第1章 物語のはじまり 第1部山本茉莉子 編
この小説の主人公、河原木由紀の娘である山本茉莉子の視点から描かれた第1部。茉莉子の成長過程には常に圭子おばさまの存在がありました。茉莉子は本心から圭子おばさまが母親だと思っていますが、産みの母が別にいることは理解しています。
物語全体の伏線をばらまいてあります。次の第2部で回収されるものもあれば、終章まで回収されないものもあります。衝撃の事実が次々と判明する第2部に繋がる第1部のラストには大きな手がかりが存在しています。
それでは 山本茉莉子 編 スタートです。
第1章 物語のはじまり
第1部 山本 茉利子(主人公由紀の娘)
~血筋~
ここで終わらせる。その思いだけを胸に、私は何度も何度も頭を床に打ち付けた。次第に遠のく意識のなか、私は確かに深紅の血を見た。これだ。私を呪縛し続けていた正体。
全てを知った今、私は長い呪縛から解放されたのだった。20年間私を縛りつけていた物、私から全てを奪った物。体中から沸き上がる怒り。なぜか殺意は芽生えなかったが、この方がよっぽど復讐甲斐があると思った。人は皆そう、自分が一番大切にしている人、大切に思っている人が殺されることが最も苦痛だろう。私は私を殺す。本当はそいつの顔が見たい。そいつの目の前で死んでやりたい。でもそれは出来ない。やり場のない怒りをどこにぶつければいいのか分からなくなる。もうすぐ途絶えるこの血筋。最期に私と、そのイかれた血筋を紹介しよう。
私は神奈川県藤沢市出身の20歳、フリーター。つい1年前私は夢と希望に満ちあふれた、大学生だった。私の母は中学校の養護教員で、生徒からの人気が高く、昼休みになると保健室を訪ねてくる生徒がたくさんいたという。他にも母のことは圭子おばさまからたくさん聞いていたので、私も母のような人望が厚い教師になりたいと思い、大学に進学したのだ。家庭の事情により退学を余儀なくされたが、そんなことは今やどうでもよい。今は神奈川県の横須賀という地で一人暮らし。アルバイトを掛け持ちし日々食いつないでいる。貯金なんてない。築40年のぼろアパートでひっそりと暮らしている。大家の木下さんにはよくしてもらっている。「まりちゃん、昼間でもちゃんとお部屋の鍵しめてよ。いくら横須賀でもかわいいかわいい女の子を狙う獣は沢山いるのよ。まりちゃんとくにかわいいからさ。」「まりちゃん、彼氏いないの?バイト先にいい人は?」とお節介が多く、時々うざったく感じるけれど、家賃が払えないときは、木下さんがやっている家庭菜園のお手伝いだけで免除してもらったり、収穫したお野菜をお裾分けしてくださったり、本当におんぶにだっこ状態だ。
私が生まれてすぐ母は持病が悪化し、亡くなってしまっているので、私は父の妹の圭子おばさまと父方の祖母の幸江おばあちゃんに育てられた。父の名前は山本吾朗。圭子おばさまから聞いた話だが、父は私が生まれる4ヶ月前に海外に行ったきり、連絡が取れなくなってしまったという。父は小説家だったそうで、海外に取材に行くことが頻繁にあったみたいだ。不思議なことに私は父の失踪のことはそこまで気にならなかった。圭子おばさまとの生活がとても充実していたからだと思う。圭子おばさまは本物の娘のように愛情を注いでくれた。私も圭子おばさまを本物のお母さんだと思って接した。いや、傍から見ても本物の親子だった思う。しかし、いくら実兄の娘といっても、圭子おばさまが実質一人で私を育てるのは本当にきつかったと思う。私が高校生になった時だった。圭子おばさまは仕事中に持病で倒れてしまった。元から心臓に持病があって、体も強くはなかったので、1か月ほど入院することも少なくはなかった。その際は幸江おばあちゃんが私を見てくれていたが、幸江おばあちゃんとはあまり合わず、私は窮屈な日々を送っていた。なんというか、幸江おばあちゃんは少し不気味でした。毎日10時と16時には仏壇にお供えをし、お祈りをしていた。それが30分ほど続き、その最中は声をかけても全く動じない。それに、仏壇には誰の写真も飾られていない。誰にお祈りしているのか気になり、幸江おばあちゃんに聞いてみても、
「あなたには関係ないわ。」
「亡くなったおじいちゃんに?」と言うと、
「それはないわ。でも、あれはやむを得なかったのよ。」と全く答えになっていない。ばばあ70代でボケ始めた?
以前から少し気になっていたが、この家にはおじいちゃんの写真は一枚もなかった。それに幸枝おばあちゃんがおじいちゃんの話をしたことは一度もなかった。なんか、この人おかしい。何かを隠している。高校生ながらも不穏な空気は感じ取っていたのだろう。
とはいうものの私はその件に関しては全く興味がわかず、知りたいとは思わなかった。
それでも私は窮屈な生活に飽き飽きしていたので、
一人暮らしをしてみたい。と恵子おばさまに伝えたことは何度もあった。しかし恵子おばさまはそれを決して許さなかった。いま考えると、そんなことはしたくてもできなかったのだと思う。
家では窮屈な生活だったけれど、高校生活はとても充実していたと思う。友達もたくさんいて、放課後はよく鎌倉や逗子に遊びに行ったりした。毎朝乗る小田急線の車内は汗臭いサラリーマンとスマホ依存症の高校生でいっぱいであったが、窓からチラチラ見える街の風景は田舎でもなく、都会でもない、なんというか、神奈川らしさがにじみ出ていて好きだった。それ以上に藤沢から鎌倉にかけて走る江ノ電は青春のシンボルだ。海が見える校舎。夏はさわやかな海風が校舎を扇ぎ、汗臭いワイシャツをも乾かしてくれる。自称進学校だったので部活はまあまあ栄えていたが、私は高校を卒業したら、地方の国立大学に行って、一人暮らしをするのが夢だったので、部活には入らず必死になって勉強していた。もちろんこの家を早く出たかったから。
~進学~
大学受験を終え、目標だった九州大学教育学部に合格することができた。恵子おばさまは泣きながら喜んでくれたが、幸枝おばあちゃんは
「なんで地元の横浜国立大学にしなかったのか。教育学部あるでしょ。」
とばかり言って一度も喜んでくれなかった。
引っ越し当日
「圭子おばさま、17時発の新幹線ね」
「車でおくっていくわ。」
「ねえ、茉莉子。お母さんに会いたかった?」ハンドルを握ると圭子おばさまは真顔で言った。
「何よ急に。私は圭子おばさまに育ててもらって、幸せだったよ。もちろん、お母さんにも会ってみたかったけど、死んじゃっているんだし、仕方ないでしょ。それに私は圭子おばさまがお母さんだと思ってるよ。産みの親より育ての親でしょ。」
「そうね。でもお母さん、茉莉子を授かった時本当に幸せそうだったよ。検査薬に2本線が出てね・・・」
「まーたその話?もういいよ笑」
「まあ、聞きなさい。肌寒くなってきた11月のある日、私が仕事から帰宅すると部屋には由紀姉がいた。今日早いじゃん?何かあったの由紀先生。」
「良い知らせがあるのよ。じゃーん!2本」
「やったじゃん、由紀姉!おめでとう」
「吾郎にはもう言ったの?」
「言ったよ。喜んでくれたけど、締め切りで忙しいみたいで・・」
「はあ。なんだそれ。酷いぱぱでちゅね。」
「学校はどうするの?」
「4月から育休取る予定。3年間。」
「さすが公務員!福利厚生が充実しておりますなあ。」
「あ。でも学校の生徒に弄られたりしない?大丈夫?」
「どういう意味?」
「だって、保健室の先生ってちょっとエッチなイメージあるでしょ。先生妊娠したの?エロ~。なんて中学生言ってきそうじゃない?」
「ほんと、日本の性教育って遅れているよね。」
「そうなの?」
「そうよ。私は中学生には自分の体の仕組みや赤ちゃんがどうやって出来るのかをちゃんと知る権利があると思うし、私たち大人は正しい知識を教える義務があると思うわ。性教育は自分は何者かを知るきっかけになる。自分を知らなければ当然、自分を愛する自己愛は生まれない。自己愛が生まれなければ他者を愛する、他者愛つまり他者を大切にする尊重は生まれない。それなのに、校長はそれに消極的。中学生は心身ともに未熟でそんなグ・ロ・テ・ス・クなこと教えられないよ。それに保護者からクレームが殺到するかもしれない。と一点張りで性教育を許可してくれない。そんなんじゃいつまでたっても望まぬ妊娠は減らない。中学生にも責任は生じるのよ。知っていれば自分を守ることが出来る。」
「はいはい。分かったよ。」
「それにね、圭子だってちゃんと・・・」
「もうやめて!!」
「ちょっと!急ブレーキやめてよ。大声だしてうるさいなあ。」
「ああ。ゴメン茉莉子。新横浜着いたわよ。茉莉子、変な男子に引っかかるんじゃないよ。大学生になるとね、自由に過ごせる環境や時間がたくさんあるから、ハッちゃっけちゃうの。遊びも大切だけど、ほどほどにね。しっかり勉強しなさい。あと、たまには神奈川に帰ってきなさい。おばあちゃんあんなだけど本当は茉莉子のこと大切に思っているのよ。素直じゃないから伝わりにくいと思うけど。」
私は少し泣きながら、「いままでありがとう。私、頑張るね!」
「茉莉子、なにかあったらすぐに連絡しなさいよ。頑張ってきなさい!」恵子おばさまが最後に背中を押してくれた。
新幹線の中では先程の圭子おばさまの話に違和感を感じて仕方なかった。何度も聞いた母の話ではあるが、あの圭子おばさまの横顔。いつもとは明らかに違っていた。少し気が立っていたのだろうか。考えれば考えるほど恐ろしくなっていく。それに最後に頑張ってと言って渡された、相模ゴムのコンドーム1個。バカにしないでよね、私処女じゃないから!少し圭子おばさまに疑念を抱きながらも、私は新幹線の窓から見える赤く染まった月を見つめた。月はいつもより赤く見えた。膣内から溢れる唐紅の血のように、真っ赤に染まっていた。ああ満月だ。
大学1年目の12月、あと数週間で期末試験があり、それが終わると長い春休みになる。春休みは神奈川に帰省して圭子おばさまに少し成長した姿を見せてあげようと思っていたある日、事件がおきる。今日は3限からなので、ゆっくり起床し、テレビでニュースを見ていた。
「今夜は満月です。天気も快晴なので綺麗に見え・・・」
「えー。ここで速報です。昨夜神奈川県藤沢市で発生した火事で一家が全焼しました。中からはこの家に住む、山本幸枝さん76歳と見られる遺体が発見されましたが同居する、山本圭子さんの行方が分かっていません。県警は事件、事故の両面から捜査を進め、行方が分からなくなっている、山本圭子さんの捜索を始めています。」
私は祈る思いで圭子おばさまに電話をかけた。留守電のメッセージ音だけが私の深淵にこだまする・・・歯車がゆっくりと狂いだす。
物語はここから始まる―
人はみな、いずれ死にます。大事なことはどうやって死を迎えるのかではないでしょうか。死に際に自己の人生を振り返り、悔い無し。と言い切れるひとはどれくらいいるのでしょうか。自分の死を悲しんでくれる人、どれくらいいるのでしょうか。それは紛れもなく自分の過去の行いにかかっています。悪の世界に英雄などは存在しない。たしかに、そうです。しかし、善悪の指標は流動的です。時代、状況、社会によって変化するのです。偏見、うわさ。多数意見が全て正しいのでしょうか。騙されないで。
次の第2部では主人公、河原木由紀の義妹の圭子の視点から物語が描かれます。衝撃、悲劇、グロテスク、官能。本当に盛りだくさんです。圭子の過去、そして兄、吾郎の存在や山本家の秘密などなど。山本家勢揃いで迫り来る狂気をお楽しみください。そして最終第3部に繋がる・・・
ど素人が趣味で書いている小説です。完成度は低いですが、ご了承ください。