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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Periplaneta fuliginosa

作者: 泡沫流

 ジェフは悪の業界では有名な悪人だった。

 自分の利益のためになら人を殺し、盗みもする。

 そんな彼がする犯罪は完全犯罪で、警察に特定されることもなかった。


 ある日彼は、山奥に住んでいる発明家の研究所から発明品を奪って売ったら金になると考えた。

 博士は山奥に一人で住んでいる。家の横に研究所があり、そこで毎日を送っていた。

 博士の研究は天才的で、町で彼のことを知らない人はいないほどの有名人だった。


 ジェフは準備をすませ、夜十時頃に博士の家に着いた。

 彼は覆面をかぶり、博士の研究所に忍び込んだ。

 これだけ有名なのだから完全なセキュリティなのだろうと思っていたが、案外簡単に入ることができた。

 研究所はまだ明かりが点いていた。

 彼は第一研究室の前にたどり着くとドアに耳をつけた。中から博士がガサゴソやっている音が聞こえた。


「動くな! 手を上げてひざまずけ!」


 彼はそう言いながらドアを蹴破り、手に持っていた自動小銃を博士に向けた。

 だが、目の前の光景を見て彼は驚いて何も言えなかった。

 彼が部屋に入った時、博士はすでに手を上げてひざまずいていたのだ。


「うっ、動きが速いな……。まあ、それは良しとして、一番の高値で売れる研究品を出せ! さもないと脳天に風穴が開くぞ!」


 彼が叫んだ次の瞬間、何かが壁から飛び出した。

 注射器だった。それは彼の首に突き刺さった。


「いてっ! なにしやがる!」


 彼は博士に銃を向けたがその手から力が抜ける。何故か力が入らない。

 視界がグルグルと回り、彼は地面に倒れた。

 博士が近寄ってくるのが見える。

 もはや、彼は身体が全く動かせなかった。

 博士は彼の耳元で囁いた。


「君に処方した薬は、とてつもない魅力を手に入れられるPeriplaneta fuliginosaという薬だ。じき人気者になるよ。どうせ、君はこのような発明品を盗みに来たのだろう? もう、こんなことは止めて正しく生きたらどうかね? 君に少し時間をやろう。よーく考えると良い」


 博士の顔がぼやけ始め、意識が遠くなっていくのを感じた。




 気が付くとそこは自分の隠れ家のベッドだった。

 悪い夢を見たみたような感覚だ。


「うう……気を取り直して盗みでもするか」


 その日、彼はある豪邸に忍び込んだ。

 そこに集められた芸術品をいただこうという計画だ。

 彼は窓から侵入し、芸術品の飾られた大広間に入った。見事な作品の数々が目の前に広がっていた。

 作品に見とれていると後ろから足音が聞こえてきた。

 彼は急いで石像の後ろに隠れた。 

 お手伝いさんらしき女性が入ってきて、掃除を始める。


 ここで見つかると厄介なのでジェフは必死で隠れた。

 女性は何も気にせず石像の埃を払っている。

 埃が部屋の中を舞う。

 埃アレルギーのジェフには辛かった。鼻の奥のむずむずが止まらなくなってきた。

 もう耐えられない。

 ジェフがくしゃみをしたのと同時に女性の甲高い絶叫が部屋中に響いた。


「ゴキブリの群れよ! だれか助けて!」


 女性は走って行ってしまった。

 石像の周りを見回すとざっと七、八匹はゴキブリがチョロチョロとうごいていた。

 ジェフも虫は得意ではなかったので寒気がした。

 ゴキブリに気を取られているうちに、廊下からいくつかの足音が聞こえてきた。


 まずい、誰かを連れて帰ってくる!

 ジェフは素早く窓から脱出した。


 ジェフは家に帰ると、ため息をついた。

 今日は冷や汗をかいただけで収穫はゼロだ。こんなに憂鬱になったのは久しぶりだ。

 ソファに座ってテレビの電源を着けようと、リモコンに手を伸ばす。

 バサッバサッと音を立ててリモコンにとまっていたゴキブリが飛び立った。


「うわっ」


 ジェフは近くに置いてあった虫退治スプレーをゴキブリに吹きかけた。

 ゴキブリはしばらく床の上をのたうち回り、ついに動かなくなった。

 触角がピクピクと動いている。

 豪邸から帰ってくる道でもゴキブリを見かけた。

 町中でゴキブリが大繁殖しているのだろうか。

 ゴキブリが社会問題になっているのではと思ったジェフはテレビのチャンネルを次々と変えたが、そのようなニュースはどこの局でも流れていなかった。


 それからというもの家にはゴキブリが続出した。

 更に、悪事を働く度にことごとくゴキブリが現れるため、それが原因で騒ぎになり、計画が失敗に終わる日々が続いた。


 ある日からは街を歩いているだけでゴキブリの群れがジェフの後ろをついてくるようになった。

 ジェフは徐々にそのゴキブリ現象に耐えられなくなっていった。

 


 よく晴れたある日、一通の手紙がポストに届いた。 

 開けてみるとそれは博士からの手紙だった。



 お久しぶりです。人気者になれてきたかな? 実はあれはゴキブリが好きな臭い、味の体質になっていく薬なんだよ。困ってない? もし、君がこれ以上悪事を働くことをやめて真面目に働くことにするのなら、その効果を消す薬を打ってあげるよ



「冗談じゃない! ふざけんな!」


 ジェフは博士の研究所に侵入しその薬を奪うことを決意した。



 その日の夜、ジェフは装備を固めて博士の研究所を訪れた。

 月の光が屋敷のシルエットをくっきりと映し出している。

 辺りの茂みから虫たちの大合唱が聞こえる中でジェフは静かに研究所へ忍び込んだ。

 相変わらずセキュリティは甘かった。

 念のため、隠しカメラを探したりもしたがそのようなものはどこにも見当たらなかった。

 前回はどうして侵入されたことに気づいたのだろうか。それが謎である。

 前と同じ研究室に来ると、入り口のドアから光が漏れていた。

  

 前と同じく、ここで作業をしているようだ。

 ジェフは入り口を開けて言った。


「薬を出せ! さもないと……」


 ジェフの目に入ったのは部屋の中心に置かれた箱だった。それは全面灰色の金属でできた箱でジェフの身長よりも高い、巨大な箱だった。博士はその箱に寄りかかってこちらを見ていた。


「改心すると期待していたのに……残念だなあ」


 博士が微笑を浮かべながらそう言う。


「だまれ! 早く薬をこっちに出せ!」


 ジェフは怒鳴って博士に銃を向けた。


「チャンスはあげたよ」


 博士はそう言うと巨大な箱の横に着いていたボタンを押した。

 重い音が響いて、巨大な箱の蓋が開く。

 そして中から黒い液体が滝のように流れ出した。

 いや、それは液体ではなかった。大量のゴキブリである。


「おい、嘘だろ!?」


 ジェフは振り返り、全力で走った。

 廊下を走り抜けていく。後ろからザワザワという音が聞こえてくる。

 分岐だらけの迷路のような廊下を直感のまま走りつづける。

 ジェフは走り回っているうちに自分がどこにいるのか分からなくなってしまった。

 彼の進行方向で机が道を阻む。

 ジェフは机を飛び越えた。が、上着の端が机に引っかかってしまった。

 来た道を見ると、廊下の床一面を埋め尽くしたゴキブリの波が押し寄せて来ている。

 ジェフは何とか引っかかった上着を脱ぎ捨て、再び走った。


 走って、走って、走り続けた。


 体力も限界が近づいてきた頃、前方に大きな扉が見えてきた。

 ジェフは扉に体当たりした。扉がバンと音を立てて開く。

 扉の先は外だった。ジェフは暗闇の中に駆け出た。

 外に広がる暗闇を研究所の外灯がうっすらと照らしている。

 研究所から逃げだそうと門の方を見ると、そこからもゴキブリが押し寄せてきている。

 あっという間に背後のドアからもゴキブリが流れ出してきた。

 

「何か、隠れる場所は無いか? ……あった! あそこだ!」


 庭には小さな車庫が建っていた。ジェフはそのドアを開けて中に入るなり、鍵をがっちり閉めた。

 外ではガサガサと鳥肌が立つような音がしている。

 車庫の中には車の他にガソリンやランタン、マッチなどの道具があちこちに置いてあった。

 ひとまず暗いのでマッチを擦り、ランタンに火をともす。

 車庫の内部が明かりに照らされて影が揺らめく。


 ベキッ


 やっと一息と思ったところで不吉な音。音の方を見ると壁の板がはずれてゴキブリが流れ込んできている。


「来るな! 入ってくるな!」


 ジェフは入ってくるゴキブリを片っ端から踏み潰した。だが、そんな攻撃がそれらの命を奪えるはずがなかった。

 潰しても潰しても曲がった触角を持ち上げて奴らは這い寄ってくるのだ。

 ジェフの脚に激痛が走った。

 這い上ってきたゴキブリが彼の肉を食べているのだ。


「やめろ! 俺に触るな!」


 ジェフはそのゴキブリを振り落とし、自動小銃で撃ち殺した。

 脚の表面を自分の血液が流れていくのが感じられる。

 もはや、床はゴキブリで一杯になっていた。

 自動小銃を床に向けて滅茶苦茶に撃ちまくる。車庫の中は銃声しか聞こえなくなった。

 どれだけのゴキブリに当たっているのか分からないが、撃っている間にも壁の穴からゴキブリが滝のように出てくる。

 ジェフは自動小銃を捨て、ガソリンタンクを手に取った。全て燃やせば良いのだ。いくら生命力が強くても火で燃えれば灰になるだろう。

 ガソリンを車庫中にまき散らす。

 ガソリンがなくなったところでランタンを床にたたきつけた。

 一気に炎が広がり、ゴキブリたちが燃え始める。


「見たか!」


 ゴキブリの軍団が少し引いた様に思えたのもつかの間、炎をまとったゴキブリたちがジェフに襲いかかった。

 ジェフは焦って、ドアの鍵を開けようとするが手が滑って鍵が開かない。


「頼む。開いてくれ」


 車庫の中に炎の海が着々と広がっていく。

 ガチャという音を立て、鍵が開いた。


「よっしゃあ!」


 ジェフはドアを開けた瞬間、時間が止まったかのように思えた。目の前にあったのは外の世界ではなかった。

 ドアの向こう側は真っ黒だったのだ。だが、闇ではなくすぐ近くにあるものだ。


 ジェフの頭の中でその正体が理解できた時、彼は全身から力が抜けるのを感じた。その黒い物体、それはゴキブリが積み重なってできた壁だったのだ。

 ゴキブリたちはドアが開いたことにより、車庫の中に一気に流れ込んできた。




 博士は静かな研究室で紅茶を飲みながらディスプレイを見ていた。ディスプレイには車庫の中を飛んでいる超小型ドローンからの映像が映し出されている。

 この小型ドローンを発明してから、研究所の防犯は完璧だった。

 研究所には三〇体近くのドローンが巡回しており、侵入者を発見すると気付かれないように追尾までしてくれるのだ。


 強盗が炎をまとった大量のゴキブリに埋もれていく。

 最初は叫び声を上げていたが、その口の中にも波は流れ込み、声は出なくなった。

 うごめく黒い波の中から突き出された男の手や脚が、海で溺れた人のようにジタバタと動いていた。

 だが、その手も徐々に動かなくなり、波に沈んでいった。

 しばらくするとゴキブリの波は去り、ディスプレイにはただ綺麗な車庫の床が映し出されていた。

 博士がつぶやく。


「薬の効果は絶大だな……。良い実験になった。しかし、少し残虐性が強いなあ……。軍に売るのは止めておこうかな……」


 博士の研究机の上には一冊の本が開かれている。

 その本は昆虫図鑑であり、開かれたページには黒くテカテカしたゴキブリの写真が載っている。




 『クロゴキブリ 学名:Periplaneta fuliginosa』

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