ロックンロール
目が覚めると部屋の中は熱を帯びた重たい空気で一杯になっていた。
足で蹴るようにして窓を開ける。心地よい風が額をかすめる。抜けるような空が僕を見ていた。
枕元の煙草を手探りで探し、火を点ける。
渇いた喉に煙が流れ込むと少しずつ視界が開ける。
夢に人が出てきたのは久しぶりだ。
彼女はじゃがいもを蒸かしていた。
夢の中でも僕はベッドにこうしていて、土臭い甘い匂いがしているのを感じていた。昼はまたじゃがいものあれか、なんて考えて少し笑った気がする。
天井に吹き上げた煙が爽やかな風に横になる。台所の方へと寝返りを打つ。長く寝すぎて背中が痛い。今朝も出し損ねたゴミ袋が置いてある。夢の続きは起こりそうもない。
僕は床に落ちていたリモコンを足で持ってきて、テレビを点ける。チャンネルのプラスボタンを連打する。面白くない。
腹が鳴る。ゆっくりと老人のように起き上がると、台所に放置していたダンボールを漁った。母ちゃんが送ってきたやつだ。僕はうどんのカップ麺を拾い上げ、ポットに水を注ぐ。
ロックを聴いていればお腹なんか空かない。
夢でここにこうして立っていた彼女の台詞を思い出す。僕はコンセントを入れて銜えていた煙草を口から離す。
ロックって。
彼女は無類の音楽好きだった。お気に入りのバンドの長ったらしい名前が何度も会話の中に登場した。僕の部屋で何度もそいつらの曲を流した。
僕は何も感じなかった。
吸い終えた煙草をもみ消すとポットのランプが変わった。カップに火薬を開けてお湯を注ぐ。それをテーブルに運ぶと、再びベッドに寝転がる。
夏の気配漂う素敵な午後だ。近くの学校からバットの金属音が聞こえてくる。僕は覚ましたはずの眠気に再び襲われ始めた。ゆらゆらと汗の染み込んだタオルケットに飲み込まれる。今眠ったらうどんが食えなくなる。まぶたを落としてそう思った時だ。
あのロックってやつが聞こえてきた。
僕は重たい眼をテレビへ向けた。
確かに彼女のあのバンドだ。
再結成です!武道館は大盛り上がりです!
僕はあくびをひとつかました。
吸い込んだ空気にうどんのいいだしの匂いが混ざっている。僕は箸を取りに立ち上がる。テレビは動物園の話題へと変わる。ふーふーっと最初の一口をすする。飲み込みながら僕は思う。
やっぱ何にも感じねえや。