16話 無個性剣士と深夜
夢を見ていた。
暗い中を走り続けていた。
もうどれくらい走ったのでろう。後ろから追いかけてくる無数の足音から逃げ続けている。
ついに躓き、地に伏せ、手が迫る。
その時目もくらむような眩い光。懐かしいとさえ感じる小さな背中。
そして目を覚ました。
最初に目にしたのは真っ白な天井。
見たことのない天井だけど、どこか覚えがあって、それが病院の天井だと気づくまで少し時間がかかった。
「あっ!起きた!由依ねぇ!お兄ちゃん起きたよ!」
すぐ隣で聞こえた妹の声に反応し、体を起こそうとしたが全身の激痛で思うように動かない。
「だめだよ健ちゃん!全身ひどい怪我なんだから動かないで!」
「…ここは?病院?」
「そうだよ。倒れてたのを見つけて、私たちも急いで…」
「そうか…シークは…」
そこまで言って二人の表情で俺は悟ってしまった。
あぁ、俺は失敗してしまったんだと。
暗い表情のまま姉さんが口を開いた。
「健ちゃん。2つ話さなきゃいけないことがあるの。落ち着いて聞いて」
「…わかった」
「まずはシークちゃんのことなんだけど、さっきセントラルに退学届が出されたって」
「なんだって!なんでそんな!」
「落ち着いて!まずはちゃんと聞いて」
「…わるい」
「私も学園長先生から聞いた話だから、まだ公表はされてないことなんだけど、シークちゃんの結婚が本格的に決まったそうなの」
やっぱり言っていた通りのことになった。
俺があの時しっかり止めていれば…
強く拳を握りしめ、悔しさを噛み締める。噛んだ唇からツーっと血が流れ、それをみた姉さんが変わらないトーンで話を続けた。
「当然、私たちも詳しく聞こうとしたよ。でもダメなの。だって…だって相手はー
そして姉さんの口から衝撃の言葉が放たれる。
ーだって相手はこの国の第3王子だから…」
王位継承権第3位の男。
この国にいるものなら子供でも知っている。
まさかシークから聞いた相手が、シークの父にあんな汚い交渉をするような、そいつがまさか、この国を背負う相手だったなんて。王族の人間とは聞いていたが、そんな…。
「流石に相手が悪すぎるよ。うちの領主の仙ちゃんのパパでも交渉の余地すら無い相手なんだから。ある程度上とパイプのある由依ねぇですら話が回ってこなかったのに」
あまりの衝撃の事実に俺は言葉を失ったまま呆然とする。
そして俺をさらに絶望に叩き落す言葉が姉さんの口から告げられた。
「もう1つ、あのね、弥勒ちゃんがどこにもいないの…」
その言葉で俺はようやくいるはずの弥勒の姿がどこにもないことに気づいた。
「なんで!姉さん達と一緒にいたはずじゃ!」
「健ちゃん達のが行った後しばらくしたら急に走り出して…急いで追いかけたんだけど、もう姿がなくて…いたのは気を失った健ちゃんと、知らない男の人たちだけ。その男の人たちも駆け付けた自警団の人たちがどこかに連れてっちゃって、話を聞くことすらも…」
話が漏れないのも合点が行く。そりゃ、俺を襲ったあいつらは第3王子の部下だったわけなんだから。たぶん駆け付けたという自警団も息がかかった奴らだろう。そうなれば、弥勒も…。
「すぐに探しに行かないと!」
俺は激痛の走る体を無理やり起こす。
「ダメ!それ以上無理したらお兄ちゃん本当に死んじゃう!」
「弥勒ちゃんは私たちが探すから!健ちゃんは今は安静にしていて!」
「でも…!…」
どうして俺の体は動かないのだろう。
今動かなくてどうするんだ。
だが俺のそんな意思とは真逆に体は言うことを聞かない。
俺は力なくベッドに体を戻す。
「正直、私たちだってどうしたらいいのか…私たちは健ちゃんとシークちゃんが何を話して、あそこでなにがあったかは知らない。けど、なんとなくだけど、わかるよ。お姉ちゃんだから。でもね、私はお姉ちゃんだから。弟を守らないといけないの。無茶して死にそうになる弟を止めるのも姉の仕事なの」
「でもー」
「私は!姉として!…友達と弟なら弟を選ぶの!」
その言葉に俺は何も言うことができなくなった。
姉さんの目には大粒の涙が溢れていた。
俺は姉になんて残酷なことを言わせてしまったのだろう。
「別にシークちゃんも死ぬわけじゃ無い。王族に嫁ぐわけだから簡単には会えなくなっちゃうかもしれないけど、ずっと会えないわけだから…ともかく、今はゆっくり休んで。弥勒ちゃんのことは私たちに任せて…。また明日来るから…」
それだけ言うと姉さんは病室から出て行った。
後を追うように俺何かを挨拶のようなものだけ告げて、由宇も病室から去って行った。
一人残された俺は、ただただ自分の無力さを呪い、袖を涙で濡らした。
先の一件で活躍したからと、どこかで思い上がっていたのだろう。
俺ならばどうにかできるって。
ヒーロー気取りで、シークに偉そうなことを言って…結局は何もできないままで…。
打ちひしがれながら、泣き疲れ、気づけば俺の意識は、また暗闇へと帰って行った。
ーその日の深夜ー
かすかに感じる人の気配で俺は目を覚ました。
ドアの外に誰かがいる。
新手の刺客が俺の息の根を止めに来たのか!?
今来られると、さすがにどうしようもない。
心拍数が上がっていくのを感じる。全身から汗が吹き出て息が荒くなる。
どうする?どうしよう?どうしたら?
動けない俺なんて構いもせずにドアに手がかかる音が響き、ゆっくりとドアが開かれる。
恐怖のあまり声を上げることもできず、俺はただドアの方を見つめるしかできなかった。
「おや?どうしんだい?そんな顔をして?怖い夢でも見たのかな?」
聞き覚えのある声にとりあえず、安堵した。
そこに立っていたのは、お姉さんーもとい学園長だった。
「心臓止まるかと思いましたよ!」
個室とはいえ、病院なので声を荒げるわけにもいかないので、とりあえず最小限で俺の怒りを伝えた。
「すまないね。仕事の都合でこんな時間にしか来れなかったんだよ」
「そもそも、この時間は面会禁止なんじゃ?」
「これでも私は国の最高機関の一つを任されている者だぞ?これくらい顔パスだ」
この国のセキュリティを心から心配する。
「で、なんのようですか?あいにくですけど、今はいつもみたいには…」
「だいたいのことは知っているよ。シークくんのことも」
「俺は、なにもできませんでした。偉そうなことをシークに言っておきながら、結局はどれくらいのことをシークが抱えていたかなんて一切知らなかった。知らずに俺はただただ綺麗事ばかりを並べて…結局止められなくて…」
自分で言っておきながら無力さを痛感し、頬を涙が伝うのを感じる。
「あの一件で強くなったと勘違いしていたんです。俺なら誰かを救えるんじゃ無いかって。でも結局俺は何も…たまたま上手くいっただけだったんです…俺なんて何も無いただのー」
とめどなく溢れる涙を止めることができなかった。
どんどん自己嫌悪に陥って、どんどん自分を責める言葉が溢れてきて。
そんな俺をお姉さんは優しく包み込んでくれた。
お姉さんの優しくて柔らかい手がなんども頭を撫ででくれた。
気づけば涙も止まっていた。
「そんなに自分を責めないでくれ。君は十分にやったさ」
「でもー。シークを救えませんでした…」
「確かに、今回は失敗してしまったかもしれない。なら次こそ助け出せばいい」
「次なんてないですよ!」
「なら、もし、その次があると言ったら?」
「え?」
お姉さんの胸から思わず頭を話して、俺はなんとも間抜けな声をあげてしまった。
「そのために私は来たんだよ」
「ど、どういうことですか?」
「当然知っていると思うが、セントラルは完全中立施設だ。在籍している間はいかなる者、それこそ国王であっても干渉することは許されない」
「でも、シークは退学届を…」
「あぁ、確かに提出したな。だが、まだ受理はされていない」
「それって、どういうー」
「私は彼女本人から受け取っていないからな。よく分からない使いの者からの届など私は受け取らん!」
そういってお姉さんは俺に向かって一枚の書類を放り投げた。
それは綺麗に折りたたまれ、機械的な文字が並べられたシークの退学届だった。
「こんな誰が書いたかも知らんもんはシークに突き返してこい!それでも、それを返してくるようなら、私もおとなしく受け取ろう」
「つまり、シークはまだ…」
「あぁ!彼女はまだセントラルの生徒だ!もし彼女の口からハッキリとセントラル退学の意思が無いと出たのなら、婚約を拒否する言葉が出たのなら、たとえ相手が王位継承権3位だろうが、なんだろうが、彼女をセントラルが総意をあげて守ると誓おう!急げ!正式に婚約が発表されるのは明日の昼だとさっき上からお達しが来た。今ならまだ間に合う」
「ー!まだ…間に合うんですか?」
「そうだ!君はどうする?」
そんなもの、答えは決まっている。
だが…。
「…でも、ダメなんです。体が言うことをきかないんです。せっかく連れ戻すチャンスがあるのに…」
「さっき言っただろう。だから私が来たと…顕現」
お姉さんはおもむろに立ち上がりマインドを発動した。
前に見たときも思ったが、本当に美しい盾だ。
「包み込め。《パナケイア》」
お姉さんの声とともに盾が女神へと姿を変え、俺の全身を包み込んだ。
その瞬間、身体中の痛みが消えていくのを感じる。
「これが、お姉さんのマインドの第二階梯」
「すごいだろ?だが、日に1度しか使えない上に、発動にもかなりの隙がある。ほとんど戦闘向きでは無いのでな。だが、今ほどこのマインドを授かったことを誇りに思ったことは無い」
優しい光が収束していき、お姉さんのマインドが消えていく。
さっきまでの激痛が嘘のように体が軽い。治るどころか、むしろ前より体が自由に動く気がする。
しかし、俺の体とは逆にお姉さんはその場に崩れ落ちる。
「お姉さん!」
間一髪俺の手が間にあい、お姉さんの体を支えた。
息が上がっている。
日に1度しか使えないのは、こういうことだったのか。
あれほどのすごい力だ。相当の心の力を使っただろう。
「どうして、ここまでしてくれたんですか?もしバレたらお姉さんの立場だって…」
「君には借りがあるからな。それに可愛い生徒を権力に目がくらんだ大人たちに好きなようにさせるなんてことを、私は見逃すほど腐ってはいない」
話すのもやっとなはずなのにお姉さんは力強い言葉で続ける。
「また私は君に頼ってしまう。大人なのにな。許してほしい」
「そんなことはないですよ。逆に俺なんかがー」
「なんか。じゃないさ。私は心の底から君のことを信じている。君ならきっとなんとかしてくれるって」
そういってお姉さんは俺の腕をぎゅっと握った。
伝わる信頼を噛み締めた。
「ーありがとうございます!」
お姉さんは小さく笑うとゆっくり立ち上がった。
「私は見ての通り動けない。すまないがベッドを借りさせてもらうよ」
そう言って、お姉さんはさっきまで俺が寝ていたベッドに潜り込んだ。
「彼女はノーザンスのリューズ邸にいる。時間は少ないぞ。行って来い!」
お姉さんはそのまま俺に背を向けて就寝の体制にはいった。
「本当にありがとうございます。それじゃ、行ってきます!これをシークに叩き返してきます!」
さっき投げつけられた紙をそっと懐へしまい込む。
背中を向けて寝ているお姉さんの表情はわからない。
けど、きっと笑っているに違い無い。
俺は見つからないようにそっと病院から抜け出した。
時刻は午前2時。
今いる病院はセントラルのすぐ近くだから、リューズ邸まで走っていては時間が無い。
なんとかして移動の手段をー。
「おいおい水クセェじゃねーの」
不意に後ろから聞き慣れた声が響く。
「親友の俺に何も言わずに一人で行こうとするなんてよ」
「…健。水くさい」
そこにはザックと仙が立っていた。
「お前ら…なんで?」
「俺たちも一応貴族だからな。シークの話は聞いてる。びっくりしてんのも束の間、学園長に呼び出されたと思ったら、お前が王族に喧嘩を売りに行こうとしてるから手伝ってやってくれって」
お姉さん。ザックたちにまで…感謝してもしきれないな。
「あと、弥勒ちゃんのことも聞いた。だが、それはお前の姉ちゃんたちに任せて、今はシークだ!」
確かに、弥勒のことも気になって仕方が無い。でも、それは姉さんたちを信頼しよう。
「…健。また危ないことやろうとしてる」
仙の表情は少し暗い。
「仙…悪い。でも、やっぱり放っておけなくて」
「知ってる…シークは友達。私も手伝う…」
「ー!ありがとう!」
「俺も忘れんなよ!ホラッ!」
そういってザックは俺に向かってヘルメットを放り投げた。
「ヘルメット?」
「まさか歩いてノーザンスまで行こうと思ってたんじゃねーだろうな?」
暗くて気づかなかったが、目が慣れてきて、ザックの後ろになにか大きな鉄の塊があることに気づいた。
ザックは勢いよくその鉄の馬に跨り、勢いよくエンジンをかけた。
眩い光とともに轟音が鳴り響く。
「ヘッ!どーよ?すげーだろ俺の相棒は?」
巨大なバイクにまたがったザックが不敵な笑みを浮かべながら自慢げに叫んだ。
いつのまにかサイドカーに仙もちょこんと収まっている。
「まったく、俺の相棒にこんなもんは似合わねーんだけどな…」
「…ザックの後ろは乗り心地悪そう…こっちは快適…」
「あのなぁ…まぁいいや!健!早く来い!」
馬鹿でかいエンジン音。病院からクレーム間違いなしだな、こりゃ。
でも、そのエンジン音のおかげで俺の心臓もいつもより鼓動を早く刻む。
さっきまでの暗い自分が嘘のように、今ならなんでもできるような気がしてくる。
「あぁ!」
俺はヘルメットを被って、勢いよくザックの後ろに乗り込んだ。
「しっかり掴まってろよ!」
バイクが一層大きなエンジン音を立てて、勢いよく走り出した。
どんどん速度を上げて風のように早く風景が過ぎ去っていく。
「待ってろよ!シーク!」
いや、もういつぶりでしょうか?お久しぶりです。
いつものどうせペルソナやってたんでしょ?って思うかもしれませんが、実は仕事やら家庭やらでごたごたしてて小説を書く暇すらなかったんです…(スクランブルも2つめのジェイルまでしか…)
まだ落ち着いてはいないですが、少しは時間ができるようになってきました。
次に投稿できるのは、いつになるやら…
なるべく早く出せるようには努力します。
いつも読んでいただいている方には感謝しかありません。こころの底からお礼申し上げます。
これからもよろしくお願いします。




