺も笑みを作り返す。
来てやったぜ、と。
世界が俺を祝福して、人類までも俺を迎え入れてくれる。
「あのー。言いづらいのですが……」
男が俺に話しかけてくる。
なるほど。
この男は俺のサインが欲しいんだな。
ならば何も言うまい。
俺は無言で鞄からマジックペンを取り出し、男の白いTシャツに大きく名前を書いてやる。
男は感動で声も出ないのか、その場で固まっていた。
礼も言えないとは、無礼な男だ。
しかしこの爽やかイケメン風な俺を見てしまっては仕方ない事か。
今日は寛大な心で特別に許してやろう。
俺は手をひらひらさせて、その場を立ち去る。
サインまで求められるとは。
気分はまさにハリウッドスターだ。
真っ黒なアスファルトがレッドカーペットに見えてくる。
周りからは常に視線を感じるが、これもスターの務めか……。
俺の姿を見るだけで世の中に貢献できるのなら存分に見ればいい。
俺は隠す事なくお前らに全てを見せてやろう。
「あれはー」
俺は級友が歩いているのを確認する。
仕方ない。
級友にも俺の生まれ変わった姿を拝ませてやるとするか。
「おはよう」
俺はいつもより声を低くし、威厳のある声で挨拶をする。
級友は俺の頭の先からつま先まで一通り見ると口を開く。
「お前、スボンのチャック全開だぞ?」
「…………え?」
俺は慌ててズボンのチャックを閉めた。